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第4話 嵐の前

 ———現在接近中の非常に強い台風7号は、依然として勢力を保ったまま、早ければ明日の朝にも———


 


 校舎棟の最上階。生徒会室に備え付けられた大型テレビが、冷たく無機質なニュースを繰り返していた。

 映し出される天気図には、渦を巻いた雲が不吉な緑と赤に染まり、まるで今にもこの場所を飲み込もうとしているかのようだった。


 そんな画面の前に、ふたつの影がある。


 一人は、椅子に深く腰を下ろしたまま、静かに画面を見つめる青年。

 整えられた前髪の奥に、鋭くも冷静な視線を潜ませたその人物こそ、この学園の実質的な権力者——生徒会長である。


 もう一人。

 無遠慮に机の上に腰をかけ、ぶっきらぼうな態度で脚を組む金髪の小柄な少女。

 リーネ・シュタイン・アイゼンフェルト。

 その目はいつものように冷たく、そしてどこか、不機嫌そうに細められていた。


「では、あの地下室にあった設備も、早坂の仕業と?」


 生徒会長が問いかける声は、まるで書類をめくるかのように乾いていた。


「まず間違いないわ。優のラボに、同型機があった。」


 リンは答えながら、視線だけを窓の外へと流す。

 灰色の雲が島の空を覆っていた。もうすぐ、雨が降るだろう。


「ふむ……出来すぎるのも考えものだな」


 会長の目は笑っていなかった。予想通り、というよりも——

 何かを確信した者の静かな苛立ちが滲んでいた。


「それで、結局あれは何だったの?」


 と、リン。声の調子はあくまで軽いが、その奥底には、好奇心に似た刺があった。


「どこぞの誰かが時計塔ごと破壊してくれたおかげで、調査が難航していてな」


 皮肉まじりに返す会長に、リンは肩をすくめた。


「……ふん。悪かったとは思ってるわよ。けど、あそこまで脆いとは思わないじゃない」


 気まずげに目を逸らしながら、リンは脚を組み直した。

 責任を感じていないわけではない。ただ、自分のミスを素直に詫びるタイプでもなかった。


「かなり老朽化していたようだからな。


……そしてあの設備は恐らく、異能の制御、もしくはその発現に関するものだ」


 淡々と述べる会長の横顔に、リンは小さく眉を寄せる。


「ふーん。なにを企んでいるのやら」


「もう目的は達したのかもしれん」


 その言葉に、リンの脳裏をひとりの名がかすめる。


 彼が展開した黒い“円盤”は、ただの盾ではなかった。

 物理法則さえ拒むような異質さ。異能と呼ぶには、あまりにも“異質”だった。


「水無瀬千夜、か」


「そう、彼だ。聞けば、先日の早坂はずいぶんと上機嫌だったそうじゃないか」


「そうね。あんなにハイな優は初めて見たかも。けどそれなら、少し気を緩めてもいいのかしら?」


 気安く笑いながらも、リンの声にはどこか含みがある。

 それは単なる警戒心か、それとも——別の感情か。


「監視は継続する」


 会長はきっぱりと断じた。声には一切の揺らぎがなかった。


「りょーかい」


 軽口で答えたリンだったが、その目はわずかに曇っていた。




 ———この台風の影響により、九州地方では大きな被害が出ています。引き続き、十分な警戒を———


 


 テレビの音声が再び耳に入る。

 画面の中では、暴風にあおられる木々が無残に揺れ、濁流が住宅街を飲み込んでいた。



◇ ◇ ◇



【第4話 嵐の前】


 朝の通学路。

 湿った風が、人工島を吹き抜けていく。空はまだ明るいものの、いつ降り出してもおかしくない鈍い雲に覆われていた。


 千夜と優は、並んで寮の門を出た。謹慎を終え、久々に歩むその道中には、兵士が立ち、無機質なセキュリティカメラが静かに彼らを見つめている。

 それは日常であり、非日常の残滓でもあった。


 


