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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

田中アネモネ名義

どうして人を殺してはいけないんですか?

作者: 田中アネモネ

「先生、どうして人を殺してはいけないんですか?」


 呼び出しを受けた指導室で、僕は先生と向かい合って座る格好で、質問をした。


 マルガレーテ先生は哀れな子を見るような笑顔を浮かべ、答えてくれた。


「それはよくある質問よ、マチアス。社会秩序を守るため、道徳心を重んずるため──色々な答えがあるわ」


「先生の考えを教えてください」


「そうね……」

 先生は長いまつ毛を動かして、しばらく考えると、言った。

「私は誰かに殺されたくない。私の大切な人も殺されてほしくない──だから、私が誰かを殺したら、その人を大切に思っている人が悲しむわ」


「悲しませたくないから殺さないんですか?」


「悲しませたくないより、何より自分が悲しくなりたくないもの」

 先生はそう言って微笑むと、僕に聞いた。

「あなたにも大切な人がいるでしょう? その人が殺されたら、悲しくならない?」


「そうですね」

 僕は()()()()答えた。

「よくわかりました。すみませんでした」


「うん。じゃ、もう帰ってもいいわよ」


 マルガレーテ先生の優しい微笑みに見送られ、僕は指導室を出た。


 ほんとうはちっともわからない。

 人を殺してはなぜいけないのか──まったく納得できなかった。


 アードルフは猫を殺してる。なのに何の処罰も受けなかった。

 みんなが見ている公園で、アードルフは猫の足に紐をつけ、振り回し、何度も石に叩きつけて殺す遊びをよくしている。先生の耳にも伝わっているはずだ。

 なのに彼はそのままだ。きっと何か注意は受けていると信じたいが、何の処罰も受けずに学校へ来ている。


 だから僕も彼を殺してもいいと思って、アードルフの足に鎖をつけたのだ。

 何が間違っているというのだろう?


 僕は鎖をつけただけだ。それでどうしようと思ったわけではない。人を殺したいなどと思ったことはない。ただ、猫を殺す彼を止めさせたくて、猫の気持ちをわかってほしくて、足に鎖をつけてやった。するとアードルフは泣き出して、先生に言いつけた。


 わからない。僕は人間よりも猫のほうが好きだ。大切な人など誰もいないが、猫はすべて僕にとって大切な友達だ。僕はアードルフを殺したかったわけではないが、殺してもいいものだとは考えた。


 わかっている。


 人は殺してはいけないものなどではない。


 ただ、そういうことにしておかなければ先生の言う通り、社会秩序が守れないのだ。


 猫を殺して幸せな気分を得るアードルフのように、人を殺せば幸せな気分になれる人間もいるだろう。コンピューターゲームの中で人を殺している者はそれこそいくらでもいる。僕だってそういうゲームで楽しんだことがある。


 僕は今まで人を殺したいと思ったことはなかった。あのアードルフでさえ、その行為をやめさせようとは思うものの、殺したいと思ったことはなかった。


 今日、初めて人を殺したいと思った。


 あの綺麗で僕の憧れだったマルガレーテ先生──

 彼女の哀れみを浮かべた瞳から光を消したくなった。


 なぜ、人はすぐに人を馬鹿にするのだろう。


 他人が自分と同じ考え方をしていないというだけで。


 



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― 新着の感想 ―
『ミステリと言う勿れ』という作品の台詞にそんな言葉があったような……。  犯罪にしろ何にしろ、全ての行動は個人の都合以外の何物でもなく、そんな人間が集まってコミュニティを作ったが故にそんなルールができ…
まあ、人を殺してはいけないのは群れのルールだから、なんだよね。 同族同士で殺す殺されるをしてしまうと群れが維持できなくなるから。 だからあくまで「人を」殺してはいけない訳だ。 それでも無為な殺害は秩序…
回りくどいこと言わずに、 可愛がってた猫の復讐ですとか言えば良いのにとか思った。
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