第十五章 03 公開処刑
とうとうこの日がやって来た。久しぶりの公開処刑とあって、退屈を持て余した貴族たちがこぞって詰めかけた。
円形の処刑場は、近衛をになう第一騎士団と宮廷魔術師団が取り囲む。聖女が処刑されるという前代未聞の事態に、神官たちも多く集まった。その顔ぶれには動揺が浮かぶ。平民の参観は役人たちに限られた。
断頭台近くの席には大臣など要職に就いた貴族たちが並び、外務大臣であるセレーネの父ステファンや、財務大臣のベガ公爵も最前列にいる。観覧席に用意された玉座には国王が座り、その横に宰相のカノープス公爵が神妙な面持ちで立つ。
セレーネは真っ赤なドレスを着せられて、王妃の隣に座らされた。処刑台に近いこの席からは、真っ青な顔で震えているテティスがよく見える。首には魔力抑制カラーが着けられ、手にも枷がかかっている。
ラルフの父アルドラ男爵はずっと「私は何も知らない」とわめく。その後ろにはセレーネの祖父ジョナサンと、レオネルの姿まであった。レオネルは窃盗の罪しかないはずだ。それすら言いがかりなのだが。
無気力に見つめるセレーネの顔を、王妃が横からのぞき込む。
「いい顔。でもまだ足りないわね。あなたが真に絶望するまで、生贄を増やしていくわ」
王妃がスッと手を上げた。それを受けて処刑場にあらたな罪人が追加された。セレーネの祖母オリヴィアだ。先代国王は毒殺された。帝国でしか手に入らないその毒を、祖母が手に入れたと結論づけられたのか。
この国にも裁判はあるが、今回の件についてはひらかれていない。陳情も認められず、事実が調べられることもない。――否、必要ないのだ。
すべては国王の、それを操る王妃の独断で決まる。異を唱える勢力は、先代国王とともに葬られた。もう、このふたりを止められる者は誰もいない。
さらに、祖母の後ろに続く人影がふたつあった。弟のクリスティンと、そのクラスメイトのアルベルトだ。
「っ……」
セレーネの顔色が青を通り越して真っ白になったものだから、王妃は満足そうに微笑んだ。父であるステファンも聞かされていなかったのだろう。立ち上がり、国王に向かって声をあげた。
「おそれながら、陛下! 私の息子が何をしたというのですか⁉」
「――謀反ですよ」
ステファンに答えたのは国王ではなく、ベガ公爵だった。
列から一歩進み出て、小型犬のようによく通る声を処刑場に響かせた。
「シリウス公爵令息クリスティン、ならびにハダル侯爵令息アルベルトは、第二王子を唆し、王太子位を簒奪しようとした! これはもしや、貴殿の計画ですかな? シリウス公爵。であれば、――貴殿も同罪だ!!」
「何を根拠に……」
ステファンが凄んだだけで、ベガ公爵は過剰に反応した。
「衛兵!! シリウス公に魔力抑制カラーを着けろ。危険人物だ!」
戸惑う騎士たちの中から、カラーを手にしたブレイズがステファンへにじり寄る。そこへ観覧席からひとりの男が声をあげた。
「――待たれよ!!」
皆が声のほうへ振り向く。視線を一身に受けて処刑場に降り立ったのは、レグルス辺境伯ダニエルだった。ダニエルは国王に向かって一礼し、ベガ公爵と向かい合う。
「我が国はいつから、証拠もなく人を裁くようになったのだ? それになぜ、我が息子がここにいる?」
「フンッ。王家に献上した聖杯を盗んだ罪だ。しかし、カストル伯爵はもう貴殿の息子ではなかろう? 貴殿にはもうひとり息子がいるのだし、切り捨てたほうが利口だと思うがね」
ベガ公爵は脂下がった顔つきで肩をすくめ、ダニエルの眉がピクリと跳ねる。
「窃盗で処刑するなどいつの時代の話か? しかも冤罪だ。この茶番を描いたのは誰だ⁉」
静まり返った処刑場に、一拍おいて威圧的な重低音が響く。
「――余の考えだ。レグルス辺境伯」
玉座に片肘をつき、国王は気だるげに頭を支えた。
「それを茶番だと申すか?」
大勢の貴族たちが息を飲み、冷汗を拭うなか、ダニエルは怯むことなく国王を見上げた。
「おそれながら。本当にそれは陛下のお考えでしょうか?」
「……何が言いたい?」
「そこなる王妃の策に乗せられたのでは?」
国王はカッとなって顔をしかめ、雷を落とした。
「無礼者!! 我が妃への侮辱は許さん! レグルス辺境伯を捕らえよ!」
国王の命令とあらば近衛騎士も動く。取り囲まれたダニエルが腰から剣を引き抜くより早く、ステファンが結界を張って騎士たちを遠ざけた。
「ダニエル殿、さすがに剣を抜くのはまずかろう」
「む……、それもそうですな」
背中を預け合う男ふたりを見て、ベガ公爵が顔を上気させた。
「見よ! 共犯者が増えたぞ! ふたりとも死刑だぁ!!」
なんと嬉しそうな声音だろうか。うんざりとした顔がふたつ並んだ。ダニエルが懐からダガーナイフを取り出そうとして、ステファンが「まぁまぁ」と宥めつつ宰相を見やった。