「風が強いわね。雨がないだけマシだけど」


 スカートを押さえながら、優が呟く。

 湿度を帯びた風が、黒髪を煩わしげに揺らしていた。


「湿度は優の天敵だもんね」


 千夜が軽く笑いながら言うと、優は「ホントにね」とため息まじりに答えた。


「雷が近付くと肌がピリつくし…髪も落ち着かないし…」


 苦情とも独り言ともつかないその言葉に、千夜は小さく笑って頷いた。

 そんな、他愛もない会話を交わすうちに、ふたりは校舎にたどり着いた。



 


 教室の扉を開けた瞬間、千夜は違和感を覚えた。


 いつもはまるで空気のように扱われ、視線を逸らされる。

 それが今日に限って、クラスメイトたちの目線がこちらに向けられている。

 だが誰も声はかけてこない。ただ、静かに注目されている。


 ざわつくような気配の中——


「おはようございます」


 清涼な声が教室に響いた。


「あら委員長。おはよう」


「おはよう」


 静寂が一層深まる。

 そこに立っていたのは、黒髪のサイドテールを揺らす一人の少女。風紀委員長。通称“委員長”。


 いつもは淡々と職務をこなす彼女が、わざわざこちらに話しかけてきた。

 それだけでも珍しいが——挨拶を終えても、その場から動かない。


まっすぐ、こちらを見ている。


「ひとついいかしら」


 どこか緊張を滲ませた声音だった。


「……千夜、なにかしたの?」


 小声で優が尋ねてくる。


「いや心当たりは……」


 戸惑いながらそう答えると、


「水無瀬くんに早坂さん……この前の件、本当に、ありがとう」


 そう言って、委員長は深々と頭を下げた。


 不意を突かれ、目を見合わせる千夜と優。


「千夜…なにかしたの?」 


「いや……」


「紅葉先輩を」


 顔を上げる委員長。その真面目な顔立ちが、少しだけ赤く染まっていた。


「先輩を、助けてくれて…本当にありがとう」


「…………紅葉先輩?」


 優が首をかしげる。


「ほら、あの人だよ優、一緒に助けた……」


「あぁ、あの子! ……いいのよ、気にしないで? ついで……違うわ。原因はわた――…人として当然のことをしたまでよ」


 珍しく動揺を隠せない優の様子に、千夜は思わず苦笑する。だが、委員長の表情は真剣そのものだった。


「わたし……怖かった。時計塔が崩れるのを見て、ただ呆然として……でも、あなたたちが、先輩を助けてくれて……」


 言葉が震えていた。

 それでも、委員長は止まらなかった。

 胸の奥から湧き出るような感情を、しっかりと届けようとしていた。


 教室の空気がざわめく。見守る生徒たちの気配が、次第に息を呑むように静まっていく。


「だから、ありがとう」


 その一言を言い終えると、委員長は顔を赤く染めたまま、足早に自分の席へと戻っていった。


 その背中に、拍手も歓声もなかった。

 誰一人として言葉を発さなかったのに、教室全体が確かに、わずかに息を呑んでいた。


 だが、それで十分だった。


 空気は、変わっていたのだ。


 沈黙を是とするクラスという共同体に、

 誰も壊せなかった透明な膜に、

 ほんの小さな亀裂が入った——そんな瞬間だった。


「優、ごめん、泣くかも」


 千夜はポツリと呟いた。

 冗談のようでいて、どこか本気だった。

 目の奥がじんわりと熱を帯びて、頬がほてる。

 そんな感覚は久しぶりだった。


「あらあら。席に着くまで我慢して?」


 優はいつも通りの調子で微笑んだが、

 その目も、少しだけ潤んでいた……気がする。

 もしかしたら湿度のせいではなく――。

 いや、やはり気のせいかもしれない。


 そうして、ふたりは席に向かった。


 始業のチャイムが鳴る。

 教師が教室に入り、黒板にチョークが走る音が響く。

 誰もがペンを取り、ノートを開き、

 ごく当たり前のように一日が始まっていく。


 だが、それは“普段通り”であって、“まったく同じ”ではない。

 これまでと、ほんの少しだけ違う。

