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第12話 枯木の帯

 重苦しい沈黙を破ったのは、ノーブルだった。パチンと軽快に手を叩き、場の空気を切り替える。


「というわけで改めて、作戦会議を行う」


 しかしその言葉に、加賀が勢いよく身を乗り出した。


「いや、なにが“というわけ”なんだ!? なんだあの少将?とのやり取り! 全然わかんねーぞ!?」


 困惑を隠さない声。だがそれに対し、優は淡々と返す。


「細かいことはわからなくていいわよ加賀くん。増援が来ないことが確定しただけだから」


「え!? それってマズいんじゃないのか!?」


 加賀が大仰に声を張り上げた瞬間、すぐさま副官の鋭い声が被さる。


「まことにマズい! これだけの戦力では……」


 会議室の緊張がさらに高まる。だがノーブルは動じない。鋭い眼差しを一同に向け、冷静に制した。


「落ち着きたまえよ、キミたち。なにはともあれ、まずは情報の整理だ。――地形図を」


 その声に応じ、投影機が作動する。卓上に浮かび上がったのは、学園の上面図。赤く点滅するマーカーが、無数に散らばるように表示された。ドローンが拾った敵勢力の動きをプロットしたものだ。


「敵の数は、わかっているだけで六十五。この規模の侵攻です。最低八十、多ければ百二十はいるでしょう」


 第一部隊長が静かに告げる。数字だけが冷酷に響き、場に重みを与える。


「ベルサイドの数は?」


 ノーブルの問いかけに、再び第一部隊長が応じた。


「確認が取れているのは、夜行被繍ナイトウォーカー一名のみです」


「ここまで顔を出さないとなると、さほど数はいないな。多くて三名、といったところか。常識的に考えれば、だが」


 ノーブルの推測が落ち着いた声で告げられる。しかしその言葉に安堵できる者はいない。


 現代戦では兵の数よりも異能者の存在が戦局を決する。さらに言えば、数ではなく質だ。想定外の構造級が一体出現しただけで、戦線が崩壊しかねない。


 敵方が異能者を温存している可能性もある。索敵の一番の目的は、敵性異能者の把握にある。


 その中で副官の声は、どこか場を突き刺すように響いた。


「我々はというと、一般兵、海兵ですが……が九十八。また、これを含めることに私はまだ反対ですが、端末級が三名、うち一名は未発現。あとはどこにいるかもわからない構造級がひとり。戦力的には不利と言わざるを得ません。少なくとも、その構造級を抱き込めねば苦しいですな」


 言葉の一つひとつに現実の重さが滲んでいた。千夜は唇を噛む。語られる兵力差に、まるで自分たちの存在が冷たい計算式の一部にすぎないようで、胸の奥がざらつく。


 学園にはほかにも異能者はいた。だが、その多くは未発現か、戦闘にはまるで不向きな異能の持ち主だ。仲間にできるとしても、実質的に戦力とは呼べない――その現実は、誰もが理解していた。


