第十四章 02 しわ寄せ
万屋ギルドの転移ルームへ着いたセレーネたちは、ラルフの案内でギルドの奥へ進む。受付の左横にある廊下を通る途中で、よく見る受付の女性リラと目が合った。手を振られてセレーネも振り返す。
廊下の突きあたりにあるドアをあけると、にぎやかな雰囲気とともにお酒の匂いが漂ってきた。
「ここは……酒場?」
「ああ。客はギルドの登録者ばかりだ。それよりこっちへ」
セレーネに答えて、ラルフが右に手を向ける。示されたほうへ視線をやると、ギルドと同じような受付カウンターがあり、そこには先ほどギルドにいたはずのリラが座っていた。カウンターの奥はギルドの建物とつながっているようだが。
「リラ? いつの間に……」
「いや、この人は双子の姉のほうだ」
「いらっしゃい! 私はエラよ~」
「まぁ、そっくりね!」
おどろくセレーネの隣から、ラルフはエラに顔を寄せ、声を落とす。
「例の部屋を使いたいんだが」
「あいてるわよ~。はい、これ鍵ね」
鍵と言って渡されたのはブレスレットで、小さなギルドチップのようなものがひとつ付いている。ラルフのあとに続き、セレーネたちは受付横の螺旋階段を登っていく。階段を登ってまっすぐ進み、突きあたりまで来た。
左右のドアには見向きもせず、ラルフは突きあたりの壁にブレスレットをかざす。すると今まで何もなかった白い壁に、同色のドアが浮き上がり、カチャリとひらく。
「すごい仕組みね」
「だろ?」と得意げに笑って、ラルフは中へ進んでいく。入ってすぐ小さすぎる部屋におどろいたが、ここは護衛の待機部屋だという。その奥のドアをあけると、広いリビングがあり、ベッドルームが三つとバス・トイレがあった。食事は室内の通信石から注文すれば持ってきてもらえる。
「ここは要人警護用の隠し部屋なんだ。部屋からの連絡はエラが受けてくれる」
「それなら安心ね」
ラルフに頷いてソファに目をやれば、アーサーはロザリンの肩を抱き、すでにくつろいでいる。
「殿下も安心したでしょう? 王宮へ帰らないと、大騒ぎになりますわよ」
「ロザリンをひとりにはできない。私もここに残る」
「殿下……、ラルフ様も戻らなければなりませんし、未婚の女性とふたりきりにするわけには参りませんわ」
「私はロザリンと結婚するのだ。何も問題はない」
身も蓋もない。子どもだってもう少しは取り繕うだろうに。説得にかける時間はない。早く王宮に戻らなければ、セレーネがいないこともばれる。そうするとレオネルや祖父に矛先が向いてしまう。どうしたものか。
困り果てて隣を見れば、何やら考え込んでいたラルフが顔を上げた。
「セレーネ嬢は戻ってくれ。俺もここに残る」
「それだとラルフ様が疑われますわよ?」
一番いいのはロザリンだけを雲隠れさせることだ。そうすれば誰も疑われない。
「元よりロザリンを逃がそうとしてたんだ。かまわないさ」
ラルフは軽く言い放つ。アーサーは迷惑そうな目を向けた。
「いなくていい。帰れ」
「そうはいきません。アルドラ家の家族として身受けした責任があります」
「そなたはもっと、いい加減な男だと思っていたが……」
「合ってますよ」
「どこがだ」
ラルフがついているなら安心できる。ただし、それはエロイーズの前でも正気でいられたらの話だ。セレーネはラルフを手招きして、声を落とす。
「もしエロイーズがあらわれたら、男性しかいないのは不安ですわ」
「それなら問題ない。アイリス嬢に作ってもらったペンダントを着けてからは、平気になった」
「そうなのですか?」
アイリスの魔道具は優秀だとつくづく思う。
次なる問題は、王宮へ戻る方法だ。魔術師が結界を張っているので転移はできない。外に出ることはできても中には転移できない仕様だ。
(シンシアなら、わたくしを王宮へ戻せるかしら?)
