第9話 星を背負いし者たち
燃え盛る大地を、黒炎が覆っていた。
その中心に立つのは、全身を黒い魔力に包まれたトオル。
ハジメは視線を逸らさず、呼吸を整える。焦燥はあったが、心は奇妙なほど澄み切っていた。
カイの亡骸がすぐそこに横たわっている。旧友を失った現実は、胸を鋭く締め付ける。
だが今は、感情を爆発させる時ではない。ハジメは冷徹に状況を整理していた。
⸻
(……あのスキルは、ただの「不運」じゃない。もっと……厄介だ)
トオルが地上に現れてからの短い時間で、すでに二度、事態は常識を逸脱していた。
まず、エルダークの隕石を引き寄せ、そこから憑依能力を学習し――それをそのまま、“マグニート”を取り込むために転用していた。
(あれは負のエネルギーを取り込むたび、形を変えて進化していくのか……)
そして今、トオルはエルダーク級の黒魔法を自在に操っている。
つまり、スキルはただ“発動”しているだけでなく、使い手の意識や経験すら無視して学び続けているのだ。
「希望は残っている」
ハジメはちらりとカイの亡骸を見る。
本来なら、この瞬間こそ怒りで視界が赤く染まってもおかしくない。
だが、彼の心は妙に静かだった。
(まだ、希望はある……時空剣さえ確保できれば)
刹那、彼の瞳が鋭く光る。
「――まずは時空剣の確保が優先だ!」
その一言と共に、ハジメは駆け出した。
⸻
トオルが左腕を振る。
次の瞬間、夜空のごとき黒炎が周囲に撒き散らされ、大地が焼け爛れた。
熱波が肌を刺す。黒い炎は消えるどころか、触れた物質そのものを喰らい、存在を削り取っていく。
ハジメは身を翻して炎を避けつつ、カイの亡骸の元へ退きながら進もうとする。
しかし、その進路を遮るように――上空から二つの影が滑空してきた。
⸻
翼を広げたワイバーンから飛び降りたのは、二人の人物だった。
ひとりは小柄で、やや幼い顔立ちの少年。淡い金髪に澄んだ青い瞳。
彼の名はユウキ――絶対防御の持ち主だ。年は15ほどだが戦闘センスは並外れており、魔術の扱いも熟練の域に達している。
もうひとりは屈強な大男、レバン。短く刈り込んだ黒髪と鋭い瞳が印象的だ。
彼のスキルは同化。周囲の物質や環境に溶け込み、自在に操ることができる頼もしい存在であり、仲間内でも面倒見の良さで知られていた。
「ハジメさん!」
ユウキは着地すると同時に両手を広げ、半透明の結界を展開する。
瞬く間に黒炎は弾かれ、結界の外で狂ったように渦を巻いた。
「手こずってるな」
レバンは一歩前へ出て、周囲の瓦礫や土砂に意識を溶かし込み、即座に足場を固める。
「ああ、あいつやばすぎるわ、ハハ...」
ハジメは警告した
「黒魔法全般がヤバい。だが特に……黒の風魔法には絶対に気をつけろ」
ハジメの声は低く、しかし強く響く。
ユウキは息を呑み、レバンも眉をひそめた。
黒の風魔法――ただの切断や破壊ではなく、触れた瞬間に対象の“存在”を削ぎ落とす程の致死の魔法。防御不能に近い。
二人は互いに目を合わせ、小さく頷く。次の瞬間、全身から魔力を放ち、完全な臨戦態勢へと移行した。
⸻
その時だった。
ハジメたちの背後――何もない空間に、淡く輝く輪が浮かび上がる。
光は瞬く間に扉の形を取り、巨大な門となって大地に降り立つ。
「な、なんだ……?」
ユウキが思わず後ずさる。
レバンも険しい表情で門を睨みつけた。
しかし、ハジメだけは目を細め、すぐに何者かを察したようだった。
⸻
星十一騎団、現る
扉が開かれると同時に、まばゆい光の中から十一の人影が姿を現す。
全員が独特の装備と威圧感をまとい、その一歩一歩に大地が震えた。
彼らは異世界最大の王国《天帝》――その中枢、最高戦力として知られる《星十一騎団》だった。
伝説級の戦士たちが、今まさにこの戦場へと駆けつけたのだ。
光と闇が交錯する戦場で、空気が一層重くなる。
ハジメは小さく息を吐き、トオルを見据えたまま呟いた。
「……また厄介なのがきたな」




