第7話 千年後の二人
「あ~~~疲れた~~~~!!」
「うんうん。お疲れ様! いい魔術だったよメルディ君!」
博物館近くのトラットリアのテラス席で、メルディとセフィラーノが向かい合って座っている。メルディの前にはソーダ水が、セフィラーノの前にはスパークリングワインがすでに置かれてあった。
あの後案の定、マグヌスの日記帳はメルディの小さな工作など小馬鹿にするかのように暴れ出したのだ。
まずは小手調べと、目が眩むほどの鮮烈な光を放とうとしたので、メルディは大慌てで暗闇の魔術で覆いこみ光を抑え込んだ。
ならばと、その光は鋭利な刃物へと姿を変えガラスケースを破壊しはじめたので、メルディは強化魔術を使って必死に対抗した。そうしてやっと光が収まり、恐る恐るケースを確認すると……、
【ミュステリオンはどーこだ?】
と、くっきり刻まれていた。おちょくられているのがアリアリとわかる文面……もちろんメルディもいつものようにムキーッ! と、肩で息をしながら文句の一つでも言わなければ気がすまなかったのだが、残念ながら警備員の足音が聞えて来たので、慌ててガラスケースを修復する魔術をかけ、何食わぬ顔をするしかなかった。
(ミスティリオンか……)
ちみちみとソーダ水をすすりながら、難しい顔のままだ。メルディはその単語に聞き覚えがある。
「適切な魔術を瞬時に判断し、素早く発動できていた! それも同時にだ! 実に見事だったよ……まるで若い頃の私のような手際の良さ!」
メルディの頭の中のことなど少しも気にならないのか、大袈裟に褒めちぎっているセフィラーノ。ウキウキしているのが伝わってくる、あどけない笑顔だ。御年千歳を超えているとは到底見えない。
「……セフィラーノさん、本当に先生やってるんですね」
褒められなれないメルディは少し驚いた後、こっそり照れていた。それを隠したくて話題をセフィラーノの方に向ける。もちろん彼は自分語りが大好きなので得意気になって、
「意外かい? あのマグヌスにできたのだから、私にできないはずがないだろうっ」
鼻高々だ。
「早く他の教え子達もメルディ君に紹介したいね!」
「ハハ……」
笑って誤魔化すメルディはもちろん、あの強烈なイザベルのことを思い出していた。あの勢いであと八人紹介されたら、流石に対応するだけでとんでもないことになるのは間違いない。全員あのテンションというこはないだろうが、なんせ彼の教え子達だ。
(クセが強そう……仲良くできるかな……)
メルディの小さな不安をよそに、何かを思い出したのか、セフィラーノは急にググッとグラスの中を飲み干した。
「……イザベルの魔術、どう感じたか聞いてもいいかね?」
その質問の意図をメルディは一瞬考えた。当たり障りなくいくか、正直に答えるか。こう考えるのは、きっとメルディの答えが、彼の望むものではないとわかっているからだ。
「正直に頼むよ」
今度はメルディの頭の中を見透かしているかのようだった。
「そうですね……蝶を操っていたあの魔術、使役魔術とは少し違いましたよね?」
「気付いたかい!? あれは彼女のオリジナルさ! 魅了魔術と呼んでいるんだが、特定の生物を呼びよせて簡単なことならコントロールできるんだ!」
「創意工夫ってやつですか」
ふむ、とメルディは小さく頷いた。
「ああ……そう、そうとも言える……」
寂しげな笑顔だった。メルディの気遣いを感じ取っているが、少し残念そうにも見える。だからメルディは覚悟を決め、感じた通りの言葉を告げた。
「師匠も、それにセフィラーノさんもあの術は使わないでしょうね。私も使いません」
「そうだね。使役魔術で全て解決することだ」
つまり、下位互換の魔術。イザベルはそれが精一杯、それをセフィラーノは暗にメルディに伝えた。もちろん、自分の教え子が不出来だということではない。これが千年後の魔法使い達の現状、という意味だ。
千年前、魔法使い達が当たり前のように使っていた魔術はもう当たり前ではない。セフィラーノにとって、この言いようもない感情を共有できる存在はライバルの弟子だけなのだ。彼はそれが確認できたからか、表情に落ち着きが見え始めた。
