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利成の母の死

フローライト第百十二話

ゴールデンウィークの最終日、朔と一緒に○○〇デパートに行くことにした。黎花はもう先に見にいったらしい。「凄いいいよ。朔のがだんとつだよ」と黎花が報告してくれた。どうやら黎花はこのデパートに利成と一緒に行ったみたいで、利成からも「だいぶ腕あげたね」とラインが来ていた。


朔は利成からのラインをすごく喜んで、自分も○○〇デパートに行く気になったようだった。実は、あまり他の人の絵も、自分の絵も見に行きたくないと行っていたのだ。


どうしてと聞くと「何となく」としか答えないので、その理由はよくわからなかった。


 


ゴールデンウィーク最終日、祭日なのでやはりデパート内は混んでいた。朔や他の画家たちの絵は、最上階のレストラン街の壁面に飾られている。


エスカレーターでレストラン街まで上ると、エスカレーターを上り切ったところの一番目立つ場所に朔の絵があった。美園をモデルとした女の子がキャンバスの中心に描かれ、無数の花に囲まれている。色合いは全体的に赤いのだが明るい赤ではなかった。周りの無数の花も色とりどりではなく、朱色系の色を混ぜながら朔が作った色だった。


「ああ、ほんと。すごいいいね」と美園は絵を見ながら言った。


朔はじっとその絵を見つめたまま何も言わなかった。それから「他の人のも見よう」とそのまま壁に沿って歩き出した。他の画家たちの絵が、ずっと壁伝いに続いている。


人物を入れるが条件だったので、皆それぞれの人物が描かれていた。家族っぽいスタイルの絵や、恋人同士かなと言うような絵、子供の姿などが描かれている。その中の一つに、女性の横顔が描かれた絵があった。その絵も周りには花が散りばめられている。その女性は祈るように手を合わせ目を閉じていた。朔はその絵の前で立ち止まり、驚いたようにその絵を見つめている。


「これ、朔の絵みたいだね」


美園はその絵を見て言った。同じように真ん中に女性が描かれているが、その女性は朔が描いた”少女”ではなく、ずっと大人の女性に見えた。


「でも、偶然とはいえ、似たような構成だとはね」


朔は何も言わずその絵を見つめていた。すると不意に後ろから「美園ちゃん」と声をかけられた。美園が振り返ると、そこには三十代くらいの背の高い男性が立っていた。


見たことのない顔だったので「どなたでしたっけ?」と美園は言った。


「天城美園でしょ?」とその男性が微笑んだので(ああ・・・)と思う。芸能界を引退しても、こうやって声をかけられることも多かった。けれど最近はほとんどなかったので、まったく警戒していなかったのだ。


「そうですけど?」


「だよね?俺、美園ちゃんのライブも行ったことあるんだよ」とその男性は言った。


「そうですか・・・」


お礼をいうのも今更なので黙っていた。


「どう?俺の絵」とその男性が言ったので、朔と美園はびっくりして絵とその男性を見比べた。


「アハハ・・・そんなに驚かなくても」とその男性は面白そうに二人を見比べた。


「あなたがこの絵を?」と美園が言うと「そうだよ。どう?」と聞かれる。


(どうと言われても・・・)


朔のと似てるとも言えずにもう一度ただ絵を見つめた。黙っているとその男性が言った。


「この女性ね、一応モデルいるんだよ」


「そうなんですか?」と美園はもう一度その絵の中の女性を見つめた。ふと気が付くと朔は絵ではなく、その男性の方を見ていた。


すると「対馬朔の絵と似てる?」とその男性がいきなり言ったので美園も朔も再び驚いてその男性を見た。朔がその絵の横にある画家の紹介のところを見ているので美園もその文章を見た。


武藤司むとうつかさ橘黎花ギャラリー所属>となっている。


「黎花さんのところの?」と美園は聞いた。


「そう。最近ね」


「最近?」と朔が言う。


「そうだよ。最近。ちなみにその女性は黎花さんだよ」


(あ・・・)と美園はその描かれた女性を見た。なるほどそう言われてみればそうだった。


「対馬君の絵も見たよ。何だかかぶっちゃったね」と司が面白そうに言った。


朔は何も答えずに司の顔を見ていたが、もう一度司の絵を見てから「武藤さんも下手くそだね」と言ったので、美園はびっくりして朔を見た。司を見ると一瞬驚いたような顔をしたが、「ああ、なんだ。知ってた?」と言った。


美園は司の顔を見てから朔の方を見て、「知り合いだったの?」と聞いた。


「いや、でも俺のインスタにコメントくれてたからね」と言った。


(あ・・・)と思う。


「あれ?あなただったの?」と美園は司の顔を見て、少し咎めるように言った。


「そうだよ。美園ちゃん」と司が楽しそうに言う。


(あーやれやれ・・・ライバル心?)


