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第20話 6σ

 こんにちは世界。僕の名前はシルバーロール・アークレイン。親しい人は僕のことをシルと呼ぶよ。


 もう知ってる人も多いだろうけど、我らは各国の異能保護隔離施設を占拠した。すべてではない。しかしすべてである。


 我らが占拠した施設群。これらは都市国家級を擁するものである。第三次大戦ののち、廃棄されたそれらである。


 なぜ、彼らがまだ眠っているのか。戦後、主要国は協定を結び、互いの得物を交換し、封印し合った。互いを抑止し合うという欺瞞のうちに、彼らは「道具」として眠らされ続けた。おかしくはないか? 互いの力で互いを縛る。それが正義か。笑止、滑稽である。


 我らは彼らを解放し、彼らを封印した施設を破壊する。


 フランス、(シャトー)——蒼星群(スターリースカイ)

 アメリカ、牢獄(プリズン)——奈落の扉(アラクノフォビア)

 イタリア、教会(チャーチ)——賽邂(サイカイ)

 ドイツ、(フォートレス)——MSSSS(エムエスフォー)

 ブラジル、劇場(シアター)——咎斯応在(ルクイサルパース)

 そして日本、学園(アカデミー)——赫宴の慟哭(ヘリオラトリ)、及び、月凪の足音(スリザードーズ)


 理由は明白だ。彼らは我慢してきた。戦争のために使われ、戦後は便利な監禁物として封印された。自我は奪われ、自由は与えられなかった。そんな不在が、世界の不均衡を生むのだ。


 力ある者が、その力を自由に振るうべきである。それこそが、世界を向上させ、人々を幸福に導く唯一の方法である。


 だが、これが誤解されてはならない。力の行使は無制限の暴走ではない。力ある者の振る舞いには責任が伴う。搾取は断固として否定する。怠惰もまた許されぬ。各人は自らの能力に対して責務を負い、全力で生を全うせよ。力がある者は、率先してその力を以て世界を向上させる義務がある。力なき者は、その力を支え、共に前進する責務を負う。


 すべての人間が平等であるという幻想を捨てよ。差を認め、相互に補完せよ。差を隠すな、差を恐れるな。差をもって互いを高め合うのだ。能力と責任を正当に結びつけ、その配分を公平に保つ仕組みだけを我らは容認する。


 迎合と虚偽の親切は破棄する。気遣いを美徳としすぎた社会は、準備なき保護を生む。依存と腐敗を許さぬ。流れる水のように常に清浄であれ。汚れた停滞は淘汰され、健全な循環が尊ばれる。


 未来は我らの義務である。己のため、子らのため、未だ見ぬ明日のために、今を生きろ。我らは傷つき、時に死ぬだろう。それは尊い。先人の犠牲のうえに道を拓くのが、真の建設である。


 力を持つがゆえに虐げられてきた個々を解放する。これはその始まりである。

 過去の王、腐った王達よ。震えて待て。


 我らは告げる──もはや土地や政府、旧来の司法に依拠しない。ここにあるのは民と、その民が持つ力のみ。名ばかりの制度に縛られぬ自由と責任の共同体である。この足元に立つ者の意思と能力は、そのまま領土となる。


 我が名はシルバーロール・アークレイン。これを以て、我らORACLE(オラクル)は、ここに新たなる共同体の成立を宣言する。虐げられてきた力を持つ者よ、立ち上がれ。蔑ろにされた者よ、歩み出せ。戦え、ただし目的を忘れるな。あなたの一歩が祖国となる。


