『魔法士の半身』という都市伝説を信じるか信じないかは私次第です
人は人を消費する。
お互いに時間を奪い合って、消費し合う。
自分は誰かに執着しないと思ってた。
「『時間を共有する』という考え方もあるよ」
そう言った彼は消費されてボロボロになった。
私はアルベルタ、魔塔の魔法士だ。一応元公爵家の第一子。この国では爵位を継げない『長女』。今は家名を捨てた、ただのアルベルタ。私としては最初からアルベルタだったから、元の家とか言われてもよく分からない。
この国の人たちはなぜか恋愛結婚への憧れが強いらしい。だから本当は政略結婚であっても、外では仲睦まじく振る舞う夫婦が多いのだとか。私の両親は恋愛結婚だったんじゃないかと思う。交流がないからあの二人がどう始まったのかは知らない。
きっとあの二人はお互いが最愛で、お互いだけが大切。つまり、生まれた子どもたちは二人を邪魔する存在だったんだと思う。それに、私を愛してたわけじゃないと思う。愛してたら手放さないだろうし、一度くらいは会いたくなるものなんじゃないのかな。愛し合う二人は子沢山で、私には弟妹が十人くらいいるらしい。
正直、彼らの名前も顔も知らないから会っても分からないと思う。物心がついた頃にはもう魔塔で暮らしていたし、会いに来たりとかなかったし。
神殿で受けさせられた魔力に関する検査で、豊富な魔力量と複数属性を持っていることが分かった。その日のうちに入塔し、それから十数年、魔法士としての英才教育を受けながら数々の『仕事』をこなしてきた。一人。独り。それが私。
さて、魔力量が多いことの何が素晴らしいかというと、人より長く、多く練習ができることだ。魔法は練習量に比例して魔力の扱いが上手くなる。才能やセンス、思い切りの良さ、そういったものが加味されて能力差が生まれる。その両方を兼ね備えているのが優秀と評される魔法士だ。
私はその類の魔法士だと思っていた。年齢や情緒の発達にそぐわない現場に駆り出され、自分よりも長く魔塔で働いている人よりも成果を出していた。
私が現場に行くと、
「ああ、お前か、今日は気楽だ。じゃ、あとはよろしく」
そう言って私に任せてくれる。やりたいようにやって、現場を片付けて呼びに行くと凄いの何のと褒めてもらえる。
ところが、私は魔塔追放の対象になっていた。現場に出ている割にいつまで経っても魔法士ランクが上がらない魔塔追放魔法士のリストに名を連ねた。通称リストラリスト。魔塔では、功績に応じてランクが上がり、それと同時に魔法士としての価値も上がっていくのだということを知らなかった。
魔塔の予算は限られているから、仕事のできない魔法士は不要。そう伝えに来たのが彼だった。ロルフ・ヘルトリンク伯爵令息。彼は魔塔の人ではなく、王宮で働いている人。見た目は凄く素敵。優しそうで、彼の見た目だったら美辞麗句を幾らでも思い付けそう。彼は私を見るなり胸を手で押さえた、ような気がした。呼吸が少し苦しそう。深呼吸を一度した彼はその麗しい顔で、優しくこう言った。
「ちゃんと、報告書は書いていますか」
「……そ、れは、何、で、しょう?」
知らない単語を聞かされてしどろもどろになってしまった。
「ああ、やっぱり。教育係はエゴン?」
「はい。エゴン様です」
「『様』呼びは彼の指示?」
「え、あ、はい。お前とは違うと仰って」
「うわー。恥ずかしい奴。平民な上に魔法士としても微妙なのに……あ、これ口外無用で。えーっと、言わないでね。トラブルの素だから。つい本音が出ちゃった」
「えぇっと」
「ああ、俺はロルフ。今、魔法士のリストラリストの確認をして回ってるんだ。本来は王宮の文官がやるんだけど、魔塔はある程度魔法が使えないと危ないとか言われたから俺が。君はまだ若いからすぐに追放になるわけじゃないんだけど、すでに色々偽装が見つかっていて、どうも君が絡んでるみたいなんだ」
「ご苦労様です。アルベルタです。元公爵家の長女らしいんですが、今は名前だけです」
「なるほど。アルベルタ……ええっと、関わった仕事は百三十件、ね。多いね。君、年齢は? 今、いくつ?」
