第十五章 04 断罪
シリウス家の黒いローブをまとったセレーネが、ベガ公爵の影からニュッとあらわれた。公爵はおどろき、尻餅をつく。
「なっ⁉ 闇魔法だと⁉」
「あら、失礼」
セレーネの手にはロープが握られており、商人の格好をした若い男が簀巻きにされている。セレーネは商人の顔をぐいっと王妃に向けた。
「こちら、王妃陛下からご紹介いただいたヘイナス商会の会頭ですわ」
「それがなんなの?」
「この男から毒をお買い求めになったでしょう?」
「……何を言っているのかしら? わたくしは毒など求めていないわ」
毒という言葉に皆が反応を示す。先代ヴィクター王の毒殺が公示されたのは記憶に新しい。セレーネは会頭の眼前に、帳簿を突きつけた。
「これはヘイナス商会の帳簿で合っているわね?」
会頭は「ああ」とぶっきらぼうに答えた。姿こそボロ布のようだが、見目のよい男だ。状況からしてボコったのが誰かは言うまでもないだろう。
セレーネは質問を続ける。
「これによれば、一年前から定期的に、ある顧客がエピス毒を購入しているわ。顧客の名前に“グレイス妃”とあるのだけれど、我が国の王妃陛下で間違いないかしら?」
「――ああ。あそこにいる王妃で間違いない。食べ物に混ぜてもわからないような毒を所望された。ついでに夜の相手もな」
会場からおどろきの声があがり、収拾がつかなくなってきた。
国王はひどく取り乱し、王妃につかみかかる。
「グレイス、また浮気したのか⁉」
「う、あ……あなただって、あの女に鼻の下を伸ばしていたじゃないの!」
王妃が指を差したのはロザリンだ。だが本人はなんのことかわかっていないようで、かわいらしく首をかしげている。
余計なことを、とセレーネはロープの力を強め、会頭を黙らせた。王妃の爛れた話などどうでもいい。
「コホン、話を戻しますわ! エピス毒をヴィクター王の皿に入れるよう、王妃陛下から指示を受けたと、侍従が吐きましたの。異論はございまして?」
「……ふん! 使用人とわたくしと、どちらを信じるというの?」
鼻で笑った王妃だったが、隣に立つ国王アントニーは青ざめた。
「グレイス……、そんな……嘘だろう?」
「アントニー、わたくしを信じてちょうだい」
瞳を揺らしながらも頷いた国王を見て、セレーネはため息をつく。国王は完全に王妃に依存している。やはり証拠を揃えておいてよかった。
「仕方がありませんわね。皆様、こちらをお聞きくださいませ」
映像を記録する魔道具はまだない。が、音声を記録する魔道具ならある。それも性能がよいものは高級品で、持っているのは王族や公爵家くらいのものだ。
セレーネは女神の空間から記録珠を取り出し、魔力を注いで再生する。音声は王妃の声からはじまった。
『これは今月分よ。小分けにしてヴィクターがすべて飲むまで見届けてちょうだい』
『……王妃陛下、毒を盛るなど……やはり私には……』
戸惑うような男の声は侍従のものだろう。
「こんなの嘘よ!」と叫ぶ王妃の口を、エミリーとデボラが塞ぐ。
次に聞こえたのは威圧的な王妃の声だった。
『何度も言うようだけど、あなたの弟がどうなってもいいのかしら?』
『うっ……、わかり、ました』
『いい? 治癒師と一緒にいるときを狙って入れるのよ。うふふ……』
会話はこれで終わりだ。セレーネが珠を天に掲げる。
「これは、お祖父様が侍従に預けたものです。会話を記録するようにと」
セレーネの祖父ジョナサンもラルフによって解放され、膝の土を払いながら立ち上がった。
「そのとおり。人質を取って脅すなど、王妃の振るまいとは思えませんな」
祖父は常々、王宮で働く者たちの悩みを聞き、相談に乗っていた。そのなかでも挙動不審な侍従を怪しみ、時間をかけて言葉を引き出した。
国王アントニーはゆっくりと、王妃から距離を取る。その瞳は見ひらかれ、激しく揺らいでいる。
「どうしてだ。なぜ父上を……」
「そ、それは……、アントニーの治世をよくするためよ! いつまでも先代の影に囚われていたあなたを、救いたかったの!」
甘言を振りまいているつもりだろうが、王妃の言葉はもう、国王の心には届いていないようだ。セレーネは会場に響くよう声を張った。
「それはどうでしょう? 王妃陛下ならびに財務大臣ベガ公爵は、国税を横領し、土地や建物、宝飾品を買い漁っていたのです。それに気づいたヴィクター王が邪魔になり、毒殺に及んだのですわ!」
王妃が口をひらくより先に、ベガ公爵が叫んだ。
「でっ、でたらめだ!! そんな証拠がどこにある⁉」
セレーネは女神の空間から三冊のノートを取り出して、一冊広げて見せる。
「ここに十五年分の帳簿がありますわ! 毎月の地方援助費に手をつけて、少しずつ土地を買い占め、先月は故プロキオン公爵の城をお買い上げされたようですわね。真の目的はプロキオン領の鉱山でしょう? そうそう、八年前に金を買い占めて市場を混乱させたのも王妃陛下と財務大臣ですわ」