 ノーブルの鋭い視線が学生三人に向けられる。


「アイゼンフェルトがいそうな場所に心当たりは?」


 突然の問いに、千夜、加賀、優は思わず目を見合わせる。息が詰まるような沈黙が一瞬流れた。


「大抵は、トレーニングしてるか、食堂にいるか。いつもなにかしら食べてる」

 加賀が肩をすくめつつ答える。口調は軽いが、その目は真剣だ。


「中庭の池のベンチにもよくいます。お気に入りみたいで。だいたい寝てるか食べてます」

 千夜も小さく続ける。その声には、かすかな親近感と同時に、不安の影が混じっていた。


「そのあたり以外ではほとんど見かけないわねぇ」

 優が腕を組んで締めくくる。いつもの余裕ある調子を崩していないように見えたが、瞳には観察者特有の冷たい光が宿っていた。


 再び訪れる沈黙。だがノーブルはすぐに次の指示を下した。


「貴重な情報をありがとう。ドローンで追えるか?」


「ある程度は。動きが多角的過ぎて見失いがちではありますが、敵方追跡部隊の動きも使えます」

 第二部隊長の報告は現実的だった。


「痕跡も含め、行方を追え。多少のドローンを割いても構わん」


「了解」


 短い返答が落ち、場の緊張がさらに引き締まる。

 第一部隊長が淡々と口を開いた。


「構造級を含めたとて、戦力的不利は変わりないかと思いますが」


 その現実的な言葉に、場の空気が一層重くなる。


「夜行被繍の等級は?」

 副官が確認するように問う。


「構造級です」

 部隊長の即答に、副官は小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。


「ふむ、さすがに街区級などそうそういないか」

 安堵の言葉とは裏腹に、声色は硬い。


 そこへノーブルが、静かに口を挟む。


「あぁ、あれは確かに構造級だが、それは単騎の戦力だ。あれの真髄は指揮でな。群れとして捉えるように」


「指揮官としても優れた構造級ですか……」

 副官が眉をひそめる。その意味を理解した者たちは、ぞくりと背筋を冷やした。


「その点では、我々にも優秀な指揮官がおりますので、同等かと」

 第二部隊長はわずかに口角を上げ、ノーブルに視線を送る。挑発にも似た笑み。


「……油断するなということだ」

 ノーブルは視線をそらし、話題を変えることでその空気をごまかした。

「敵の位置は?」


「南北のゲートにそれぞれ一個隊。南西の港のすぐ近く、防衛区画に二個隊。北西、研究開発棟に一個隊。北東、体育館および寮舎に一個隊。南東、商業区画に一個隊。中央、管制司令本部に一個隊。遊撃に一〜二個隊。以上です」


