第12話 手紙
コツコツ、とメルディの部屋の窓を叩く小さな音が聞こえる。初めてのインターネットショッピングを終えた翌日の早朝だった。
「あら」
鋭い目をした鳥が折りたたまれた紙を加えている。早く開けろとばかりに、メルディの姿が見えてもコツコツと窓をつつくのをやめない。
「はいはい、今開けるから」
ひんやりとした空気が部屋の中へ流れ込むのと一緒に、その鳥は嘴を開いて手紙をメルディの方へと飛ばした。そしてそのまま、メルディの手にある手紙から鋭い瞳をそらさない。
(イザベルさんから?)
わざわざ使役魔術を使ってメルディに手紙をよこしたのだ。内容は、昨日メルディが尋ねた内容の答え。
【アルティスナ製薬に問い合わせてみなさい】
ただ一言だけ。つっけんどんだが返事が返ってきたことにメルディは驚いていた。無視されて元々、と思っていたからだ。もちろん、なぜ一瞬で返事ができるメールがある世界で手紙を? という疑問もあるが、それはとりあえず端っこに置いておく。
(アルティスナ製薬……?)
わからないことはとりあえずスマートフォンで……と、検索しようそしたその時、
「うわっ」
突然それはブルブルと振動し始めた。画面には【イザベルさん】と表示されている。メルディはまだ電話で誰かと話すことに慣れていない。だからドキドキとしながら最初のお決まりの一言を発しようとした。
「もしも……」
「わかった!? ちゃんと問い合わせるのよ!? 自分でできる!!?」
電話越しに脈略なく一方的にイザベルは話し始め、メルディの声はかき消される。
「あ、はい。手紙ありがとうございました。えーっと、アルティスナ……製薬? には電話をすればい……」
「メールよメール! 問い合わせフォームあるから!! 本当に大丈夫なの!?」
あとは一通り、どういう内容を書けばいいだとか、研究部門宛てにしろだとか、いくつか《《アドバイス》》をしたあと、
「しっかりやりなさい!」
と、不出来な後輩を激励するように声をかけ一方的に電話は切れた。
後にセフィラーノが語るところによると、この時期イザベルはメルディに頼られたと大変ご機嫌だったそうだ。
(朝早くから元気だったな~イザベルさん……)
それにしても彼女は何者なんだろうと思いながら、メルディは半分にちぎったパンを手に取り、手紙を運んでくれた鳥に与えた。
「ありがとね」
感謝の言葉を聞いた後、その鳥はパンを咥え、颯爽と冬空の元へ帰って行った。
◇◇◇
アルティスナ製薬の研究室で、一人の研究員が本社から回ってきたメールを見て苦笑いしている。
「どうした?」
部下の表情を見た赤毛の男性がその理由を尋ねた。
「いやぁ……アラクネ糸の申請書がうちに回ってきて……なんかコッチでもチェックしてもらいたいってことなんですけど……アルカ布作りたいからって……こんな申請、本社で弾いといて欲しいですよ」
本物のアルカ布を作れるのは世界に十人。という一般常識を苦笑中の彼も知っていた。
そしてその十人はアラクネ糸程度であれば、難なく手に入れる手段があるということも。
アルティスナ製薬では社会貢献の一つとして、正式な申請があれば審査後、アラクネ糸を無償で提供していたのだ。もちろん、貴重なものなので正統な理由が必要ではあるが。今回はその『正統な理由』には当てはまらない、と思われている。
「魔法使いに憧れてるタイプですかねぇ~。あの騒動があってから、本物思考の人多いって聞くし」
ぶつぶつと言いながら、メールの返信を打ち始めていた。もちろん、【不可】という言葉が文面にある。彼は上司の《《秘密》》を知らない。
「……この件、私が請け負うよ」
「え!? いいですよこんな仕事、自分がやっておきます。それよりエレオスさん、顔色が……」
赤毛の男性は気遣わしげな部下が最後まで言う前に、
「これに目を通したら今日は帰るよ。ありがとう」
そう言って、パソコンの前の席を交代した。それから口元に手を当ててじっくりと申請内容を読み返す。そこに書いてあるのは、通常では知り得ない、具体的なアルカ布の作り方が書かれてあったからだ。ノア・エレオスがかつて作ったものと同じ手順、同じ分量で。
(錬金術に詳しいものなら作り方くらい……)
先ほど部下が言っていたように、熱狂的なファンもいる。そういう人々なら知識もある。だが、
(いや、アラクネ糸を使った刺繍の構成を知っているのは魔法使いだけ……)
つまり刺繍で描く魔法陣の構成だ。全ては記されていないが、魔法使いでなければその意図は理解できなかっただろう。
(じゃあ誰だ? レンか? あいつもそろそろ自分でローブを作る時期……材料から自力で集めている? だから俺のところに連絡を?)
だが、申請者名には【メルディ】という記載が。ファミリーネームはない。住所はキルケ。
「キルケのメルディって……あの大樹か?」
ちょっとした観光名所だが、ノアはかつて自分の師匠に連れられて行ったことを思いだした。師であるセフィラーノはちょうど数日前、彼の前に現れている。いつも通り唐突に。
『ああノア! 久しぶりだね! こんなに痩せてしまって……』
目を潤ませながら、すでに三十も過ぎた成人男性の頭を愛おしそうに撫でていた。
『だがもう大丈夫……安心して待っていなさい』
ただそれだけ告げ、意味深に微笑んで帰っていった。
ノアは病気だった。魔法使いだけがかかる病気だ。すでに回復薬に必要な材料は失われており、どうしようもなかった。もちろん、現代の医療でも治ることはない。
(フォリア・アンティークスか。キルケにもしばらく行ってないな)
あの街は魔法使いにとって聖地でもあった。師であるセフィラーノのライバル、マグヌスに所縁の深い土地だ。
有給も溜まっている。研究所内でも自分の顔色の悪さは毎日のように話題になっていることも知っている。
「行ってみるか」
もしかすると最期の旅行になるかもしれない。それほど彼の症状は急速に悪化していた。だが同時にノアは楽観もしている。
(先生が大丈夫と言っていたから大丈夫なんだろう)
そのまま彼はキーボードに指を置き、申請書の返信欄に【保留】という文字を打ち込んでいった。




