第16話 受け継ぐもの
「専門家って……専門家!!?」
「はい、専門家です……」
企業戦士が狼狽えている姿を見て、メルディはちょっぴり申し訳ない気分になっていた。魔術を使ってこれほど怯えた反応をされるとは思いもしなかったのだ。
(師匠の魔術でこうなった大人はけっこう見てきたけど……)
まさか自分の魔術でこうなるとは夢にも思わなかった。そもそも攻撃魔法を使ったわけでもなく、貴重な魔道具を守っただけのつもりだったが、それでも刺激が強すぎたのだ。そういう人もいる、ということをメルディはこの時初めて学んだ。
(これまでが幸運過ぎたんだな)
現状に感謝する。誰に怯えられることもなく、周囲は自分が自分らしく生きて行けるよう見守ってくれているということを、メルディは改めて心に刻んだ。
「いや、その……し、失礼しましたっ! とんだご、ごごご無礼を……っ」
「いえいえいえいえ無礼だなんてそんなそんな」
パトリックは三年前に大問題になった、インフルエンサーが魔法使いの情報を公開するという国際法違反と、その後の処罰を楽観視していなかった。魔法使いと関わることはリスクしかないとすら考えていたのだ。魔法使いと縁のある家系であるからこそ、よりリスクが高まることを恐れ、金庫の中身を早く手放したかった。
「大丈夫です。パトリックさんが不安に思うようなことは何にもないんです」
何もしませんよと、その後三回、メルディは『大丈夫』という単語を使い、ようやくパトリックは落ち着きを取り戻し始める。
「実は三年前の例の事件のインフルエンサー……私も突撃されまして……いえ、未遂には終わったのですが、事件後に私のところまで国際魔法協会と国際司法庁から聞き取りがあって……あれは恐ろしかった……」
ポツポツとあまり思い出したくない記憶を吐き出していた。自分がここまで取り乱した理由がそれなりにあるのだと伝えたかったようだ。
「あれは大変な事件でしたからね」
寄り添うようにダルクがそっとパトリックの肩に手を置いた。
「いや、お恥ずかしい……ここまできて言い訳なんて……」
話している内に少しずつ彼の表情も元に戻って行った。
「ごめんなさい。初めにお伝えしておくべきでした」
メルディは国際法があるからとのんびり構えていたが、罰を受ける側からしたらたまったもんではない。
「いえ! 皆様の判断が正しいと思います。下手に情報を振りまくべきではありません」
リスク管理は大事です! と、先ほどまでの自信を取り戻すかのように、パトリックはアンティークスの面々に力説する。目にも力がこもっているので、思いのほかアッサリと復活した。
(いや、開き直った?)
切り替えが早いタイプのようだ。
それから急にハッと思い出したようにテキパキと、金庫の中にあるさらに小さな金庫の鍵を開ける。
「魔法使い、もう我が家には縁のない存在と思っていましたが……ありがたい巡り合わせです」
小さな金庫の中にはクッションが敷き詰められており、一粒の記録石が置かれてあった。
「中身を確認するのはもう不可能だと思っていたのですが」
百年前の鑑定書にも、『記録内容未確認』と記載されている。
おぉ! とアンティークス面々が声を上げた。記録石は壊れやすい。綺麗に残っているものなど滅多に出てこないのだ。……出てきても、再生できる人間はほとんどいないが。
「お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! あ、でも個人的な内容だったら……」
メルディの感覚としては個人の手紙を人前で読み上げるのと同じなのだ。だが、
「あはは! これはもう歴史的な記録といっていいでしょう。父からは三百年前にキース・ロヴェナが残したものと聞いています」
パトリックは記録石をそっとメルディの手のひらに乗せる。
(……師匠の記録石じゃないなら大丈夫よね?)