「そう、ですね。仕事始めが七歳だったはずで働き始めてから……ええー、多分十五歳くらいです」
指を折りながら数えるアルベルタを見て、ロルフは困ったような顔をした。
「その間、教育係はずっとエゴン?」
「はい、そうです」
「あぁ。なるほど。生活費はどうしてたの? 報告書を出さないと報酬が出ないでしょう?」
「ほーしゅーって何ですか?」
想像以上に搾取されていた様子に、ロルフは全てを拒絶するように目を閉じた。深く長く息を吐くと、目を開けた。
「報酬っていうのは、仕事をしたら貰えるお金だよ。流石に『お金』は分かる? 売店で何か買ったことは?」
「『お金』くらいは分かりますよ。売店で買い物をしたこともあります。エゴン様がお小遣いをくださったので、クリームが入ったパンを買いましたよ」
「……お小遣い? ちなみにいくらくらい?」
「えっと。仕事に行くと、エゴン様がお小遣いをくださるんですよ。パンを一度に五個買ってもお釣りが来るんです」
「あー、なるほどね。そんな五個程度で満たされた?」
「残念ながら……」
「そうだよね。魔塔での生活は快適でしたか?」
「そう、ですね。眠る場所はあるし、食堂もあるし、仕事もあるし……特に困ってはいませんでしたけど」
「なるほど……っと。えー、ちなみに君は一目惚れって信じる?」
「一目惚れ……ですか?」
「魔法士の」
「ああ、生まれる前に約束をした魔法士同士が惹かれ合うっていう都市伝説の? ええっと、確か『魔法士の半身』ですよね。お互いの魔力量を増やすとか属性を共有できるとかなんとか。部屋に冊子が置いてありました」
「そう。そういうのは知ってるんだね。ああ、あれか、魔法士同士を結婚させたいからそういう啓蒙活動をしてるとか言ってたな。ええっと、君はまだ若いから分からないかもしれないけど、俺はもう分かる年齢なんだ」
君も分かる年齢になったらぜひ考えてほしいと言い残して彼は去って行った。去り際に私の左手をしばらく意味深に握っていた。彼の熱の籠った眼差しを見て、自分の顔が熱を持ったのが分かった。彼は私がその半身だと匂わせたのだと思う。多分そういう事なんじゃないかな。勘違いかもしれないし、そもそも私には全然分からなかったんだけど、多分年齢のせいなのかな。
それから暫くして、エゴンは逮捕された。その日から私へのお詫び行脚が続いた。
「エゴンが保護者として金銭を管理していると言ったからあんたには渡さなかった。俺は知らなかった」
「通常とは異なる対応だったから報告書に名前を書かなかった。通常通りなら書いてたとは思う」
「気付けずすまない」
それを聞かされて、
「良いんですよ。これからもよろしく」
そう返答を返していく。ここでゴネても何も良いことはないだろう。恨みを買うのは面倒。私が貰うはずだったお金を直接奪った訳ではないし、このくらいが妥当だろう。
エゴンは私が真っ当な魔法士とは現場で一緒にならないように手を回していたそうで、ついでに人事部の職員も処分されたと聞いた。エゴンとその人が私の給料を着服していたんだそうだ。ただ、公表はせず、内々の処分と補償金で話を収めたいらしい。
お詫び行脚が終わると金銭的補償の話になった。新しく作られた報告書通りに支払うと、今年の予算の負担になる金額になったと言われた。
「予算に負担のない金額を数年に分けても大丈夫です。引き続き魔塔に住ませてほしいですし、お仕事もさせてください」
「分かった。給料や報酬に上乗せする形で支払う」
経理部の人は確かにそう言った。文章は残さなかった。私は住処と仕事、少しずつ支払われる将来の蓄えを手にしたはずだった。
翌日から徐々に仕事が増えていった。何度か様子を見に来てくれていたロルフと顔を合わせることも減り、私は陰口を叩かれるようになっていた。急に私の収入が増えた事に不満を感じた大人からの嫌がらせが始まったのだ。事情を詳しく知らない経理の人から漏れたらしい。
「あいつは色仕掛けで給料を余分に貰っている」
「今度お相手してもらいたいなぁ」