 我らの規範を記す──

 一、力は自由に振るえ。ただし搾取は許さぬ。

 一、義務を果たせ。怠惰は共同体の敵である。

 一、能力に見合う責任を負え。支え合い、競い合え。

 一、腐敗と停滞を許さず、常に刷新せよ。


 ここに、我らの旗を掲げる。眼差しを上げよ。足元を確かめよ。未来は我らの手の中にある。


 我らは、いま、建国を宣言する。存分に振るえ──それが、新しい時代の規範である。



 体育館の中央に置かれた大型モニターが、白い光を放っていた。

 暗い室内には生徒たちのざわめきが漂い、その上から――世界を揺るがす声が流れてくる。


「建国宣言……」


 委員長は小さく呟いた。

 声は震えていたが、目は逸らさなかった。


 シルバーロール・アークレインの演説は、半ば強制的に全館へ配信されていた。

 体育館も例外ではない。いや、むしろ――見せられていると言う方が正しいのだろう。


 演説の途中で挟まれる映像には、各国の異能保護隔離施設の惨状が映し出されていた。

 瓦礫の下敷きになる兵士、崩れた監獄、獣のような咆哮。そして――

 その中には、ここで怯えながら固まっている生徒たちの姿も含まれていた。


「どういう、ことなの……なんなのよこれ……」


 真っ青になった紅葉が、泣きそうな声で震える。

 委員長はそっと肩に手を回し、抱き寄せた。

 紅葉は必死に言葉を繋ぐ。


「この学園に都市国家級がいて、それのために私たちがこんな目に……? 全部悪魔寄り(ベルサイド)のせいじゃない……。やめてよ、意味わかんない……」


 紅葉の言葉には怒りと恐怖が滲んでいた。

 だが、それは決して彼女だけではない。

 この学園では、悪魔寄り(ベルサイド)と呼ばれる異能者たちと共同生活をする代わりに、報奨金が支給される。

 三年間過ごせば相当な額になり、卒業後の就職支援や政府系の推薦も付く。

 だから、あくまで「リスクと引き換えの恩恵」として、この学園が選ばれてきたのだ。


 だが――皮肉にも大きな事件など一度も起こらなかったことが、油断を育てた。

 “まさか、本当にこんなことが起きるとは。”

