第十四章 04 侍女も被害者
討伐依頼書と引き換えに、コーネリアスがこっそりと置いていった手紙がある。セレーネは口もとに弧を描いた。
手紙の封を切ると、一枚の写真が同封されていた。年嵩の女性がベッドで身を起こし、その隣で若い女性が微笑む。さらにはコーネリアスと、神官長であるアークトゥルス公爵も一緒に写っている。部屋の内装からして神殿の一室だろう。
(アイリス様、とうとう念写魔道具を完成させたのね。すごいわ)
心なしか、コーネリアスにピントを合わせているような気もするが、必要な情報はちゃんと写り込んでいる。
セレーネは室内に防音結界を張り、部屋の隅に立つエミリーを手招きした。
「ねぇ、こちらのふたり、あなたのご母堂と妹君で間違いないかしら?」
写真を掲げると、エミリーはひったくるようにして見つめた。それはもう穴があきそうな勢いでジッと凝視している。
「……どうやって? なんでこんなにそっくりなの?」
「それは“写真”といって、見たものを写し取る魔道具があるの。それから……これは、ふたりからの手紙よ」
セレーネから受け取った手紙を読み、エミリーは膝から崩れ落ちた。床にペタンと尻をつき、呆然としているが、その顔には深い安堵の色が見てとれた。
「エミリー、取引に応じてくれるわね?」
セレーネが王宮へ連れて来られたときに、エミリーに取引を持ちかけた。鑑定眼で見た情報では、“想い人”の球体に、なぜか母と妹の姿があった。それで人質を取られて王妃に従っている可能性を見い出した。
その人質は今、神殿に保護されている。王家も神殿にはやすやすと手が出せない。しかも神殿の最高神官長であるアークトゥルス公爵の後ろ盾があることを、写真で証明してみせたのだ。
こくりと頷いたエミリーは立ち上がり、手紙と写真を火魔法で焼いた。灰すら残さない徹底ぶりは、大切な人たちを守るためだ。
「何をご所望ですか?」
「――王妃陛下のブレスレット」
「っ……」
エミリーが息を飲んだ。
この様子からして、セレーネの言いたいことが伝わったのだろう。
「あなたも知っていたのね」
「ええ、まぁ」と顎に手をあて、エミリーは不安げに瞳を揺らす。
「ですが、王妃陛下は寝るときも着けておいでです」
「さすがに湯浴み中は外すでしょう?」
「それは……、お手入れ込みでも二時間半が限界です」
「十分よ」
「……かしこまりました」
目当てのものがある場所は、レオネルが教えてくれた。
『セレーネ、王宮の北にある王家の森、狩猟小屋だ。どうか気をつけて。愛してる』
狩猟小屋はすでに調べて何も見つからなかった場所だが、もう一度探る価値はある。見つからなかった理由は、ラルフに連れられて行ったギルドの隠し部屋を見てわかった。
着飾るのが大好きな王妃が、いつも質素なブレスレットを身に着けている。あれは鍵だ。目に見えない扉がきっとどこかにある。
夕暮れ時、ローブをまとったセレーネは影の中に身をひそめる。王妃の声とともに衣擦れの音が聞こえ、コンコンと小さく壁が叩かれた。
影の中からセレーネが手を伸ばすと、ブレスレットが渡された。しかと受け取って、セレーネは駆け出した。その後ろから小さな人影がつきまとう。
「おい、どこへ行く気だ?」
「宝探しよ。カルロも一緒に来る?」
「行く!!」
青灰の瞳がキラキラと輝いている。十歳の男の子が『宝探し』と聞いてじっとしていられるわけがない。最近のカルロは夜ちゃんと寝ているようで、夜中に姿を見かけなくなった。身長のことを気にしているのだろう。よい傾向だ。
王宮から少し離れた場所で、「転移するから」とセレーネはカルロに手を差し出す。一瞬怖気づいたカルロだったが、好奇心には抗えなかったようだ。そっとセレーネに手を重ねた。
一度行った場所になら転移できる。転移後、まわりに人の気配がないことを確認して、セレーネたちは小屋へ向かった。
小屋といっても、もとは王家御用達の狩猟クラブだ。一階にはバーラウンジがあり、たくさんのソファとテーブルが並ぶ。その奥には調理場や道具置き場、救護室に浴場まである。
ランプを片手に部屋の壁を丁寧に調べたが、ブレスレットをあててもまったく反応がない。もう二時間は優に過ぎている。お肌のスペシャルケアと題して、エミリーが時間を稼いでいるが、そろそろ戻らないとまずい。
「う~ん、どこにあるのかしら? 隠し部屋……」
「隠し部屋を探してたのか?」
「そうよ。カルロは知ってる?」
「知ってるけど、お宝なんてなかったぞ?」
頭の後ろで手を組み、つまらなそうなカルロに詰め寄った。
「どこにあるの⁉」
「調理場の床」
「――ゆ、床!」
