第15話 実験
補助装置の中心に置かれた記録石がゆっくりと淡く光り始める。
(いけそう……!)
通常通りの記録石の反応にメルディが安堵したのはほんの少しの時間だけ。
「うえええ!? 待って待って待って!!?」
その光が眩しいくらいどんどんと強くなっていくのだ。焦っているメルディの後ろで、男性陣が呑気に感動の声を上げているのが聞こえた。
「……ホログラム?」
徐々に光が形を作り始め、感動から引き戻されるようにエリオがあれ? っと、首を傾ける。記録石は『声の記録』ということを彼は冷静に思い出していた。逆にメルディの方がどんどん冷静さを失っていった。
「うそ!!? し、師匠!!!?」
「!!!?」
メルディの声に魔法学の専門家達がハッと我に返る。
「こ、これがマグヌス!!?」
それからその姿を目に焼き付けようと、教授は瞬きすら惜しんで目をかっぴろげていた。
(記録石いじって音だけじゃなく映像を記録したってこと!?)
すでにテレビの存在を知っているメルディは瞬時にそう理解できたが、知らなければ本人がそのまま出て来たと勘違いしてひっくり返っていたことだろう。
現代に現れたレオナルド・マグヌスは、その瞼をゆっくりと開いた。
『やっほ~~~メルディ元気ー? 元気だろうね~君のその生きる力を僕はとっても評価していたし!』
突然ぺらぺらと話し始めたホログラムに、教室内にいる人間はポカンと口を開けたままになる。
『で、師匠らしく今の君を評価するよ~~~! まず、この記録石を見つけて修復したこと! ……を、褒めてあげたいところだけどまあ合格点ってところだねぇ。うーんでもまあ、誰の魔力が込められてたかってのを見分けられたのは上々かなぁ? ……いややっぱギリギリ合格! ギリギリね! だって僕の魔力でしょ? 見分けなんて簡単だよね~』
アハハと軽く大魔法使いは笑っている。
『だいたい、君が転移した時代に出てくるように仕組んだの僕だし~僕が天才なだけかもね~』
「え!!?」
この記録石を見つけたのが偶然ではなかったことに全員が驚いた。ほんの少しでも何かが違えば手に入らなかったものだ。
『何度も言うけど魔法は何もかも基礎が大事。地道な修行こそが『杖持ち』への一番の近道だよ~! ということで、とりあえず合格点を獲ったメルディが、見習い魔法使いから脱出するための最終課題を発表しま~す!』
バチンとウィンクをした師匠の顔をメルディは、口をヘの字にして沙汰を待つかのように心底嫌そうな顔になっていた。こういうノリノリのマグヌスを相手にする時はいつだってとんでもない目にあうと決まっているのだ。だが、
(ついに杖が貰える……!)
そう思うとやる気も出るというものだ。長い年月、とんでもない修行に耐えてきたのはそのためだったのだから。
(この時代じゃ魔法なんて必要ないけど)
魔法使いでなくとも生きていける。だが、それでもメルディは『魔法使い』になりたかった。見習いではなく。意地なのか、それともすでに自分のアイデンティティになっているからか。……それとも……これはメルディがあまり深く考えたくはないことなのだが、
(師匠のように自由に楽しく生きてみたい……なーんて……?)
この時代、魔法がなくても十分楽しく生きていけるが、魔法があればもっともっと楽しく生きていけるような気がメルディはしていた。
『僕の墓はど~~~こだ! 頑張って探してみよ~~~!!』
「??????」
ここでまたも全員がポカーンとなったのは言うまでもない。
マグヌスの墓といえばとても有名で、探すまでもなかった。マグヌス大聖堂。そこに彼の身体が安置されていた。
「どういうこと……?」
すでにホログラムは消えかけており、メルディの声は師匠の下には届かなかった……とはいかない。なんたってあのレオナルド・マグヌスである。
『あ! そうだったそうだった! ちょっと試したいことがあったんだよね~! だからわざわざ記録石を使って……ちょっとメルディ付き合ってね! あ、今のなし。これも課題の一つにしま~す! これから起こるちょっとしたトラブルをサクッと解決すること!』
すでにメルディは青ざめている。やっぱりノリノリの時の師匠はヤバい、と。
「ちょちょちょちょ! 待った待った待った!!!」
大慌てなメルディを教授と助教授のコンビは興味津々に見ており、ユーリとエリオは少し笑顔が引きつり始める。
消えかけていたホログラムは再び力強い光を放ち、大魔法使いを映し出していた。そしてその千年前の大魔法使いの指先が幻想的な青い光を帯びたかと思うと、それで紋様のようなものを空間に描き始めたのだ。
「マグヌスの魔術紋……」
そう教授が声を漏らしたと同時だった。
「うぎゃー!!!」
「なんだ!?!?」
教室内にある家具がガタガタと暴れ始めたのだ。机に椅子、書類棚に標本ケースに地球儀……しまいには撮影していたカメラに録音機まで。暴れてどうするかというと、明らかに扉から外へと出て行こうとしていた。
「やばいやばいやばいやばい!」
「ドア抑えろ!!!」
流石にこれが外に出た場合の想定は全員が一瞬で出来た。
『千年後にこの記録石で魔術を使ったらどうなるかやってみたかったんだよね! まあたぶん問題なく使えてるでしょ! 結果はお墓で教えてね! ってことでまた~!!!』
ここでホログラムは消えた。レオナルド・マグヌスは魔法をかけっぱなしで弟子に処理を丸投げしたのだ。
「マジかよ!?」
エリオが叫びながら扉の方へと走っていた。その間に撮影カメラが容赦なく扉にアタックをかける。
「うわー! 撮影データが!!!」
という悲鳴を上げたのはユーリだ。同時に教授と助教授二人がけでカメラがこれ以上壊れないように抱きしめていた。少しでも衝撃を緩和させようとしたのだ。
(んもぉぉぉ!! あの師匠は~~~~!!!)
あの師匠が大人しくメッセージだけ届けるはずがなかったのだと自分自身の甘さに腹を立てながら、メルディはグッと拳を握り締める。
「オブセラーレ!」
カチャンと扉の鍵が閉まる音がする。その後は机や椅子がぶつかっても扉はビクともしなくなっていた。
『か~ら~の~! スタグナオブムテスク! スタグナオブムテスク! スタグナオブムテスク!!』
暴れまわる家具達にメルディは制止の呪文を乱発した。そうしてこの呪文をかけることすら、あらかじめマグヌスが決めていたんじゃないかと銀の小箱の事件を思い出し、ますます腹が立ってくる。
(くっそ~~~千年経ってても師匠に振り回されるなんて~~~!!!)
ようやく静まり返った教室の中で、平和なスローライフはそう簡単には手に入らないのだと、メルディは改めて自分に言い聞かせたのだった。
「これは……夢か……?」
カメラを抱きかかえたヴェルナーは、髪の毛がぐちゃぐちゃになったまま床に座り込んでいた。
「あれがマグヌス……あれが千年前の大魔法使い……」
同じようになっているロラン助教授も遠くを見ているようだった。そうして一呼吸置いた後、二人同時にボロボロと大量の涙を流し始めたのだ。男泣きしている。
「ああ、我々はなんと素晴らしい時代に生まれたんだ……!」
とんでもない最終試験が待ち受けていそうだと白目になっているメルディに、止まることのない涙を流す教師陣。ユーリとエリオは半笑いのまま、ぐちゃぐちゃになった教室に立ち尽くしていた。




