第十四章 01 斬首刑が決まった
カルロを見つめながら、アーサーがボソリとつぶやく。
「父親違いの兄弟か……、なんの因果だろうな」
「殿下?」
セレーネが聞き返そうとしてすぐ、カルロが口を挟んだ。
「そんなことより! いいのかよ? 殿下のお気に入り、殺されるぞ?」
「なんですって⁉」
「ロザリンのことか? どういうことだ⁉」
「王妃を殺そうとした罪で、早朝に斬首刑が決まった……って、教えてやろうと思ったら、仲よく寝てるんだもんな」
「「うっ」」
『教えてやろう』ということは、自分の意思でここへ来たのだろう。教育に悪い役目を与えられたわけではないようで、安心した。
「ま、待ってくれ、話が見えない! ロザリンが母上を殺すわけないだろう?」
そのとおり。ロザリンが殺そうとしたんじゃない。セレーネは午後のお茶会で起きた出来事をアーサーに話した。エロイーズに体を乗っ取られたと聞いて、アーサーはベッドを殴りつける。
「――だから女神の力など、必要ないと言ったのだ!!」
「ロザリン様は……、殿下に見合う女性になりたかったのです」
「そのままでいいと言ったのに! どうして……」
アーサーは苦悩の表情を浮かべ、「私が王子であるせいか」と頭を抱えた。それをぼんやり眺めている暇はない。セレーネは女神の空間から戦闘服を取り出して羽織る。
「とにかく、ロザリン様を助け出しましょう」
「そうだ! ロザリンはどこにいる⁉」
「まだ地下牢だよ」
「――なっ⁉ 貴族牢ではなく、地下だと⁉」
「殿下、まずは動きやすい服に着替えてくださいませ」
「あ……ああ、そうだな」
頷いてアーサーは自室へ飛び込んだ。
それを確認してセレーネはカルロに向く。
「ねぇ、カルロ。教えに来てくれたということは、わたくしに付いてくれるのかしら?」
「……いいや、おれは師匠に付くって決めてる」
「そう」
カルロの闇魔法を見い出して教育した師匠は、この王宮内にいる。セレーネも同じ師匠に従事して、王妃教育の傍ら訓練を受けていた。セレーネが魔術師の居眠りを報告した相手もこの師匠だ。頼れる大人がほかにもいるならそれでいい。
(だけど、簡単に母親を切り捨てられるかしら……)
カルロの世界は狭い。“母親の言うことは絶対”だと叩き込まれて生きてきた。不安は残る。
「待たせた!」と戻って来たアーサーの出で立ちを見て、セレーネは天井を仰いだ。正装とまではいかないが、なんと小綺麗な格好だろうか。ヒロインを助けに行く王子様は、たしかにこんな感じだ。
「殿下、その上着は脱いで、旅装用のマントを着ましょう。あと、ブーツももっと歩きやすいものを」
アーサーを自室へ押し込んだついでに時計を見る。まだ日付は変わっていなかった。ちなみにセレーネの部屋には時計がいっさい置かれていない。時間の感覚をマヒさせるためだろう。ブーツを履き替えたアーサーにマントを羽織らせる。
「カルロ、殿下と手をつないで」
「なんでおれが⁉」
「兄弟なんだからいいでしょ?」
闇魔法を使えない者が影の中を出入りするには、術者の体の一部に触れてないといけない。入ってしまえば手をつなぐ必要はないのだから、ほんの少しのあいだだけだ。その少しだけでもセレーネはごめん被りたい。
カルロは渋々と手を差し出し、アーサーはしみじみと握った手を眺める。
「小さいな……そうか、まだ十歳か――うわっ⁉」
影の中に引っ張られてアーサーが消えた。
「まったく、デリカシーのない……」
つい先ほど、身長を気にするカルロを見ていただろうに。セレーネも追って影に沈み込んだ。
カルロの案内で暗闇の中を進む。外界まで闇に包まれた夜は、篝火やランプの明かりがほのかに天窓を作るだけ。人通りのないこの時間帯は建物の影を伝うしかない。でなければあっという間に迷子だ。
通常ならば闇使いの宮廷魔術師に見つかり、行く手を阻まれるところだが、カルロを残してみんなシリウス家やレグルス家、コーネリアスの元へ送り込んでしまったのだろうか。影の中は静まり返っている。
カルロの足が止まった。
「この上だ」
「何も見えないぞ?」
「今、透過して見えてるこの天窓がロザリン。床に寝てるんだよ」
「……壁の影から出られそうね」
振り返ったセレーネは、嫌そうな顔をするカルロを見て考える。またアーサーと手をつなぐのが恥ずかしいのだろう。どうせ脱獄させるのだから、ロザリンを影へ引き込めばいい。
「わたくしが連れて参りますわ」
ゆっくりと浮上して影から這い出る。牢にはランプもなく、通路側から差し込むわずかな篝火が、ロザリンを照らしていた。
「ロザリン様……、ロザリン様?」
「……ん、けーき?」
「起きてください。ロザリン様!」
こんな状況でもぐっすり眠り、ケーキの夢まで見られるのか。おまけに揺さぶっても起きる気配がまったくない。
ここはひとつ、気を引きそうな言葉を並べてみるか。
「アーサー様が来ましたよ!」
「ん……あーさーさま、すき」
「……」
聞いているこちらが恥ずかしい。ほかの言葉にしよう。
「愛の女神……」
「は~い! あいのめがみ、ロザリンで――」
『――アタシが愛の女神よ!!』
しまった、と思ったがもう遅い。エロイーズまで起こしてしまい、目の前で一人芝居がはじまった。
「だめぇ!! 出てこないでっ! ロザリンはまだ怒ってるんだからぁ!!」
『そ、それは謝ったでしょ!! あの男を狙ったんじゃないんだってば!』
「王妃様もだめなの!! アーサー様のお母さんなのよ⁉」
『結果的にどっちも死ななかったんだから、いいじゃない!!』
エロイーズの言葉にプツリと何かが切れ、セレーネはスミレ色の瞳に魔力を宿した。冷たく見下ろし、思いきり息を吸う。
「――いいわけあるか!! ふたりとも、黙りなさい!」
静まり返った牢屋に、セレーネの乱れた呼吸音がこだまする。
もし聖杯がなければ、レオネルは死んでいた。結果がどうあれ、セレーネはエロイーズを決して許さない。
(どうにかして、ロザリン様から引き剥がしてやるわ!)