セレーネたちはこの三日間、帳簿の裏取りにあくせくと動いていた。そのうえオスカーはセレーネをこき使い、ヘイナス商会の会頭まで追わせて捕まえさせたのだ。人使いの荒さは王家の血筋だろうか。
とはいえオスカーも目の下が黒い。あの場にいた全員の目の下にはしっかりとクマが寝そべっている。飼い慣らす予定はない。これが終わったら出て行ってもらうつもりだ。
まだまだ悪事を読み上げたかったのに、ベガ公爵はセレーネに向かって手を伸ばした。
「それを、よこせぇ――!!」
両手は三冊の帳簿で塞がっている。どうしようかと暢気に天を仰いだときだった。目の前に大きな背中があらわれて、ベガ公爵をはじき飛ばす。
「私の婚約者に近づかないでもらおうか」
「レオ……」
愛しい人に名を呼ばれ、レオネルは振り向きざまに抱きしめる。セレーネも抱きしめ返したいのに帳簿が邪魔をする。いや、帳簿だけではなかった。
王妃が声を荒げる。
「衛兵、何をしているの!! さっさと罪人を処刑しなさい!」
近衛騎士たちは動揺を隠せず、団長のミルザム子爵を見やった。
ミルザム子爵は眉間にシワを寄せ、苦渋の決断を下す。
「全員捕らえろ! ただし、怪我はさせるな!」
「「――はっ!!」」
レオネルに向かってラルフが剣を放った。
「レオ! お前のだ!」
「助かる」
レオネルが佩剣すると近衛騎士たちは後ずさった。ここにいる半数は魔獣討伐でレオネルの強さを知っている。おいそれと近づく愚か者はいない――いや、ひとりだけいたようだ。
ブレイズが剣を抜き、レオネルに斬りかかる。
「王家に楯突く謀反人め! 捕まえるなどと生ぬるい、死ねぇ!!」
とっさに剣を抜いたレオネルだったが、ふと手を止めて、長い足で腹部を蹴り飛ばした。ブレイズの体は宙を舞い、十メートル先の断頭台にめり込む。それを尻目にレオネルは、剣に光魔法をまとわせる。
「え……、レオ⁉」
それはさすがに死んでしまう。おどろいたセレーネが焦って止めようとするも、レオネルは断頭台に向かってすばやく一閃を放った。
ギロチンを支える二本の柱は斜めに切り落とされ、むき出しの刃がブレイズの頭をかすめる。幸いにも、頭頂の髪が散切りになっただけですんだが、見ていた人間の寿命を縮めたのは間違いない。
「悪いな。ストレス溜まってたんだ」
牢にずっと閉じ込められていた鬱憤を晴らすように、レオネルは剣を振り払う。向かってくる命知らずはもういなかった。捕らえるどころではない。あの一閃を食らえば、剣を合わせる前に体がまっぷたつだ。
これに一番震え上がったのは国王だった。
「カストル伯爵!! 余に剣を向ける気か⁉ その褒章珠は余が与えたものぞ⁉」
剣の柄頭にはめ込まれた褒章珠をしげしげと見つめ、レオネルは柄頭から珠を外した。
「国を守るために与えられたものと思っておりましたが、政治の道具とするならば、お返しいたします」
「なっ⁉ その褒章珠は数少ない最上級品。この価値がわからぬ男ではなかろう⁉ 余にひざまずけ!!」
カチンときたのはセレーネだ。名残惜しそうにするレオネルから褒章珠をひったくり、国王に向かって振りかぶる。
「どんな価値があろうと、今の陛下にひざまずく程ではありませんわ!」
迫りくる珠に国王は悲鳴をあげて身をひるがえし、褒章珠は誰にも受け取れられることなく玉座にあたって砕け散った。
セレーネは呆然とする。何も投げつけたわけではない。下から上に向かって放っただけ。余裕で受け止められると思っていた。まさか避けるとは……。
この事態に青ざめたのはレオネルだけではない。騎士たち全員が絶叫した。あまりの狼狽ぶりに体をビクつかせ、セレーネはレオネルを仰ぎ見る。
「あ……あら? 壊れないって言ってなかった?」
「セレーネ、壊れないのは珠を装着した武器で……、褒章珠自体は脆いんだ」
「そんなっ⁉」
どうやらセレーネは、とんでもないことをしでかしたらしい。笑ってごまかそうとしたが、めずらしくレオネルが涙目になっている。
「付与された女神の力は、ひとつだけしか強化できなくてね」
つまり、珠を強化するか武器を強化するか。武器を強化したいのだから、珠の強度は石コロのままだ。武器自体に力を付与すると、武器を変えられなくなってしまう。人間はさまざまな道具を使い分ける生き物だから、武器につけ替えられる珠という形に落ち着いた。
「……とにかく、二度と投げないでね?」
「わかったわ。ごめんなさい」
さすがに悪いことをしたとセレーネも反省した。なんであろうと物を放ってはいけない。大切に扱うべきだ。
――だがこれで、レオネルを縛りつけるものはなくなった。