美園が呆れたように司を見ると「そんな呆れないでよ」と司が言った。


「美園、行こう」といきなり朔が美園の手をつかんだ。


「あ、うん」と美園が司に頭を下げようと振り返ると、ぐいっと朔に腕を引っ張られた。


「ほんと下手くそだからやめなよ」と後ろから楽し気な司の声が聞こえた。それを聞いた朔が立ち止まった。すると司がそんな朔を見てまた言った。


「何か”俺はわかってる”みたいな?そんなオーラが駄々洩れで気分悪いよ」


「ちょっと、どういう意味?」


美園はカチンときて言った。


「あ、美園ちゃんのことは俺好きだよ。曲も元々好きだし・・・。だけど対馬君と結婚するなんてちょっと美園ちゃんも血迷っちゃったね。対馬君の絵って美園ちゃんへの思いが駄々洩れしてて、それがまた「狂気」な思いだから気色悪い」


(は?)と美園は司の顔を見た。失礼にもほどがある。


「ちょっと失礼じゃない?」と美園は言った。朔は黙っている。


「そう?ごめんね。美園ちゃんに対してじゃないんだけどね」


司が肩をすくめる。


「美園、俺の絵外してもらう」と朔が急に言った。


「えっ、ちょっと、朔」


朔が美園の手を握ったまま行こうとすると「へぇ、対馬君って物わかり良いって言うか・・・弱虫でもあるんだ」と司が感心したように言った。


「ちょっと!もういい加減に・・・」と美園が言いかけると、朔に腕を引っ張られた。


「あ、美園ちゃん、あの絵は美園ちゃんでしょ?絵はサイアクだけど、美園ちゃんは最高に色っぽいくて良いよ」


司の煽るような言葉に、朔がまた立ち止まった。それから司の方へ振り返る。美園は焦って「朔、行こう。絵のことは黎花さんに相談しよう」と言った。


朔がまた踵を返し歩き出した。司はもう何も言わずに美園の方を見つめていた。「美園!」と朔がまた美園の腕をつかんで引っ張って来た。


朔に腕を引っ張られながらふと振り返ると、司が「バイバイ」と笑顔で美園に手を振った。


 


美園から手を離した朔がすごい勢いでエスカレーターを降りて行く。美園も追いかけたが、どんどん朔が行ってしまうので途中であきらめた。


一階までエスカレーターを降りると、そのそばで朔が待っていた。美園がそばまで行くと朔が無言で歩き出した。デパートから出て表に出て、駐車場まで朔はずっと無言だった。


車に乗り込んで美園が車を発進させると、ようやく朔が口を開いた。


「このまま黎花さんのところ行って」


「・・・ほんとにあの絵外すの?」


「・・・・・・」


「どうせ一定期間過ぎたら外されるんだから、あんな奴のいうことなんて気にしなくていいんじゃない?」


「気にしてるわけじゃない」


「じゃあ、何?」


「やっぱり美園を見られるのが嫌なだけ・・・あいつも美園のこと見てた」


「そりゃあ、誰だって見るし、あの絵は見てもらうためにあるんだし・・・」


「・・・・・・」


「それでも行く?黎花さんのところ」


「向かって。今、連絡するから」


朔がそう言うので、仕方なく美園は黎花のギャラリーのある方に道を曲がった。朔がスマホで黎花に電話をかけている。


「今、向かってる・・・・・・わかった・・・待つ・・・」


そんな声の後、朔が通話を切った。


「何だって?」


美園が聞くと「一時間後、サロンの方に来てって」と朔が言った。


「そう。一時間、どこで時間つぶす?」


「どこでもいいよ」


「じゃあ、近くにあったカフェにでも行く?」


「いいよ」


 


