どうして人を殺してはいけないんですか?
「先生、どうして人を殺してはいけないんですか?」
呼び出しを受けた指導室で、僕は先生と向かい合って座る格好で、質問をした。
マルガレーテ先生は哀れな子を見るような笑顔を浮かべ、答えてくれた。
「それはよくある質問よ、マチアス。社会秩序を守るため、道徳心を重んずるため──色々な答えがあるわ」
「先生の考えを教えてください」
「そうね……」
先生は長いまつ毛を動かして、しばらく考えると、言った。
「私は誰かに殺されたくない。私の大切な人も殺されてほしくない──だから、私が誰かを殺したら、その人を大切に思っている人が悲しむわ」
「悲しませたくないから殺さないんですか?」
「悲しませたくないより、何より自分が悲しくなりたくないもの」
先生はそう言って微笑むと、僕に聞いた。
「あなたにも大切な人がいるでしょう? その人が殺されたら、悲しくならない?」
「そうですね」
僕はうわべで答えた。
「よくわかりました。すみませんでした」
「うん。じゃ、もう帰ってもいいわよ」
マルガレーテ先生の優しい微笑みに見送られ、僕は指導室を出た。
ほんとうはちっともわからない。
人を殺してはなぜいけないのか──まったく納得できなかった。
アードルフは猫を殺してる。なのに何の処罰も受けなかった。
みんなが見ている公園で、アードルフは猫の足に紐をつけ、振り回し、何度も石に叩きつけて殺す遊びをよくしている。先生の耳にも伝わっているはずだ。
なのに彼はそのままだ。きっと何か注意は受けていると信じたいが、何の処罰も受けずに学校へ来ている。
だから僕も彼を殺してもいいと思って、アードルフの足に鎖をつけたのだ。
何が間違っているというのだろう?
僕は鎖をつけただけだ。それでどうしようと思ったわけではない。人を殺したいなどと思ったことはない。ただ、猫を殺す彼を止めさせたくて、猫の気持ちをわかってほしくて、足に鎖をつけてやった。するとアードルフは泣き出して、先生に言いつけた。
わからない。僕は人間よりも猫のほうが好きだ。大切な人など誰もいないが、猫はすべて僕にとって大切な友達だ。僕はアードルフを殺したかったわけではないが、殺してもいいものだとは考えた。
わかっている。
人は殺してはいけないものなどではない。
ただ、そういうことにしておかなければ先生の言う通り、社会秩序が守れないのだ。
猫を殺して幸せな気分を得るアードルフのように、人を殺せば幸せな気分になれる人間もいるだろう。コンピューターゲームの中で人を殺している者はそれこそいくらでもいる。僕だってそういうゲームで楽しんだことがある。
僕は今まで人を殺したいと思ったことはなかった。あのアードルフでさえ、その行為をやめさせようとは思うものの、殺したいと思ったことはなかった。
今日、初めて人を殺したいと思った。
あの綺麗で僕の憧れだったマルガレーテ先生──
彼女の哀れみを浮かべた瞳から光を消したくなった。
なぜ、人はすぐに人を馬鹿にするのだろう。
他人が自分と同じ考え方をしていないというだけで。