タイムスリップの狭間で
これまで連載作品を出してきましたが、初めての短編作品となります。この作品の執筆を終えたのは約3年半前であり、お蔵入りになっていた作品ですがいろんな方々に読んでいただきたいと思いこの度、投稿することに決めました。
作品に関する感想や評価をお聞かせください。
サキはこれまで幼少期から何不自由なく過ごしてきた。誕生日が来れば欲しい物を買って貰い、クリスマスになればクリスマスプレゼントが貰えるといったどこにでもいるごく普通の時間を過ごしてきた。
だが、幼少期から半年に一度だけ同じ夢を見るのである。それは自分の部屋から始まり外を出て自動販売機でジュースを買い歩いていると後ろから、
「危ない!」
という声が聞こえ目が覚める。この夢を見始めた頃は気味が悪いと思っていた。しかも、この夢を見た後は必ず頭痛が襲ってくるのだ。
この日も、同じ夢をみた。夢が終わる時は必ず
「危ない!」
という声が聞こえ目が覚めた。そして、頭痛が襲う。外で小鳥が鳴いていた。まるで頭痛を和らげるように。それから急いで学校に行く支度を済ませ、朝食を摂るため台所に向かった。テーブルには焼きたての食パンとスクランブルエッグとサラダが置いてあり、コーンスープも置かれていた。私は焼いてある食パンを取りマーガリンを雑に塗り口へ運ぶ。母が
「ゆっくり食べなさい」
と言った。私は
「寝坊したから時間が無い」
と言った。この日は寝坊したため急いでいたのだ。朝食を食べ終わり歯磨きをしに洗面所に向かった。鏡を見ると目が少し赤くなっているのに気づいた。「どうしたんだろう」と思いながらも急いで歯磨きをした。そして足早に玄関へ行き、かかとを踏みながら学校へ自転車で向かった。
学校へ着き、昇降口の時計を見ると時刻は8時15分を回っていた。8時20分までに教室に間に合わなければならない。私は早歩きになりながら教室へ向かった。教室の後ろの扉に手をつけ慌てて入ろうとした時、いつもと何かが違う事に気が付いた。
「あれ、誰もいない…」
私は思わずそう呟いた。なぜ誰もいないのか昨日は確かに当たり前のように学校だったし、今日は火曜日だ。私は疑問に思いながら自分の机に行き椅子に座った。
すると、廊下の遠くの方から誰かが歩いてくる足音が聞こえてくるのが分かった。私は勢いよく立ち上がり廊下に飛び出した。奥から歩って来ていたのは担任の先生だった。
「おはようございます。あの、どうして教室に誰もいないんですか?」
私は先生に聞いてみた。
先生は、表情を変えずに
「おはようございます。サキさん、今日は早く登校したのですね。」
と落ち着いた様子で言った。
「え、さっき昇降口の時計を見たら8時15分で…」
教室の時計を見ると、6時15分を回るところだった。
私は半ばパニックになっていた。約2時間程早く登校していたのだ。
だが、学校に着いた時は8時15分だった。一体学校で何が起きているのか。私は不思議で頭がおかしくなりそうだった。
先生は、
「まだ時間が早いから教室にいなさい」
と言った。
私は、振り返り教室へ歩いていく。
「どうしたのだろう、疲れてるのかな?」と思い、窓の外を見るとまだ薄暗かった。教室に入り、再び自分の椅子に座った。時計を見ると6時30分だった。まるで朝起きてから学校に着くまで夢だったかのように思えた。
あれから、どのくらい時間が経ったのだろうか。周りからはクラスメートの話し声や先生の声が聞こえた。私は寝てしまっていた。顔を上げると授業が始まっていた。国語の授業のようだ。だが、誰も私が寝ていた事など気にする様子も無くいつものように授業が行われていた。すると、
「それじゃ、教科書の本文を読んでもらう。タケルくんから後ろの順番でお願いします」
と先生が言った。タケルは私の前の席だ。つまり、タケルが読み終わったら次は私が読む事になる。私は、カバンから教科書とノートと筆記用具を取り出し、教科書のページを開いた。こうしてる間にもタケルは本文を読み始めている。「何ページを読んでいるんだ…?」と思いそして、タケルが読み終わった。私の番が来てしまった。私は先生に、
「あの、何ページからですか?」
と聞くと先生は眉間にしわを寄せ、
「真面目に授業を聞いていますか?」
と言った。私は、
「すみません」
と謝った。結局、私の番は飛ばされ、私の後ろの人から再び読み始めた。
やがて、授業が終わり私は落ち込んでいた。
すると、親友であるエミが私に近づき、