『――可能です』
返ってきた答えと同時に、足もとに月の魔法陣が広がった。
「ではラルフ様、お願いしますわ」
「オウ。……あいつを頼む」
言われなくともレオネルは助け出してみせる。ラルフも返事はわかっているから、手をひらひらさせてセレーネを見送った。
***
王太子妃の寝室に戻り、薄い夜着にガウン姿でそそくさとベッドに潜り込む。真夏なのでガウンは余計なのだが、いつ誰が訪れるかわからない。緊張に寝返りを打ったのは二回ほどだったか。
ノックの音がして意識が浮上していく。セレーネはまぶしい日差しに目を瞬いた。
「あ……、あら? もう朝なの?」
「……おはようございます」
セレーネに付けられた女官ではなく、王妃付きの侍女であるエミリーがやって来た。めずらしく表情を濁している。物言いたげな目で見つめられ、王妃の思惑を思い出した。残念ながら情事のあとは欠片も見られない。
「昨晩、殿下がこちらへいらっしゃったはずですが、殿下はどちらに?」
アーサーをかばう必要はない。何がどうなろうとも、王妃は王太子を罰したりはしないだろうから。
「殿下なら、ロザリン様が地下牢にいると聞いて、飛び出して行ったわ」
「――なっ⁉ 話したのですか⁉」
本気で言っているのかと、セレーネは目を丸くする。
「どうして話さないと思ったの?」
「ロザリン様がいなくなれば、セレーネ様はなんの憂いもなく王太子妃になれるのですよ⁉」
根本的に考え方が違ったらしい。王妃や王太子妃とは、誰もが欲して当たり前の地位だと思っているのだろう。これ以上、エミリーとの会話は成立しそうにない。
「お腹がすいたわ。朝食を用意してちょうだい」
「……かしこまりました」
***
アーサーとロザリンが失踪して三日経ち、セレーネは王妃に呼び出された。
王妃はソファの肘掛けをカツカツと爪で叩いている。ここで「ご機嫌麗しゅう」などと爆弾を投下できるほど、セレーネのメンタルは強くない。何を言われるのかと身構えつつソファに座り、ひたすら黙って言葉を待つ。
「……セレーネ、これはあなたの失態よ」
さすがに結論を急ぎすぎではないだろうか。
訳がわからずセレーネは小首をかしげた。
「何か、問題でもございましたか?」
「わたくしが与えたチャンスを、あなたはことごとく台無しにするのね」
はて、とセレーネは記憶を巡らせる。
王妃からチャンスをもらった覚えはない。ピンチなら山ほどあるが。
「まぁいいわ。世間知らずなふたりが、逃げおおせるわけないもの」
それはそうだとセレーネも頷く。ラルフがいてくれて本当によかった。
「あなたには、アーサーの代わりに仕事を片づけてもらうわ」
「わたくしが王太子の仕事を?」
「言ったでしょう? あなたの失態だと」
「……承知いたしました」
何が『あなたの失態』だ。ロザリンのことをしゃべってほしくないのなら、アーサーを部屋に送り込まなければよかったのだ。とは言えないので、心の中にとどめておく。
エミリーに連れられて王太子の執務室へ通された。机の上に置かれている書類の山を見て、あいた口が塞がらない。朝からこんなに積み上がるものなのか。
(三日でここまで溜まるだなんて……、王太子も大変なのね)
しみじみと感じながら、座り心地のよい椅子に腰かける。一枚目の書類を手に取って、セレーネはたまらず叫んだ。
「こっ、これは十日前の日付じゃないの! こっちはひと月前⁉」
道路工事に水路整備の決裁書、魔獣の被害報告までもがほったらかしだ。
(あのへっぽこ王子、仕事で疲れきったような顔をして……いったい何をやっていたのよ!)




