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第6話 決別

異能等級分類(全4段階)

各等級は想定火力・制圧範囲・運用傾向に基づき区分。


────────────────────

端末級ノードクラス

────────────────────

〈想定火力〉:小屋・車両・単一ユニット(1~3名)の制圧が可能。

〈運用解説〉:局所対応型異能。補助・連携・偵察に適する。

未発現異能者や初期能力者の大半がこの区分に該当。

民間社会への流出リスクが最も高いため、地域管理体制が重要とされる。


────────────────────

構造級ストラクチャークラス

────────────────────

〈想定火力〉:大型建造物(ビル・格納庫・通信施設など)の単独破壊が可能。

〈運用解説〉:中規模・中装甲目標への攻撃に優れる。

精密制圧や要所破壊を目的とした作戦において、汎用戦力として有用。


────────────────────

街区級セクタークラス

────────────────────

〈想定火力〉:市街地・工業区・住宅ブロックなど、一画の壊滅が可能。

〈運用解説〉:近距離戦闘や面制圧に適した高出力型。

都市戦・籠城戦などでの活用が想定される、実戦主力等級。


────────────────────

都市国家級シティステートクラス

────────────────────

〈想定火力〉:一都市の壊滅・制圧を単独で実行可能。

〈運用解説〉:軍事行動における機動主力に匹敵する超級異能。

異能災害史上最大級の被害(=都市国家壊滅)を基準に設定された最上等級。

国家機関による常時認可・監視対象とされ、個体存在そのものが外交問題となる。




◇ ◇ ◇




【第6話 決別】


 時は僅かに遡る。


 リンは、ただならぬ気配を察知していた。

 スマホは沈黙し、寮のドアも、エレベーターも応答を失っている。

 まるで、この島そのものが息をひそめ、何かの到来を告げているかのように。


(来る……)


 そう確信し、リンは無言で寮の外を睨む。


 その視線の奥には、彼女だけが持つ特別な“視界”がある。

 リンの異能は、筋肉の密度と制御領域が常人の域を超えるが、それは眼筋にも及ぶ。

 内眼筋を制御し、ピントを微細に調整。瞳孔の開閉を強制的に操作し、視野と光量、焦点深度までをも任意に変える。


 彼女にとって「目を凝らす」とは、すなわち、戦闘用の視覚モードへの移行だ。


「相変わらず……長時間は、きつい……」


 瞳の奥が焼けるように痛む。視神経と脳が悲鳴を上げる寸前で、彼女は呼吸を整えた。

 力を抜いて過集中を緩めることで、自己への損傷を回避する。細心のバランスの上で成り立つ索敵作業だった。


 そして、数時間にも及ぶ張り詰めた緊張の末——それは唐突に訪れた。


 しとどに濡れた寮舎の外、雨を含んだ木々の隙間を、黒い何かが走った。まるで夜そのものが形を成し、影を置いていったかのように。


「……見つけた」


 リンの唇がかすかに動いたその瞬間、彼女は窓枠を蹴っていた。


 雨風を切り裂くような音。夜気を纏い、疾風のように跳躍した小さな身体が、弾丸のように闇を翔ける。風も、雨も、その肉体には届かない。ただ狩りの本能に従って——拳が振るわれた。


 それはもはや“打撃”ではない。砲弾のように重く、鋼をも穿つ密筋の一撃。風を切る音すら、相手が反応するには遅すぎた。


 最初の一人が沈み、次の影も瞬時に崩れた。


 無音の狩猟。電撃の制圧。敵が存在を悟る間も与えず、リンは一人、夜のなかで狩る者へと化していた。


 だが——。


 その手に掴み取ったものは、あくまで“先手”に過ぎなかった。これから迫る嵐の前に過ぎぬ、静かな咆哮だった。


 その後に続く敵は違った。不意打ちの余韻が去り、冷静さを取り戻した十余名の武装兵。訓練され尽くした統制の取れた動きに、連携、そして過剰なまでの合理性。狙い澄ました銃撃が、嵐と共に彼女の視界と行動範囲を削っていく。


「なによこいつら……っ!」


 舌打ちと共に、嵐の中を駆ける。次々と迫る弾丸を筋肉で弾き、跳ね、叩き落とす。圧倒的な膂力は健在だ。だが敵は一枚上手。距離を取ってこちらの間合いに入らない。接近を試みれば、すぐさま別方向から援護射撃が飛び、包囲が強まる。


「ちょこまかと鬱陶しい! 正々堂々勝負しなさいよ!」


 咆哮と共に地を蹴るも、応じる者はなく、苛立ちだけが胸に募る。もどかしさが焦りを生み、焦りが動きを単調にし、戦況は着実に傾いていった。


(こんな奴ら、一人一人なら全然、大したことないのに……!)


