十七話 私生活
〈アドウェール視点〉
アカネの強さが凄まじい。その一言に尽きる。
治癒魔法に詳しいギルドで暇してた知り合いに頼んで回復魔法を教えてやってほしいと告げてからしばらく筋肉がどうのだとか、脂肪はどうすればとか話し合ってたと思ったら自分の腕をナイフで斬り始めて実演してほしいと迫ったときは怒ったが。
一回実演してみせたら回復魔法を習得した…。なんでこうなるんだ。
こいつは自分を傷つけないと成長しない何かなのかと思いたくなるも、知り合いもドン引きしながら教えるとよく分からないことをやはり言いながら習得していく。
断られたけど俺も魔法を何か教えたらすんなり覚えそうな気もするけど、実演してくれとか言われて小爆発とかをぶつけてほしいと言われたらできないしやらん。
ある程度回復魔法を覚えたと思ったら今度は鍛錬場に行って珍しく今日は誘ってこないんだなと思いながら何をするのか見てみようと思ったら相変わらず見えない斬撃を繰り出して音だけが後からビュンビュン聞こえて、あれ直感で防げたの俺すげえなと思ってたら両腕から血を出しながら倒れていく。
「どうした!?」
心配してみれば別に痛そうな素振りを一切見せずに。
「腕を…千切れるまで限界して振ってみたら記録更新しました」
言ってることは分からないが、腕を回復してから何事もなさそうにし始めてる。この子怖い。
回復できるから無茶していいってわけじゃないのを説明してたらぽけーっとした表情で返事だけは「はい」「はい」「すいません」と感情を感じさせない言葉に呆れてしまう。
こいつには何を言ったら一体俺の気持ちが伝わるんだろうか。
パーティに関しても無知だと思って祝いにおしゃれが好きだと聞いてたから髪飾りでも渡そうかと思ったら贔屓にしている服飾店に頼んで俺の分の髪飾りまで用意する手筈になるし。
案外もっと雑に扱ってもいいのかもと思うが、こいつの父ちゃんと同じようなことはしたくないと思って出来る限り丁寧に扱ってやりたい。
「とにかく自傷行為は禁止な?」
「はい…ところでアド師匠は打ち稽古の時に自爆してましたけどあれはいいんですか?」
「あんなの俺からしたら傷の内に入んねえよ。というか自爆じゃねえ!」
「はい」
どうすれば伝わるんだろうか…。稽古稽古と修行馬鹿なのは分かるがそれでも一切躊躇いもない上に痛みを感じてない様子が余計困惑してしまう。
「アカネって驚くとかそういう感情ないのか?」
「アド師匠には驚きっぱなしですよ」
「俺?」
「はい」
なんで?とは思うし、聞くべきところなんだけど、結構こいつストレートに物を言ってくるからな…。パーティ記念品も俺の方が欲しがってることにされたし…。
「できれば柔らかい言い方でどんな所に驚いたんだ?」
「柔らかい……なんでも教えようとしてくれるところです」
「んー?それが驚くことなのか?」
「驚愕です…ただほとんど強くなるために必要なのか分からないことばかりで学校を思い出します」
「お前!?学校行ってたのか!?」
「はい?はい」
学校と言えばこいつもしかして商人の道や騎士の道だっていくらでも選びたい放題になれるだろう。それなのに…いやこいつの父ちゃんのことだ。恐らく何かある。
「それって卒業したのか?」
「いえ…最終的にはほとんど行かなくなりました…進学する時ももう必要はないと父も私も思ったので、その時に両眼を抉りました」
「ちなみに学校に行っても魔法とかは教わらなかったのか?」
「取捨選択の結果…そのような話しは覚えていませんね…もしかしたら教室を共にしていたものは話していたかもしれません」
「なんというか…もったいねえな!父ちゃんもその話ししなかったんだろ?アカネなら剣なんてむさくるしいことしなくても良いと思うのにな」
「生まれた時から…私は剣の道で生きていましたからそれ以外知りません」
なんて不器用で、剣という道に器用なやつなんだ。
しかし南の方で学校か…今度ゴラリア爺さんに報告でもしてみるか。アカネの生まれ育った土地のヒントになるかもしれん。いまだにこいつはどこから来たのか分からないし。
俺がもしこいつの父ちゃんなら自分の娘を強くするためだとして両眼を抉ったりするだろうか?回復魔法が間に合わなければ確実に失明してるだろうし。こいつもこいつで普段薄く目を開けてるくらいで視線に頼ろうとしてない。
このことも教えていかないといけないことだろうな。耳でどれだけの情報を得ているのか分からないが見ないと分からないこともある。