それは盲点だった。急いで調理場に向かい、床にブレスレットをあてながら這いずりまわる。キラリとブレスレットが光ったかと思うと、目の前の床に四角い穴があき、下へ降りる階段があらわれた。
「あ……、あった!」
「お宝はなかったってば!」
「それはどうかしら?」
ランプを掲げて降りていくセレーネのあとを、唇を尖らせたカルロがついて降りる。見まわしたかぎり、四帖ほどの小さな部屋に、書き物机と本立てが置いてあるだけだ。
「ほらな? なんにもないだろ?」
カルロの声を背中で受け止めつつ、セレーネは机の上の本立てから一冊引き抜く。それはまさしくセレーネの求めていたお宝だった。全部で三冊あるノートを女神の空間へ押し込んだ。
『…………』
少し埃を被っていたのか、つながった空間から物言いたげな空気が発せられた。月の女神シンシアは、ドレスや宝石を預けると嬉々とした暖かい空気を出し、ひどく汚れたものは突き返す。今回はギリギリセーフなのだろう。吐き出されはしなかった。
「よし! 帰るわよ」
「えっ⁉ お宝は?」
「ここにはないけれど、お宝を示す地図が手に入ったわ」
納得いかない顔でカルロがむくれているが、もう時間がない。
「行くわよ、目を閉じて」
ぶーぶー鳴くかわいい子ブタの手を取って、セレーネは転移した。バスルームの前室へ急ぎ、影の中から指定された場所へブレスレットを置こうとして、騒がしさに耳を傾ける。
「どこへやったの⁉ 見つからなければ全員打ち首よ!!」
金切り声をあげているのは王妃だ。女官たちが真っ青な顔で部屋を這いまわっている。
(――しまった。遅かったか)
ブレスレットはセレーネの手の中だ。今から床に落としても、見つけた女官が疑われるかもしれない。誰も傷つかない方法はないものか。
王妃が脱いだ服に紛れ込ませる――いや、服はもうランドリーメイドが持って行った。前室から外へブレスレットが持ち出されたとなれば、あの隠し部屋を確認しに行くかもしれない。それは困る。ならば、少し強引だがこの手しかない。
(シンシア、このブレスレットを王妃のポケットへ)
願いはすぐに聞き届けられ、セレーネの手からブレスレットが消えた。あとは一刻も早く王妃が気づいてくれることを願うばかりだ。
ふと視線を下げれば、セレーネの足もとでカルロがうずくまっている。
「どうしたの?」
影の外に漏れないよう小さくささやいたせいか、カルロには届いていないようだ。膝を抱いて小刻みに震えている。時折、ビクッと肩が跳ね上がるのは、王妃が声を荒げたときだ。まるで自分が怒られているかのような怯えよう。今までもこうやって、影の中でひとり耐えてきたのだろう。
「カルロ……、大丈夫よ」
隣に座って背中をさすり、カルロのまわりにだけ遮音結界を張った。上では必死に謝るエミリーの声が聞こえる。ヒステリックな声とともに王妃が手を振り上げた瞬間、チャリッと小さな金属音が鳴り、王妃がポケットに手をやった。
「まぁ……、こんなところに。次からはしっかり管理してちょうだい」
「はい! 誠に申し訳ございませんでした」
なんとか事なきを得た。王妃が立ち去ったあと、目を吊り上げたエミリーは影という影に向かって睨みつけていく。
(おー、こわっ)
今出て行って謝るのは得策ではない。もう少し落ち着いてから声をかけよう。遮音結界を解いてカルロの顔をのぞき込むと、眉間にはシワが寄り、目は固く閉じられている。
「あら、寝ちゃったのね」
セレーネの部屋に運ぼうかとも考えたが、目を覚ましたカルロは怒るだろう。それに闇の中は彼のもっとも落ち着く場所だ。よくよく考えて、師匠のもとへ預けることにした。カルロを背負って闇の中を走る。
師匠も闇の中が好きだ。その中でも一番お気に入りの場所が――王宮の入口、馬車をまわすロータリーに置かれたオブジェの影だ。天体好きな聖女が作ったとされる天球儀が月に照らされて影を作る。そこからよく星空を眺めていた。
セレーネが近づくと、黒ずくめの人影が寝転がったまま手を振った。フードを目深に被り、白い髭をたくわえた口もとと、シワが刻まれた手だけが見える。
「久しぶりだな、セレーネ」
「ご無沙汰しております。師匠、お体は大丈夫なのですか?」
「もう平気だ。それよりカルロはどうした?」
「寝てしまいましたの。お願いできますか?」
「そうか、ワシが預かろう」
ゆっくりと体を預け、ついでにカルロの眉間のシワを揉みほぐした。
「カルロ、今日は助かったわ。おやすみなさい」
セレーネも戻らなければならない。「では失礼いたします」と膝を折り、転移魔法で王太子妃の寝室へ飛んだ。




