第8話 魔法使いのお仕事
フォリア・アンティークスのオーナーであるユーリの祖父母が帰ってきたのは、メルディが時空転移してから十日後のことだった。
「ああ! あなたがメルディさん! 話は聞いていますよ!」
「なんて幸運なのかしら! こんな可愛らしい見習い魔女さんに出会えるなんて!」
満面の笑みに刻まれた老夫婦の深いシワは、長い年月同じ表情を続けていたのだと感じられた。
この時メルディはすでにスマホについての理解も深め始めていたので、メールかSNS、もしくは電話で、ユーリからあらかじめ連絡がいっているのだと想像できた自分の成長に満足している。
(ユーリもエリオも全く心配ないって言ってたのは本当みたい)
『二人は絶対大喜びするよ。むしろオレのことを褒めてくれるね!』
『……世話好きな血筋だよな』
当主の許しもなく家に謎の見習い魔法使いを住まわせても大丈夫なのか、メルディは本当のところ少し心配していたのだ。
「お前のひい爺さんが生きてたら三日三晩踊り明かしただろうになぁ!」
「お墓から出てくるかもしれませんよ!」
「ひいじーちゃんならありえそうだねぇ!」
ワハハとフォリア一族は盛り上がっている。エリオは半笑いだが、見慣れた風景のようだった。
このフォリア・アンティークスの創業者は魔法使いグッズの熱心なコレクターで、ユーリとエリオが書庫で見つけたマグヌスの手紙も彼が集めていた古書の中に紛れ込んでいたのだ。
「身寄りのない私を置いてくださりありがとうございます。仕事が見つかり次第必ず家賃はお支払いしますので……」
簡単な自己紹介の後、メルディは一番気になっていることを――金の話をしておきたかった。なんせ彼女の師匠は散々金銭問題で大暴れしており、弟子の彼女は巻き込まれた後しりぬぐいもしていた。レオナルド・マグヌスは、金を支払わない客に容赦しなかった。そのくせ、研究に没頭すると稼ぐことを忘れ、支払いのために最新の魔道具を売却するなんてこともあった。
(お金だけはちゃんとしとかないと……!)
それが結局人間関係においても大事だということもメルディは実感していた。マグヌスが周辺の人間から好かれるような人間だったら、メルディの苦労も半分くらいはなくなっていただろう。
「あらあら。まだお仕事なんていいじゃない。千年後の世界に慣れるのだって大変なのに……ゆっくりこの街を楽しみなさいな」
「まあまあ。そうはいっても気になって落ち着かないんだろう。しっかりしたお嬢さんじゃないか」
「あ! じゃあお店を手伝ってもらったらどう? メルディさん。魔法グッズは得意分野でしょう?」
ひらめいたとばかりにユーリの祖母、ナーチェが目をキラキラと輝かせていた。夫のダルクも完全に同意するよう大きく頷く。
「そうだな! この店なら働くのに不安もいらんだろう! どうだい? ああもちろんメルディさんがよかったらなんだが」
「え、えええええ! いいんですか!? そこまでしていただいて……」
もちろん! という二つの声が同時にメルディに届く。慌てて保護者代わりになっていたユーリとエリオに視線を向けると、ユーリは夫婦と同じ満面の笑みで、エリオは小さく穏やかに微笑んでいた。
(あれ!? これ、二人も知ってたやつ!?)
あらかじめこの四人で相談していたのだ。慣れない世界、慣れない時代に突然迷い込んだ見習い魔法使いが安心して暮らせる第一歩として、事情を知っている人間の側は悪くないだろうと。
「一生懸命働きます! なんにでも使ってください!」
こみ上げてくる温かな気持ちのまま、メルディは力強く答えた。
◇◇◇
「ごめんねメルディ! 魔法使いの君にこんな仕事させちゃって」
店主のダルクがショーウィンドウの窓を拭きながら新人店員に声をかける。
「いいえ~こんなのチョチョイのチョイですから! それに私、まだ見習いなんでこういう地道な魔術は日々使って訓練するように言われてたんです」
ここぞとばかりにメルディは魔法で店内を掃除をする。もちろん、どれも貴重な商品として扱っているので、傷がつかないよう出力を調整し、尚且つ隅から隅まで汚れを取り除くのだ。
彼女が小さな声で呪文を呟き、指先を振るうと、柔らかな風が店内を駆け抜け埃を一ヵ所に集め、ひとりでに動くモップが床を丁寧に磨き上げた。
千年前の世界で馬車馬の如く働いていた時に比べ、扱いは丁寧だし、店主はいつもニコニコしているし、誰も無茶ぶりしてこない。もちろん今すぐ危険な魔の森でマンドゴラ獲ってこいなんていう人もいない。
「頼もしいなぁ」
店の掃除が終わると、ダルクとメルディは一度食堂へ向かう。開店前のお茶タイムを取るのが日課なのだ。
「本日のネットチェック終了~! メルディの情報は漏洩してません!」
スマートホンをポケットに戻しながらユーリが食堂に入って来た。大きなあくびを何度もして、目をシパシパさせている。
「エリオはもう大学に行ったよ」
「昨日調べものしてたんだよ~。それにオレ、今日は午前中休講だし」
家主の孫に日頃のお礼も兼ねて、メルディは魔法でポットを動かしコーヒーを入れる。するとユーリはとたんに目が覚めたようだ。
「何度見ても魔法はいいなぁ!」
ありがと! と元気にお礼を言って、美味しそうにコーヒーをすすっていた。メルディはいまだにこの味には慣れないが、朝この匂いをかぐと幸せな気分を感じるようになっていた。
「じーちゃんにこき使われない?」
「ぜーんぜん。これでお給金貰ってるの申し訳ないくらい」
彼女の日給は1万エル。週に2、3日働いている。昔とは通貨どころか貨幣が変わっていて戸惑っていたが、最近ようやく慣れてきた。
(紙は持ち運ぶのに便利よね~。重くもないし)
それどころか最近は実物の貨幣を持ち運ぶ必要すらないのだ。そうなるとやはり、
(なんでこれが魔法じゃないのかしら……)
と、頭を傾けるのだった。
「寝不足って、またひいおじいさんの書庫漁ってたの?」
「昨日は例の手紙がいつ我が家の地下に来たのか、ひいじいちゃんの日記読んでたんだ」
「なにかわかった?」
「なーんにも。まだひいじーちゃん八歳だから」
そんな昔から日記をつけていることにメルディが驚いていたからか、
「ひいじーちゃんは記録魔だったから可能性はあるんだよ」
補足情報を付け足して、ユーリはまたコーヒーをすする。
メルディも地下の書庫を確認したが、例の手紙以外マグヌスの痕跡は見つからなかった。
(だけど師匠のことだしなぁ~なんにも痕跡ないのが逆に怪しいっていうか……)
少なくともあの手紙は、師匠があえてここの地下書庫に仕込んでいたのではないかとメルディはまだ疑っていた。
(なーにを企んでるんだか)
「メルディ! お客さんがうちの場所わかんないみたいなんだ! ちょっと店の前に出てもらってもいいかい?」
「はーい!」
命をかけることなくお金がもらえるとはなんともありがたい世界だと、見習い魔法使いはマンドゴラを採取しに魔の森に行ったあの日のことを思い出しながら、駆け足で店先へと向かった。




