第22話 刺繍
フォリア・アンティークスの店休日、マントの背の部分にチクチクと魔法陣の刺繍を施しながら、メルディはチラリとテーブルの上に置いてある地図に目をやる。エリオがデータで出してくれたものを、ユーリがわざわざ印刷してくれたのだ。
「あいたっ」
よそ見した瞬間、針で指先を刺してしまった。
(ちゃんと集中しないと……)
慣れた気になって油断してはいけないと集中しなおす。なんせこれは卒業試験の一つ。錬金術は、魔術よりさらに細かな魔力コントロールやその正確性によって効果が変わってくるのだ。地道な作業ほど、出来栄えに直結する。
試しに軽く刺繍部分に魔力を流し始めると、綺麗な円の魔法陣が薄い光を放ちながら浮かび上がり、メルディはホッとしたように大きく深呼吸した。
(残りはフードの部分に魔法陣と裾全体に魔術紋か)
まだまだ先は長そうだ。
「うーん……ちょっと休憩……」
集中力が解けてしまったと、肩を回し首を回し……メルディはじっくりと地図と向き合うことにした。
マグヌスに関連する建物や土地はキルケには多く存在する。メルディが彼の弟子になる以前も、メルディが時空転移した日以降も、マグヌスはキルケの街にいた。
(ある日突然いなくなるまでは……か)
マグヌスはマグヌス大聖堂完成の翌日、消息を絶ったという記録が残っている。
(師匠に所縁があるところ……師匠がそう認識してそうな場所といったら、やっぱこの辺よね)
自分の住んでいた屋敷と大聖堂ははずせない。だが、簡単すぎるような気もしていた。実際、ミスティリオンの入り口らしきものは何も見つかっていない。
(マグヌスが飛行魔術を編み出した丘……マグヌスが通った薬草屋の跡地……劇場跡地も!? ……まあ見に行ったことはあるけど)
どこもピンとこない。
「あとは……やっぱメルディの木?」
自分の名前の付いた木も、もちろん所縁の地となっていた。説明文を読むと、
【マグヌスの魔術によりいかなる災禍にあっても成長を続けた。“メルディ”という名は彼の最後の弟子からとったと言われている】
最後の弟子……マグヌスはメルディの後にはもう誰も弟子を取らなかったとされている。そのことにメルディは色々と思うことがあるが、なにより気になったのは、
(師匠、自分の面倒見れたの!?)
マグヌスは弟子に全ての雑用を任せていた。自分は魔法の研究に専念するために。その代わりに彼の魔術を惜しげもなく教えた。そういう約束だったからだ。
メルディが弟子入りした時、すでにマグヌスは『大魔法使い』なんていうたいそうな肩書きを持っていたので、弟子入り希望者は殺到していたにもかかわらず、彼の無茶苦茶な要求に耐えられず、一人また一人と去って行った。
(真夜中だろうと、突然あれ食べたいこれ食べたいって騒ぐし、師匠に依頼が来たのに魔獣退治してこいって放り出されるし、偉い人に説明してこいって無茶振りされるし……)
魔法使い見習いの弟子としての修行も過酷なものが多かった。マグヌスは約束を守るため、徹底的に弟子達に魔術や錬金術、そして魔具術を仕込んだ。それができるようになるまで徹底的にだ。だからこそ、基礎をサボればすぐにばれ、もちろん大目玉を食らう。
『マグヌスの弟子を途中リタイアしちゃっても、他の魔法使いから引くて数多だったって聞いたけど』
ユーリが調べまとめた資料は、メルディのかつての兄弟子・姉弟子のその後がわかるものだった。歴史上、それなりに名を残した魔法使い達なので、千年後もその経歴が残っていた。
『ほら。師匠は自分の魔法を秘匿しなかったからさ~マグヌスの魔法目的で他の魔法使い達からの引き抜きもあったんだよね……センパイ方、あの師匠から杖をもらえる自信なくしちゃってたから……まあしかたないかな』
『そんなもんなんだ』
『師匠からの杖がなきゃ、どれだけ優秀でも魔法使い見習いだからさ』
マグヌスは去っていく弟子を引き留めることはなかった。彼がトラブルを起こす度に、一緒に振り回されていた弟子を大笑いして見ていたが、去って行くと決めた者には一切興味を示すことはなかったのだ。
(み~んな寂しそうに屋敷を出て行ってたな)
そんな顔をするなら、杖を貰うまで師匠に付き合えばいいのにとメルディは何度も何度も思っていた。だが同時に、どこかでマグヌスが引き止めてくれるのではと期待した気持ちもわからなくもなかった。
棚に置いてある、千年前のメルディのボタンへ視線を向ける。あの金色のボタンを持ち出した誰かもその顔をしていた。
「あれがなくなったのって、領主の屋敷を燃やした後だったっけ……」
他の魔法使いと喧嘩になり、場所もわきまえず爆破魔術を使い、屋敷の三分の一が炎上した。その屋敷は現在、博物館となっている。マグヌスの日記帳が保管されていたあの博物館だ。
(所縁のあるところねぇ~……)
彼女の中で、より印象に残っている場所にペンで印を付けていく。メルディの木、領主の屋敷、少し離れた島にあるガラス工房、宝飾店、そしてマグヌス屋敷。
「あ……」
地図上にある五つの印をなぞると円が出来上がった。中央には当たり前のようにマグヌス大聖堂がある。だが、ここはすでに司祭の協力を得ながら散々調べていた。
(もっと調べろってこと? いや……なにか仕掛けが……)
彼が考えそうなことなのだ。答えがわかったと思っても、簡単には辿り着けない。
「……木、火、土、金、水……かぁ」
『木』はそのまま。領主の屋敷には『火』の思い出が。しょっちゅうメルディがお使いに行った離島のガラス工房には砂……つまり『土』が。『金』は宝飾店で彼女が今、指に着けている細やかな細工の入った魔石を購入した。そしてマグヌス屋敷には、修行にも使った池がかつてあった。
「うーん……とりあえず探しに行くか!」
なにか……もう少しで答えが出てきそうな気がしたメルディは、気分転換だとキルケの街へと出かけて行った。