 第二部隊長の報告が続くと、卓上の地図に示された赤点が、まるで学園を包囲する檻のように見えた。


「バラけているな。研究開発棟に、商業区画……? なにが目的だ?」

 ノーブルの声には訝しさが混じる。


「野盗でもやってんのか?」

 加賀が半ば冗談めかして口を挟むが、その笑いは誰からも返ってこない。


「揺動とか?」

 千夜がぽつりと呟く。場違いに思えながらも、口を閉ざしていられなかった。


「研究開発棟に、軍事兵器などは?」

 副官が問いを重ねる。


「ありますけど、どれも試作段階で、実用に足るものはほとんど。サーバーが落ちている現状、起動はおろか、取り出すこともできません。なのになぜ居座っているか不明です」

 優の冷静な報告が、さらに謎を深めた。


 第三部隊長が指先で卓上の地図を叩く。

「サーバーはどこに?」


「司令本部です。三階から五階がサーバールーム」

 優が即答する。その声音は落ち着いていた。


「人質は体育館と寮舎か。六百人は、この艦に収容できなくもないが……」

 ノーブルが低く呟く。数字を口にした瞬間、その重みが場の空気を押し潰す。


「この暴風雨では甲板に乗せられません。本土に着くまでならなんとか押し込めますが、戦力は駄々落ち。そもそも乗艦時に襲われたらひとたまりもありません」

 副官がきっぱりと言い切った。現実的な障害を突きつけられ、誰も口を挟めない。


「人質の優先度ってどんな感じっすか?」

 場の空気を測りかねた第四部隊長が、恐る恐る口を開いた。


「当然、最優先だ。だが、この状況だ」

 ノーブルの表情は揺るがない。しかし「最優先」と口にした裏で、無理難題を背負わされた指揮官の苦悩が垣間見えた。


「どちらにせよ戦略的目標は、敵の駆逐、もしくは完全撤退ですか……それも人質を保護しながら……これは大変だ」

 第一部隊長の声が低く沈む。作戦の難易度を想像し、唇を噛む兵士もいた。


「交渉の可能性は?」

 優が冷静に尋ねる。その瞳の奥には、わずかな希望を探す意志が見えた。


「なくはないが、上層部の動きが不穏だ。可能性は低いと見る」

 ノーブルは即答する。


「あぁ、大臣」

 優が思い至ったように呟くと、ノーブルが頷いた。


「そう。防衛大臣が“引け”と命じた。十中八九、コンタクトがあっただろう」


「我々の動きによって、それが不利になることはありませんか?」

 第三部隊長が不安を吐露する。下手に動けば、味方を窮地に追いやることもあり得る――軍人なら誰しも抱く懸念だった。


「気にするな。少将のお墨付きだ」

 ノーブルの言葉は断固としていた。背後に強大な権限があることを示すことで、部下の不安を押し殺す。


「……どゆこと?」

 加賀がきょとんとした顔でつぶやく。戦場の複雑な裏事情など、彼には理解できない。


「……少将と中佐の機転に感謝しろ、ということだ」

 副官が重々しく補足する。


「……? よくわからんけど、ありがとう」

 加賀は頭を掻きながら苦笑した。彼の無邪気な言葉が、張り詰めた空気をわずかに和らげた。


「ところで、敵は撤退はどうするつもりなんでしょうねぇ」

 第四部隊長が呟く。飄々とした口ぶりではあったが、声の奥底には疑念と不安が滲んでいた。


「母艦、だろうな。つまり我々がそれを牽制し続ければ、やつらを島に閉じ込めることはできる。しかし……」

 副官の声は低い。策を口にしながらも、眉間に深い皺を刻み、先の惨劇を予感しているようだった。


「そんな、インフラもない中で、みんながもたない……!」

 思わず叫ぶ千夜。彼の頭に浮かんだのは、食糧も水も尽き、怯えと疲労に追い詰められた人質たちの姿だった。喉がひりつき、心臓がいやに速く打つ。


「そうだ。ヤケになった敵が人質を傷つけないとも限らない。却下だ」

 副官は冷徹に断じる。言葉の端々に、彼自身もその結末を恐れているのが透けて見えた。

「せめて敵の目的がわかれば……」


「いくら考えても、現状では推測にしかならんな…。あらゆる可能性を頭に入れておけ」

 ノーブルの声が響く。静かでありながら、部屋の空気を支配する確かな重みがあった。推測だけで振り回されるのではなく、冷静に備えろ――その意志が一同の胸に突き刺さる。


 副官が眉を寄せ、声を低く落とした。

「そうですね……我々の使えそうな侵入経路は?」


 卓上の光地図に視線が集まる。赤い点が規則正しく点滅し、敵の存在を無言で告げていた。


「普段なら南北のゲートと港です。他はオーバーハングしている断崖絶壁。踏破は困難です」

 第三部隊長が答える声は落ち着いていたが、端末に映るその顔は硬い。


「地下の搬入路があるぜ。南北の道路から入れる」

 加賀が軽い調子で口を挟む。しかし次の瞬間、第三部隊長が首を横に振った。


「地下搬入路の大扉は閉まっており、侵入できません。通用口からなら可能でしょうが、場所が明らかですからね……」


「侵入した瞬間に蜂の巣かぁ」

 加賀の苦笑が場の重さを和らげることはなかった。


「空からは? 相手がしてきたように」

 千夜が提案するも、即座にノーブルが応じる。


「できなくはないが、目立つからな。レーダー類に捕捉されて狙い撃ちだ」


「ということは侵入経路は…」

 副官が呟く。


「崖を登るか、正面突破か」

 第一部隊長の結論は冷徹で、逃げ道を残さない。


 視線が一斉にノーブルへと向かう。決断の重みがその肩にのしかかる。


「防衛区画は二個隊……民間人はいない、か」

 ノーブルが呟いた瞬間、副官の表情が強張る。


「司令……まさかとは思いますが……」


「この艦、主砲は撃てるな?」

 ノーブルの声音には淡々とした響きがあったが、卓上の空気は一気にざわついた。


「一応……」

 第三部隊長が答えたその時、


