第4話 『兆し』
地鳴りのような風が吹いた。
空気が重い。何か、世界の法則そのものが歪んだような感覚。
風も音も、どこかよそよそしい。俺一人が、異物になったかのように。
そして——現れた。
気づけばその男はそこにいた
全身を無駄のない筋肉で引き締め、まるで呼吸そのものが計算されているような静けさを纏っていた。
その目は、まっすぐ俺だけを見ている。けれど、表情からは何ひとつ読み取れない。
「……なにかが、おかしい」
たった一言。それだけで、俺の喉がかすかに鳴った。
声に怒気も威圧もないのに、背筋が冷たくなる。
「お、お前……誰?」
「君が、そう感じる側なんだと思うけどね」
「は?」
「僕が誰かよりも、まず——君が何者なのか、そっちのほうが興味ある」
意味がわからなかった。けれど、その口ぶりには確かな確信があった。
まるで、最初から“答え”を知っていて、あえて訊いてきているかのような……
「俺は……転生者。たぶん三人目……で、さっきこの世界に来て……」
「“さっき来たばかり”で、その魔力反応? 変だよ、どう考えても」
(あ、やっぱバレてる……)
「スキル名は?」
「えっと、《厄災》……です」
彼の目がすっと細くなった。
けれど、驚きでも恐れでもない。ただ、観察する目だった。
「……そんなスキル、知らないな。あえて封じられてた可能性もある。排出テーブルから外れてるとか、ね」
「俺もガチャで出てきた時、女神の顔が引きつってた……」
「ふふっ、それは面白い」
小さく笑った。けど、冗談で笑ってるような雰囲気じゃない。
あくまで、異常現象として冷静に面白がってる。
「ちょっと距離、取らせてもらうよ。何が起きるか、観察したい」
「待って!? 俺、たぶん今世界のバグ引いた側だから、逃げられても困るんだけど!?」
「逃げないよ。むしろ……ここからが本題だ」
彼が空を見上げる。
俺もつられて振り仰いだ瞬間——視界が黒に染まった。
「……っ!?」
空の遥か彼方、まるで空間そのものが捻じ曲げられたように黒い塊が浮かんでいた。
雲を切り裂きながら、回転しながら、少しずつ——確実に地表へと降下してくる。
隕石。
いや、もっとタチが悪い。
「なんだあれ!? え、落ちてきてんの!? ねえやばくない!?」
「認識できてるってことは、本物だ。君、いま“本当にまずいこと”を引き寄せてるよ」
男の声が低くなる。
「……あれは、封印されていたものの一つだ。異世界の因果を超越した災厄。存在するはずなのに、触れてはいけない場所にいたもの」
「それが今、降ってきてるってことは……」
「《厄災》のスキルが、封印の因果律を“無視した”んだろうね」
「俺のせいかよおおおおおおおお!!」
遠くで空が裂けた。
火花のように黒い閃光が奔り、まるで星そのものが降臨するかのような、禍々しい予兆が大地を撫でる。
彼はその場から一歩も動かず、ただじっと空を見ていた。
「やっぱり、面白い。君……この世界で一番、見逃せない存在かもしれない」
「いや、せめて安全な距離で見てよ!? やばいって! あれ絶対ボスキャラだよ!!」
「……さて、どう出るのか見せてもらおうか。世界が君をどう扱うのか。あるいは——君が、世界をどう壊すのか」
その眼差しに、わずかに揺らぎが混じっていた。
恐れか、興味か、それとも……かつての“記憶”によるものか。
答えは、まだ落ちてこない。
だが、災厄はすぐそこに迫っている。
(つづく)