第5話 時を裂く者
空が割れた。
いや、空が——砕けたと表現するほうが正しい。
その瞬間、天を仰いでいた誰もが見た。巨大隕石が地上へ向けて落下し、そしてそれが跳び上がった一人の男の拳によって粉砕される、その光景を。
「——ッ!!」
音は遅れてやってくる。
隕石の質量は確かに巨大だった。大気を焼き、山を貫き、都市を一つ消し飛ばしてもおかしくない破壊力。
だが、それを拳一つで、それも加速つきの跳躍からの一撃で砕いたその男。
名を、カイ。
真上から降り注ぐ死の塊に、一歩も退かず真っ直ぐ跳躍し、軌道に乗せた拳で正面から叩き割ったのだ。
轟音。衝撃波。光の散乱。
空の彼方にまで響き渡るその破壊の余波は、まるで神の怒りのようだった。
……が、それで終わりではなかった。
破壊された隕石の破片の中から、黒い煙が溢れ出したのだ。
それはまるで意志を持つかのように、渦を巻き、漂い、そして——
「な……なにこれっ……!?」
トオルの身体にまとわりついた。
拒否も抗いも意味をなさなかった。
その黒煙はトオルの周囲に吸い寄せられるように集まり、まるで呼吸のように彼の内側へと入り込んでいく。
次の瞬間、世界が軋んだ。
周囲の空気が揺れ、空間が悲鳴を上げる。
——そして、裂けた。
空間の真ん中が、まるで刃物で切り裂かれたかのように亀裂を生み、その“裂け目”から、一つの影が静かに現れた。
竜の角。深紅の瞳。銀白の鱗に覆われた鋭利な身体。
それは“人”に似ていたが、決して人ではない。
「……現れたか。時間の軸に生じた歪み、その中心……これは面倒なものが顕現したようだ」
その声は穏やかだった。
しかし、まるで気温が数度下がったかのような冷たさを伴っていた。
「え、だれ……!? 何……あれ……」
「——サタン、か」
小さく、カイが呟いた。
トオルが驚きに目を見張る中、カイはすでにすべてを理解しているようだった。
「知ってるの!?」
「……あれは、“時”の加護を持つ竜人族。あの存在は、おそらく最上位種に属する“サタン”……間違いない。今この瞬間、時間そのものが注目している。君に、な」
サタンは、ゆっくりと腰の装備に手をかけた。
そこに収められていたのは、一振りの剣——《時空剣ドラグーン》。
あらゆる時空を裂くことができるという、因果の外に存在する唯一の武器。
「この存在が“因果の中心”となるならば、いまここで潰しておく必要がある」
その剣が抜かれると同時に、空間が震えた。
サタンは構えた。そして、刹那——
時間が巻き戻った。
世界が逆再生されるように、風が戻り、破片が空へと吸い込まれ、跳躍したカイが地上へと戻る。
そして、トオルとカイが初めて対面した、まさに**“その瞬間”**に——
サタンは《時空剣ドラグーン》の渾身のひと突きを、トオルの胸へと放った。
だが——刃が止まった。
空間が揺れた。時間が歪んだ。
「……ほう。これは……」
剣の切っ先が、寸前で空中に止まっている。まるで世界そのものが拒絶しているかのように。
そして、跳ね返された。
「——時空をも超越する因果力を持つか。《厄災》……まさか、ここまでとは」
サタンの冷静な声が、かすかに揺れた。
だが、次の瞬間——
跳ね返された剣の反動が、サタン自身の胸を貫いた。
「っ……!」
時が止まったようだった。
剣がサタンに刺さったその瞬間、**《ドラグーンの呪い》**が発動した。
それはこの武器の唯一にして致命的なデメリット——時空を断ち切る剣に、自らの時を囚われる。
サタンの身体はゆっくりと粒子となり、剣に吸い込まれていく。
「……封じ、られるか……この程度で……終わると……」
彼の声はやがて消え、地面には《時空剣ドラグーン》だけが静かに突き刺さっていた。
そして時間は——再び動き出す。
エルダークの黒煙が、改めてトオルの身体を包み込む。
だがその背後には、すでに封じられたはずの“サタンの剣”が静かに時の唸りを続けていた。
(つづく)