第十五章 01 王妃はやはり手強かった
翌日、おそれていたことが現実となってしまう。王妃の私室へ呼び出され、告げられた言葉を反芻し、聞き間違いであってほしいと強く願った。
「……おそれながら、今なんと?」
「ベラトリクス伯爵を誘拐の実行犯として指名手配。それに加担した父親と婚約者を捕らえた――と、言ったのよ」
願いは聞き届けられなかった。女神の力を持ってしても、起こった出来事を空耳で終わらせるのは無理だったか。
アーサーとロザリンの捜索は難航しており、時を同じくして消えたラルフに疑いがかかった。そこまではセレーネも予測していたが、どうして婚約者になったテティスまで――と考えて、この王妃は人質を取るのが得意であったと思いなおす。
「婚約者のシェダル子爵令嬢は聖女ですわ。疑わしいだけで捕らえるのは、世間的にまずいのでは?」
「これでいいのよ。聖女であろうとも、王家に楯突けばどうなるか、知らしめる必要があるわ」
聖女は国王と同格に扱われるはずが、現在は国王に次ぐ存在となっている。それを完全なる臣下として位置づけるには、テティスは格好の生贄なのだろう。
ラルフの父アルドラ男爵とテティスは、すでに連行されて王宮の地下牢へ入れられたらしい。ご丁寧にも、三日後に処刑されるとのお触れつきで。
(貴族牢ではなく地下牢だなんて。テティス、大丈夫かしら?)
大捕物のように騎士団を動かし、派手に立ちまわったそうなので、すぐにラルフの耳にも入るだろう。おびき寄せる作戦なのはわかるが、本当に処刑しそうでこわい。もっとも、女神の愛し子は老衰以外で死ぬことはないらしいが。
王妃はカップをソーサーに戻し、スッと目を細めた。
「セレーネ、あなた何か知っているのではなくて?」
腹に手を突っ込まれ、まさぐられるような感覚に息を飲みそうになる。ここで動揺すれば王妃の思う壺だ。表情を崩さず、抑揚のない声で答える。
「知っていれば、真っ先にお伝えしておりますわ」
「……そう」
声がかすれるほど喉が渇いたけれど、今カップを持ったら手が震えてしまいそうだ。向かいのソファから嬲るような視線がまとわりつく。目を合わせないようわずかに視線を下げ、ひたすら地獄のお茶会から解放されるのを待った。
そんな努力もむなしく、王妃が吹き出す。
「セレーネ、あなたは嘘が下手ねぇ。すべて顔に出ているわ」
そんなわけない。無表情だったときの感覚は覚えている。完璧に再現できているはず。ハッタリだ――と思いたかった。
「作られた無表情など寒気がするわ。わたくしが求めているのは心のない美しい人形よ。今のあなたは美しくない。ねぇ……どうしたら、昔のセレーネに戻ってくれるの?」
まるで、デキの悪い我が子に向けるような表情で眉尻を下げながらも、人差し指の背で顎をなでた。絶対によくないことを考えている。セレーネが弁明をする前に、王妃が赤い唇をひらく。
「昔のセレーネは何かに絶望していたように思うわ。そうね、大切なものを取り上げられたような……」
――どうして王妃がそれを知っているの? 誰も気づかなかったというのに。
感情と切り離された心はいつも何かを求め、出口のない闇に包まれて絶望していた。わかっていて、セレーネを人形に仕立て上げたのか。それを見て楽しんでいたのか。
凍りつくセレーネの眼前で、王妃は蕩けるような笑みを浮かべた。
「ああ、そうだわ! あなたにとっておきの絶望を与えましょう。三日後、いったい何人が処刑されるのかしらね?」
「っ……」
今度こそセレーネは息を飲んだ。
王妃は口もとを扇子で隠しつつ、期待に満ちた目を向ける。
――ああ、祖父まで断罪する気か。きっとレオネルも無事ではすまされない。
「すべてセレーネのせいなのよ?」
――王妃の言うとおりだ。
セレーネの人生は十六歳で終わるはずだった。月衣として生きるべきだったのに、セレーネの人生を選んでしまったせいで、みんなの人生を狂わせた。セレーネがいなければこんなことは起こらなかった。
「ふふ。魅力的な表情になったわ。下がってよろしい」