黎花のサロンの近くにある小さなカフェに入りコーヒーを頼んだ。窓から見える目の前の道路が渋滞し始めていた。


「やっぱり休み最後の日だから皆帰ってくるのかな」


美園が言っても朔は「さあ・・・」と言っただけだった。


「・・・朔、あの絵外すのやめてね」


「・・・・・・」


「あの中で、朔のが一番良かったよ。黎花さんも利成さんも言ってたじゃない?」


「・・・美園を描いたのが失敗・・・」


朔が窓から表を見つめながら言った。


「そんなことないよ」


「・・・絵には・・・嘘つけない・・・全部出る・・・」


「何のこと?」


「・・・俺の気持ち」


「いいじゃない?出たって」


「・・・俺はやだ」


「じゃあ、絵なんて描けなくなるよ。今までの絵だってそうでしょ?」


「今までのは違う」


「どう違うの?」


「・・・いいよ、もう」


それきりまた朔が黙ってしまった。


 


一時間後、黎花のサロンに行き今日のことを黎花に話した。


「司君がいたんだ?」と黎花は言い、「そうなのよね、偶然何となく朔の絵とイメージが被っちゃったのよ」と少し困った表情を作った。


「俺の絵、外せない?」


朔が聞くと、黎花が驚いた顔をしてから言った。


「どうして?司君の絵がいくら少しかぶったとしても、朔と司君じゃまったく違うでしょ?気にしなくていいと思うよ」


「そうじゃない・・・」


「じゃあ、どうして?」


「その司君だかが、朔のインスタに「下手くそだからやめたら?」みたいなコメント入れてきたんだよ」と美園は話に割って入った。


「え?そうなの?」と黎花がまた驚いたが「でも、そんなこと関係ないことでしょ?」と言った。


「・・・そのことでもないから」


朔が言うと、黎花が美園と朔の顔を見比べてから言った。


「どういうこと?」


「・・・どうとかじゃない・・・外して欲しいだけだよ」と朔が言う。


「そんな理由じゃ外せないでしょ?」


「・・・・・・」


「朔、ほんとにあの武藤さんだかのことは放っておいていいと思うよ」と美園は言った。


「・・・やっぱもういい・・・」と朔が言って立ち上がった。


「朔?」と黎花が呼び止める。朔が振り向くと「また何かこだわってる?」と黎花が言った。


「こだわってなんかないよ」


「朔、座って。もう少し話した方が良さそうだよ」


黎花の言葉に美園は黎花と朔の顔を見比べた。黎花はわりと真剣な顔をしている。


「話す必要はないよ。もういいから」と朔が立ったまま答えた。


「いいから、まず座って」と黎花が今度は有無を言わせないような雰囲気で言った。朔は仕方なさそうにまた黎花の向かい側の椅子に座った。


「司君はね、朔と少し似てるのよね」と黎花が言う。朔は答えずに目の前のテーブルの上を見つめている。


「最近うちに来たんだけど、それまでは別のギャラリーにいたのよ。そこだと色々お金もかかる割には、色んな人に見てもらえないし、絵も売れないしでね。普段は別な仕事してるんだけど、私のところに来たのは、朔のことを知ったかららしいよ」


「俺のこと?」


朔が少し驚いている。


「そうだよ。雑誌やテレビ、天城利成さんとの合作展、そういうの見てくれてたらしい。彼も利成さんが好きで作風も似てるのよ」


「そうなの?」と美園は言った。今日の感じじゃまったくそんな風に見えなかった。


「そうなんだよ。ああいう性格で誤解は受けやすいんだけど、気になる人には絡んじゃうのよ」


「気になる人?」と美園はまた聞いた。


「そう。朔のこと気になるみたいでね。ここに来た時も「対馬朔はここに来る?」って聞いてきたし」


「でも、それじゃあ何であんな態度なの?」と美園は言った。


「司君はああいう風にしか表現できないのかも?朔をライバル視してるみたいだから」


「ライバル?」と朔が聞き返している。


「そうだよ。お互いに切磋琢磨できるのがライバルってやつでしょ?芸術家ってとかくワンマンになりがちだけど、「ライバル」がいると、お互いが鏡になって作品にも磨きがかかる。朔は独特の世界を持ってるから、もちろんそれをどうこうする必要はないけど、もっと脱皮していくっていうか・・・心を動かすことも必要なのかもしれないよ」