そしてこいつが今後難敵に遭遇する機会があるとすれば音のしない魔物や技術を持った暗殺者なんかもありえる。本来Cランクに差し向けることなんてありえないが、アカネの強さを妬んだり、その力を欲する輩から何かされる可能性も…考えたらキリはないが。
「何か食いたいもん無いか?今日は俺が奢ってやるよ」
「知らない人にお金を出されても付いていくなと…」
「俺は知ってる人だろうが!いいから飯食いに行くぞ!」
「はい」
こいつなりに遠慮しての言葉だったのかもしれないが分かりにくい。
行きつけの店に向かう途中、露天商から声をかけられたら必ずと言っていいほどアカネは「ユワナヴェルで揃えた服です」と返事を返す。別に誰も聞いてねえよと言ってやりたいが、フリティアのやつに脅されてたりでもするのか。
変な物を買ったりすることはないだろうから大丈夫と安心したいが、会話が成立してないことをもっと気にかけてやらないと…。
一緒に食事してなんでも奢ると言うと「肉をお願いします」と言うので肉が好きなんだなと思ってたらそんなに切れ味がないだろうナイフで一口サイズへと瞬時に切ったときはなにをやってるんだと思った。
「まさかここでも稽古なのか?」
「いえ?肉は…タンパク質があり筋肉や体の健康的にも美肌にも良いのです。その他効果を考えても需要は高いと言えますね。野菜にはビタミンもあるので出来れば摂取したいですが新鮮な野菜がこの王都にないからか野菜ジュースを作るにも飲食店でも見かけませんしそこは果実で補おうと思い最近気づいたのですが干し果実が売られていることに気付いてからは干し肉と交互に摂取して健康を維持できるように心がけています。あまり肉ばかり食べていても肌が荒れてしまう可能性があるので――」
「よし、肉食おうぜ?冷めちまう」
「はい」
唐突に喋りだすと怖いからやめてほしい。というかこんなに流暢に喋れるなら普段から喋ればいいのに。
肉をちまちま食べているアカネを見て、ティーナちゃんが小動物みたいと言ってたのを思い出しながらゆっくりと咀嚼してる姿を見ていると視線に気づいたのか元から知ってて反応してなかったのか。
「アド師匠…何故こちらを見ているんですか?」
「いんや。ちゃんと食ってるなぁと思ってな」
「断食は健康に悪いので…」
じゃあ身体強化を覚えるときにそんな無理はしないでくれと思っても、こいつにとって必要と感じたらやらずにはいられないんだろう。
食事が始まるときと終わりには、アカネはなんでかは知らないが必ず両手を合わせる。どこかの教会から習ったのかは知らないが食事の祈りみたいなことをするのはなんでと思うも、別に何か祈りの言葉を言うわけではないのでこれも教養を受けてるからなのかと思いながら見ておく。
その後は普段なら酒でも飲んで適当に過ごすんだが。アカネが何をするのか気になってじっと見つめていると、しばらくお互いに無言で見つめ合う。
濁った赤い目をしているなとは思ったが黒髪は綺麗に整えられていて手入れを毎日しているのだろう。
まつ毛も長く普通に目を開いていれば周りから可愛いとナンパされるかもしれないが、見た目が些か奇抜すぎるせいで冒険者とは普通思わないだろう。
腰に下げている物も武器だと分かっていても妙な武器を使ってる時点で目立って仕方ない。
ただギルド内では結構な噂をしている。
ミノタウロスを一瞬で数体を蹴散らし、Sランクと互角にやりあったとか。それらは事実だからいいんだが。
アドウェールがティーナちゃんにフラれたから次の女の子をナンパし始めたとか、アドウェールが実は年下好きで好みが来たからティーナちゃんから離れていったとか。
根も葉もない噂もあるにはある…。
「アド師匠…なんで表情を変えながら見つめるんですか?」
「あ、いや悪い。アカネはこれから何したい?」
「打ち稽古以外ですか?」
「ああ稽古以外だ」
「それでしたら…特にありません。お任せします」
0か100でしか行動を起こせないのか、俺がこのまま何もしなければ隣で何もせずに本当に立ってるまま動くことはない。
「アカネは剣以外で好きな事ないのか?」
「剣以外…兎が好きです。月には兎が住んでいると教わったことがあります」
「兎…まぁ可愛いよな?」
月に住んでるってことは魔物の兎か?いや。こいつをもっと信じてやれ!可愛いところもあるんだって。
多分家畜用の兎のことだろう。とは言ってもあれ食用だよな?食うのか?栄養が良いからから?違うよな。純粋に好きだからだよな…!?