「大丈夫?あまり気にする事ないよ」
と言ってくれた。
「うん…。ありがとね」
私はそう答えた。誰かのせいにしたいけど、寝てしまったのはこの自分。何ともやりきれない思いがただ募るだけだった。
私はここである疑問を抱いた。何故誰も私が寝ていた事を指摘したり、叱ったりしないのか。私は、エミに
「私、授業中寝てたよね」
と聞いてみた。
すると、エミは
「え?寝てなかったよ。いつもみたいにノート取ってたじゃん」
と言った。私は、驚きのあまり声を出せなかった。「うそ…でしょ?」と思い、返事をしないままその場を離れた。
私はトイレに向かって走っていた。
「もう、何なの?」
トイレの個室に入り、そう言い放つ。具合が悪いと仮病を使い早退するか迷ったが、今日は一日授業を受けることに決めた。
トイレを出る。教室に向かう途中に後ろから視線を感じた。隣の個室に入っていた子だろうか、その子はじっと私を見つめていた。私は話しかける気力すらなく、首を傾げ教室に向かった。
次の2時間目から4時間目まで終わり、間もなく給食の時間になった。給食を食べ終わり昼休みになる。私は、図書室に行こうと教室を出ると、トイレから出た時にじっと私を見ていたあの子が廊下の隅にいた。私はその子の隣を通り過ぎようとすると、
「何か困った事でもあるの?」
とその子が聞いてきた。私は答えるか悩んだが初めて見た子に自分の悩みを言うのはなんだかおかしい感じがして、
「あ、大丈夫」
と小声で答えた。その子は、私の手を掴み
「ちょっと来て」
と言い、校舎を飛び出した。中庭に着くとその子は自己紹介を始めた。
「私はアンナ。よろしくね」
と言い、その後に続いて私も自己紹介をする。
「…私はサキ。よろしく…」
私の自己紹介が終わると、アンナは咄嗟に「この世の時間は誰が決めたんだと思う?」と聞いてきた。私は、
「さぁ、誰だろうね」
と言うと、アンリは
「調べてみない?」
と言った。私は、私の身に起こってる時間の歪みについて告白しようとしたがまだ言わない事にした。
アンリとは違うクラスだった為、放課後、近くの公園に集まる約束をした。
学校が終わり、近くの公園に向かう。10分程待っていると、アンリがやってきた。
「集まったのはいいけど、何からする?」
アンリは言った。私もどうしたらいいか分からなかったが、
「ちょっと歩いてみよう。何かいい案が浮かぶかもしれない」
私はそう答えた。アンリも頷き、2人は近くを歩いてみる事にした。
歩きながら私は、何故今までアンリの事を知らなかったのか考えていた。違うクラスだとはいえせめて同じ学校に通っているんだから顔は見た事があるはずだ。すれ違った事も無かったのだろうか。しばらく歩いていると喉が乾いてきた。私は、歩きながら自動販売機を探した。すると、遠くに自動販売機があるのが見えた。私はアンリに、
「あそこにある自動販売機で飲み物買っていい?」
と聞いた。アンリは、
「いいよ。歩いてると疲れてくるからね」
と言った。2人で自動販売機に向かって歩いていると、私は違和感を感じた。半年に一度見るあの夢に似ていたからだ。私は、足を止めアンリの方を見た。すると、アンリの姿は何処にもなかった。
「アンリ、どこ?」
私は、そう言うと後ろの方から「ドーン」という大きい音が聞こえた。私は振り返ると、アンリは道路の真ん中で倒れていた。私は、夢中でアンリの元へ駆け寄り、私は、必死で名前を呼び続けた。アンリからの返事は無い。なぜ、アンリが倒れているのか分からなかった。私は近くにいた通行人に、
「私が通行の邪魔にならない所まで運ぶのでその間に救急車を呼んで貰えますか?」
と言った。私はアンリを歩道まで運んだ。顔を上げると、たくさんの通行人が不安そうな顔して私を見ていた。私は、
「何やってるですか!早く救急車を呼んでください!このままだとアンリが…」
と言うと、さっきの通行人が
「あなた以外誰も見えないんだけれども、あなたには何が見えているの?」と言ってきた。私は余計イライラし、
「もういいです。私が救急車を呼びます。」そう言い放ち、電話を掛けた。
それから約7分程が経ち、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくるのが分かった。私はアンリに、
「もうすぐだからね!」
と言い、救急車が到着するのを待ち続けた。救急車が着くと中から救急隊員が3人降りてきた。救急隊員の一人が
「大丈夫ですか?今運びますからね」