ただ、今はそのときではない。だから深呼吸をして、マグマのようなドロドロの怒気を必死に抑える。先ほどの寸劇と大声のせいで、外も騒がしくなってきた。時間がない。
「ロザリン様、あなたの処刑が決まりました」
「――しょ、しょけい?」
「ここから逃げましょう。下にアーサー様もいらっしゃいます」
「アーサー様が⁉」
ぱぁっと明るくなったロザリンの顔には、もうエロイーズの面影は見られない。
セレーネはロザリンの手を取って、黒扇子から光魔法を放った。強制的に作り出した影に身を沈める。
「ロザリン!!」
「あっ、アーサー様!!」
「そこまでにしてくださいませ。早く逃げましょう」
セレーネにうんざりした目で見られてもどうということはないが、カルロに軽蔑の眼差しを向けられるのは居心地が悪いらしい。カルロと目が合ったアーサーは、気まずげにロザリンから手を離す。
「……だが、どこへ逃げる?」
「シリウス家の別邸はいかがでしょう?」
「そうだな。私も行く」
「殿下……、心配なのはわかりますが」
「――おい、誰か来るぞ!」
カルロの言葉に息を飲む。闇使いの魔術師たちは出払っているはずだ。なのに影の中をまっすぐ、こちらへ進んでくる者がいる。カルロの慌てぶりからして顔見知りの魔術師ではないだろう。
王妃の手の者か――しかし、気配からしてひとりだ。この人数で逃げるより交戦したほうが早い。
「皆様は後ろへ」
相手も気づいて立ち止まった。ジリジリと近づき、セレーネは黒扇子をかまえる。同時に、相手はおどろきの声をあげた。
「セレーネ嬢⁉」
「その声は、ラルフ様?」
「どうしてここに……って、あ⁉ ロザリン⁉ 殿下まで……」
「ラルフ様こそ、なぜこちらに?」
「あ~……同じことを考えていたようだな」
ラルフもロザリンを逃がそうとしていたのか。面倒見のいい義兄だ。
「おふたりはシリウス家の別邸へお連れしようと思います」
「ん? ふたり?」
「殿下を説得していただけるなら、ロザリン様おひとりで――」
「わかった、ふたりだな」
人のことは言えないが、あきらめるのが早すぎやしないか。ラルフは賢く要領もいい。頭痛だけが残るムダな押し問答はしない主義なのだろう。セレーネだって同じ気持ちだ。
「ところでその別邸は、王家に知られていない物件か?」
「それは……どうでしょうか」
絶対とは言えないが、王妃が動かせる宮廷魔術師はそう多くない。シリウス家の別邸すべてに、魔術師や騎士を送り込めるとも思えない。かといって、どの屋敷を選ぶかは賭けになる。いきなり究極の選択に変わってしまった。
腕を組んで唸っていると、ラルフが手をあげた。
「いい場所があるんだ。セレーネ嬢、万屋ギルドまで転移できるか?」
「ええ。魔法陣を登録してあるから、五人くらい問題ないわ」
「――おい、おれは行かないからな」
「カルロ、そんなこと言わないで一緒に」
「おれは! 師匠のところにいる」
ずいぶん懐いているようだ。訓練中の師匠はおそろしいけれど、普段は優しい人だから、みんなギャップにやられてしまう。セレーネもそのうちのひとりだ。
「そう、わかったわ。カルロ、またあとでね」
「……ちゃんと帰ってこいよ?」
「もちろんよ。ここにはレオネルも、お祖父様もいらっしゃるのだから」
アーサー、ロザリン、ラルフを集めて、足もとに転移魔法陣を発動させる。転移先からギルドを選んで――セレーネたちは姿を消した。
ひとり残されたカルロは、片手をジッと見つめた。ときどき影の中からのぞき見ていた父親違いの兄たちが、自分のことを知っていたなんて。しかも会いに来てくれたらしい。
「手……大きかったな」
フードを目深に被りなおし、二階の屋上へ飛び上がった。もう夜も更けており、眠くてたまらない。それでもセレーネが戻って来るまでは暴れてやってもいい。今はちょっとだけいい気分だ。
ロザリンを探しまわる騎士たちを見下ろして、カルロはわざとらしく立ち去った。
「いたぞ! 追え!!」
「東門へ向かったぞ!」
だけどもし背が伸びなかったら、それはセレーネのせいだ。