チラリとエリオとユーリの方を向くと、
「ちょ、ちょっと待って!!」
と、二人して慌てて貴重な品々を金庫の中へとしまい、部屋の扉を閉めていた。どうやらメルディと同じ不安が頭によぎったようだ。前回は記録石に魔力を流し込んだ後、ありとあらゆる無機物が動き始めたのだから。
「よし。とりあえず大丈夫……なはずだ」
エリオは扉の前に立っていた。また机や椅子が外に出て行こうとしないように。ユーリも窓際に移動している。
「じゃあ、いきます!」
記録石が壊れてしまわないよう、ほんの少しずつメルディが魔力を流し込む。チラチラとした光がメルディの手のひらから室内へゆっくりと広がっていく。
『我が愛しのロヴェナ家の子供達よ。私はキース・ロヴェナ。セフィラーノ・アルベリーニの弟子にして”キルケの番人”である』
ハキハキとしたよく通る声……一瞬で全員がパトリックの方を向いた。あまりにも声が似ているのだ。
「……キルケの番人っていうのは彼の二つ名だね。戦時中に彼がこの街を守ったことから名づけられたんだ」
囁くような小さな声でダルクがメルディに伝える。
『このような件を子孫達に託すのは心苦しいのだが、ロヴェナ家として不義理をするわけには決して行かないためこうして記録石に託すことにした』
いったいどんな話が出てくるのか、一同は胸をドキドキさせながら続きを待つ。よっぽどなお願いなのか、キース・ロヴェナが言い淀んでいるようだ。何度もスゥっと息を吸う音が入っていた。
『我が師であるセフィラーノ・アルベリーニに三百エルを返して欲しいのだ』
ん? となっているのはメルディだけ、残りの男性陣は少し難しい表情になっていた。
『これは我が家の再興資金として借り受けた金銭。先生に巨万の富があるとはいっても、そのままでは我がロヴェナ家の名が廃る。だが、私の代では返しきれそうもないのだ』
その後はいかにロヴェナ家がキルケの街に貢献し尊敬を集めているだとか、ロヴェナ家の人間は向上心に溢れ、誠実でいかなる困難にも立ち向かっていく……といった話を長々とし、
『では、頼んだぞ!』
と、あっさり話を閉めた。記録石の光も消え、再生が終わったことがわかる。
「……つまりは借金を返せということでしょうか?」
呆気にとられたような顔のパトリックがポソリと呟く。どうも後半は肝心の内容を薄めたくてとってつけたような話題だったように聞こえたのだ。
「そうかも……三百エル……」
「めちゃくちゃ個人的な内容だったな……」
ユーリとエリオが立て続けに反応する。これが歴史的な記録だと思うと味わい深い。
「実に興味深いお話が聞けました。記録石が再生がこれほど美しい光と共にあることも知りませんでしたよ」
ダルクのプロ意識に若者達はハッとする。だが、パトリックはダルクの気遣いに感謝しつつも大笑いをし始めたのだ。
「あはっあはははっ! いや失礼……言いたいことを言った後で、ごにょごにょと関係ない話をしてお茶を濁そうとするのが父に似ていまして。ああでも、私もそういうところが……いやはや……これはどうにかせねばいけませんねぇ!」
先祖の希望通り、セフィラーノ・アルベリーニに借金を返さなければと、パトリックはダルクに尋ねる。
「三百年前の三百エルというと、現代価格でいかほどでしょうか? 五百万エルはいきますか?」
「そうですねぇ……四百万エルほどだと思いますが」
「えっ!!?」
驚いた声の主はメルディ。実は彼女、マグヌスが同じようなメッセージを残していたらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたが、
(まあでも……三百エルなら今の私でも返せるな)
とも思っていた。現代価格に換算するという作業をすっかり失念していたので青ざめている。
「三百年待ってくださるとは、随分太っ腹なお師匠だ。しかし、セフィラーノ・アルベリーニは神出鬼没と聞きましたが、国際魔法協会に問い合わせてもいいものでしょうか」
彼は現代の生ける伝説。千年前から歴史の要所要所で名前が出てくる存在だ。世間では、現代の魔法使いの最高峰の肩書が『セフィラーノ・アルベリーニ』であるという認識をしているが、実際は同一人物。パトリックは魔法使いの家系というだけあって、そのことは知っていたようだ。
「私、電話番号知ってるのでかけてみましょうか?」
伝説級の存在が一気に身近に感じる瞬間だ。セフィラーノ・アルベリーニもスマートフォンを持っている。
「えっ!!? あ、ああそうか貴女も彼の弟子……よろしいのですか?」
「いえ違います! じゃあかけてみますね」
今度はパトリックが、え!? と驚いているが、メルディは流れに任せてそのまま電話をかけた。また彼が狼狽えるようなことになっても気の毒だ。それに、
(流石に私の師匠はセフィラーノさんですって言うのは心が痛むしね)
彼の本当の弟子であるイザベル達にも失礼な気がして、なにより自分は案外『マグヌスの弟子』であることがアイデンティティになっていることを自覚した。
その後はとんとん拍子に話は進み、
「三百エルを貸したんだから三百エルを返してくれたらそれでいいに決まってるじゃないか!」
と言うセフィラーノ・アルベリーニと、
「それでは先祖に顔向けできませんのでっ!」
と、現代価格に換算した額を返したがるパトリック・ロヴェナの間で多少揉めたらしいが、最終的に、
「ではその記録石をしばらく貸していただけるだろうか」
ということで話がついた。再生可能な記録石は三百万エルの価値が十分にある。
「久しぶりに弟子の声を聞きたくてね」
そう寂しそうに話すセフィラーノの横顔がパトリックは忘れられず、
「なにも急ぐ必要はなかったんですがね……どうも無知から生じる恐怖心に負けてしまっていたようです」
まだしばらくは彼のルーツが積み重ねた思い出を、屋敷ごと保存することに決めた。その話をダルクから聞いたメルディは、
「三百年でも難しいのに、よく九百年も大聖堂が残ったままになってましたね」
もちろん大聖堂だけでなく、古いものを古いままで保ち続けることの難しさを、アンティーク店を通してメルディは学んでいる。
「まあこの街が特別っていうのもあるけど、それもそもそもマグヌスという名前があってこそだし……案外、メルディの試験のためにどうにか残そうと模索した結果かもしれないよ」
メルディがどうにか卒業試験を終えられるように。千年経っても約束を果たせるように。
「まさか!」
このダルクの答えにはメルディは笑った。しかし、
「いやでも、師匠はめちゃくちゃだけど約束だけは守る人だったからなぁ」
うーんと真面目に考え込むメルディを見て、ダルクは彼女がアレコレ言うものの、しっかり自分の師を信頼していることがわかり、バレないように微笑んだ。




