第5話 新市街地観光
メルディとエリオは、トラムに乗って新市街へと移動している。
今日はメルディの服を買いにお出かけだ。今着ている服は、ユーリとエリオが急ぎで用意してくれたものだった。洗い替えを含めて三着ほどプレゼントしてくれていたが、”夏物セール”が始まったというニュースを聞き、いまだ! と、新市街地行きをメルディは宣言したのだ。少し前に押しかけて来た、華やかなイザベルを見て少々触発された、というのもある。
「俺も行こうかな」
と、珍しく休日のエリオも一緒だ。
「新市街地、なかなか機会がなかったんだよね」
以前行った市役所も新市街にあるが、その時はあまりメルディは《《観光》》できていなかったので、実質今日が初めてじっくりと街並みを見ることができる。
そこはメルディにとってまさに”異世界”だった。
「背の高い建物ばっかり! あんな大きなガラス使って……作るの大変だったでだろうな~」
いつもは遠くから見ていた高層ビル。近くで見るとその迫力に圧倒されてしまう。
「こっちだぞ」
エリオに促されてメルディは大通りを歩いていく。フォリア・アンティークスがある旧市街地とは走る車の数が全く違う。道路の幅も、車線の数も違う。
道行く人も、目を輝かせながらキョロキョロと街並みを堪能している歴史地区の観光客と違い、新市街地では、目的地に向かって颯爽と歩いている人が多い。
(わぁぁぁ~! これが千年の積み重ね!)
メルディの楽しそうな表情を見てエリオも歩調を合わせてくれていた。
「テレビで見た通り! 車とすれ違う時の風圧、面白いね!」
「なんだそりゃ」
ぷっと彼女の反応につられて笑っているエリオに、道行く女性達の視線が集まる。
(おぉ……!)
この世で大変珍しい魔法使い(見習い)である自分より、よっぽどエリオの方が注目されていることにメルディは安心感を覚えていた。旧市街地でチラチラ向けられていた視線をここでは全く感じない。なるほど、国際法はこういった意味でも魔法使いにとって重要なんだとあらためて理解した。落ち着いた、普通の暮らしを送りたければ、自分達が魔法使いだと知られないに限る。
「あそこだ」
エリオが連れてきてくれたのは、所謂ファストファッションの大型店舗。旧市街地にあるショッピングアーケードにもたくさんのお店があるのだが、伝統的なオシャレ空間といった雰囲気の通り、高級ブランドが中心だった。つまり、今のメルディには手が出せない。
「すっごいなぁ! 同じ型の服がこんなにいっぱい……魔道具でもここまでの量産は厳しかったし、なによりどれも
質がいい……なにより安い……!」
静かに興奮しながら、メルディは店の中を練り歩く。千年前は主に自分で作っていたのだ。魔法使い用の特殊な衣装の為に、というのもあったが、そうでなくとも基本は古着を購入して自分でリメイクが基本だったので、こんなに簡単に自分だけの新品の服が手に入れられるなんて、まだ信じられない。
「何買うか決めてるのか?」
「うん。一応ね。《《いんふるえんさぁ》》がオススメコーデだって言ってたのがあって……」
エリオがまた小さく笑い声を上げ、
「ほんっとうに上手く使いこなしてるな、スマホ」
「でしょ~?」
思わずドヤ顔になったメルディを見てまた彼は笑った。
メルディはついにスマートフォンを手に入れたのだ。ちなみに、どこで知ったのかイザベルから連絡が入り、無理やり彼女の番号を登録させられている。
(どうやって私のこと知ったのか聞けないままだったな~。千年経ってるし、その手の魔術が開発された?)
ありえる、と思いつつ、なんとなく違うんじゃないかと彼女の勘が言っていた。
「探してたのこれか?」
「それそれ! ……何色にしよう……黒の方が魔法使いっぽいかな?」
「なんだ。イメージ気にしてるのか?」
「期待には応えたいじゃない?」
またもやメルディがフフンとカッコつけたので、エリオは吹き出す。彼は今日、なぜかご機嫌だ。
「なあ、今更なんだが、魔法使いと魔術師ってなにが違うんだ?」
エリオは昨夜ユーリとメルディが食堂で話していた内容が気になっていた。
『イザベルさんは魔術師よりの魔法使いね。他の魔法使い達もそうなのかな?』
『あ~……まあ、確かに……十人の中にいるのかな~錬金術師と魔具師』
腕を組み真剣に悩んでいるような顔のユーリを横目にエリオは自室へと戻っていた。
「魔術師も錬金術師も魔具師も全員魔法使いって呼んで大丈夫。ただそれぞれ専門がどれかっていうか、どれを強みにしてるかって感じっていうか……」
千年前は、”魔法使い”と名乗るなら全てに対応できる、という意味もあった。逆に、それぞれを極め、自分の強みとしてアピールするために”魔術師”や”錬金術師”や”魔具師”と名乗る者もいた。
「専門がどれかって話か。だから今の魔法使いの中に、錬金術師と魔具師はいないかもって話をしてたんだな」
「そうそう。この時代には必要ないでしょう?」
ドラッグストアに並ぶ薬も、月まで行くにも、魔法使いは関わっていない。その事実は千年前の見習い魔法使いにとってちょっぴり寂しいものだが、しかたないと割り切れるのがメルディ。
結局このお店でメルディは予定以上の服を買い込んだ。
「秋物も買っちゃった。毛糸の手触りが良くてつい……」
なんなら着心地も抜群だ。彼女はここで試着も楽しんでいた。何を着ても目新しい自分が鏡に映る。エリオが冷静に何がどう似合うかコメントをくれたので、余計欲しくなってしまったというのもあった。
(なかなかの大荷物ね)
だが、メルディは今日は魔法を使わなかった。なんとなく、今日はこの街に紛れ込みたい気分だったのだ。……ちょっと前にマグヌスの弟子というだけで決闘を挑まれた、という経験が多少影響しているかもしれない。
帰り道では、SNSで話題になっていたお店でジェラートを買い食いだ。
「なんだか今、すごく普通の幸せを堪能してる気がする」
しっとりと甘いナッツ味のジェラートに感動しながら、メルディは自分の境遇を客観視していた。美味しいものを食べている時は、どんな状況でも不運を嘆こうとは思わないのでちょうどいい。
「これからはそんな日ばっかりになるんじゃないか?」
エリオはすでにベリー味のジェラートを食べ終わっており、メルディの手荷物を何も言わずにひょいっと自分の手に移す。
「ありがと」
メルディは慌ててジェラートを食べ上げようとするが、
「いいから、ゆっくり食べろよ」
結局に荷物はエリオが代わりにフォリア・アンティークスまで持ち帰ってくれた。
◇◇◇
「どうだったデート?」
「楽しかった~!」
楽し気に食堂に入って来た二人に、ユーリはニヤリと声をかけるも、メルディのあっけらかんとした反応に少しつまらなそうにする。同時に、『子供かよ』と冷めた視線をエリオから感じ、肩をすくめた。
「あ~またこないかな~イザベルさんとセフィラーノさん」
ため息交じりのユーリだったが、
「やだー! 名前出さないでよ! 本当に来そう!」
「刺激求めすぎだろ……ドーパミン中毒かよ」
メルディとエリオに批判されると、二人の反応に満足したのか声を上げて笑った。
そうしてもちろん、噂をすれば影有りなのだ。