と言いアンリはストレッチャーに乗せられ救急車の中に運ばれていく。私も救急車に乗り込んだ。救急車は一番近い病院へ向かう。
その時、アンリが目を覚ました。
「アンリ!アンリが目を覚ましました!」
私はそう言った。私はアンリの手を握り、
「大丈夫だから頑張って。」
とアンリに言った。
やがて、救急車は病院に到着しアンリを乗せたストレッチャーは病院内へ運ばれた。手術室に向かうアンリを後ろから追いかけていると病院の人から「関係者はここまでです」と告げられ、私は立ち止まった。息が上がっていた。近くにあるベンチに座り、私はアンリの手術の成功を祈った。
どのくらい時間が経ったのだろうか。私は気づいたら寝てしまっていた。ストレッチャーが運ばれて来る音が聞こえ目が覚めた。顔を上げると医師が私の前に立っていた。意識が一瞬朦朧としたが状況に気がつき
「アンリは無事ですか?」
と医師に聞いた。医師は
「手術は成功しました。アンリさんは今眠っています。」
と言った。私は、ほっとし力が抜けたようにベンチに座り込んだ。医師は
「今日はもう遅いので時間がある時にまたいらして下さい。今日はお疲れ様でした」
と医師も安心した様な表情をしながら私に言った。
「はい。今日はありがとうございました」と言い、壁に掛けられてある時計を見たら午後9時を回っていた。私は病院を後にした。帰り道、夜空を見上げると星が輝いていた。「今日は不思議な1日だっなぁ」と呟きながら歩く。その日は満月でとても綺麗だった。なんだか歩き慣れてる道のはずなのに暗いせいだからか家まで遠く感じた。暗闇を見つめながら歩いていると、いくつか疑問が生まれた。「なぜ時間の感覚がおかしく感じたのか」「なぜアンリが車に轢かれたとき通行人にはアンリの姿が見えなかったのか」「そもそもアンリは何者なのか」考え出したらキリがないが解決したい気持ちも徐々に高まってくる。そうしているうちに家に着いた。
「ただいま」
と言い、靴を脱ぎリビングに向かった。テーブルの上には夕飯にラップがかけられてあった。台所やリビングには誰の姿も見えない。テレビが点いていた。誰か消し忘れたのかなと思った。アナウンサーがニュースの原稿を読み上げていた。私はテレビから流れてくるニュースを聞き流しながら手を洗うために台所に向おうとしたその時、
「…少女が1年前から行方不明になっていて…」
私は思わず耳を疑った。私は咄嗟にテレビに目をやる。テレビの画面には、ある少女の微笑む顔が映し出されている。その顔には、見覚えがあった。少女の名はアンリだった。私の頬には涙が流れていた。私はスマホを取りアンリに連絡した。もしかしたら手術が終わってから目が覚めたかもしれないと思ったからである。しかし、いつになってもアンリからの着信は無い。私は二口水を飲み心を落ち着かせた。
「きっと何かの間違いだ…」
私は夕飯を食べるため机に向かい椅子に座り食べ始めた。
夕飯を食べ終えても誰もリビングに来ない。いつもは誰かしら台所やリビングにいるはずなのに。テレビのニュース番組は既に終わっていたが私の頭の中はさっき見たニュースの映像が延々とフラッシュバックしていた。
その時、スマホから着信が鳴った。私は急いでスマホに手を伸ばした。スマホの画面を見るとアンリの文字が映っていた。呼出ボタンを押し私は
「もしもし、アンリ!さっきテレビで行方不明のニュースが流れてて!」
そう私が慌てて言うとアンリは落ち着いた様子で
「サキ、私は大丈夫だよ。」
そう言うと電話は切れた。私は混乱していた。大丈夫とは一体どういう意味なのか。私はテレビを消し自分の部屋へ向かった。布団の上で横になりしばらくすると私はシャワーを浴びないまま寝てしまっていた。
次の日の朝、私は誰かの叫び声が聞こえた気がして目が覚めた。きっとアンリの声だと思った。時計を見ると余裕のある時間だった。私はシャワーを浴びていなかった事を思い出しシャワーを浴びた。昨日の事が無ければいつも通りの日常だ。キッチンの方からは朝食を作る音が聞こえてくる。きっと母だろう。私は、濡れてる髪を拭きながらキッチンへ向かって歩く。キッチンにはいつもの母の姿があった。穏やかな表情を浮かべ私に
「おはよう」
と言った。私も母につられて
「おはよう」
と言い返し自分の部屋に戻った。頭を乾かし朝食、着替えを済ませ家を出た。天気は曇っていたが私は考えることなく自転車に乗り学校に向かった。昨日起きたことを気にしていない訳では無かったが考え過ぎると疲れてしまう為あまり考えないようにしていた。