「だめです! 絶対にだめです! 万一民間人に被害が出たらどうします!? 誰が災害救助で主砲を撃ちますか!?」

 副官が声を荒げる。彼の苛烈な反応は、規律を守ろうとする責任感ゆえか。


「そうだな………うむ……その通りだとも……」

 ノーブルはあっさりと頷いたが、目の奥には未練の光がちらついていた。


「通常弾は無理ですが、あれならどうでしょう。最近配備された、EMP砲弾なら」

 第二部隊長が控えめに口を開いた。


「あぁ、あれか。学園内の病院施設は?」

 ノーブルはすぐさま次の確認に移る。


「あります。しかし一般の重篤者は本土へ送られます」


「いま、入院患者はいないはずだぜ」

 と言うのは、つい先日まで入院していた加賀。


「ふむ。ならば大きな問題はないか」


「EMPですか……私、ちょっと苦手なんですよね。体質的に」

 優が静かに告げる。軽口めいた響きの裏に、隠しきれない不安が混じっていた。


「優、EMPってなに?」

 千夜が問いかける。純粋な疑問の声に、優は肩をすくめて答える。


「周囲に電磁パルスを撒き散らして、電子機器を止める兵器よ。ものによるけど、私への被害は甚大。普通の人は平気よ」


「ならば早坂、キミは居残りだな」

 ノーブルが即断する。冷徹な響きの裏に、優を守ろうとする意思が感じ取れた。


 優が口を開いた。わずかに目を伏せながら、しかし声は揺らがない。

「時間差で乗り込めますけど?」


 その申し出を受けたノーブルは、ほんの一瞬だけ考え込むように彼女を見据える。だがすぐに首を振った。

「艦の中ならいくらかましだろう。それでなくともキミは疲弊している。少し休みたまえ」


 戦場の司令官としての冷徹な判断。それが自分を思いやっての言葉でもあると気付いた優は、唇を噛み、それでも最後には頷いた。


 場の空気を引き取るように、副官が手元の資料に目を走らせながら言う。

「小型艇で港に秘密裏に接近、主砲で遠距離からEMP砲弾を放ち、敵のレーダー類を無力化、その隙に奇襲をかける……この悪天候、それならば成立する可能性は高いですね」


 第一部隊長が眉をひそめて問いかける。

「防衛区画の機能は完全に停止しているのですか?」


 優が息を整えつつ答えた。

「防衛機能は中枢サーバーからほぼ独立しているので、おそらく生きています。索敵は中枢寄りなので、たぶん機能していません」


「防衛区画のサーバーを乗っ取ったりできないの?」

 千夜が思わず口を挟む。その声には素人ならではの切実な願いがにじんでいた。


 優は淡々と説明する。

「中枢サーバーが沈黙しているいま、防衛のそれはスタンドアローンと同様。物理的に接触しないと無理ね」


 副官はうなずきながら結論を導いた。

「防衛機能が生きているとしても、索敵が死に、人が操っているのなら、先の戦法で突破は可能だろう」


 会議卓を囲む者たちの間に、緊張とわずかな希望が同時に走った。


 ノーブルが軽く咳払いをして場をまとめる。

「ではEMPを用いた強襲を基本方針とする。次に配置だ。その前に、最終確認だが……」


 わずかに間を置き、彼女は全員の顔を見渡した。


「キミたち、最後まで私についてきてくれるか?」


 空気が凍りつく。誰もが一瞬、息を呑んだ。

 ノーブルは続ける。


「少将閣下はあぁ言ってくださったが、状況はグレーだ。命令違反とされる可能性は十分ある。さらに今の学園は死地だ。名誉と命、共に失うかもしれない。それでもキミたちは」


 その声を遮るように、壮年の第一部隊長が口を開いた。


「ベローナともあろう方が、随分と丸くなったものですな?」


 その声音にはからかいよりも、懐かしさがにじんでいる。ノーブルは視線を向け、思わず頬を緩めた。瞳は一瞬、年頃の少女のように揺れる。


「大戦の頃のあなたは、もっとギラギラしていましたよ」


 まるで父が娘をからかうような表情だった。


「……二十年近く前のことを掘り返すな。あと、ベローナはやめろとあれほど……」


 それに重なるように第二部隊長が言葉を投げる。


「我々年寄りにとって、あなたは北極星です。ついていきますよ」


 ノーブルはわずかに照れたように視線を外す。


「そうか……年寄り以外は?」


「俺も、当時の中佐の話は聞いています。一度見てみたいと思ってたんすよ」


「他の連中も同じですよ。ここにいるのはだいたい、あなたに憧れてる連中です。ついていきます」


 肯定の声が次々に上がる。ノーブルはゆっくりとうなずき、最後にひとりの名を呼んだ。


「……橘、キミは?」


 副官が静かに前に出る。その顔は厳格に引き締まっていた。


「……私は、軍人であることに誇りを持っています。規律が第一。情に流されることはありません」


 きっぱりとした声が会議室を支配する。ノーブルは言葉を紡がず、じっと耳を傾ける。


「しかし、上層部の動きが妙なのは確か。そしてこの状況に辿り着いたあなたの慧眼、実績、運。尊敬に値します。なにより私は今、あなたの部下。上官の命令には、従うまでです」


 重苦しかった空気が少し和らぎ、安堵の吐息が漏れる。だが副官はすぐさま言葉を続けた。


「ただし、あなたがまたはみ出そうとすれば、すぐに正しますからね」


 その真剣な眼差しに、ノーブルはしばし見つめ返した後、


「……私の部下は馬鹿ばかりだな」


 フフ、と微笑がこぼれる。場の緊張は解け、戦地へ赴く者たちの覚悟がひとつになった。


「現地協力者三名。キミたちも、心は変わらないな? 今なら、まだ引き返せるぞ」


 ノーブルの視線が、学生三人に向けられる。突き刺さるような紫紺の瞳。しかし千夜も、加賀も、優も、目を逸らさなかった。それぞれの胸に恐怖や葛藤はある。けれども、その奥には「退くわけにはいかない」という決意が燃えている。