 気づけば、背後には寮の外壁。大幅に行動範囲を削られ、足元は泥に沈み、撃ち込まれる弾丸の密度が倍加する。


 ——そして、ついに。


 その内の一発が、リンの腹部を捉えた。


「ッ……ぐっ!」


 咄嗟に筋肉を硬化させたことで、致命傷には至らなかった。だが、その衝撃は体の動きを一瞬だけ止めさせた。


 もちろん、敵はその一瞬を逃さない。


 銃口が一斉に彼女を捉え、死の予感が雷鳴と共に迫る。


「だ、らアァァッ!」


 咆哮。拳が弾丸よりも速く振るわれた。


 彼女は敵に背を向け、背後の壁を殴った。鋼鉄より硬く鍛え上げた拳が、コンクリートの壁面を砕き、大穴を開ける。


 その向こう側に現れた、尻餅をついたひとりの少年が、驚愕の表情で目を見開く。


「リン…さん…?」


 小さく掠れた声が、吹き込む風にかき消されそうになりながら届いた。


「……水無瀬」


 その名を呟く彼女の声は低く、僅かに動揺していた。


「隊長、未確認の学生一名を発見!」


「構うな! 全ユニット、構造級の無力化を最優先!」


 リンに銃口を向ける兵士たち。


 その瞬間、千夜の背筋に、冷たいものが走った。


(くる——)


 肉が裂け、骨が砕ける音が脳裏によみがえる。あの惨劇。目の前で見た、血の雨。


 足が竦む。呼吸が浅くなる。手足が冷える。


(なんで、なんでこんなことに……)


 後悔か、恐怖か、それとも現実感の欠如か。曖昧な感情が渦を巻く。ただ、胸の奥で叫んでいるものがあった。


(今度は、リンさんが——)


 思い浮かんだのは、鮮血に塗れる少女の姿だった。無残に崩れる、あの強くて眩しかった背中。


「……それは、だめだろ……!」


 喉が勝手に叫んでいた。恐怖を噛み殺すように。


 足が震える。膝が抜けそうになる。けれど、踏み出した。全身の神経を無理やり繋げるようにして、千夜は駆け出す。


 そこに、短く、強い声が飛んだ。


「バカ!」


 千夜の襟元を掴み、彼女は強引に跳躍した。二人の体が宙を舞い、ロビー中央へと着地する。続けて、大穴から兵士たちがなだれ込んできた。


(数が……増えた! しかも、水無瀬まで——!)


 銃声はまだ鳴っていない。

 だが、それは時間の問題だった。


 兵士たちがふたりに銃口を向け、ジリジリと詰め寄る。

 その視線に、恐れも迷いもない。ただ職務として、目の前の“異能者”を撃ち抜こうとしているだけだった。


 そんな無機質な光景のなか——彼女の思考がふと、過去に引きずられる。


 脳裏に、怒号が木霊した。


 低く、濁った声。

 恐怖よりも、怒りが勝る声。


「この、失敗作が……!」


 あれは——幼い頃の記憶。

 あの男の顔。唾を飛ばしながら、吐き捨てるように言われた言葉。

 感情のこもらぬ視線。まるでゴミを見るような目。


 リンの心に、焼けるような痛みが走る。


「……水無瀬、あれ出しなさい」


「あれ…?」


 千夜の顔に戸惑いの色が浮かぶ。思考が追いついていない。


「私は、こんなところで死ぬわけにはいかないの。かと言って、あなたを守りながらアイツらとやり合うのは、無理」


 リンは銃口から目を逸らさずに、静かに言葉を続ける。


「だから、自分の身は自分で守って。……恨んでくれていいわ」


 その時だった。


 階段に最も近かった兵士が、音もなく倒れた。異変に気づく間もなく、他の兵士たちも次々と崩れていく。ざわめきとともに、混乱が広がる。


(…っ! 今!)


