表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/70

第十三章 06 お仕置きされる

 セレーネの嗚咽おえつだけが場に落ちるなか、女神シンシアは温度のない声音で続ける。


『セレーネ、それでも言わなければなりません。女神が人間の生死に関わることはおきてで禁じられています。ですが、レオネル自身の力を使うことは許されるでしょう』

「……?」

『これをレオネルの体へ』


 女神の空間がひらき、聖杯があらわれた。宙に浮いたそれはレオネルの魂で作ったものだ。聖杯を手にしたセレーネは、レオネルの体にそっと近づける。体にれると同時に光輝き、聖杯は光のたまとなってレオネルを包んだ。


 まばゆい光に閉じていた目をあけると、レオネルの胸に穴がない。きれいに塞がっているどころか、何もなかったかのように消えている。ただ破れた服と飛び散った血液だけが、起きた出来事を物語っていた。


「レオ……、レオネル? お願い、目をあけて……」


 か細い声だったが届いたようだ。長い睫毛まつげがふるりと揺れて、金緑の瞳がセレーネを映し出す。大きな手がセレーネの頬に添えられ、とめどなく流れる涙を優しくぬぐった。


「セレーネ、会いたかった。愛してる」

「うっ……ううっ、わたくしも愛しているわ。だけど、わたくしを置いて死んだら、絶対に許さないから! もう、次はないのよ?」

「ああ、もう泣かさないと約束する。ありがとう、セレーネ」


 身を起こして抱き合うふたりを見てやっと、ラルフは詰めていた息を吐き出す。

 しかし、それを良しとしない者がいた。リリアを近衛に運ばせ、王妃が声を張り上げる。


「衛兵!! すぐにカストル伯爵を捕らえなさい! 聖杯の窃盗せっとう犯よ!!」


 セレーネは愕然がくぜんとして目を見ひらいた。


「なっ⁉ 王妃陛下、レオネルは陛下をお守りして――」

「ハッ、笑わせないで。王妃を守るのは当然のこと。わたくしの盾になってそのまま死んでいれば、不名誉はこうむらなくてすんだものを」


 王妃は扇子を広げ、上品とはほど遠い、ゆがんだ笑みを隠す。


「そこの女狐は地下牢へ。カストル伯爵は……まぁ、貴族牢でもいいわ」


 エロイーズの魔法から解放され、正気に戻った近衛騎士たちが動き出す。気絶したロザリンはブレイズとラルフで運んでいった。


 レオネルも大人しく従ったが、セレーネのほうはもう限界だった。たった今、愛する人を目の前で失いかけたのに、体のぬくもりがまた離れていく。

 連れて行こうとする近衛から、レオネルの腕を奪い返した。


「イヤ……、もう嫌よ!! 離れたくな――」


 最後まで言えなかったのは、強く強く抱きしめられたから。


「セレーネ、――――。愛してる」

「何をしているの⁉ 早く連れて行きなさい!!」


 被せ気味に王妃のヒステリックな声が響く。それでも耳元でささやかれたレオネルの声は、しっかりとセレーネに伝わった。


「……わたくしも、愛しているわ」


 最後に優しくセレーネの涙をぬぐい、レオネルは近衛とともに立ち去った。

 手のぬくもりにひたる間もなく、王妃が現実に引き戻す。


「セレーネ、あなたにはお仕置きが必要ね」


 冷たく言い放ち、エミリーに目配せをした。頷いたエミリーは「こちらへ」と短く告げ、セレーネに背を向けて歩き出す。

 行けばろくでもないことになるのはわかっているが、王妃のそばにいるよりはマシだった。扇子に添えた指の本数分、手が出てしまいそうだから。



 エミリーのあとについて到着したのは王太子妃の私室だった。婚姻こんいん誓約書を書いてすぐこちらに移動させられたので、なんということもない。与えられた自室に戻って来ただけだ。


(そういえば、あの誓約書……ロザリン様が破いたわね。無効なんじゃ……)


 などと指摘すればまた書かされるだけ。黙っておくのが賢明だろう。

 ドレスを脱がされたセレーネは、女官に取り囲まれて風呂へ放り込まれた。いつになく丁寧にみがき上げられ、軽い寝化粧に、薄く扇情せんじょう的な夜着を着せられていく。


(まさか……まさかね? だって、結婚前よ?)


 それにアーサーはロザリンにぞっこんなのだ。セレーネに手を出すことは――と考えて、以前セレーネとロザリンを一緒くた(・・・・)に抱きしめたことを思い出す。


(ムダに包容力があることを忘れていたわ!)


 頭の中で叫んでいるうちに寝室へ閉じ込められた。王太子の部屋とつながるドアが開放され、ご丁寧にも施錠せじょうできない魔法がかかっている。これは本気だ。既成きせい事実を作らせるつもりだろう。


(くっ、何がハードモードよ⁉ こんなのインポッシブル(不可能)モードじゃないの!!)


