第6話 約束
アンティーク店の店内は時の流れから切り離されたかのようにシンと静まり返っていた。古書の甘い紙の匂いと、滑らかな木の香りが漂っている。パチンという音と共に、ユーリが店内の明かりを灯す。窓の向こう側には観光客が楽し気に話しながら店の前を歩いているのが見えた。
「なんか……妙な気分……」
ポソリと言葉をこぼしたメルディは、近くに飾られていた小さな犬の置物に触れる。
(古い物ばっかりなのに目新しいデザインばっか……)
商品として並べられているほとんどの物が色褪せていた。なのに、メルディにはそのどれもが新鮮に感じる姿をしているのだ。
「そうだなぁ。メルディが暮らしてた時代の物はあんまりないかも。うちの店はこれでも年代の古い物を多く扱ってる方なんだけど」
「千年前のだとちゃんと残ってるのは博物館だな」
二人はメルディの動きを目で追っていた。彼女がどう反応するか気にかけながら。
「あ、けどこの辺は……」
「大丈夫か?」
エリオがそう声をかけたのは、そこがメルディが数時間前までいた時代のものだからだ。
「壊れてる。……え、これ売れるの!?」
批判ではなく、本気で驚いている顔だった。そこにあったのはメルディからしたらガラクタと呼んでもいいもの。壊れて動かない魔道具、付与魔法がとっくにきれ劣化したガラスの指輪、錬金術の使い捨ての薬瓶、欠けて再生できない記録石……。
「人気があるんだ。この街のお土産品としてもね」
「本当に!? これ、もう使えないよ!?」
意味がわからないと、メルディは不安気な表情になっていた。いよいよ彼女の常識が通用しないという事実を突きつけられている気分なのだ。
「魔法グッズはどこでも人気あんだよ。コレクターも多いし」
「コ、コレクター!!? 廃棄物だよ!?」
すでにどれもメルディからすると役に立たない。それをコレクションする人間が千年後にいるなんて、あの時代の誰が予想しただろうと、魔法グッズなんてばれているそれらを凝視する。
「ちょっと! うちの商品をゴミなんて言わないで!?」
ユーリは笑い声を上げるのを我慢しているようだった。ワイワイと千年前の”商品”の前で三人は盛り上がっている。が、実はこの少し前、メルディにとって本日何度目かになる衝撃の事実を告げていた二人の青年は、彼女が酷く落ち込むことなく好奇心のままに店内を探索していく姿に安心していた。
◇◇◇
「魔法使いが世界に十人しかいない!?」
感動的に美味しいクッキーを堪能したあと、一番最初に教えてもらった情報にメルディは動揺を隠せない。
「あ、メルディ入れたら十一人だね」
「な、ななななななんでそんなことに!?」
千年前もそこらじゅうにいる存在ではないが、魔法使いは一つの街に複数人はいた。都会なら尚更多い。
(この街以外の人類は滅んでるとか?)
なんて、くだらないことを考えてメルディは現実逃避していた。
「何から説明したらいいかわかんないんだけど……」
うーん、と悩みながらユーリが話題を選んでいることがわかる。
それはそうだ。メルディは今、生まれたてみたいなもの。この時代で生きていく為に必要な情報は山ほどある。
「まず安心して欲しいのが、メルディの身の安全は保障されてる」
「なんだか初っ端から物騒な話題ね」
だが、正直彼女が気になっていた内容だ。メルディは自分がこの時代で異質な存在だどいうことは、周囲の反応を見て初めから感じていた。そういった存在が世間から受ける扱いは残念ながら想像がつく。
「国際法で決まってるんだよ。魔法使いは最重要保護対象……というより悪意を持って干渉しちゃダメってね」
淡々とした説明。あえて感情を出さないよう注意しているようだった。
「と言うことは、それまでは悪意を持って干渉されてたってこと?」
干渉はともかく”悪意”という単語に眉を顰める。千年前はそれなりに尊敬の対象だったのだ。
「戦争や魔獣狩りで魔法使い達は引っ張りだこ……ならまだしも、かなり非人道的な方法で強制労働を強いられてたんだ」
「どういうこと!? 魔法を使って非魔法使いに勝てない状況ってこと?」
メルディの常識でいうと、一対一での戦闘力で言えば魔法使いは圧倒的に強い。剣や槍や弓や斧では簡単に勝てない存在だ。
「うーんと、それは魔法使いと非魔法使いの歴史を説明しなきゃならないんだけど」
ユーリはまたも言葉を選ぼうと頭を悩ませている。
「簡単に言うと、魔法使いはこの千年で激減した上に、その力も極端に弱まっちまってんだ」
エリオの方はかなりかいつまんで話を進めることに決めたようだ。
約九百年から魔力を持つ人間が徐々に生まれなくなり、魔力を持って生まれたとしても『魔法使い』としての力を発揮できるほどの力がないことが増えていった。
「非魔法使いの方は剣以外の武器を創り出してな。戦闘力に関しては大逆転だ」
「銃って……千年前はまだだったかな? 魔導砲はあったよね? 筒から弾を発射する殺傷力の高い武器なんだけど」
「その大砲をずっと小型化したものだ。男なら片手で撃てる」
テーブルに置かれてあったリモコンを手に取り、このくらいかな……とエリアが説明する。
(待って待って待って待って……)
思わずメルディは額に手を置いて目を瞑った。
「だからまぁ……ほとんどの人間にとってすでに魔法はファンタジーの世界なんだよ」
「ふぁんたじー……」
よくわからない単語をメルディはただ繰り返す。文脈から不思議な存在という風に捉えられているということはわかったが……それは彼女がつい先ほどまで真剣に学んでいた分野だ。
「今はもう大丈夫だと思うけど、三年前にどっかのインフルエンサーが魔法使いに突撃してさ……大問題になって、そいつはいまだに国際刑務所にいるって話だねぇ」
「いんふるえんさー……? け、けいむしょ……?」
「監獄。牢屋だな」
インフルエンサーについてメルディが知ったのはその一週間後だが、刑務所という機関が存在する現代に素直に驚きの声を上げた。
「慈悲深いのねぇ~罪を犯した人間に寝る場所と食べるものを与えるなんて」
「……」
青年達の方はその反応の意味することを察して困っていたが。
それから、メルディは思い出したように少しバツが悪そうな顔になって、
「さっきも言ったけど……私、まだ見習い魔法使いなの……杖を持ってなくて」
だから十一人目じゃないのだと、恥ずかしそうに顔を背けた。
「あ~そういえば! レオナルド・マグヌスが修行を続けろって……!」
先ほどの人生初体験を思い出したのか、ユーリはまた興奮気味に声が大きくなっていく。メルディの方は完全に口がへの字になっていた。彼女は経験から、これからとんでもない目にあう可能性が高いことを知っている。
「けど千年後の弟子にどうやって修行を続けさせる気なんだ?」
「師匠がそう言ってる以上、千年後だろうが一万年後だろうが修行をすることになるわ……方法はわかんないけど……」
「面倒見がいいんだねぇ!」
そう捉えるの!? と、とんでもなく驚いた顔をしたメルディを見て、ユーリもエリオもついに笑ってしまう。
「とんでもない魔法使いだったんだな。マグヌスって」
「そうよ! いったいどんな記録が残ってるの!?」
「伝説みたいなのばっかだよ」
まあそれはまたにしよう、と千年後の情報でパンク気味のメルディの目の前のカップに、ユーリは温かなお茶を注いだ。