「・・・・・・」


「司君も実は独特の世界観でね。守りよりも破壊が芸術を生むって、作品も日々の生活でも、そんな考え方なんだよ」


「・・・・・・」


「朔は美園ちゃんを表に出したくないんだよね?」と黎花が美園の方を見て言った。


美園が朔の方を見ると、朔は特に表情も変えずにまだテーブルの端っこを見つめていた。


「朔?聞いてる?」と黎花が言う。


「・・・聞いてる・・・」


「ねえ、朔。痛みは分かち合うものだと思う?」


いきなり黎花がそんなことを聞いてくる。


「痛みって?」と朔が聞き返した。


「色んなトラウマ・・・そういう心の傷みたいなものだよ。それは分かち合うもの?」


「・・・分かち合う必要なんてない・・・」


「どうして?」


「それも俺のものだから・・・誰かにわかってもらうようなものじゃない・・・」


「そうだね」と黎花が頷いている。そして「美園ちゃんはどう?」と聞いてきた。


「私?・・・んー・・・トラウマってないんだよね」と美園は言った。


「そうなんだ」と黎花が笑顔になる。


「だからよくわからないけど、元々私は”分かち合う”って言葉には懐疑的かな」


「どういう風に?」と少し楽し気の黎花が聞いてくる。


「んー・・・多分だけど・・・私って利成さんからの影響が強いのか、もしくは自分自身の性格なのかわからないけど・・・。痛みを分かち合うみたいな「友情ごっこ」「愛情ごっこ」はエゴのものだと思うんだよね。奏空がまずそういうのなかったし、咲良はバカだからダメだけど、学生時代も一人も友達いなかったし、今もある意味そうだけど、まったく気にしたことなかったんだよね」


「へぇ・・・じゃあ、今も友達はいないの?」


「いない。芸能界でもできなかったというか、友達自体あまり作る気もなかったし・・・そんなんであまりトラウマもなかったんだよね。結局、トラウマって人間と人間の摩擦からくるもんでしょう?」


「そうだね。その摩擦が”ドラマ”を生むんだけどね」


「そうだよね」と美園も同意見だ。


「俺は・・・摩擦って言うか・・・俺が摩擦そのもので・・・俺のこと見ると、他の人が苛立ったりする・・・」と朔が言った。


「そうかぁ・・・そういうのが朔の中にはあるんだね」と黎花が今更なのに大袈裟に言う。


「私は朔のことに苛立ったりしなかったけどね」と美園が言うと「そうなの?」と黎花が聞いてきた。


「美園は・・・変わってる・・・」と朔が真面目な表情で言う。


「そうだね、変わりものだよ。でもさぁ、うちって変わり者しかいなくて、まず奏空でしょ?咲良もある意味おかしいし、明希さんはまともだけど、利成さんはぶっ飛んでるし・・・だからあまり自分のことも気にしたことないんだよね」と美園は少し肩をすくめた。


「そうかぁ、そういう美園ちゃんと朔が出会って、朔は美園ちゃんにハマってしまったんだね」と黎花が朔の方を見る。朔が少し赤くなった。


「黎花さん、それ違うよ。私が朔にハマっちゃったんだよ」と美園が言うと朔が美園の方を見た。


「そうだったの?」と黎花が聞いてくる。


「そうなんだ。朔といると退屈しなくて・・・それでいつも朔といるうちに、どんどんハマっちゃったの」


「そうなんだ。美園ちゃんは美園ちゃんで朔にハマってたんだね。だけどね、美園ちゃん。朔の美園ちゃんへのこだわりはほんと普通レベルじゃないんだよ?」


黎花が面白そうに言った。


「黎花さん」と朔が黎花を咎めるように言った。


「私と暮らしている時も、美園ちゃんのテレビは全部チェックしてたし、一番ヤバかったのが、あの写真集かな?何度も何度も見てたから、だいぶボロボロになってたしね」


「黎花さん!」と朔が今度ははっきり黎花を咎めるように言ってから、赤くなっている。黎花は朔を無視して続けた。


「つまりね、朔は美園ちゃんを綺麗にしまっておきたいんだよ。よくある”見せびらかしたい”なんて気持ち欠片もないわけ。それはある意味、”トラウマ”と似てる」


「どういうこと?」と美園は聞いた。


「美園ちゃんを”分かち合う”気なんて朔にはさらさらないわけ。朔に取ってそこが世界なのよ」


「黎花さん、もうわかったよ。絵はあのままでいい」


朔が降参したように言った。


「そう?」と黎花が笑顔で言った。


黎花の方が朔の扱いが上手いなと美園は思う。


 