「あいつの母親は子供をしょっちゅう産むんだ。娘も同じようなもんだろ」
「仕事がイマイチなくせに金だけは要求するんだってよ」
嫉妬心や正義感からの口撃。それを初めて聞いた夜はただひたすらに悲しくて、涙が止まらなかった。こんな所に居たくない。でも、帰る家もない。夜中に笑い声が聞こえて、ドアノブをガチャガチャする音がした。扉を叩く音がする。騒ぐ音。私は怖くて、扉に反転と防音の魔法、それに耐久力を上げる魔法をかけた。
頭から寝具にくるまり、自分を結界の膜で包んだ。聞こえるのは自分の吐息と心臓の音。息を殺してジッとする。スタンピードの現場に放り込まれたあの恐ろしい日もこうして自分を守ったことを思い出した。窓の外がだんだんと明るくなってきた。朝陽だ。朝が来てこんなにも安心したのはあの時以来。こんな状況でも私は生きていたいんだと実感した。
しばらくボーッとしていた。でもお腹が空いた。こんな時でもお腹は減る。泣き腫らした目を治すこともせず、朝食を食べに食堂へ向かった。道中、私を訝しみような目で見る他の魔法士とすれ違った。確かに違和感はあった。
怒りの眼差しで私を睨んだ赤い髪の女性がこちらへ向かってツカツカと歩いてくる。
「あんた! 何てことしてくれたの? 先輩の魔法士に魔法を使うなんて! 酷い怪我なのよ? 彼らが何をしたって言うのよ! ちょっと贔屓されてるからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
「え? 私何もしていません! 贔屓だなんて。全くの言い掛かりです。何かの間違いです!」
「あんたの部屋の前で血塗れで倒れていたのよ? あんたが扉に何か細工をしたに決まってるでしょう?」
「……扉……あ!」
「ほらやっぱり! 自分で細工をしといて忘れるなんて! 大怪我なのよ? 魔素神経が戻らないかもしれないの。もう魔法士として仕事ができないかもしれないのよ? 出世頭だったのに! 私と結婚するはずだったの。私の愛する彼を元に戻して! 返してよ! 彼を返して!」
私の服を両手で持った赤い髪の女性は私を前後に激しく揺さぶった。すごい腕力だ。あー、帯剣している。魔法騎士か。厄介な事になった。昨夜、扉の向こうにいたのがこの人の彼氏。あんな人と結婚しなくてよかったんじゃないかと思ってしまう。ゲスな人だったよ?
「痛い!」
突然、頬に鋭い痛み。あぁ、叩かれちゃった。
「あ」
結界の魔法が発動した。そうだった。昨日は魔獣討伐が仕事で、スタンピード直前まで増殖した魔獣をただひたすらに屠る簡単なお仕事だった。その時に私に危害を加える者がいたら、結界を張るように魔法をかけていた。私を包むように周囲を切り裂きながら守る結界。まさか魔塔でそんな目に遭うとは思わず、魔法を解くのを忘れていた。今までにも解いていなかったことは多々あり、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。
赤い髪の女性の両腕を切断する形で結界が張られた。私を包むように半円状に広がった結界が彼女の体と私の体の間に展開し、肘辺りをスパッと切断した。切られた彼女の腕が結界内にゴトンと音を立てて落ちた。赤い髪の女性は失われた自身の腕の先を見て悲鳴を上げた。ヒステリックな彼女の言い分に飽きて関心を失っていた面々も、響き渡った悲鳴を聞いて再び私たちを見た。
焦った私はその場で回復魔法を使った。すぐに結界を消し、落ちた二本の腕を元通りにくっつけ、溢れた血液を霧散させた。突然腕が元通りになったのを見た彼女は驚愕の眼差しで私を見た。くっついたばかりの腕を摩りながら、一歩、また一歩と後退り、震える指を私に向けた。
「あんた……まさか……『掃除屋』」
「『掃除屋』だって?」
「あいつが?」
「まさか! あんな女の子が?」
「魔塔一の実力者で、金にうるさい凄腕の?」
「あの、実力は魔塔一ってわけじゃ……。あの、お金は貰えてなかった側で……」
私の言い分は喧騒にかき消された。