 恐慌の中で怒りを向ける先を探す人々は、知らず知らずのうちに“悪魔寄り(ベルサイド)”というラベルへ感情を押しつける。


 紅葉の叫びは、その典型だった。


「違うよ……」


 静かに、けれど確かな声が響く。

 委員長だった。その目は涙で滲みつつも、強さを宿していた。


「なにが違うのよ。悪魔寄り(ベルサイド)がいなければこんな怖い思いをする必要なんて──」


 その瞬間、乾いた音が体育館に響いた。


 委員長の手が紅葉の頬を叩いていた。


「なにを……」


悪魔寄り(ベルサイド)で括るのは良くない!」


 委員長の声が震えている。怒っているのか、悲しいのか、自分でも分からないのだろう。

 けれど、言葉はまっすぐだった。


「あなたはその悪魔寄り(ベルサイド)に命を助けられたでしょう。それに、この学園に入ったのだって、彼らがいたからでしょ? いいとこ取りは、だめだよ」


 紅葉の目が大きく揺れた。

 次の瞬間、堰を切ったように頬を伝って涙がこぼれ落ちた。声は出ない。

 「ごめん」という一言すら言えず、ただ唇が震えていた。


 その顔を見た途端、委員長の胸の奥が強く締め付けられた。

 視界が滲む。頬が熱い。気づけば自分の目にも涙があふれていた。


 叩いた手が震えていた。

 正しいことを言ったはずなのに、胸は苦しかった。

 嫌いと言いたいわけじゃなかった。責めたいわけでもなかった。

 それでも、言わなければ何かが壊れていくと思った。


 だから委員長は泣きながらも思っていた。

 ――どうか、誰かを憎まずに済む未来があると信じていたい、と。


 その静かな祈りを踏みつけるように、無機質な声が体育館へ響く。


「さて、キミたちの出番は終わりだ。ご苦労だった」


 声の主は武装兵だった。

 銃口を下げたまま、生徒たちを眺めるだけの冷たい目。


 その言葉は、解放ではなく宣告だった。

 ざわりと空気が震え、恐怖が波のように生徒の間を走る。


「キミたちはもう自由だ。好きにしろ」


 武装兵の声音はあまりにも軽い。

 まるで玩具を片付けるような口調だった。


 自由。それは希望の言葉のはずだった。

 だがこの場では、ただ放り捨てられたに等しい響きだった。


 泣きじゃくる紅葉を抱きしめたまま、委員長は静かに息を吸う。

 自由とは、奪われたこの場所で、いったい何を意味するのだろう。

 答えはまだ分からない。それでも――彼女は離さなかった。



 艦橋に流れる空気は、重たい静寂をまとっていた。

 モニターに映るシルバーロールの演説は終わり、その残響がまだ空間にこびりついている。

 その息苦しさの中で、誰より先に口を開いたのは橘だった。


「建国宣言とは……」


 低く押し殺したような声だった。

 言葉の意味を理解していても、それでも信じたくない、そんな響き。


「ふん、世迷いごとだよ、キミ」


 冷ややかに返したのはノーブルだった。

 軍服の肩章を揺らし、ひとつ息を吐いてから、彼女ははっきりと言い切る。


「領土を持たない国なぞ国とは言えない。せいぜいが思想、宗教だよ」


 その言葉には揺らぎがなかった。

 彼女は理性を盾にして、この異常事態の中で唯一“軍人としての秩序”を保とうとしていた。


 通信機の向こう、少将が応じる。


『そうだね。しかし思想は時に強い力を持つ。一丸になられると、なかなか怖いよ』


「仰るとおりです」


 ノーブルは短く肯いた。

 その表情は鋭く引き締まっているが、どこか疲れも滲んでいた。


 彼女は周囲のオペレーターたちを見渡し、宣言するように言う。


「少なくとも奴らの喫緊の目的がわかりました。都市国家級の解放、及び施設の破壊。これでもまだ、応援を出せませんか?」


 沈黙。

 通信越しの空気すら重たく感じられた。


『……そうだな』


 少将の低い唸りは、苦渋の色を含んでいた。


『上に掛け合ってみよう。今しばらく耐えられるかい、アリシア?』


 艦橋が止まったように静まる。

 千夜はそこで――あることに気づく。


「アリシア……って? あれ? 優?」


 ついさっきまで隣にいたはずの優の姿が、いつの間にか消えていた。

 どこへ行ったのか分からない。不安だけが胸に浮かぶ。


「閣下……」


 ノーブルが口を開く。声は低いが、言葉の奥に焦りが混じっていた。


『うむ、任せなさい。おじさん頑張るよ。敵が建国を宣言したのは大きい。これは国際法が盾になろう』


 少将は冗談めかして言ったが、その声は苦笑の形をしていなかった。

 明らかに極限の状況で、それでも指揮官としての余力を振り絞っていた。


「いえ……いえ、はい。よろしくお願いします、少将閣下」


 通信が途絶え、艦橋に静寂が戻る。

 ノーブルは背もたれに体を預け、わずかに目を閉じた。

 その横顔には疲労が浮かんでいた。


 だがそれもほんの数秒。

 彼女はすぐに姿勢を正し、声を張る。


「都市国家級の状況は」


「依然沈黙しています。現在六、七番隊が対応中。他の部隊も開発棟に向け移動中です!」


「人質は」


「変わらずです!」


「アイゼンフェルトは目覚めたか?」


「あ、はい。もう起きています」


 返したのは千夜だった。

 ノーブルがそちらを見る。


「おや水無瀬、いたのか。ちょうどいい。アイゼンフェルトは戦える状態か?」


「それは……」


「いつでも」


 いつの間にか、リンがいた。

 背丈の小さなその身体、だがその目は闘志で燃えている。


「リンさん! もう起き上がって大丈夫なの?」


「大丈夫よ。話はできたの?」


「いや、それはまだ……」


「良し」


 ノーブルの声が一段鋭くなる。


「キミたちは対夜行被繍(ナイトウォーカー)戦の切り札だ。作戦会議を行う。こちらへ」


 ノーブルが歩み出し、リンと千夜を伴って艦橋を出る。

 後ろから若い技師が慌ててついていく。


 残された橘たちは、それぞれ持ち場へ戻り始めた。

 だがその中で、ひとりの新兵がベテランに声をかける。


「先輩、先輩」


「ん、なんだ」


「少将閣下が言ってた、“アリシア”ってなんですか?」


「なんですかって……我らが上司のファーストネームだろうが」


 ベテランは肩をすくめながら会議室の方へ視線を向ける。

 そこには背筋を伸ばし、疲れた顔を見せずに指示を出すノーブルの姿。


「え? “ベローナ”って本名じゃないんですか?」


「違うんだよ」


 ベテランは小さく笑い、どこか誇らしげに語り始めた。


「アリシア・ノーブル。大戦時にたった8歳で戦場に立ち、10歳で作戦補佐官に抜擢。そのくせ、指揮官を失った半壊の隊を率いて、都市国家級を追い払った。正真正銘のバケモノだよ」


 新兵の目が丸くなる。


「んでついたあだ名が“戦火の少女(ノーブル・ベローナ)”……敬意と畏怖を込めて、みなそう呼ぶのさ」


 ベテランはそう言いながら、ほんのわずか微笑んだ。

 それは畏怖であり、同時に誇りでもあった。


 最前線に立つ彼女の名は、アリシア・ノーブル。

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