第19話 最後の材料
建物も何も見えない森の中、冷たい雪の中を歩くと、メルディは千年前の世界を思い出す。エオリウスの木はホテルの従業員が教えてくれた通りの場所にあった。敷地内ではあるが人気はなく、雪を踏むメルディ達三人だけの足音が聞こえる。
(えーっと予備を含めたらどれくらい持って帰ったらいいかな)
チラリと左手の人差し指にある指輪に視線を送る。メルディの指輪――それにはめ込まれた石は魔法使い達にとって特別なものだ。セフィラーノはタイ留め、イザベラはピアス、ノアはタグとそれぞれ所有している。
「その魔石ってどれくらい容量があるんだ?」
目線に気付いたエリオが尋ねる。この石は持ち主の魔力を鍵として、所謂アイテムボックスのような役割を果たしていた。彼もユーリも知識としてその石の存在は知っていたが、資料によって書いていることが違うため、実際はわからないままだった。
「人によって多少違うんだけど、私のは、そうだなぁ~……あ! ほら、この間一週間泊まってたライアンさんが使ってたキャリーケースくらい!」
いい例えが見つかったとメルディは得意になっていた。先日、フォリア・アンティークスの民泊を利用していた観光客が、驚くほど大きなキャリーケースでキルケを訪れていたのだ。
「あれってどれくらい?」
「大きかったな……100ℓはあったんじゃねぇか?」
「お土産いっぱい持って帰るって言ってたもんねぇ」
男子二人は記憶を掘り返しながらイメージをしていた。そして、それが多いのか少ないのか聞いてもよくわからなかったと結論付ける。
「なんでも入れられるんだよね?」
「うん。時間の影響も受けなくなるから、採取素材をこっちに入れるために採取道具は持ち運びできるようにしてたんだ」
マグヌスからの言いつけで、魔石の中身は必ず半分はスペースを空けておくこと、という制約をメルディはいつも守っていた。いつ何時、お宝素材を手に入れてもいいように。
「この木にしよ」
少し青みがかった白い幹に触れながら、エオリウスの木に軽く魔力を流し込む。
「おぉ~! これは綺麗だなぁ!」
葉っぱが青白いガラスのように光ったのを見てユーリが声を上げた。
(……確かに綺麗)
メルディは千年前の世界で、いつの間にかそんな感想を抱かなくなっていたことを思い出す。上を見上げ、最近街で見たイルミネーションのように輝くエオリウスの木をじっくりと見つめた。それからちょっとだけ目を閉じて、
「よっし。行きます!」
指輪の一瞬の光と同時に銀製のナイフが飛び出し、メルディの右手に収まった。彼女は刃先を地面に向けたまま、
「エイギスフムス」
半透明な六角形の足場が一段、地面近くで光を上げた。それがまるで階段のように、メルディが足を前に進める度に現れる。
「気を付けろよ~」
「はーい」
エリオに返事をしつつ、メルディはリズミカルに上へ上へと登って行った。
「斬りま~す」
銀のナイフをギュッと握り、メルディは魔力を纏わせた。錬金術に使うために必要な工程なのだ。それから短く、
「セカーレ」
スパンと気持ちいいくらい簡単にエオリウスの枝が切り離された。だがその枝は地面に落ちることはない。
「リブラ―レ」
魔法使い見習いが唱えた途端、ふよふよと空中に浮かんだままになったのだ。雪だけがバサバサと下に落ちる。
メルディは同じことを何度か繰り返し、地面に再び降りて行った。
「セカーレって……パン切る時にも使ってなかったか?」
エリオは半分笑いながら眉をひそめていた。思っていたより威力のある魔法だったと。
「便利な魔術でしょ~」
彼の言いたいことはわかっていたが、メルディはエヘヘと笑って誤魔化した。もちろん、パンを切る魔術も存在するが、これはメルディの手癖のようなもので、ついつい簡単でコントロールが得意な方の魔術を使ってしまっていたのだ。
切りそろえられたエオリウスの枝葉は一瞬でメルディの指輪の中へと納まった。
「ありがとね」
枝葉を提供してくれたエオリウスの木にメルディはもう一度手を触れる。
「セクティオテクトゥム」
ほんの少しだけ、切り取った痕を保護する魔術をかけて完了だ。
「よし! これで全部材料が揃ったわ!!」
ミスティリオンの入り口はいまだにわかっていないが、その中に入るためのローブの準備はできる。あとはどれだけメルディが手際よく作り上げられるかにかかっていた。
「魔法使いの採取ってこんな感じなんだ……やっぱり本で読むのとは臨場感が全然違うね!」
「そりゃその場にいればそうだろ」
ユーリもエリオもいい見学ができたと大満足のようだ。メルディが日常で使う魔術は限られているので、今日は新しい魔術を三つも見ることができた。
「魔獣相手だったらここまでノンビリ見てもらえないけどねぇ」
「アラクネって戦ったらヤバイの?」
今回、アラクネ糸は自力で採取する必要がなかった。明日、ホテルまでアルティスナ製薬の担当者が届けてくれることになっている。
「うーん……アラクネは集団で静かに襲って来るから、隙を見せられないけど、ま。それは他の魔獣も同じだね」
気が付いたら背後にいるのがアラクネだ。
「けど面と向かって相手をすれば大丈夫。皮膚は硬くないし、牙で噛まれなきゃそれほど怖くないよ」
「へ、へぇ……」
二人は以前ドキュメンタリー番組で観たアラクネの姿を思い出し苦笑いになっている。
「今回はちょっとメールを送っただけで、安全なとこにいてタダで貰えるんだもんねぇ」
ありがたいなぁとメルディはしみじみと千年後の世界を噛み締めていた。
翌日、頑丈で厳重そうな鍵付きの重いアタッシュケースに入れられたアラクネの糸が、メルディの元へと届けられた。それも、五人の社員と共に。アルティスナ製薬の『法務部特殊資源担当係』だとか、『コンプライアンス室』だとか『社会連携室』だとか『特殊資源輸送班』だとか『上級研究員補佐』だとかいう名刺がメルディの手元に揃ったのだ。
「な、なんかすみません……」
魔獣の素材が簡単に手に入ったと思ったメルディだったが、実は別の意味でとんでもなく大変なことなのだと思い知ったのだった。