「じゃあ、あいつらは掃除されたってことか?」
「今も躊躇いなく両腕を切断したぞ! 剣士にとっては命よりも大事な腕だぞ!」
「戻せるからって切って良いわけないだろ?」
「冷血」
「ちょっと魔法が上手いからって」
「案外直接手を下したのかもよ。あの人たち人気の魔法士だったから」
「扉には反転魔法がかかっていただけで……」
そう。彼らは彼ら自身が私に向けて放った魔法で怪我をしただけだ。私にはやってもいいと思った事が自分自身に返ってきただけ。皆自分の推理を披露するのに必死で、誰も私の話を聞いていなかった。私はその状況に辟易してため息を吐いた。それでもお腹が減ったので食事を貰いに行くと、食事を提供してくれる人々は食べ物を渡してくれなかった。
「あんたが怪我させたのはこの子の大事な人だったんだよ!」
調理人の一人に睨まれた。あんな風に夜中に下衆な笑い声をあげる男性と結婚しても幸せにはなれないと思うけど。まあ、良い。私はその場で転移魔法を使って自室に戻った。部屋の中の荷物を纏め、
『食事を貰えなかったので辞めます。残りはしっかりと払ってくださいね。アルベルタ』
と置き手紙をして転移した。
転移した先は隣国の王都、カッサータ。以前合同訓練で知り合った魔法士、サリーナがいる魔法士ギルドを訪ねた。サリーナは仕事でいなかったが、彼女が話を通してくれていた。お互いに職場の愚痴を言い合ったら、だったらうちの方がマシ、嫌になったらカッサータのギルドに所属しちゃいなよと言われ、そのままいつ来ても良いように手続きをしてくれていた。
お陰で、その日のうちにギルドに所属して身分証明書を手に入れることができた。ご飯もギルドの食堂で食べた。魔塔のご飯よりも美味しかった。
登録をする時に好きな名前に変える事ができると言われたので、名前はベルタに変えた。流石に貴族になり済ますのは違反らしいが、短い名前に変える方は多いんですよという受付嬢の言葉に後押しされた形だ。登録時の魔力検査ではSランク相当とされ、ギルド長と面談するように言われた。
顔が強張ってはいたけど、ギルド長はなかなかの紳士だった。突然ギルドの前に転移してきたからか、最初はヤバい犯罪者が逃げてきたのかと思ったらしい。出身国を告げると大きく頷いて、心底ホッとしたように安堵のため息を吐いた。
「そういう事でしたか。あの国では出る杭は打たれるというのは本当だったんですねぇ。惜しいことです。まあ、すでに何人かこちらの国で暮しているんですけどね。出奔された方もいますが、追手も問い合わせも来たことはないので、ご安心を。なんか謎なプライドがあるみたいですよ。優秀な方ばかりいらっしゃるから残った方は大変だと思うんですけどねぇ」
私は住居の提供についての説明や、何をすればランクが上がって、仮ではなく真のSランクとして扱われるのか、どんな仕事があるのか、とても丁寧に教えてもらった。これもあの国とは違う。分かりやすくて合理的だった。
一番興味があったのは学校に通えるという説明だった。私の年齢ならあと二年くらいは通うのが一般的なんだそうだ。仕事をしながらでも学べると聞いて入学してみることにした。
シルベスタ王立学園。国内外から十代後半の子女が集まり、シルベスタ王国や近隣諸国の言語、歴史、法律を学ぶ。それ以外に適性や希望に合わせて、剣や魔法、領地経営、商売、工芸、藝術などなど様々な分野を学ぶことができる。家のない私は寮に入ることになった。
アルベルタの時には馴染みのなかった工芸や藝術を学んでみたかった。単純に魔道具を作りが面白そうだった。入寮後、サリーナとも再会することができた。成績も良く、生活態度も良好で、楽しい学園生活。サリーナが紹介してくれた気の合う友人にも恵まれ、魔塔とは違って、穏やかで幸せな時間が流れていた。
『留学生が来る』
その知らせが学園中を駆け巡ったのは夏休み明けの暑い日の午後だった。私が出奔した国の王子が留学してくる。お互い名乗り合ってはいないが、空気感でなんとなく同じ国の出身かもしれないと思う面々との顔合わせは済んでいる。私が分かったということは、あちらにも知られてしまうということかもしれない。
