第十五章 02 先代国王を殺したのは
王都の西にある旧プロキオン領は険しい鉱山を有している。その入口ともいえる麓には、運命の女神を祀る神殿がある。ここで皆と待ち合わせる予定だ。
女神シンシアの力で転移したセレーネは、運命の女神像の前に立っていた。もう少し目立たない場所を指定して願うべきだったか、と焦って振り返る。
「来たか」
声のほうを向けば、セレーネの父ステファンが長椅子に腰かけたまま手を上げた。その隣にはレグルス辺境伯の姿もある。ふたりの後ろには執事服を着込んだ男がそれぞれ立っていた。騎士でもなく魔術師でもなく、執事だ。
「お父様、フェルナンはどちらに?」
「やつならシリウス領を守らせている。領兵団も全員そちらへやった」
領地には母がいる。感情と切り離されていたときには見えなかった夫婦の絆が、今ではしっかりと感じられる。
「ですが、危険を伴うというのに、執事を同行させるのは……」
「レイヴンの実力は知っているだろう?」
「ええ……」
「うちのジェームスも問題ない。辺境領でも上位に入る強さだ」
「……そうですの」
ジェームスと呼ばれたレグルス家の執事は、父や辺境伯と同じ世代だろうか。噂だけはレオネルから聞いていた。魔力持ちなのに肉体派で、やんちゃだったレオネルの教育係だったとか。レイヴンが隣でうずうずしている。手合わせなら外でお願いしたい。
真ん中の通路を挟んで左側の長椅子には、第二王子コーネリアスが護衛も連れずに友人三人と談笑している。
セレーネの弟クリスティンと、宰相の息子ルーシャン。もうひとりはアルヘナ伯爵家の令息だったか。騎士志望なのだろう。腰から剣をぶら下げ、体格もいい。だがいずれも十五歳から十六歳。王子の護衛としては心許ない。
「殿下、護衛はどうしたのです?」
「やぁ、セレーネ嬢。そんなの撒いてきたに決まっているだろう?」
そういうことを聞きたかったんじゃない。スッと目を細めれば、コーネリアスは肩をすくめながらも理由を話した。
曰く、護衛の中に妙な動きをする者がいるという。
「少し前からカイトの行動がおかしい。ときどきいなくなるんだよ。まるで誰かに定時報告でもしてるみたいにさ。疑いはじめたらみんな怪しく思えて」
「だから全員撒いてきたと……?」
「一番確実な方法だろう?」
セレーネはこめかみに手をやった。兄王子に王太子の自覚がなければ、弟王子にも王子たる自覚がないようだ。こんなところで兄弟らしさを発揮しなくてもいいのに。気持ちが顔に出ていたらしい。
セレーネの口から小言が飛び出す前に、コーネリアスは先手を打つ。
「大丈夫だって! クリスもルカも実力ある魔術師だし、このリオンも騎士科で一番強いんだよ。ぼくはいつも二番手でね」
学園の騎士科……それも一年生では説得力に欠ける。セレーネが不安げに見つめると、リオンは卒なく礼をとった。
「アルへナ伯爵家が次男、リオンと申します。レオネル様にはお世話になっております」
「――あら、レオと知り合いなの?」
「俺もコーネリアス殿下とともにレグルス家で学びましたから」
それならまだ安心できる。レグルス家の強さも容赦のなさも、セレーネは身をもって学んだ。
あともうひとり、計画のメンバーが集まるまで談笑していると、祭壇近くのドアがひらき、神官長のアークトゥルス公爵が入って来た。
これで全員が集まった。
神官長にはこの神殿を貸し切りにするため尽力してもらった。ここを拠点にして三日以内に物証を押さえ、答え合わせをするのだ。
先代国王の葬儀があったあの日、公爵三家はベガ家の羽振りのよさについて議論を交わした。各々が持ち寄った情報をもとに、ある作戦を立てた。
もともと父とレグルス辺境伯が作った『王太子すげ替え』計画をベースに、この『宝探し大作戦』という明け透けな作戦を決行するに至ったのである。本当ならここにレオネルとラルフも加わる予定だった。
神官長は祭壇横のテーブルの上に、丸まった紙束を数本置いて広げる。
「お待たせしてすまない。この領地の地図と、こちらが鉱山内の地図だ。どこも入り組んでいるから時間がかかるだろう」
セレーネは女神の空間から三冊のノートを取り出し、三つの鉱山地図の上にそれぞれ置いた。
「これらが横流しの証拠となる帳簿ですわ」
「でかした、セレーネ!」
この帳簿にはそれぞれ鉱山の名前が入っており、金を掘り出すのにかかる必要費用と、その分をどこから補充したのかが詳細に記録されている。ベガ家は身銭を切ることなく、国の予算から経費を賄っていたのだ。
それだけではない。王領の管理と称してベガ家の領民を送り込み、鉱山を勝手に開発し、国へ報告することなく懐に入れていた。これらを差し押さえて裁判を受けさせる。それが作戦の主な目的だ。
セレーネの父は、三つの地図上で指を彷徨わせる。
「三手に分かれるか。中央の山を私が、右の山はダニエル殿にお任せしたい」
「承知した」
「左の山をセレーネと殿下たちで――」
「――そうはいきませんよ!」
神殿のドアがひらくと同時に男の声が響いた。
皆が唖然と振り返るなか、コーネリアスが叫ぶ。
「そなたは、カイト! どうしてここが⁉」
「甘いですね、殿下。こちらが作った隙に乗じるなんて」
「っ……」
コーネリアスが悔しげに唇を噛む。ふたりのあいだに立ち、セレーネは無表情に黒扇子をかまえる。迷いのない殺気を感じてカイトは慌てた。「お待ちを!」と、何やら後ろをチラチラと振り返っている。
「殿下! おもしろがってないで、出てきてください!」
『殿下』と聞いて、皆の頭に浮かんだのは失踪した王太子アーサーだ。しかし、「ごめんごめん」と軽く言いながら入って来た人物を認め、公爵以下全員が膝を折った。ただひとり、コーネリアスだけが剣呑な眼差しを向ける。
「叔父上の差し金でしたか」
王弟オスカーはにこやかに笑うだけで答えない。
微笑んではいるのだが、その瞳には強い魔力が宿っており、頭を押さえつけられたような錯覚に陥った。公爵たちはもちろん、セレーネでさえも重圧に耐えきれず、膝が笑う。
ゆっくりと近づいたオスカーが、セレーネの前で立ち止まった。
「困るんだよ。我が国の王子に何かあったら」
おっしゃるとおり。ぐうの音も出ない。王太子アーサーは失踪し、そのうえ第二王子まで……となれば止めてしかるべきだ。ただ、それだけではない気がしてセレーネは身構えた。オスカーは視線を合わせるように身を屈める。
「君のお祖父様が、断頭台にのぼっても構わないのかな?」
「っ……、祖父は、犯人ではございませんわ!」
情けなくも震える声を声量でごまかす。目だってそらさない。顔が近すぎて、金冠が浮かぶ星の瞳がよく見える。オスカーも同じ熱量で見つめ返し、「知っているよ」と答えた。
「先代国王を……、父を殺したのは、この私だからね」
「「――⁉」」
誰しもが身を強ばらせた。コーネリアスは取り乱したように一歩踏み出したが、あまりのことに言葉を失っている。オスカーはさらに、セレーネの鼻先まで顔を近づけた。
「さて、セレーネ嬢。君には私の手足となってもらうよ」




