第6話 博物館
夏の暑さも落ち着きを見せ始め、見かける花の種類も変わり始めていた。
この頃メルディは、週に一度は通っていたキルケ国立博物館の展示物も一通り見終わり、観光客に最も人気のある”キルケにおける魔法の歴史”のフロアに入り浸っている。主に平日の午後、夕方あたりが比較的人も少ないので、いつもその時間を狙っていた。
(レオナルド・マグヌス、歴史上最も強力な力を持った魔法使い……ねぇ~……)
壁に掲げられたキャプションや解説文、年表を眺めながら、マグヌス屋敷で出土された欠けた実験道具だとか、魔道具のレプリカだとか、魔法使いのマントだとかの前を通り過ぎる。
彼女の目的はその先にある”魔術書”の展示ケース。マグヌスが書いたとされる、魔術、錬金術、魔道具についてのメモ書き、さらに日記とされる書物がガラスケースの中にいくつも並べられていた。
マグヌスは他の魔法使い達とは違い、自らが生み出した魔術を秘匿することはなかった。ただし、魔術にしても錬金術にしても魔道具にして難解で、
(使えるもんなら使ってみろ、作れるもんなら作ってみろ! って精神だったもんな~)
だからこそ彼への弟子入りは、マグヌスの魔術や技術を間近で見聞きできるという点で大きな利点があった。あの破天荒な行動についていければの話ではあったが。
(そういえば、師匠の魔術をきちんと再現できるのなんてセフィラーノさんくらい?)
千年前には数多くいた魔法使い達の中でも、やはりレオナルド・マグヌスとセフィラーノ・アルベリーニは抜きんでていた存在だったのだと、千年後の評価を見てメルディはあらためて思い知った。
閉館も間際な時間になると、来館者は軒並みミュージアムショップへと足早に移動していった。展示ケースの前にはメルディの他にはただ一人だけとなる。
【失われた錬金術】
と書かれた解説文には、千年前のこの書物がこれほど美しい姿を保って今ここに展示できるのは、マグヌスが錬金術によって作り出した特殊な紙のおかげだということ、そしてすでにその技術は失われ、再現も不可能だということがつらつらと書かれている。
(もう作れない? 機材と材料がないのかな……?)
もちろんメルディは魔術だけではなく錬金術も一通りマグヌスに教わっているので、この特殊な紙を作ることができた。だが、メルディはこの技術がすでにこの世界に必要なくなっていると感じている。
(文章なんて、データで保存すれば問題ないんだもんね)
ただし、メルディはそのデータについての知識は付け焼刃のホワホワしたものだったので、データも同じように千年後も残っている可能性があるとは言い切れない、ということを知らなかった。
展示ケースの一番端にあるマグヌスの日記(というほどプライベートな記録ではないのだが)のページは、時々開かれているページが変わっている。今日はメルディが時空転移してから一年後のページになっていた。
(師匠、時空転移の規則性を探してたんだ)
突然何の前置きもなく発生したその現象は、マグヌスの興味を引いたようだった。
(自分がやったんじゃないって言い訳の手紙残してたもんな~)
この手記を見るに、マグヌスはよっぽど予測できなかったのが悔しかったのか、時空転移の歴史から、”メルディの木”周辺の徹底した調査をしたようだった。
(この日記帳、借りられたらな~)
墓探しの手がかりになるのでは、とメルディは考えたのだ。マグヌスがメモ書きのようにこの日記帳にあれこれ思いつくままに書き込んでいたことも知っている。
実はすでに、ヴェルナー教授を通して博物館側に打診をしていた。だが、弟子からの依頼だとしても反応は芳しくはなく、許可が下りても数年かかるだろうと、教授からの申し訳なさそうな返事をすでに聞いている。
チラリと警備員の方を見た。すでに顔見知りになっているからか、それともメルディのことをほんのりと知っているのか、相手は穏やかな笑みで彼女の方を向いて会釈する。
メルディからしてみたら、この分厚い展示ガラスから中身を取り出すのは簡単なことだ。だが彼女は法律を犯すつもりはない。
(う~~~ん……ちょっと試してみる? できるかな……?)
マグヌスはことあるごとに、
『魔法は何もかも基礎が大事』
と言っていた。この日記帳にメルディの魔力を流し込めば、何らかの反応が期待できた。そういう仕掛けがマグヌスは好きだ。ただ、物体に触れずに魔力を流し込むのは少々技術がいる。
(師匠の事だから、一定時間なんの揺れもなく魔力を流し込まなきゃ……ってところでしょ)
ユーリが見つけた手紙のことを思い出しながら、メルディは次にやることを決めていた。まずは集中できる環境を整えなくては。警備員と防犯カメラを誤魔化すことと、先ほどからメルディと一定の距離を保っている観光客をどうにかすること。
メルディは口元を抑えながら、小さく呟いた。
「ヴィルアンノーティス……」
すると警備員はまるでメルディも誰もこの室内には存在しないかのように、ぼーっと空を見始めた。これは一時的にメルディの存在を感じにくくする魔術。感じにくくしただけなので、大きな声や音を鳴らしてしまえばすぐに元に戻ってしまう。
それから、博物館の柱の影にひっそりと潜んでいた小さな蜘蛛へと視線を送り、
「アニマ・アウディ」
の蜘蛛は慌ただしく防犯カメラのレンズの前を行き来しながら、巣を編み始める。
これで下準備は上手くいった。
(さ~てと……)
メルディは極力声を落として、じっと魔術書を眺めている若い観光客に声をかけた。
「で。今日はなんの御用ですか? セフィラーノさん」
相手は少しだけ目を見開いたあと、嬉しそうに口元を上げ、
「……いつから気付いていたんだい?」
見慣れた紳士の姿に戻って行った。手には少々いびつな形の杖が握られている。
「初めからですよ。怪しくなさ過ぎて怪しいんです」
これは、メルディの魔法使いとしての才能ではなく、マグヌスに弟子入りする前の泥水をすすって生きていた時代の賜物だった。妙な違和感には敏感なのだ。
「いやはや……感服するね。あのマグヌスが杖を残そうと思っただけはある」
「それはどうも……。それで、ご用件は?」
なんだか褒められた気がしてメルディはくすぐったくなり、珍しくぶっきらぼうな態度になっていた。セフィラーノの方は、そんなこと弟子で慣れっこなのか、少しも気にしていないような楽しげな表情で、
「この間はゆっくり話せなかったからね。これが《《うまくいったら》》夕食でも一緒にどうだい? なにが好きかな? デザートのシュガークレープが美味しい店がこの近くにあるのは知っているかい?」
どうやら”弟子”という存在に甘いものを提案すれば喜ばれると思っている節のあるこの現代最強の魔法使いは、あきらかにウキウキしていた。
(うまくいったら、ねぇ……)
これからメルディがなにをするのか、すでにわかっているのだ。
「そうですね。なにごともなく終われば」
その答えに、セフィラーノはニッコリと微笑んだ。
彼はマグヌスの墓探しに付き合いたい、と言っていた。それでここにいるということは、メルディがこれからすることは正解と言っているようなものだった。だが、うまくいくとは限らない。
(ああ、恐ろしい~)
すでに散々マグヌスには振り回されている。だから記録石の時のようにマグヌスの呪文が大暴れしてもいいよう、周辺に防御魔術も施した。あの気のいい警備員が怒られるようなことになったら目覚めが悪い。
「ふぅ……」
一度だけ大きく深呼吸をして、メルディはガラスケースに人差し指だけを触れた。ただ一点に集中し、少し離れはその日記帳に魔力を流し込む。
その日記は期待通り、青白い光に包まれ始めた。




