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第14話 衝突

 体育館の静けさを破るように、遠雷のごとき轟音が響き渡った。けれど音の質は雷ではなく、もっと硬質で、胸を震わせる衝撃を伴っていた。


 集められていた生徒たちは一斉に顔を上げ、ざわめきが広がる。何人かは短い悲鳴を漏らし、その声が体育館の空気をさらにざらつかせた。

 周囲を固めていた武装兵たちも動揺を隠せず、慌ただしく通信機に声を飛ばしている。


「なに……今の音?」


 委員長がかすれた声で問いかけた。震えを押し殺そうとするが、唇の端がわずかに引きつっている。恐怖は隠しようがなかった。思わず隣にいた紅葉にすがりつく。


 紅葉も目を大きく見開き、肩を小刻みに震わせながら声を絞り出した。

「わかんない……けど、雷じゃないみたいな……」


 その不安に縋るように、二人は互いの腕を回し合った。互いの体温が唯一の支えだった。冷えきった体育館の床の上で、銃を構えた兵士が壁のように立ちはだかる。その背後で響いた爆発音の余韻だけが、しつこく耳の奥にこびりついて離れない。


「なんだ今の爆発音は!?」


 武装兵の叫びが、張り詰めた空気をさらに震わせる。すぐに、遠くから乾いた破裂音が連続して響いた。銃撃戦だ。だが学園が占拠されたときのように間近ではなく、距離の隔たりを感じさせる音だった。


「またこの音……」

 紅葉が委員長の肩に顔を埋めながら、呟くように言った。


「敵が攻め込んできたらしい……! ブラックハウンドが応戦中だと!」


「なんだと? 敵は来ないはずじゃ……」


 武装兵の声はかすかに震えていた。その動揺は空気に伝播し、委員長たちの胸を強く締め付ける。

 しかし同時に、固まっていた生徒たちの顔に、一瞬だけ希望の色が差した。――もしかして、助けが来たのではないか。そんな期待が、抑えきれず瞳に浮かんだ。


「おい、おとなしくしろ!」


 鋭い怒声と共に、武装兵が銃口を向ける。その冷たい黒い穴に、生徒たちは一斉に息を呑んだ。逃げ場のない緊張と、恐怖がさらに濃く張り詰めていく。


 それでも騒めきは完全には収まらない。誰もが胸の奥で、さっきの爆発音を「希望」として信じたいと思っていたからだ。


「ヴェイルスタッドも出るらしい……本気じゃねぇか」


「あと二時間だ……持ちこたえてくれよ」


 武装兵がぼそりと呟き、中断していた作業へ戻っていく。

 体育館には次々と機材が運び込まれていた。放送用のビデオカメラ、照明、モニター、そしてそれらを動かすための大型バッテリー。冷たい床に並べられるそれらは、戦場のものというより舞台装置のようで、生徒たちに異様な不安を植え付ける。


「……あれ、なにをしてるんだろう?」

「テレビの撮影みたいな……さっき言ってた、ショーの準備とか……?」


 小声で交わされる会話はすぐに掻き消える。銃口が常に自分たちへ向けられている状況では、大きな声を出す勇気も残されていなかった。

 拘束はすでに三時間以上。初めて見る銃器の威圧と、長時間の緊張に晒され続けた生徒たちの顔には、疲労の色が濃く刻まれていた。


 そんな中、武装兵の一人が通信機に応じる。

「生徒会長? ……さっきいたな……おい、お前!」


 声を向けられたのは、ひとりの男子生徒。


「……?」

 呼ばれた彼は、依然として精気の衰えない瞳を上げる。その眼差しは、仲間を気遣いながらも揺るがないものを宿していた。


「生徒会長だな? 来い。お前は別室だ」


「……わかった。従う。……できれば彼らを、少し休ませてはくれないだろうか」


 その願いに、兵士は短く答える。

「もうしばらくだ。我慢しろ」


 生徒会長は小さく息を吐き、抵抗を見せることなく立ち上がった。そして連行される途中、一度だけ仲間の方へ振り返る。

 だが、口を開くことはなかった。残された者たちを余計に不安にさせることを恐れたのか、それとも別の理由か――。


 扉が閉じ、足音が遠ざかる。

 外では風雨が鳴り響き、薄暗い体育館をいっそう冷え冷えとしたものにしていた。



 艦内に張り詰めた空気を、金属音でもう一度揺さぶるような声が響いた。

「主砲、着弾確認!」


 橘の顔に一瞬、眉間の皺が深く刻まれる。音の性質を慎重に探るように、彼は口を開いた。

「この爆発は……」


 ノーブルは短く首を振る。モニターの画面に映る水面と爆煙を睨みつけ、音源と衝撃の軌跡を頭の中でなぞった。冷えた計器の光が彼女の頬を白く照らす。

「EMPのものではないな。強襲隊、見えたか?」


 無線から返ってきたのは焦りが混じった声だった。現場の混乱が伝わってくる。

『こちら強襲隊! クレイモアだ! ひとつやふたつじゃねぇ!』


 橘の声が高くなる。状況の異常さが、理性を追い抜いて口を滑らせた。

「バカな……民間人も通る区画だぞ!?」


 陸地から、断続的に銃声が海へ向けて飛んでくる。方向性は不規則で、狙い澄ましたものではなく、手当たり次第に撃っている者がいるらしい。強襲部隊の正確な位置はまだ把握されていないようだが、被害が広がる可能性が膨らんでいく。