私がそう不安を漏らすと、「無理無理」とサリーナは笑った。
「ベルタなんてかなり上手にシルベスタ人に擬態してるわ。話し方も癖もしっかり掴んでる。他の人たちだってそう。そもそもベルタみたいに人種の違いが分かる人は稀有よ。余程でない限りは見ただけでは分からないものよ。それでも心配なんだったら、認識阻害の魔道具を作ったら?」
「……確かに!」
その日から私はサリーナの協力のもと魔道具を作った。
試行錯誤するうちに何とか形になった。全ての確認ができたとは言い難いけど余程近くなければ大丈夫。王子とダンスを踊るなんてことはないだろうから堂々としていれば分からないはず。ええ。確かに私はそう言いました。
なぜ、私は今その王子様と学園主催の夜会でダンスを踊っているのでしょう? そしてついに、
「あれ? 珍しい魔道具だね。流行り? 素敵な髪飾りだね」
そう質問されてしまった。
「……この髪飾りは、魔力を貯めておく魔道具なんです」
「へぇ。ちょっと見せてほしいな」
「いえ。持ち主以外が触ると危険ですし、尊いお方が触れていいような価値もございません。こうしてダンスをさせていただいているのも異例のことでございます。どうか、ご容赦を」
「こちらが良いと言っているのに」
王子はダンスを止めてしまった。
「何かございましたか」
スッと男性が近づいてきた。流れるような彼の案内でダンスパーティーの会場の隅に移動した。彼を見た瞬間、体内で花火が上がったような衝撃があった。ドーン! と心臓が大きく脈打ったかと思うと全ての内臓が中心に向かって収縮するような錯覚。今までに感じたことのない衝撃。もしかして、何かの病気?
少し衝撃が和らいでくると、王子のそばに立つ男性が目に入った。やつれていて顔色も少し悪い。でもこの人を知っている! 彼だ! 体中が歓喜した。
ロルフ。私の特別な人。彼の匂わせを思い出した。
それにしても彼に何があったんだろう。彼の人生をすり減らすような何かがあったんだろうか。私の報酬問題で動いていた時はもっと健康的だった。もしかしてこの王子のせいなの?
「ゴルティア様、女性の髪飾りに触れるのは流石にご遠慮いただいた方が」
「いや、それは髪飾りではなく魔道具だ。王子に接触するのに魔道具を身に付けているのはあちらの不手際だろう」
「髪飾りなのが問題なのです。この者を閨に招きたいという意味になってしまいます」
「かまわん。なかなか可愛らしい見た目をしているし、今夜にでも招こう」
「なりません! 留学中の身でそのようなことはお控えください。国王陛下にもキツく言われております。ばら撒かせるな、と」
「父上には知られていたのか……しかし、ばら撒かねばいいのだろう?」
「そういう問題ではございません。友好国になろうとしているのです。女性をモノのように扱ってはなりません」
「まったく。お前は本当に頭が硬いな」
「そのようにお考えなのでしたら、留学の件は……」
「かまわん。女性と過ごせないのならこの国にいても意味がない。どうせずっとお前が付き纏ってくるのだろう。興醒めだ。帰る」
「主催者に挨拶はしてください! 王子!」
二人はあっという間に歩いて行ってしまった。
流石に呆然と見送った。情報過多だ。ロルフが忙しくなったのは確実にあの王子様が原因。しかも何の感謝もされておらず、何なら邪魔だと思われていそう。でもきっと便利に使われてしまっているのだろう。彼は目端が利くし、優秀だ。陰で『何でも屋』と言われていたことも知っている。ちなみに私は『掃除屋』。あの国の人は勝手だ。
そもそも、ああいう全力で寄りかってきそうな人との相性は最悪だろう。使い勝手の良い道具。指示もしてないのに『何でやってくれないの?』って言いそう。搾取する側とされる側。ロルフにとっては最悪の組み合わせだ。