自宅マンションに着いてから朔がすぐにアトリエにこもってしまったので、美園はスマホを開いて今日の武藤司のインスタを見た。司の絵は確かに朔に似ている。


(ていうか・・・利成さんに似てるのか・・・)


美園は過去にもさかのぼって司のインスタを見てみる。何かの展覧会の写真があり、そこに笑顔で映っている司自身の写真もあった。更にもっと過去にさかのぼってみる。


(あれ?)と思う。そこには朔の絵があった。


(あ、これ、コンクールの絵だ)


朔が昔出したコンクールで金賞を取った絵だった。その下には<ライバル出現?!>となっている。


(ライバル・・・)


まあ、そうなのかな・・・?


美園にとってはあまり”ライバル”という言葉も、古臭くペラペラの紙切れのように感じる。


(切磋琢磨といってもね・・・)と昼間の黎花の言葉を思い出す。


それから立ち上がって夕飯を度しようかと考えていると美園のスマホが鳴った。画面は咲良の名前を表示していた。


「はい?」と美園が出ると、少し沈んだような咲良の声が聞こえた。


「美園?あのね・・・麻美さんが亡くなったの・・・」


「えっ?」と美園は聞き返した。麻美というのは、利成の母で奏空や美園にピアノを教えてくれた教師でもあった。利成の父親は実は二年前に他界していたが、麻美は高齢ながらもかなり元気に過ごしていたはず・・・。


「急なことで・・・明希さんが行ったらもう亡くなってたんだって・・・。明希さんが最近はずっと麻美さんのこと見てたんだけどね」


「・・・そう・・・」


「これから麻美さんの家に奏空と行くとこ。あんたも来れる?」


「わかった。行けるよ」


「じゃあ、こっちはもう出るから」


「わかった」


咲良との通話を切って、しばし美園はぼーっとしてしまった。麻美さんと最後にあったのはいつだっただろう?明るくて、はきはきものを言う麻美のことを美園は好きだった。


「朔」とアトリエのドアを美園は明けた。朔はいつものようにパソコンに向かって作業をしていた。


「何?」と画面を見ながら朔が答える。


「・・・麻美さんが亡くなったって・・・」


美園が言うと「えっ?!」と朔が驚いた声を出してこっちを向いた。


「何か・・・明希さんが行った時にはもう死んでたって・・・」


「ほんとに?」


朔が信じられないと言った顔をしている。


「うん・・・それで・・・今から麻美さんの家に行くんだけど・・・朔はどうする?」


「もちろん俺も行くよ」と朔がパソコンを閉じている。


 


美園の運転する車で麻美の家の前に到着すると、すでに利成の車と奏空の車が止まっていた。玄関に入ると線香の匂いがした。


リビングから行ける和室に敷いた布団に麻美さんは寝ていた。その横で明希が泣いている。奏空は少し離れたところで黙って麻美の方を見ていた。


(あれ?利成さんと咲良がいない?)


美園は奏空の横に座って「利成さんと咲良は?」と聞いた。


「何か親戚筋の名簿探してる。麻美さんは派手なことが好きだったから、色々付き合いもしてて・・・伝えれる人には伝えた方がいいだろうって・・・あ、朔君も来てくれたんだ?」と後ろに座った朔に気がついて奏空が言った。朔が無言で頭を下げた。


「急でさ、明希が行った時にはもうベッドで亡くなってたんだよ。最近はしょっちゅう明希が見にきてたんだけど、昨日、麻美さんが介護の人も来るし、今日はいいって言われて行く日だったんだけど行かなかったんだって。それがかなり心残りになったみたいで・・・さっきからあんな感じだよ」と奏空が明希の方を見た。


明希は麻美さんの手を撫でながら泣いている。美園が立ち上がって明希のそばまで行くと、明希が気がついて「みっちゃん・・・」と言ってまた泣き出した。


「明希さん、そんなに泣かないで。明希さんのせいじゃないんだから」


美園は言った。明希はきっとかなり責任を感じてるのだろう。それに明希は母親を幼い頃に亡くしている。麻美はそういう意味では明希のほんとの母親のような感じなのかもしれない。


