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最終章 未来へ続く追いかけっこ

 今度こそ解散となり外へ出ると、閉め出された三人の令息たちがねていた。

 クリスティンがセレーネに駆け寄る。


「姉上、女神はどうなったのですか? もうひとつのうつわって?」

「クリス、このような場所で不用心に話をするようでは、教えられませんわね」

「あっ……」


 ほかの令息たちも、冷や水を浴びたかのように勢いを失った。これでしばらくは大人しくなるだろう。あとはそれぞれ、父親にでも聞いてほしい。


 やれやれと歩き出そうとして、セレーネは足もとに気配を感じた。影の中に誰かいる。スカート中がのぞかれているわけではないのだが、やはり気分が悪い。自らの影にトプンと身を沈めると、案の定カルロがいた。その瞳がとがめるようにこちらを見つめている。


「セレーネ、もみあげは?」

「もみ……あ、お土産ね! もちろん持ってきたわ」


 唇をギュッと噛んで不機嫌をよそおっているが、瞳の奥が輝いている。セレーネは女神の空間から宝箱を取り出した。

 木で作られた頑丈な箱はセレーネの両手に少し余る大きさ。この中に異国のオモチャや金貨に銀貨、研磨されていない宝石などがギッシリ詰まっている。見た目よりもたくさん入るのは縮小魔法陣が底にほどこされているおかげだ。


 プロキオン領主館に隠されていたこれらは、オスカーをはじめ、公爵たちがノリノリで詰め込んだものだ。セレーネがカルロにお土産を持ち帰る話をしたら、男の子にはコレだ! と持たされたのだ。


 宝箱を見たカルロの目は大きく見ひらかれ、取りつくろうのも忘れて期待に満ちた表情を浮かべた。宝箱を置くセレーネに合わせてカルロも床にしゃがむ。セレーネはネックレスを取り出して小さなチップを近づけた。カチャリとひらかれた箱をのぞき込み、カルロがほうっと息を吐く。


「お宝……、本当にあったんだ」

「そうよ。これは手伝ってくれたカルロの分。ネックレスをなくさないようにね」

「わかった!」


 ひとつひとつ手に取っては、実物大に戻ったオモチャに夢中になっている。そんなカルロをもう少し眺めていたかったが、頭上でセレーネを呼ぶ声がする。もう行かなければ……。


「――そうそう。カルロ、これを。コーネリアス殿下からよ」

「コーネリアス……、第二王子の?」


 セレーネは「ええ」と頷いて、一通の手紙をカルロに渡した。セレーネに対抗してコーネリアスも弟に何かしたいと考えた結果、文通から始めるらしい。カルロにとってはいい距離感だと思う。

 セレーネが立ち上がると、下から小さな声が聞こえた。


「あっ……、ありがとう」

「ふふ。どういたしまして」


 ピンク色に染まった頬はすぐにフードで隠されてしまった。もう退散したほうがいいだろう。人気ひとけのない柱の影を選んで浮上する。外に出た途端、焦燥感の滲む声に包まれた。


「セレーネ! よかった。いきなり消えるからおどろいたよ」

「ごめんなさい、レオ」

「馬車を待つあいだ、庭で話さないか?」

「よろこんで」


 レオネルに手を重ね、中庭に出た。この中庭はおそろしい思い出しかない。もう少し奥へ進めば、レオネルが一度死んだ場所にたどり着く。そう思うと足はい止められ、あまり奥へは進めなかった。

 ここからだと誰かに見られてしまうかもしれない。それでも、とセレーネはレオネルの腕を引く。

 普段は押しても引いても動かないたくましい体が、簡単にセレーネへと傾いた。


「レオネル、ここには苦い思い出しかないわ。だから……、書き換えたいのよ」

「ああ、僕もちょうど上書きしたいと思っていた。女性同士であっても、ほかの誰かに唇を奪われるなんて許せないからね」


 微笑んでいるのに、レオネルの目が笑っていない。反射的に後ずさったセレーネの背中に手をまわし、腕の中に閉じ込めた。


「『つかまえた』と言っただろう? もう逃がしてあげないよ」

「に、逃げたりしないわ」


 決して逃げようとしたわけではない。レオネルの瞳があまりに獰猛どうもうな光を宿やどしているものだから、体が勝手に逃げを打ったのだ。

 しょせん猫が獅子に勝つことなどできはしない。あごを持ち上げられて腹をくくる。近づいてくるレオネルが、目前でフッと笑った。それだけでセレーネの体から力が抜けていく。

 ホッと表情を緩ませた刹那――


「――隙あり」

「んっ⁉」


 熱をはらんだ唇が、頭の芯を溶かしていく。何度も何度も口づけられ、セレーネはもう腰が砕けそうだというのに、離さないとばかりにレオネルは腰を引き寄せる。

 ここがどこかも忘れて受け入れようとしたそのとき、


「――姉上! もうすぐ馬車が来るよ」


 クリスティンの声で我に返った。ふたりはスッと離れ、レオネルは咳払いをしながら口もとを隠したが、間に合わなかったようだ。クリスティンがひどく冷たい視線をレオネルに向ける。


「レオネル殿、口紅がベッタリついていますね。紳士だと思っていたのに……」

「いや……その、面目めんぼくない」

「今後、結婚するまでは、ふたりきりでの面会は禁止です」

「「そんなっ⁉」」

「今すぐ父上に言いつけたっていいんですよ?」

「「ぐっ」」

「――姉上、行きますよ!」


 クリスティンに引っ張られて馬車へ向かう。そのあとをレオネルが苦笑しながらついて来た。

 この弟はいつからこんなにシスコンだっただろうか。そう考えて、昔からそうだったと思いなおす。セレーネは家族から向けられた不器用な愛に気づいていなかった。感じ取れなかっただけで、ちゃんと愛されていたのだ。


(セレーネの人生を選択して、本当によかった)



 馬車まわしには、馬車を待つ人で賑わっている。セレーネに気づいた両親が手を上げた。エントランスの緩やかな階段を降りきったところで、レオネルが唐突に、セレーネの腕を引いた。


「レオ?」


 レオネルは神妙な面持ちで、セレーネの体をゆっくりと振り向かせる。


「もう婚約期間は十分取った。結婚するまで監視つきは、耐えられない」


 レオネルはひざまずき、皆が見守る前で手を差し出した。


「セレーネ嬢、生涯をかけてあなたを愛し、守ると誓います。どうか、その権利を私に与えてください」


 ずいぶんと遠回りしてしまった。人生がハードモードになるのはセレーネが意地っぱりなせいでもあるだろう。これ以上の困難は必要ない。


「レオネル、わたくしより先に旅立たないと誓って」


 ドレスの袖から差し出された白い手を取り、レオネルは口づけを落とす。


「誓おう。セレーネを見送ったあとで、また追いかけるよ」



 負けず嫌いなセレーネと、彼女を溺愛するレオネルによって、その後も数々の偉業が成し遂げられた。

 誤解されやすく、少しばかりやり過ぎてしまうセレーネの偉業は、世代を超えて語り継がれ、いつしか悪役令嬢の伝説となったのである。



これにて完結です。お読みいただきありがとうございました。

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