「よろしい」


 ノーブルが満足そうに頷く。その声は軍人の冷徹さを帯びながらも、どこか彼らを信頼している響きがあった。


「では、水無瀬千夜。キミの異能を教えてくれ」


 名を呼ばれ、千夜は小さく肩を震わせた。全員の視線が自分に集まる。喉の奥がひりつくように乾く。

「僕の異能は……」


 恐る恐る両手を前へかざす。瞬間、空気がぴんと張り詰めた。見守る兵士たちの眼差しには好奇と警戒が入り混じる。やがて――虚空に、漆黒の円盤が現れた。


 だが、何も起きない。ただ黒い鏡のような面が、静かにそこにあるだけ。ざわめきかけた気配が逆に押し殺され、場はより重くなる。


「これは……?」

 ノーブルが息を呑む。


「たぶん盾、です」

 千夜は縮こまるように答えた。


「盾……これはまた地味な」

 副官が鼻を鳴らす。皮肉とも失望ともつかぬ響きが、千夜の胸に刺さった。


 ノーブルは顎に手をやり、しげしげと黒い円盤を観察する。

「見たことのないタイプだな。これが第三戦時世代、その末期の異能か……」


 彼女の言葉に室内が少しざわついた。大戦や大規模災害が起こると、その後に異能者の出生率が高まる――そんな傾向が古くから確認されている。理由については諸説あり、一部では「死した異能者の魂が輪廻転生し、新たな命に宿るのだ」とも囁かれるが、確かな因果は未だ解明されていない。

 千夜たちのように、第三次異能大戦の渦中に生を受けた世代は、通称〈第三戦時世代〉と呼ばれている。

 世界全体で見れば、異能者の数は時代を追うごとに減少の一途を辿っている。だがその一方で、世代を重ねるごとに能力そのものはより強大になっていく傾向がある。優のような例外はあるにせよ、こうした現象は人々の間で「濃縮」と呼ばれ、畏敬と警戒をもって語られてきた。


 千夜はたどたどしく説明を続けた。弾丸程度なら難なく弾くこと。限界は不明であること。維持に疲労はなく、手の動きに応じて追従すること――。


 言葉にしながらも、どこか落ち着かない。

(あれ……?)


「……千夜、どうかした?」

 隣の優が鋭く察する。


「いや、なんかこれ、以前よりむにむにするような……?」


「むにむに?」

 思わず聞き返され、千夜は曖昧に笑った。


「そう。以前はびくともしなかったけど、なんかこう、感触が違うような……?」


 優は円盤に手を伸ばし、そっと触れる。

「ふぅん? 触った感じは、以前と変わりないと思うけど」


「うーん……気のせいかもしれない……?」

 千夜は首をひねったまま、曖昧な不安を呑み込んだ。


 副官が冷徹な声で告げた。

「銃弾をもろともしない盾か。使える場面はあるだろうが、これを軸とした運用は難しいな……。中佐、彼らを使うという考えは改まりませんか?」


 ノーブルは間髪入れず答える。

「変わらんな」


「そうですか……」

 副官は諦め半分に息を吐く。その眼差しには、まだ納得できない色が残っていた。


 ノーブルは視線を巡らせ、やがて一人を指名する。

「香具山隊長、彼らを任せたぞ」


「え、俺っすか?」

 突然名前を呼ばれ、部隊長のひとり――香具山は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「キミは彼らと歳も近い。なに、後方に回す。よろしく頼むぞ」


「えぇー……了解」

 心底不満そうな返答に、周囲から小さな笑いが漏れる。


 ノーブルはすぐに表情を引き締め、作戦を言い渡した。

「まずは全戦力をもって防衛区画を占拠。その後、本隊は体育館と寮舎へ向かい、人質を解放、拠点とせよ。その後、商業区を探れ。研究棟には一部隊回す。同様に敵の目的を探れ。各隊は構造級との合流を目指せ。夜行被繍の動向は常にマークしろ。以上だ。準備を始めろ」


「イエス、ベローナ!」

 一斉に返答し、兵士たちは重い足音を響かせて退出していく。


「……ベローナはよせ」

 ノーブルは独りごちるように小さく呟いた。その声音には、どこか苦みが滲んでいた。



 残った副官が、改めて問いただす。

「中佐。なぜ彼等の投入にそれほどまでにこだわるのですか。とても理性的とは思えません」


 ノーブルはしばし沈黙したのち、わずかに目を伏せた。

「……その通りだよ、キミ。強いて言うなら、私がそうだったから、かな」


 副官の眉がわずかに動く。


「戦場とは、突然わけもわからず巻き込まれ、大切なものが失われていく……そういう場所だ。私はそれに納得できず、自ら戦場に立った。手遅れだったがね」

 ノーブルの声には、かつての記憶を噛みしめるような悔恨があった。


「その点彼らは、失いつつはあるが、まだ失っていない。抗う機会くらいは、与えてやりたい」


「当時のご自身に、してあげたかったことですか」


「……フフ、そこまでは考えていなかったな。しかしそうか、そうかもしれんな……」

 ノーブルはふっと自嘲気味に笑い、遠い過去を見つめるように視線を宙に泳がせた。

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