視線に気づいた宰相が咳払いをする。
「ゴホン。陛下、発言をよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
宰相は国王から場内へくるりと体を向け、皆に聞こえるよう、風魔法に乗せて声を張った。
「え~これより、先代国王――ヴィクター王の遺言状を公開する!」
「……は?」
呆然とする国王アントニーを尻目に、宰相は懐から取り出した書状をバッとひらく。
『余が死したるのち、長男アントニーが悪政を働く、もしくは財政に乱れあれば、王位はすみやかに次男オスカーへ委譲すること』
「なっ、なんだと⁉」
「この遺言状にある悪政とは、裁判もなく人を処刑台送りにすることが該当すると思われる。異議のある者は今、申し出よ!」
戸惑いの声はあがれども、異議を唱えるものはいなかった。ベガ公爵でさえ、裁判がひらかれていない事実に対して擁護はできない。それでも何か言い返そうとして、必死に頭を掻きむしるだけだ。
顔色を変えた国王は宰相から書状を取り上げ、ブツブツと読み返してはヴィクター王のサインをあらためた。その肩に王妃が手をかける。
「陛下、惑わされてはなりません。このようなものは無効ですわ」
「しかし、この筆跡は……」
「遺言など死人の戯れ言。耳を貸してはなりません」
国王を挟んだ向かいで、宰相が眉根を寄せた。
「お言葉ですが、王妃陛下。王の遺言状は絶対であると、我が国の法律に定められております」
「それなら変えればいいわ。アントニー、あなたが変えるのよ」
宰相はその言葉にも首を振る。
「法律を変えるのでしたら、議会にかけねばなりません。そのように定められております」
「法律など! 国王の命令が絶対に決まっているでしょう⁉」
王妃が声を荒げても、宰相は淡々と答える。
「法律においては、議会で承認を得ること。これは先代ヴィクター王が作られたもので、満場一致をもって認められました。しかしまぁ、議会をひらく前に、王位の委譲が先ですな」
「オスカーが王位に就くなんて! 彼は結婚もしていないのよ? 王位はアーサーが継ぐべきだわ!」
王妃の提案に、国王もパッと顔を上げて飛びついた。
「そうだ。王位はアーサーに継がせる! 少し早いが、第二の人生も悪くない」
「陛下」と宰相が諫めようとしたときだった。処刑場に、やわらかくも凛とした声が響く。
「アーサーは王位を継がないよ」
姿をあらわしたのは王弟オスカーだった。その後ろにはアーサーとロザリンの姿もある。
皆の視線がそちらへ集まっているのをいいことに、断頭台のそばに座らされていたアルドラ男爵の影からラルフが飛び出した。ひっくり返る父親には見向きもせず、テティスに駆け寄る。
「テティス、すまない。こわかっただろう」
「ラルフ様……」
瞳を潤ませつつも微笑むテティスのおでこに、自身の額をコツンと乗せたまま、ラルフは器用にも手枷やカラーを外していく。見咎めた王妃が怒鳴りつけた。
「衛兵!! ベラトリクス伯爵を捕らえなさい! 誘拐犯よ!」
「――その必要はない」
静かに、だが威厳のある声音でオスカーが騎士たちを制した。
「ベラトリクス伯爵はアーサーの警護にあたっていた。そうだね? アーサー」
「はい。ラルフは誘拐犯などではありません。ロザリンを脱獄させたのは私です」
アーサーは臆面もなく言い切り、王妃は唇を噛む。だがすぐに、隣に座るセレーネの腕を引っ張り上げた。
「アーサー、あなたはこのセレーネと結婚するのです! そこの女狐は死刑よ!」
無理やり立たされたセレーネからポンッという音が聞こえ、小さく呻いた。何事かと振り向いた王妃は、セレーネの顔を見て腕を振り払う。
「なっ⁉ お前は誰⁉ セレーネはどこ⁉」
「お初にお目にかかります。セレーネ様の侍女、デボラにございまーす」
赤いドレスをはためかせたデボラは、「変身解けちゃった」と舌を出す。その後ろで慌てることもなく、エミリーはこれ見よがしにため息をついた。それを見た王妃は唇を歪ませる。
「エミリー、あなた知っていたの⁉」
「ええ、まぁ」
「はっ、わたくしに楯突けばどうなるか、わかっているのかしら?」
「わかっていますよ……、私の母と妹を殺すのでしょう?」
歯に衣着せず告げられた言葉に、まわりがざわつく。
さしもの王妃もうろたえた。
「エミリー……、わたくしがそのようなこと、するはずがないでしょう?」
「ええ。ご自分の手は汚さず、ベガ家の使用人にやらせるのですよね?」
「な、何を言っているの⁉ そんなのあなたの妄想よ!」
「でもセレーネ様が助けてくださいました! もうあなたに従う謂れはないわ!」
セレーネの名を聞いて、ハッとした王妃は会場を見まわす。
「そうよ、セレーネはどこなの⁉ セレーネ⁉」
「――お呼びでしょうか?」