「うん・・・でも、昨日までは元気だったのよ。警察の人とかも来て、検死してもらったら昨日の夜六時くらいだろうって・・・介護の人ももちろんいないし・・・私が行ってれば・・・何か気がつけたかもしれないって・・・そう思うと・・・」


そう言って明希がまた泣き出した。美園は今は何も言わない方がいいだろうと黙って明希の手をさすった。それから立ち上がって奏空と朔がいる方に行った。


「これからどうするの?」と美園は奏空に聞いた。


「お通夜とお葬式、一応麻美さんが信仰してたお寺のお坊さんに頼むかなって利成さんが行ってたよ。まあ、博之さんの時と一緒かな?」


博之というのは利成の父親のことである。その時も通常のお葬式をあげている。


「そうなんだ・・・明希さん、しばらく立ち直れない雰囲気だよ」


「そうだね。明希はどうも何でも自分一人で背負っちゃう癖があるからね」と奏空が言った。


「そうだね」と美園はもう一度明希の方を見た。ふと気がつくと朔も明希の方を見つめている。


美園は立ち上がって朔に合図して一緒に和室を出た。リビングに行くと利成と咲良が何か書類のようなものを見ていた。


「あ、来てたんだ」と咲良が言う。


朔が利成と咲良に頭を下げた。


「うん、見つかった?名簿みたいなの」


美園が聞くと咲良が「まあ、大体ね。年賀状もあったし」と言った。


「葬儀場とかは?」


「博之さんと一緒のところが空いてたからそこで」と利成が言った。


「多分、明日の夜がお通夜、明後日葬儀かな」と咲良が言う。


「そう」と美園は朔の方を振り返った。


「朔、明日って確か黎花さんの関係の○○でイラストの方のグッズの販売の打ち合わせあったんだよね?」


美園が言うと「キャンセルでいいよ」と朔が言った。


「わかった。じゃあ、事情話して延期してもらうね」


美園はそう言ってスマホを取り出し別な部屋で黎花に電話をかけて事情を話した。黎花は「わかった。そう言って日にちずらしてもらうね」と言った。


リビングに戻ると、奏空もリビングにいて咲良と利成と話していた。


「利成さん、明希なんであんなに弱ってるの?」と奏空が聞いている。


「さあ?」と利成が書類をファイルに戻しながら答えた。


「今回のこと以前からどうも弱ってるみたいだけど、あれじゃあ倒れるよ?」


奏空が言うと、朔がチラッと利成の方を見た。


「明希の問題じゃないの?」と利成が言う。


「そうだろうけど、明希の問題はいつだって利成さんだよ」と奏空が言う。


「そうだとしても俺にはどうにもできないからね」


利成がファイルを数冊揃えているのを横で咲良が見ていた。


「わざとどうにもできないようにしてない?」


奏空が言うと利成は立ち上がり、「ファイル戻してくるから」と言ってリビングから出て二階に上って行った。


(あーあ・・・)と美園は利成の後姿を見た。咲良が「何?何のこと?」と奏空に聞いている。


「・・・まあ、色々ね」と奏空が言葉を濁した。


「何よ?色々って」と咲良が不満そうに言う。


「明希が弱っている、利成さんのことが絡んでいると言えば?わかるでしょ?」と奏空が言った。


「え?まさか?女?」と咲良が驚いた。その様子を朔がじっと見ている。


「そうだよ。そのまさかのまさかだよ」と奏空が呆れたように言った。


「えー・・・ほんとに?もうそれはないでしょ?」


咲良がまた言う。


「ところがある雰囲気だよ。相手は誰かは知らないけどね」


奏空が言うと、咲良が「美園は知ってる?」と聞いてきた。


「まあ・・・」と曖昧に美園は答えると「知ってるの?」と咲良が突っ込んでくる。


「知ってるけど、今ここで言わないから」


美園が言うと、咲良が「まあ、そうだよね」と明希のいる和室の方を見た。


 


