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第三章 01 愛の女神ロザリン

 翌日は熱まで出して寝込んでしまい、アイリスは出かけるのを取りやめ、看病しようとしてくれた。これしきのことで甘えるわけにはいかない。


「だいじょうぶれすわ、いっでらっじゃいまぜ」

「セレーネ様、せめてお熱が下がるまでは……」

「いーの、ごれも鍛錬のうぢよ」


 渋るアイリスを送り出し、ベッドにもぐり込む。

 熱を出すなんて子どものころ以来だ。弱りきった思考をめぐらせる。レオネルが好きな人とは誰だろうか。いくら怜央の生まれ変わりだとしても、この世界では別人なのだ。人を好きになるのは止められない。


 怜央に会いたいというセレーネの願いは叶った。女神は悪くない。悪いのは怜央と『もう一度結婚したい』と願わなかったセレーネだ。


 ――願い事は正しく告げましょう。あのときの自分に教えてやりたい。


 脳裏に浮かぶのは怜央のまとう暖かい光。そこから笑顔のレオネルがあらわれた。そのレオネルはひとりの女性を熱く見つめている。

 それはローズピンクの髪をした愛らしい少女で――


「うぅ……う、あなたもやっぱりそうなのね……」

「何がですかぁ?」


 夢の中に突然あらわれたロザリンの憎たらしい声が聞こえる。うなされるままにセレーネは答えた。


「みんなあなたに恋をするのよ……」

「それは当然ですっ! だって、ロザリンは愛の女神ですものっ」

「うう~ん……悪霊退散! ピンク退散!!」

「ピンク退散⁉ ひどいですっ、セレーネ様? 起きてくださいなっ」


 ユサユサと体を揺すられ、ボンヤリとした思考から浮上する。目の前のピンク頭を見て、まだ夢から覚めないのかと絶望した。


「どうしてなの……、どうやったら目が覚めるの? ピンクめぇぇ……」

「セレーネ様が重症ですっ! これは愛の女神ロザリンの出番ですねっ」


 おもむろに手を組んだロザリンは魔力を手に集中させ、セレーネの体を包むように手を広げた。ピンク色の光に包まれて、セレーネはもう逃げられないと観念する。


(ぴんく、ピンクにむしばまれていくぅ……短い人生だったわ)


 ところが体は楽になり、重苦しかった頭のモヤも晴れてきた。ぼんやりしていた視界はロザリンの顔にピントが合う。


「……あら、ロザリン様?」

「はいっ、愛の女神ロザリンですっ!」

「愛の女神……って、やっぱりあなた! 女神の愛し子なの⁉」


 ガバッと起きてもフラリともしない。体はすっかり治っている。治癒魔法では無理だ。一瞬でこんなことができるのは女神の力以外ありえない。呪文の詠唱もなかった気がする。

 しかしロザリンはふるふると首を横に振る。その仕草はあざといを飛び越えて心底かわいらしいと思った。男子が寄ってくるわけだ。


「愛し子じゃなくてぇ、ロザリンが女神そのもの! なんですよっ?」

「……あなたを治癒できればいいのだけど、ごめんなさい。わたくしには無理だわ」

「ロザリンはとっても元気ですっ」


 噛み合わない会話から、セレーネは脱出を試みる。


「ところで、ここで何をしてらっしゃるの?」

「お見舞い……ですよぉ?」

「ベッドの下をのぞくのが?」


 先ほどからロザリンの行動が怪しい。何かを探しているようで、キョロキョロとせわしなく部屋を物色している。アイリスの机を探らないあたり、もう物色済みとみていいだろう。残るはセレーネのいる場所だけといった雰囲気だ。


「それで、何を探してらっしゃるの?」

「愛の神器ですっ」


 聞いたセレーネがバカだった。頭痛がぶり返した気がして額を押さえる。さっさと部屋から追い出そうと考えたが、ロザリンが毛布の中に顔を突っ込んだことで急遽作戦変更だ。毛布をはねのけ、ロザリンをベッドから引きがす。


「ああんっ、女神の神器……探さないとっ!」

「ロザリン様……、念のために聞いてみますけれど。その“女神の神器”とやらはどのような形状なのですか?」

「えっとぉ、片翼の形をした羽ペンで、ペン先がハート型なんですっ! かわいいでしょう?」


 この国でまつられている愛の女神像は、ハートから翼が生えた杖頭つえがしらのロッドが神器だ。ロザリンのいう愛の女神とは違うのかもしれない。


「見つけたらお届けしますわ。でも、ロザリン様はこの部屋に入るのは初めてでしょう? あるはずないと思うわ」

「う~ん、でもこの辺りにあるような気がするんですっ」

「はぁ……」


 もうなんとさとせばよいのかわからない。これは納得のいくまで探してもらうしかないだろう。ベッドを動かしてまで何もないことを確認したロザリンは、ガックリと肩を落として帰って行った。


「絶対にお見舞いじゃないわよね」


 乱雑に戻されたベッドを配置しなおす。ひと息ついたころ、アイリスが戻ってきた。申し訳なく思いながらも、アイリスを鑑定眼で見る。名前の下には『虹の聖女』と表示され、“構成するもの”にはアイリスの両親であるカペラ侯爵夫妻が映し出されただけ。


(おかしいのはロザリン様とレオネル様だけなのね……)


 ロザリンは自身を愛の女神と言ってはばからない。あれは難解だ。置いておこう。レオネルに至っては、前世の記憶があるかどうかもわからない。怜央の名を出しても不審に思われるだけだろう。それに鑑定眼のことは言いたくない。暴かれる立場からしてみれば、気分が悪いことこの上ないのだから。


「セレーネ様、お加減はいかがですか?」

「――え? ええ、もう大丈夫よ」


 黙々と考え込んでアイリスを心配させたようだ。熱も下がったからと、夕食は一緒に食べる約束をした。


「ところでアイリス様」

「はい?」

「まだ女神とは契約が成立していないのですよね?」

「えっ⁉ ええ。そそ、そうですわ。ほほほ」


 視線のブレ具合がなんとも派手だ。嘘をつくのは苦手らしい。魔道具師になりたいアイリスは、女神と契約したことを知られたくないのだろう。その気持ちはわかるから、セレーネもそれ以上は突っ込まなかった。



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