「だけどまだ魔法使いは存在し続けてる……セフィラーノさんが弟子を取り続けてくれたおかげですね。私も悪目立ちせずに済むし」
らしくないセフィラーノを少しでも励ましたくて、メルディは軽口を叩く。メルディにしてみても、千年後の世界に現れた知り合いは、時々現れる孤独感を薄めてくれる存在だ。
「アッハッハッハ! 千年……色々とあったが、なるほど、その視点はなかった!」
どうやら調子を取り戻したようだ。ウェイターに今度はワインを注文している。
「イザベルさん。杖なし、詠唱なしで、あれだけ蝶を従えたのは努力の賜物でしょ? 私にはまだ無理です」
途セフィラーノの表情が元通りどんどん明るくなっていく。可愛い教え子の頑張りの詳細を理解してくれる存在は滅多にいない。
「そうだろう!」
運ばれてきたワインをご機嫌に受け取り、
「いやしかし、メルディ君が魔術の逆流もできるとはね! あれは千年前の魔術師でもきちんとできる者は少なかった!」
「あれは基礎の基礎だって散々やらされたので……」
驚いたように目を見開いたセフィラーノは、メルディがイザベルの努力を評価した理由がわかったようだった。彼女も同じように、地道な努力の末に魔術を習得していたのだ。
セフィラーノはメルディの目を見てハッキリと、
「マグヌスのやつ、結局弟子として育てたのは君だけだった……だからだろうかこんなことまでして……よっぽど杖を届けたかったのだな」
「師匠、約束だけは守る人ですから」
また気恥ずかしくなったのかメルディは俯き、またソーダ水を啜る。
「やつの唯一にして最大の美徳だ」
フフン! と自分にはそれ以外もたくさんあるとばかりのセフィラーノの言い草に、メルディは吹き出して笑ってしまった。千年前から変わらないものもあることに少しだけ安心しながら。
「セフィラーノのさんの杖は随分変わっちゃったんですね」
「美しいだろう?」
タイ留めブローチからセフィラーノの杖が現れた。千年前の真っ直ぐで傷一つない杖ではなくなり、ボコボコと歪んではいるが、美しい魔術紋があちこちに刻まれたものに変化している。
魔法使いの杖は、その師の杖から一部を取り出して作られる。そうして師である魔法使いの杖もまた、少しずつ新たな姿に変化するのだ。千年の間にどれほどの弟子にこの杖を与えたのか、メルディには想像もできなかった。
テーブルの上に、パスタと魚介のスープが運ばれてきた。それを二人でニコニコと食べ進める。
「千年後の世界の何がいいかって、このバリエーションに富んだ食事以上のものがあるかい?」
なんてことを話しながら。
「ああ今日も美味しかった!」
「シュガークレープ……ハマりそうです……」
メルディも満ち足りた表情だ。
「君! 店主……アンドレは元気かな? 後で挨拶してもかまわんだろうか?」
セフィラーノが声をかけたウェイターは少し困ったような顔をして、
「父は五年前に亡くなりました。お知り合いの方でしたか」
「そ、そうか……これは不躾なことを……」
現代最強の魔法使いがどんどんと小さくなっていく。千年生きているせいか、時間の感覚がうまくつかめなくなっているのだ。
(そうかセフィラーノさん……色んな人を見送ってるんだ)
それが千年生きるということだ。メルディは誰かを見送ったという感覚はないが、セフィラーノを除いたすべての知り合いはすでにこの世にいない。
「あの……もしかしてアルベリーニ様でしょうか? 父が生前よく話していて」
ウェイターはセフィラーノの声掛けに少しも気を悪くはしていなかった。それどころか、わぁ! と、感動気味に声を上げている。
「お味はいかがでしたか? 父が、アルベリーニ様が認めてくだされば、味は問題ないだろうと言っていたんです!」
当のセフィラーノはキョトンとした後、
「ああ……ああ! 今日もとても美味しかったとも! いやいや、友人を連れてくるとしたらこの店に限るね!」
「それはなんと光栄な!!」
二人で盛り上がり始めた。一方メルディは、
(友人!?)
という単語に戸惑いはしたが、
(まあいっか……)
そう思えるくらいには、セフィラーノのことを知れた一日だった。