学校に到着し、昇降口の時計を見ると8時10分だった。何故だろう。家を出る時は何も感じなかったのに学校に着くと心臓がドキドキしていた。考え過ぎないようにしていてもどうしてもアンリのことが気になって仕方がなかった。教室に向かおうとするが教室に近づく度に足が重くなっていく気がした。アンリのことは気になるが、何処かで知りたくないという正直な気持ちが足の重さに変わっていた。アンリと出会った廊下を通って辺りを見渡してみたがアンリの姿は無い。
「いないよね。だって今病院にいるんだもん。」
そう自分に言い聞かせいつもの教室へ足を踏み入れた。
2時間目終わりの休み時間、スマホを見るとメールが来ていた。アンリからだった。話したいことがあるから今日の放課後に病院に来て欲しいという内容のメールだった。
その日の学校が終わり私はアンリのいる病院へ急いだ。病室に着くとアンリはベッドの上で本を読んでいた。誰かに買ってきて貰ったのだろうか。私は、そっとアンリに話しかける。
「体の具合はどう?」
すると、アンリは
「だいぶいい感じだよ。手術は成功したって今朝お医者さんが教えてくれたから安心した」
「そっか、元気そうでよかったよ」
私はそう答えたがなかなか昨夜に見たニュースについて言い出せないでいた。
少し沈黙が続いた時
「昨日のことだけどさ、」
アンリが昨夜のニュースのことについて話し始めた。
「実は私、一年前に家出をしたの。たいした理由じゃないんだけどね、最初は短期間で家に帰るつもりだったけど帰れなくなっちゃって…」
アンリはそう話すとニュースのことを話すのをやめた。私は家に帰れなくなった理由が知りたかったが聞かなかった。
それから雑談をしているうちに外はもう暗くなっていた。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
私は鞄を持ち病室を出ようとした時、
「ずっと友達でいようね」
と、アンリが言った。私は
「うん、当たり前だよ!」
と笑い飛ばすように答え病室を出た。
帰り道、私の心は何故か寂しい気持ちに包まれていた。何でか分からないけれど離れれば離れるほど気持ちが落ち込んでいく感覚があった。
歩いているうちに自宅が見えてきた。窓のあるリビングのカーテンの隙間から明かりが漏れていた。家に着きドアを開けた。
「ただいま!」
私が言うとリビングからエプロンを纏った母が「おかえり!」と言いながら顔を出した。私は靴を脱ぎ、洗面所に向かい手を洗って顔を上げた時、鏡に写る姿は自分ではなく見覚えのない少女だった。私は思わず
「きゃー!」
と叫ぶと母が慌てた様子で駆けつけ、
「どうしたの!」
と私に聞いた。私は怯えながらゆっくりと鏡を見ると先ほど見た少女は写っていなかった。私は恐怖のあまり震えていると、
「きっと疲れているのね」
と母が言い台所へと向かった。私はそこからしばらく立ち上がることが出来なくなり、放心状態になっていた。あの少女の顔が脳裏に焼き付いていたからだ。少女の顔は無表情だけど何かを訴えているかのような目をしていた。私の体は震えていた。目を閉じゆっくりと立ち上がると震えた体を支えながら母のいる台所に向かった。いつもの台所の雰囲気とは少し違った感じがした。理由はわからないが空気が薄暗いというか重いというか一言では言い表せない雰囲気だった。そんな台所で母は何かを切っていた。夕飯の支度をしているのだろう。
夕飯はハヤシライスにロールキャベツと豚汁だ。料理が運ばれ、席に着き食べようとスプーンを取りハヤシライスを一口食べた。母が作る料理はいつも美味しい。それほどお腹が空いていない時でも母の作った料理を口に入れると手が止まらなくなるのだ。私が夢中になって夕飯を食べているときでも鏡に写っていた少女の顔を忘れることはなかった。よっぽど強いインパクトだったのかが伺えるだろう。豚汁を食べ終わった時、母がテレビをつけた。各チャンネルを順番に変えていた時、「あのこと」についてニュース番組で報道している所を見つけた。ニュース番組内ではアンリの顔写真や家、防犯カメラに映る姿などが公開されており下には見覚えのある人が連絡する電話番号が表示されてあった。私は微塵も電話する気が起きなかった。普通の人間であればアンリのためを思い電話するはずだ。だが、アンリは助けを求めている訳でもなく、なんならこの状況を楽しんでるとすら思えたから電話しようと思えなかったのだ。母はテレビを見ながら何も言わず見つめていた。私は