「我慢できないから聞くんだけど魔物じゃないよな?」
「魔物?兎の魔物いるんですか?」
「いるにはいるが…知らないならそれでいい。良かったよ」
「はい…?」
もっと信じてやれアカネを!月に兎とか普段なら言わないようなことまで言ってたのに!
冗談なのかどうかは知らないが、本気で兎が月に住んでると思ってるわけじゃないよな?
考えれば考えるほどアカネのことが分からなくなる。
「今日は帰るか…」
「はい」
もっと知ろうと思っても予想してた言葉よりも斜め上な言葉に毎回驚かされてばかりで大分疲れてしまう。酒でも飲んで帰るか。
***
〈アカネ視点〉
妖刀の素材が来るまで待つとは言ったものの手持ちが大分少なくなってきた。
アド師匠もアド師匠で金遣いが杜撰なはずなのに余裕そうにしてるから多分私よりも遥かに稼いでいるに違いない。
ただなにかと買い物が好きなのか色々な物を見せてきたりお揃いのアクセサリーを欲しがったりとするので地味にお金の減りも早いわけで…。今日は何も買わないで済むといいなと思ってギルドへ向かったらいつもの受付嬢が私を確認して手招きしてくる。
「アカネさん!今日もご苦労様です。ギルドマスターからお話があるそうですよ」
「はい」
「アドさんと一緒になってからすっかり明るくなられましたね。ご案内しますね」
「はい」
明るく…少しは剣客としての風格が伴ったということだろうか。そうだといいな。
お爺さんの部屋まで案内されると「入っていいよ」と相変わらず元気そうな声でいる初老だ。
部屋の中で異音が混じってると思いながら中に入れば受付嬢はそのまま下がっていって二人きりになる。
「アカネちゃんいらっしゃい。まぁ座って座って」
「はい」
机の上に脈動している魔石がある。大きさもかなりの物で今までのゴブリンとは比べようがない。
「魔剣…ヨウトウじゃったな。それのために加工しとったが最終的にはアカネちゃんにやってもらおうかとおもっての」
「鍛冶は…したことありません」
「大丈夫大丈夫。魔力を流してどんな剣になってほしいとかそんな感じでええよ」
なんともアバウトな言い方だ。見た目的にグロテスクな感じだが、生きてるのか心音が聞こえる。
たしかに妖刀と言われたら妖刀の素材と言えるかも?
回復魔法を教えてもらう際に放出の仕方はある程度熟知しているので、絶対に折れない刀か折れても問題ない刀を思いながら魔力を流していく。
特に変化も見当たらないままずっと魔力を垂れ流しているけど、合っているのか分からない。
「ふむ…試しにアドウェールのことを思ってくれんか?」
「はい」
アド師匠のことを思い出すのは簡単だ。戦ってきたときのことは鮮明に覚えているのでそのことを思いながら魔力を流していけば、呼応するように脈動している魔石が凝縮していくように小さくなっていく。
そして…柄だけ残った。鍔も付いてるし多分…これが妖刀!
「刃先はどこへ行ったんじゃ…」
「妖刀は凄いですね…心音も消えましたがきっと生きてるんですね」
「そ、そうじゃな…?失敗したんかの…魔力を込めてみてくれんか?」
さっきから魔力を使ってるので大分出しにくくなっているが、魔力を込めると氷の刀が出来上がる。それもまた随分と透明度が高い。
「ほう!成功じゃ!良かったのアカネちゃん」
「これが絶対に壊れない刀ですか…?」
試し斬りしたいが試す物が無い。魔力を使わなくなると氷がたちまち蒸発するように消えていく。
もう一度魔力を込めると透明な刃先がまたにょきっと生えてくる。珍妙な物だ。氷ということは普通の水にもなるのかと思って試してみると水がちょろちょろジョウロみたいに水が出る。
他にも色をもっと鋼とか妖刀なら赤とか思いながら魔力を込めるとその色に染まった氷が出来上がる。
「水はやめてねアカネちゃん。部屋が濡れちゃうから」
「はい…これなら幾ら折れても再生できそうです…ありがとうございます」
「お礼はその素材を持ってきたアドウェールに言ってやると喜ぶじゃろ」
「それじゃあ…アド師匠に今度こそ勝てるようにお礼を言ってきます」
「アドウェールからしたら嫌なお礼の仕方かもしれんの…」
ちゃんと毎日魔力を込めて育ててあげないと。
「そういえば…この妖刀の名前は?」
「親が付けるとええじゃろ。アカネちゃんが名付けるとええ」
「それでは…氷なので氷月ですね…よろしくお願いします氷月」