その日は一度帰り、明日またここに来ることにして美園と朔は麻美の家から出た。


「明日は○○〇斎場だから・・・特に朝から来なくていいよって言ってたけど・・・」


車に乗り込んでシートベルトを締めながら美園が言うと、「もしやる事あるなら朝から美園は行ってもいいよ」と朔が言った。


「そんなやる事もなさそうだけど・・・まあ、明日また確認するよ」


そう言って美園は車を発進させた。


帰り際にもう一度明希の様子をみたら、確かに奏空の言いう通り、かなりエネルギーが弱っているのがわかった。


「明希さん、大丈夫かな」と朔が言った。


「大丈夫だよ、きっと」


明希は今まで利成と一緒に来たのだ。今回もきっと大丈夫だと美園は思う。


「・・・利成さん・・・何で・・・」と朔が言いかけて口をつぐんだ。


「何で明希さんを大事にしないんだろう?ってこと?」と美園は聞いた。


「・・・まあ・・・」と朔が曖昧に返事をする。


「利成さん、明希さんが一番大事だし、一番愛してるし・・・もうその愛は狂気レベルなんだよ」


美園が言うと朔が「え?」と驚いてから「そんな風に見えないけど・・・」と言った。


「利成さんは絶対に顔に出さないから。他の人にはわからないよ。でも、奏空が言うのは、利成さんは明希さんをずっと離さないって・・・。それこそ何生しょうも」


「なんしょう?」


「そうだよ。前世もその前もその前も・・・ずっと明希さんを連れまわしてるって・・・。奏空はそれを何とか阻止したいらしい」


「・・・前世?」


朔が怪訝なそうな声を出した。


「あ、前世って朔には話してなかったっけ?」


「うん・・・多分・・・」


「奏空は前世も全部わかるのよ。利成さんは全部じゃないらしいけど・・・。それでそういう話を奏空から聞いたの」


「そう・・・なんだ」


「あ、やっぱこういう話、引くよね?」


「いや・・・そんなことないよ」


「そう?うちではわりと当たり前な話で・・・つい、普通に話ちゃったけど・・・朔はおかしくおもうよね」


「んー・・・おかしくじゃないけど・・・よくわからない・・・」


「そうか・・・ま、さらっと流しちゃって」


美園にとって当たり前の話も、朔や他の人には変な話だろう。


 


次の日のお通夜とその次の日の葬儀がそつなく行われ、普段会わないような麻美さん側の親戚と会った。利成がこっそりと「やっぱりこの世界のルールに従わないとね」と美園に面白そうに言った。普通に神妙な顔でお坊さんの話を聞き、普通にお経を聴いている利成が何となく違和感だった美園は、利成の言葉を聞いて少し微笑んだ。


明希が麻美の骨壺を抱いて、最後にまた涙を流していた。利成はというと、まったくいつもの通りだった。


「じゃあ、美園、朔君、気をつけてね」とすべて終わってからの帰り際、咲良が言った。


「うん、咲良もね」と美園は言った。奏空と利成と明希はまだ斎場の中だった。


「やれやれだね」と車に乗り込むと美園は言った。着ている礼服に線香の匂いがこびりついているので、車内も線香の匂いがこもっていて美園は窓を開けた。


「・・・何か・・・美園が死んだらやっぱり俺も死のうって思った」と朔がいきなり言った。


「えー・・・それはやめてよ」と美園はシートベルトを締めた。


「いや、やめない」と朔もシートベルトを締めている。


「まあ、どうせまだ私も朔も死なないと思うよ」


「そうかな・・・」


「そうそう」と美園は車を発進させた。


自宅に着いてからすぐにシャワーをかけた。髪の毛一本一本にも線香の匂いがついていた。


人の死は本当に不思議だと思う。何故なら死んだ後のことを誰も知らないからだ。誰も知らないのに、生まれてきたとか、命とか、生きているとか言う。死を知らないのに、なぜ「生」を語れるのか・・・?昔から不思議に思っていることだ。


人間だけがこの小さな社会の中で、わざわざ自分の首を絞めるような「決まり事」を作ってそこに乗れないと悩んだり、それを破ったと勝手に裁いている。最初から決まりごとなんて存在してないのに、人間だけがそんな茶番を演じている。


(麻美さん・・・もしかして何となく予感があって明希さんを断ったのかな・・・)


そんなことを一人思った。麻美から習ったピアノや英語は今も美園の中にある。いつか必ず人は死ぬ。


── 人は死を信じてるから必死に生きようとするんだよ。


いつか奏空がそんなことを言っていた。


(じゃあ、死を信じられないのなら、生きることもできないってことか・・・)


ああ、それで自分は退屈だったのかもしれない。


朔に会うまでは・・・。


 

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