 リンが迷わず突撃する。彼女の拳がうなり、一人、また一人と兵士が倒れていく。最後の兵士が、何か小さな金属に撃たれ、パチリという音と共に、無言で崩れた。


 そして、階段から現れたのは——


「おいおい、なんだよこれ……?」


 寝巻き姿のまま、呆然とした表情で立ち尽くす加賀だった。生温い夜気にさらされ、サンダルのままの足先がタイルの床に貼りつくようだった。その後ろから、肩で息をする優が現れる。目には焦りの色が浮かび、その手にはコインが握られていた。


 優は周囲を素早く見回すと、真っ直ぐに千夜へ駆け寄った。


「千夜、大丈夫? 怪我はない?」


 その声に、千夜はやや呆然としながらも、小さく頷いた。


「大丈夫……リンさんが助けてくれたから」


 言葉の意味をすぐに理解した優は、すぐさまリンに目を向ける。


「そう。ありがとう、リン」


 視線を受けたリンは、わずかに眉を動かしたが、表情に感情は出さずに答えた。


「元はと言えば、わたしのせいだから」


 言葉の裏に含まれる何かを感じ取り、優の顔に戸惑いが浮かぶ。


「……どういうこと?」


 だがその追及を遮るように、加賀が両手を軽く振って割って入った。


「ま、待て、まずはどこかに隠れようぜ? な?」


 その提案に誰も反論せず、四人はすぐにロビーを離れ、別棟の建物へと身を移す。


 吹き抜けた夜風が、血と硝煙の匂いを遠くへ運んでいく。破れた制服の裾を押さえながら、リンはそっと壁にもたれかかった。


 ようやく呼吸を整えられる静寂の中、リンは壁にもたれたまま、ゆっくりと口を開いた。


 その体には、戦いの爪痕がはっきりと刻まれていた。制服の袖は裂け、拳は血に濡れ、腕には無数の擦過傷。何より、その目に宿った鋭く研ぎ澄まされた光が、彼女がどれほど苛烈な戦いをくぐり抜けてきたかを雄弁に物語っていた。



「ひとりで突貫ですって……? リンあなた、なんでそんなことをしたの?」


 優の声音は静かだったが、その裏には確かな怒りと軽蔑が滲んでいた。


「はぁ? 敵が来たからに決まってるでしょ?」


 リンは語気を強めて言い放つ。まるで当然のことを聞かれたとでも言いたげな、鼻で笑うような態度。


「自分から手を出す必要はなかったはずよ」


 冷静な言葉。それでも、優の瞳には微かな焦燥が揺れていた。千夜のことを案じているのだと、誰の目にも明らかだった。


「私に、隠れろと? 逃げろと言うの? そんなの、弱い奴がやることよ!」


 その瞬間、空気がぴたりと張り詰めた。


 リンの声には怒気が混じり、まるで自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。だが、優の次の一言が、その場の緊張を決定的なものに変えた。


「……そう」


 その一言を皮切りに、優の雰囲気が変わる。空気が冷えた。雷が落ちる直前のような、張り詰めた沈黙。


「リーネ。あなたがなにをしようが、それで死のうが構わないけど、もしまた千夜を巻き込むようなことがあれば」


 静かに、


「私があなたを殺すから」


 しかし確かな殺意をもって放たれた言葉だった。


 その一言で、リンの中の怒りが決壊した。


「……殺す……? 誰が誰を……? 端末級風情が、図に乗るなよ……?」


 重く、低い声。すでに視線は剣と同じ。わずかに前傾したその姿勢は、今にも飛びかかる寸前だった。


 一触即発——


「ままま、まて、待て!」


 慌てて二人の間に割って入るのは加賀。両手を広げ、必死に空気を和らげようとする。


「どけ無能者。お前になにができるんだ」


 リンの言葉は鋭く、そして容赦なかった。


「優」


 その場に響いたのは、千夜の低い声だった。


 優は何も言わない。ただじっとリンを見つめている。


「言い過ぎ」


 その一言に、優の睫毛がわずかに揺れた。


 リンは踵を返す。足音だけが、空間に響く。


「リンさん」


 千夜が思わず声をかける。だが、リンは振り向かずに応えた。


「……助けてくれた事は感謝してる。水無瀬を巻き込んだのも……悪いとは思ってる。だからこの場は去るけど、優」


 その声には怒りでも悲しみでもない、鋭く冷えた決意があった。


「アンタの事は、許さない」

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