 ノーブルの舌が小さく鳴る。計器を一瞥して、彼女は指示を紡いだ。言葉は冷たく、だが明確だった。

「強襲作戦は中断。操舵手、接岸しろ。道を開く。強襲隊、西方から突っ込むぞ。うまく避けろ。砲術科、主砲準備」


「イエス、ベローナ!」


 命令が伝わった瞬間、艦内は重厚な歯車が一斉に噛み合ったかのように動き始めた。

 次弾を押し込む衝撃音、舵輪を踏み込む足元の機械的なうなり、各部署の掛け声が連鎖し、戦艦全体が一つの巨大な獣のようにうねりを上げる。強襲隊は急ぎ南方へ移動し、隊列を組み直す。


 ノーブルは冷たい瞳でモニターを凝視する。煙と波風の間から断続的に現れる陸地を捕らえ、最悪の事態を想定しつつも、呼吸ひとつ乱さぬまま冷徹に次の手を打った。


「お、おい、船が動き出したぞ! 予定より早くねーか!?」


 甲板下に待機していた加賀が声を張り上げる。重苦しい空気の中で、その声は異様に響いた。


「うるせぇ、黙ってろ。なにかあったんだろ」


 すぐさま香具山が低く怒鳴り、加賀を睨みつける。その声音には苛立ちだけでなく、張り詰めた緊張を崩させまいとする苛烈な責任感が滲んでいた。


「第一砲、第二砲、速射体勢――間隔二秒。息つく暇を与えるな」


 ノーブルの命令は刃のように鋭く、艦内を駆け抜ける。


『第一砲、連射開始!』

『第二砲、同じく!』


 砲声が大気を震わせ、船体そのものが身震いするように震動する。轟音が胸を叩き、待機していた兵士たちの鼓動をさらに速めた。


「接岸までおよそ三分!」


 操舵手の報告に、ノーブルは即座に切り捨てる。

「二分だ」


「……! イエス、ベローナ!」


 操舵手の顔に戦慄と興奮が同居する。不敵な笑みを浮かべ、操舵輪をさらに押し込んだ。


「司令!? て、停止はどうするのですか!? タグボートは!?」


 橘の悲鳴にも似た声が響く。常識からすれば無謀、正気を疑う指示に思えた。


「前はなんとかなった」


 ノーブルの答えは冷然たる一言。その背中には揺るがぬ自信が刻まれている。


「なんとかってなんですか!?」


 橘の声が震えたまま掻き消える。艦はなおも怒涛の勢いを保ち、巨大な質量をもって嵐の海を切り裂いていった。黒い波濤は轟音とともに砕け、船体を覆う雨と風は、もはや自然の抵抗ではなく敵意そのもののようだった。


 加速は止まらない。その間にも、艦の背から吐き出されるEMP弾が大気を揺さぶり、空を切り裂いて次々と陸地へと降り注ぐ。電磁の閃光が、嵐の闇を白く裂いた。


「残り三十秒!」


 操舵手の声が響き渡る。時を刻むその報告に、艦内はさらに緊迫した空気に包まれた。


「機銃掃射。地をならせ」


 ノーブルの低く鋭い命令に、甲板の機銃が一斉に唸りを上げた。無数の閃光が陸地を薙ぎ払い、そこに仕掛けられていたクレイモアが連鎖的に爆ぜる。轟音が空気を裂き、直視すら困難な白光が視界を焼き尽くした。


「あぁー、ぞわぞわするぅ……!」


 優が両腕で自らを抱きしめ、床に身を丸める。近距離でのEMP照射に、彼女の身体は悲鳴を上げる。神経の奥底からざわめきが這い上がっていた。


「主砲、射撃中止。艦内に通達。衝撃に備えろ」


 ノーブルの声が響いた瞬間、艦はわずかに減速した。だが止まることはなく、その膨大な慣性を保持したまま、港へと斜めに突っ込んでいく。


「いまだ! 投げろ!」


 船員の叫びとともに、船首から重いもやいが放たれる。


「巻けえぇぇーッ!」


 怒声と共に巻き上げられた索が、強引に船首を岸へと固定する。荒波と暴風さえも利用し、奇跡的に横転を免れる。反動で船体が軋み、甲板にいた者たちは歯を食いしばった。


「両舷停止、左後進半速、取り舵、左停止、戻せ」


 ノーブルの矢継ぎ早な指示が飛ぶ。その声に、操舵手と機関士たちが必死で応える。


「岸壁接近!」


「ひいいい……!」


 橘の悲鳴が響いた。だがそれは彼ひとりのものではない。艦内のあちこちから、抑えきれぬ恐怖の声が次々と上がっていた。

 暴走にも似た突入の中で、誰もが自らの運命を噛みしめるしかなかった。


 銃弾を撒き散らしながら、艦は無理やり舷を岸壁に押し当てた。怒涛のうねりが船体を揺らし、大波が甲板を洗い流す。金属が悲鳴を上げ、舷側と岸壁がこすれる火花が夜の闇に散った。人々は歯を食いしばり、握ったロープを一気に巻き上げる。暴力的とも言える力づくの達着が、強引に完了した。