 確かに何かが変わり始めている——そんな、静かな朝の始まりだった。





 午後、教室に響く終業のチャイムはいつもより早かった。


 台風の接近による特例措置。

 今日の授業は午前で打ち切られ、生徒たちは三々五々に下校を始めていた。


 千夜もまた、優とともに昇降口を抜け、風の強まる校庭へと足を踏み出す。

 空はまだ降ってはいないものの、雲の色は重く、耳に届く風音もすでに荒れ気味だった。


 そんな中、耳に響いてきたのは——


「……走ってる音?」


 スニーカーが地面を叩く軽快なリズム。

 ジャージ姿の生徒たちが校舎脇を駆け抜けていく。女子テニス部だ。

 強風などものともせず、声を掛け合いながらランニングをこなしている。


 ……その集団の端に、ひときわ奇妙な姿があった。

 頭から木の枝を突き出したような男子生徒。背中にも葉っぱがくっついている。どう見ても不審者である。


「加賀、それもう本気でアウトだよ?」


 千夜が声をかけると、当の本人は肩を跳ね上げて振り返った。


「うわ!ってなんだ千夜か……びっくりさせんなってうわああ! 悪魔! 悪魔がいる!」


 悲鳴のような叫びとともに、彼は隣の優を指さす。


「失礼ね。また一筆書かせるわよ?」


 優は涼しい顔。

 どこからともなく紙とペンを取り出しそうな雰囲気すらある。


「なに言ってんだ! あれはもう全部返済しただろ!? 無賃労働はもういやだああ!」


「無賃じゃないわよ後払いよ。労働ナメてるの?」


「ちがう…! 労働は尊い、尊い…尊いがぁぁ!」


 加賀が頭を抱えて叫ぶその横で、千夜は再びテニス部に目をやる。


 その中に、見覚えのある姿があった。

 長い髪を後ろでまとめ、仲間たちに笑いかけながら走る少女——紅葉だ。


「紅葉さん、足治ったみたいだね。よかった」


「おう。そうなんだよ。本当によかった」


 加賀が純粋な笑顔で答える。その言葉に嘘はない。

 ただ、彼は気付いていない。

 優も、紅葉の顔をはっきりと覚えていないようだった。


 視線がふと交錯する。紅葉がこちらを見た——

 その瞬間、目が合う。


 けれど、それはほんの一秒にも満たない。

 彼女はすぐに視線を逸らした。まるで、なにもなかったかのように。


 その瞳には、敵意も拒絶もなかった。

 だが、感謝でもなかった。


 ただ——"普通の目”。


 僕たちがこの学園で日々受け取っている、異能者という存在に向けられる、ごく一般的な目線だった。


 期待していなかったと言えば、嘘になる。

 ほんの少しでいい。なにかが伝わっていてほしいと、どこかで願っていたのかもしれない。


 ……けれど、その瞳の奥に、かすかに揺れる何かがあった。

 怯え? 迷い? それとも……。

 千夜には、それを確かめる術もなかった。


 だからこそ、わずかに胸に残る。

 冷たくも熱くもない、しこりのような感情が。


 そんな、風の強い放課後だった。





────[Encrypted Comm/Channel-Ω]───


「こちらアルファ・ノクターン。通信はクリア、暗号キー一致。現在時刻0000。全ユニット、計画フェーズワンへ移行」


「台風進路、予定通り」


「セクターB-17、ジャミング展開完了。通常通信を遮断、偽装信号に切替」


「防衛網、反応なし。第4レイヤー沈黙。セキュリティ中枢に対し"神の手”作動中。侵食度86%」


「対象指定は現地班に委任。戦闘損害は問わないが、優先目標の確保は最優先。必要ならば封印を解放せよ」


「一般生徒は無力化を許可。利用可能な個体は公開演出に使用」


「……今夜、神の国は産声を上げる」


「状況開始」


────[Comm Terminated/Signal Lost]───

次回は7/28(月)20:00に投稿予定です。その後、週刊連載に移行します。

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