 転移魔法で逃げることは可能だ。しかし、逃げればレオネルや祖父の身が危ない。

 せめて服を、と見まわせば、ベッドとそろいのフットベンチにガウンが置いてあった。ないよりはマシだ。とりあえず羽織はおってベンチに腰かける。


 今のセレーネにできることはアーサーを説得し、無事に朝を迎えることだけ。だが、アーサーを説得できたとしても、あの王妃はだませないだろう。影に魔術師をひそませて、情事じょうじを監視させるくらいのことはやりかねない。想像しただけでゾッとする。


(何か、逃げ道はないの? 王妃陛下の機嫌をそこねればレオネルたちが……)


 考えることを放棄したら負ける。日が暮れるまでずっと、セレーネは頭をひねり続けた。


 ***


 少しうとうとしてしまったようだ。目をこすりながら身を起こせば、いつの間にか、ベッドの中にいるではないか。呆然としていると、隣から低い男の声が聞こえた。


「う、う~ん……」

「――ひっ⁉」


 部屋の中は真っ暗だ。急いで反対側へ逃げると、すぐに手がくうを切った。そのまま前のめりに転げ落ちる。どうやらベッドの端にいたようだ。床に厚手の絨毯じゅうたんいてあって助かった。

「いたた」と腕をさすっていると、後ろからまたも男の声が――耳元でささやく。


「起きたのか」

「ひぃっ⁉ その声は……アーサー殿下?」

「ふぁぁ……、そうだぞ。今日はこっちで寝ろと押し込められた」

「……、はっ!!」


 セレーネは慌てて夜着を確認した。

 ガウンは羽織ったままだし、特に違和感もない。


「あのな、私を誰だと思っている? その辺のケダモノと一緒にするな。同意なく手を出したりはしない」


 腐っても王子ということか。セレーネはホッと胸をなで下ろす。

 ところが、振り返りざまに見たアーサーは、獲物を見るような目をしてニヤリと口の端を上げた。


「それで、どうする?」

「ど、どうする……とは?」

「同意の上でなら、やぶさかではないが」


 セレーネの肌が総毛立つ。猫の姿であれば、山なり(・・・)の逆毛を立てていることだろう。


「ご、ご冗談を! 殿下にはロザリン様がいらっしゃるでしょう⁉」

「もちろんロザリンが一番だ。しかし、私はそなたも気に入っている。美人の無表情はそらおそろしいが、表情をくるくる変えるそなたは愛らしい」


 毛穴という毛穴から変な汗が噴き出す。セレーネはジリジリと下がり、丸い絨毯の外へ尻をついた。ベッドから起き上がったアーサーは表情を消して、大股でセレーネに近づいて来る。焦燥しょうそうに身がこわばる。それでもなんとか逃げようと後ずさる。だがアーサーは、容赦なくセレーネの両腕を引っ張り上げた。


「い、嫌っ!」

「セレーネ……」

「やめ……、離して!!」

「――おわっ⁉」


 思わずはなった蹴りは、残念ながら空振りに終わった。モヤシだと思っていたが、なかなかの運動神経だ。


「こ、こらセレーネ、人の話を聞け! 大理石の床は体を冷やす。何もしないからベッドに座れ」

「……は? 殿下がわたくしを気遣うだなんて」


 セレーネは思わず窓の外をうかがった。雲間からのぞく月が笑っている。


「おい、天候を確認するな。槍など降らん」


 たしかに失礼だったかもしれないと、セレーネは気まずげに咳払いする。ベッドへ戻るついでに、ナイトテーブルのランプに灯りをつけた。


「冷えが女性の大敵たいてきだとよくご存じですわね?」

「まぁ……な、先のことを考えて勉強したのだ」

「先のこと、ですか?」

「ふぁあぁ……眠いな」


 アーサーはまたベッドに横になり、セレーネはベッドのふちに腰かける。

 このまま寝てもらい、何ごともなく過ごせるとありがたい。が、この状況はどうにもに落ちなかった。アーサーならとらわれたロザリンのところへ飛んでいくはずだ。


「ところで殿下、ロザリン様を放っておいてよろしいのですか?」

「気分がすぐれないと、女官に追い返された。会いたかったのに。おかげで疲れが取れない」


 ロザリンを投獄したことは、アーサーには内緒のようだ。ふたりきりにしておいて、セレーネが何も話さないと思っているのだろうか。それとも話すことは想定内か。


 王妃がロザリンをどうする気なのかは予測がつかない。ただ、近衛に命令したとき『殺してもかまわない』と言っていたことは気がかりだ。ロザリンのことを話す前に、セレーネは魔力を闇に溶け込ませる。

 室内の影にひそむこの気配は――


「――ちょっと⁉ 子どもになんてことさせるのよ⁉」

「な、なんだ? どうしたセレーネ?」


 影にもぐっていたのはカルロだった。もし、アーサーがケダモノだったらどうする。十歳の少年にわせていい役目じゃない。それに子どもは寝る時間だ。


「カルロ! 出てきなさい!!」


 ベッドの影からぬらりとい出たカルロを見てアーサーはおどろき、セレーネの後ろに隠れた。


「何者だ⁉」

「殿下……、まらないですわね」

「わ、わきまえているだけだ。セレーネのほうが強い」


 それには同意するが、人を盾にしてなんとも思わないところは王妃にそっくりだ。

 あくびをかみ殺したカルロは、気だるげに口をひらく。


「……なに?」

「なに? ではありません! こんな時間まで起きていると、背が伸びないわよ⁉」

「えっ⁉」


 身長のことは気にしていたらしい。驚愕の表情を浮かべたかと思うと、急にしょんぼりしてしまった。相手が子どもだとわかってアーサーが近づく。


はがね色の髪……、そなたがカルロか」

「……お初にお目にかかります」


 カルロは棒読みで口上こうじょうべる。それに腹を立てるでもなく、アーサーは首を横に振った。


「いや、初めてではない。覚えてないだろうが、そなたが二歳のころ、コーネリアスと一緒にこっそり会いに行った」

「え……?」

「そのあと乳母に見つかって、そなたはどこかへ隠されてしまったが」


 セレーネの知るカルロはいつも影の中にいた。太陽の下で見たことは一度もない。

 懐かしむような目でアーサーがカルロを見つめる。


「……色が白いな。睡眠もそうだが、日の光に当たることも大事だぞ?」

「うっ、うるさ……、う~~~」


 さすがに王太子に向かって悪態あくたいはつけなかったか。色白な顔をピンク色に染めて、フードを目深まぶかに被ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