「もやい、確保! 舷梯、展開可能です!」


 艦の内部で喜びにも似た緊張が走る。索が締まり、船体が岸壁にがっちりと固定されると、不安定だった重心がやっと安定を取り戻した。


「降ろせ。本隊、展開せよ。銃撃の痕以外は踏むなよ」


 ノーブルの声は冷たく、しかし確かな指揮の音だった。短い命令が甲板を駆け抜ける。


「おら、行くぞ。さっさと立て」


 香具山の低い怒声が近づく。彼は無言のまま千夜と加賀の肩を掴み、立たせるように引き起こした。二人は衝撃で床に転がっていたが、なんとかよろよろと体を起こす。


「は、はい……」


「うおぉ…荷物が胃に刺さった…」


 千夜は呼吸を整えようとするが、重いリュックの圧迫がそれを許さない。加賀は顔をしかめつつも必死に笑みを作る。二人とも足元はふらついているが、ここで倒れるわけにはいかない。


「機銃を撃ち続けろ。間違っても味方を撃つなよ。あとついでだ、主砲照準、司令本部」


 ノーブルの指示が容赦なく飛ぶ。艦内の緊張がさらに増し、機銃塔からは掃射音が絶え間なく轟く。兵士たちの手は冷たいが確かに速い。


「し、司令、それは……」


 橘の声に戸惑いが混じる。だが応答の間もなく、艦の背後から放たれたEMP弾が夜の空を切り裂き、白い閃光を残して司令本部へ到達し始めた。


 その瞬間、無線や計器の小さなランプがちらつき、空気が一瞬だけ厚くざわめく。電子の世界が揺らぎ、視界の端で警告音が震えた。艦の乗員は顔を硬くし、誰もが次に来る嵐を覚悟するしかなかった。



「あの、バケモノ……! なぜまだ動く!?」


 雨に濡れた闇の中、部隊長の喉は震えていた。視線の先には、一人の少女――リーネ・シュタイン・アイゼンフェルト。その制服は破れ、袖も裾も泥にまみれていた。彼女の象徴であるツインテールは片方がほどけ、乱れた髪が風雨に打たれて顔に張り付く。白い肌に泥と血が混ざり、瞳は血走り、荒い呼吸は今にも潰れそうなほど。それでもなお、彼女は走り続けていた。


 常人ならばとっくに戦闘不能のはずだ。だが彼女の右手には整地ローラーが握られ、逆の脇には四メートルを超える平均台を二本も抱えている。通常なら一歩たりとも動けぬ重量を、彼女は軽々と振るう。先ほどなどは背負った布袋から砲丸を取り出し、こちらへ投げつけてみせた。


「おオォ!」


 獣のような叫びと共に、ローラーが振り抜かれる。重装備の隊員がまた一人、簡単に薙ぎ倒された。信じがたいことに、これほどの重量物を抱えてなお、リンの動きは鈍るどころか、ここに至ってなお加速している。小さな身体が刻む足音は嵐の雷鳴にも劣らぬ迫力を帯び、まさに“小さな戦闘狂バーサーキュラ”の異名にふさわしい獰猛さであった。


 追撃部隊の不利は明らかだった。リーチの差は詰められ、脚にはじわじわと限界が迫っている。


「こっちは、交代しながら追ってるってのに……!」


 事前情報では、リンはとうに力尽きているはずだった。余力を持って確保できるはずの作戦。それがなぜいま、追い詰められる側に立たされているのか。隊長の理解は追いつかない。


「こ、こちらミーアキャットより本部! 応援を要請する!」


 悲鳴じみた声で通信機に叫ぶ。だがその声は、直後に飛来した砲丸の風切り音に掻き消された。弾丸のように投げつけられたそれは、真っ直ぐに隊長を狙う。そして今は、EMP弾の余波で通信が途絶している――


「たまったものではないな。お前たちは下がれ」


 低く、威厳ある声が頭上から降る。次の瞬間、大質量が落下した。轟音と共に地面が砕け、石礫が周囲に四散する。現れた巨躯――狼の姿をした男。その左手に握られていたのは、リンが投げたはずの砲丸――。


「……ッ!」


 その怪物を目にしたリンの全身に緊張が走る。即座に平均台を投げつけ、踵を返す。


 しかし夜行被繍は軽々とそれを弾き飛ばし、獣の眼で少女の後ろ姿を見据える。


「なるほど、そちらに向かうか。いい勘をしている」


 言葉を吐き捨てると、夜行被繍は追撃を開始した。嵐に砕かれる道々を駆け抜け、両者は導かれるように爆心地――港へ向けて疾走を始めた。

作者の執筆速度不足により、そろそろ原稿を落とすかもしれません。先に謝っておきます。ごめんなさい!

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