「……御前、失礼いたします」
鉛のように重くなっていく心を引きずって、王妃の私室を辞す。背中に高笑いを受けながら、セレーネは王太子妃の部屋という名の檻に、自ら閉じこもった。
それからというもの、寝室から出ることもなく誰の呼びかけにも応じない。そうやって処刑日までの三日間を絶望のなかで過ごした――
「――と、思わせたいのよ」
「はぁ」
セレーネのざっくりとした説明にエミリーはうんざり顔だ。つい先ほどまでこの世の終わりみたいな顔をしていたくせに、部屋に帰った途端、セレーネは復活した。エミリーの物言いたげな視線を咳払いでやり過ごす。
「寝るのにも体力が必要なように、ウジウジするにも根気が必要なのよ。飽き性なわたくしには無理な話だわ」
「…………」
文句の代わりに、エミリーは腹の底からため息をこぼした。セレーネとは話が合いそうにない。腹黒さは王妃といい勝負だ。
ともあれ、エミリーはすでに片棒を担いでいる身。セレーネに乗っかるのも悪くないと思っている。何より、苦しめられてきた鬱憤を晴らすチャンスを逃したくない。
「それで、私は何をすれば?」
「まず、わたくしの侍女デボラを王宮へ」
「かしこまりました」
デボラは背格好から黒髪の美しさまでセレーネに似ている。髪のお手入れはデボラがしていたので当前ともいえる。顔の造形についてはアイリスの作った魔道具で解決だ。ただし、声までは変えられない。
(まぁ、気落ちしている素振りでごまかすしかないわね)
数時間後、ソファの影が差した床から、鋼色の髪をした頭がニュッとのぞく。キョロキョロと見まわして這い上がり、影の中から「よっ」と侍女デボラを引き上げた。
「あら、カルロが連れて来てくれたの?」
「師匠が! 助けてやれって……」
「ありがとう。とても助かったわ」
「っ……、あっそ」
一瞬びっくりしたような顔をしてすぐにそっぽを向いてしまったが、耳が真っ赤になっている。かわいらしいと思いつつも、感謝の言葉を聞き慣れていないことに胸が痛んだ。一番言ってほしい人からは、もらったことがないのだろう。
「セレーネ様、準備はできておりますよー」
デボラの声に振り返って、ドレス姿を確認する。うんうんと頷いて、セレーネは自身の魔力を込めたペンダント型の魔道具をデボラの首に着ける。
「三日は持つと思うけど、もし変身が解けたら知らせてちょうだい」
「かしこまりましたー」
この魔道具を身に着けると、魔力を込めた者と同じ顔になる。込められた魔力はどんどん消費され、魔力がなくなれば変身は元に戻ってしまう。それまでには戻って来るからと、セレーネは戦闘服を身にまとう。
「おい、セレーネ! どこ行く気だ?」
「宝探しよ」
「ずるいぞ! おれも行く!」
カルロに外の世界を見せてあげたい気持ちはある。でも今から行く場所は危険がともなう。セレーネは心を鬼にして、意地悪な言葉を並べる。
「これから遠い場所へ行くの。あなたのお母様がそれを許すかしら?」
「っ……」
カルロの顔にあきらめの色が浮かんだ。子どもっていうのはもっと、ごねる生き物ではなかったのか。母親の影をチラつかせるだけでこんなに大人しくなるなんて。
居たたまれなさにセレーネは片膝をつき、俯いた顔をのぞき込む。
「カルロはここで待っていて。必ずお土産を持って帰るから」
「もみあげ?」
「も……。お土産よ。なんて言えば……そうね、お宝の一部を持ち帰って、カルロにあげるってこと」
「!! ……あっそ。そんなこと言って、逃げんなよ?」
顔を隠すようにフードを被ってしまったが、カルロの瞳が輝いたのを見逃さなかった。この期待に応えなければ、悪役令嬢の名がすたる。
「逃げるですって? そんな無様なまねはしないわ! おーっほほ、ぶっ⁉」
高笑いの途中で、セレーネの口をデボラが塞ぐ。
「セレーネ様、外まで聞こえちゃいますよー?」
「あっ……」
これでは計画が台無しだ。ゲンナリした顔のエミリーと、顔を隠したままのカルロ、そしてにこやかに手を振るデボラに見守られ、セレーネは女神の力で転移した。