何か飲み物でもと思って見た方向にロルフがいた。彼だけが会場に戻ってきたようだ。彼は誰かを探している様子でキョロキョロとしている。何をしているんだろう? そうこうしているうちに私と目が合った。目線でバルコニーへと誘われた。会場の死角になっているバルコニーに目線だけで伝えるとは相変わらず仕事ができる。あんなにボロボロなのに。
会場が次の曲に移る喧騒に合わせてバルコニーに出た。
「久しぶり、アルベルタ」
「先程はありがとうございました。ロルフ様」
「君が誰か分かってるって分かってた?」
「ええ、ロルフ様でしたら、きっとこの認識阻害の魔道具は効いていないだろうと思っていました」
「その魔道具、良いね」
「お褒めいただき光栄です。先程は守ってくださってありがとうございました。まさか王子殿下と踊る羽目になるとは思いもしませんでした。遠目だろうからと時間と予算に限りがあった上での大量生産でしたので」
「その魔道具はかなり良くできている。でもあの王子はホントに口説いてただけだから。魔道具の性能の問題じゃないし、そもそも魔道具って分かってて言った訳じゃないんだ」
「嘘でしょう?」
「成功体験があるんだよ」
「……思いもしませんでした。それで対処が早かったんですか?」
「その通り。先手先手で動かないと被害者が増えるばかりでね。今俺と一緒に働いてる奴らの中にも被害者がいるんだ。元婚約者が、ね」
「やりましょうか?」
「ダメだよ。戦時中でもないのに。今は平穏に暮らしているんでしょう?」
「今更王族の一人や二人増えたところで変わりませんよ」
「良いんだ。もうすぐ終わる。俺たち、今回の旅が終わったら飛ぶから」
「何かご予定がおありなのですね?」
「王命でね」
「……そうでしたか」
「知ってしまった君の口止めをしないといけないね」
「……なるほど」
「口止め料としてその魔道具ちょうだい。ちなみにいくつ持ってる?」
「二十ほど」
「五個貰える?」
「ええ」
空間収納庫から出して渡す。
「相変わらず規格外だね。惚れ惚れするよ」
「ロルフ様は、笑顔がお変わりなく。素敵です」
「そうそう、君の弟妹総勢六名のことは伝えてないよね」
「初耳です。六名、ですか」
「公爵夫妻はエゴンに言われて君のためにと会いに行かなかったと言っていた。長女だから本来は収入を家に入れる義務があるけど、家名を捨てたのなら自由に生きてほしい、とのことだよ」
「他の弟妹は今は?」
「三名は魔塔にいた。ちゃんとした教育係が付いてたから安心して。残りは公爵家で養育されていた」
「ありがとうございます」
「まあ、再会とか交流とかそういった話は今度ゆっくり。すぐには気持ちの整理もつかないだろうし。それに名残惜しいけど今日はもう行かなくちゃいけなくて。どこに行けば君に会える?」
「カッサータの魔法士ギルドです。ベルタの紹介で、と」
「ベルタ、ね」
「ええ。ベルタ、です」
ロルフは私の左手を取り薬指に口付けた。
「俺に名を贈ってほしい」
「……考えておきます」
「もう分かった?」
「ええ。都市伝説は本当でした」
「俺たちはお互いを縛る呪いのようなものだ。お蔭で優秀と評される。逆らってもみたけど、でもそんなのどうでも良いくらい、君が愛おしい。この気持ちに偽りはない」
「今の私は、あなたなしでどう生きていくのかもう分かりません」
彼は私の頭を撫でてから抱き寄せた。しばらく抱きしめた後、彼は私の頬に口付けた。そして目の前から消えた。相変わらず転移魔法も美しい。魔力残滓が極端に少ないのが良い。ああ、もう彼の痕跡が霧散した。こんなに凄い魔法士が私の半身だなんて、嬉しくて仕方がない。結局私は魔法バカなのかもしれない。
彼の新しい名、何がいいかな。星空を見ながら、彼の見た目に合う名前を考えた。二人で暮らす未来。どんなに遠く離れても、きっと私は彼のところへ帰る。彼もきっとそう。離れている今は身体の半分が失われたような喪失感がある。
もしかしたら、多分だけど、彼がボロボロなのは私と離れていたからなのかもしれない。彼が気付いてからすでに数年が経っている。こんな喪失感をそんなに長く味わわせていたなんて……。あぁ、早く彼に会いたい。
完