「この子私と同い年なんだね」
と言うと、母は
「そうだね。早く見つかって欲しいけど消えてしまいたくなる気持ちは誰にでもあるものよ」
と落ち着いた様子で言った。私は、母を見つめてまたテレビに目をやった。
やがてニュース番組が終わり私と母がいるリビングは静かになった。その静かになった時間がほんの数秒だったはずなのに異常に長く感じた。ニュース番組から次の番組に切り替わった時、自宅の電話が鳴った。母が電話に出て一言話した後、私に
「病院から電話だけど何かあったの?」
と聞いてきた。私は急いで電話を代わった。「もしもしサキですがどうかしたんですか?」
電話の内容はアンリの様子が急変し、私に合わせて欲しいと激しく看護師に訴えかけているということだった。
私は電話を切り病院に向かった。嫌な予感がしたが私は自転車にも乗らず走って病院に向かっていた。自転車に乗る時間がもったいないと思うほど急いでたのだ。走りながらふと夜空を見上げると月が少し暗く見えた。まるで私のことを見守り心配しているように感じた。
病院に着くと中は真っ暗になっていた。私は非常口の標識の明かりを頼りにアンリのいる病室へ向かった。すると、アンリの姿を見て思わず息を呑んだ。それはいつもの穏やかなアンリではなくまるで悪魔が取り憑いたかのようだった。
「離せ!やめて、来ないで!」
廊下にアンリの怒鳴る声が響く。
「サキ!サキに合わせて!」
どうやら私が来たことに気づいてない様だった。看護師二人掛かりでアンリの腕を押さえ付けていたがアンリは看護師の手を振りほどきベッドから降り勢いよくこちらに向かって走ってきた。呆然と立ち尽くしていた私に思いっきりぶつかった。私は倒れ込んだ。おでこに強く当たった感覚がありおでこを触り手を見たら大量の血がついていた。アンリは私にぶつかり一緒に倒れ込んだがすぐに立ち上がり病室を飛び出した。私は視界が薄くなっていきそのまま意識を失った。
「ここは何処だろう」
濃い霧を裸足のまま目的地もなく歩いていた。霧を抜けると自動販売機で飲み物を買っている私を見つけた。
「なんで私が私を見ているの?」と思った。しばらく見てみる。飲み物を買って歩いていると走ってきた軽自動車がいきなり蛇行運転をしてサキのいる方へとスピードを上げて向かっていた。その様子を見ていた私は思わず「危ない!」と叫んだ。その時、視界が暗くなった。
その頃、看護師に連れられながらアンリが病室に戻ってきた。その病室にはサキの姿はなかったが床には血痕が残されていた。気分が落ち着いたアンリはサキとぶつかったことなど覚えていなかった。外は暗いはずなのに病室の外はやけに光っていた。アンリがそっと窓から外を見下ろすとそこには大勢のテレビのカメラマンや取材スタッフがいた。マスコミが出す光がどんよりと暗い病室を照らすほどアンリの行方不明は世の中を駆け巡る大きな事件となった。
「アンリさんはこちらの病院にいらっしゃるんですよねぇ!少しだけでいいので出てきて貰ってもよろしいですかぁ!」
声の太いマスコミの男性が病室を見上げながら言い放つ。他にも似たような「煽り」がアンリを追い込んでいた。どのくらい時間が経ったのだろうか。いくらマスコミが帰るのを待ったが止むどころかますます人数が増えていきヘリコプターからもカメラを向けられる事態となった。そしたら、痺れを切らした近隣住民が警察に通報し警察が出動した。そのおかげでマスコミは諦めて帰っていった。アンリは布団に顔を伏せて止むのをひたすら待った。
長い夜が明けて朝日が昇った。アンリは目を開け、病院の外を覗いた。夜中の騒ぎが嘘だったかのように静かですっきりしていた。ベッドに上がると看護師が病室に入ってきた。
「疲れは取れましたか?」
そう聞かれるとアンリは頷き、
「サキに会いたい。」
そう看護師に言うと少し困った顔して
「何処にも見当たらないんですよ。どうしたのかしらね」
そう言うと看護師は病室を出て行った。
それから2週間が経過しアンリは退院することができた。でも、退院するその日までサキはアンリの前に姿を現すことはなかった。
アンリが過ごした病室のテレビが点いたままだ。きっと誰かが消し忘れたのだろう。
テレビの画面が切り替わった。そこであるニュースが飛び込んできた。それは、1年前からある少女が行方不明になっているという内容だった。
その少女の名は「サキ」だそうだ。




