表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/70

第十三章 02 王妃は手を緩めない

「さてふたりとも、おしゃべりは馬車の中でしてちょうだい」


 オリヴィアがピシャリと言って、ふたりの背中を押す。「なんでおれまで?」とブツブツこぼすカルロを馬車へ押し込み、セレーネが向かいに座る。侍女をひとりつけたいという要求は却下された。味方がいないのは心(もと)ない。


「ねぇカルロ。どうすればこちらに寝返ってくれるのかしら?」

「は⁉ おれに言ってんの? おれの母親が誰だか知ってるだろ」

「知っているからよ。共倒ともだおれしてほしくないの」

「共倒れ? 勝てると思ってんの? あのババァに」

「ババァ……、あら反抗期? ちょうどいいわね」

「うるせぇ!」


 プイッとそっぽを向かれてしまった。

 母親が誰なのかは知っている。王妃教育を受けた帰り、影の中を探索していたら、カルロを見つけたのでついて行った。地上に出たカルロは王妃に向かって「母様」と呼びかけ、ひどく怒られていた。王妃は必死に事実を隠そうとしている。


 だけど父親がわからない。見た目からして国王でないことだけは確かだが。


 セレーネは鑑定眼かんていがんでカルロをジッと見つめた。カルロから浮かび上がった球体の、“構成するもの”をのぞき見る。父親として映し出されたのは、カルロと同じはがね色の髪と青灰の瞳を持った見目のよい男性。


(これは……、シェダル子爵⁉)


 愛人が多いと噂の絶えない人ではあったが、よもやテティスのほかにも隠し子がいたとは。セレーネは頭を抱えた。


「あたま、痛いのか?」


 向かいから素っ気ない物言いで、気遣う言葉が飛んできた。顔を上げても目は合わせてくれない。かわいらしくてつい笑ってしまう。


「ふ、ふふ。そうね……頭の痛い問題だけど、わたくしは必ず、あなたを救ってみせるわ」

「あっそ。意味わかんねー」


 そろそろ王宮に着く。

 セレーネは気持ちを引き締め、顔から表情を消した。



 馬車から降りてすぐ王宮の客間に閉じ込められ、一番にやらされたことは学園の期末テストだった。セレーネは学園に入る前に、すべての科目を家庭教師から習っており、学園の授業は復習をする場となっていた。だから三年生の最後に受けるテストも余裕ではあるのだが。


(もう学園には行かせないつもり? いいえ、そんな単純な話じゃないわ。早く卒業させたがっている? とすれば――)


 嫌な予感――どころではない。ペンを持つ手が止まった。


(わたくしとアーサー殿下を結婚させるつもりね)


 学生でも成人していれば結婚できる。王妃の思惑としては、学園などさっさと卒業させて、公務を任せて楽をしたいのだろう。

 反抗して点を落とせば、レオネルと祖父に危険が及ぶ。今はまだ油断させておかねばならない。眉根に寄ったシワをみほぐし、セレーネはペンを持ちなおした。


 終わったテスト用紙を回収しに来たのは、王妃付きの侍女エミリーだ。無気力に近い表情で、淡々と科目を確認している。ジッと見つめれば球体が浮かび上がる。セレーネはつぶさに情報を読み取り、エミリーの事情を察した。


「ねぇ、エミリー」


 セレーネに答えることなく、エミリーは冷めきった目だけをよこした。無表情くらべで負けるわけにはいかない。セレーネも底の見えない顔をして、淡々と切り出す。


「わたくしと、取引しましょう」

「……」


 エミリーの細められた目には軽蔑の色が見える。手にしたテスト用紙はそろっているのだから、そのまま出て行けばいいのに、彼女はそうしなかった。

 セレーネはわずかに口の端を上げる。


「あなたの一番欲しいものをあげるわ。だから、わたくしの欲しいものと交換してちょうだい」

「……残念でしたね、私に欲しいものなどございません」

「そう? よく考えておいてね」


 くだらないとばかりにため息を吐き捨て、エミリーは退出していった。


 ***


 三日後、王妃の私室に呼ばれ、テストの結果を告げられた。

 ソファの向かいで王妃グレイスはご機嫌の様子。


「よくやったわ、セレーネ。優秀な成績でわたくしも鼻が高いわ」

恐縮きょうしゅくに存じます」


 セレーネは無表情でも許される。愛想笑いをしなくていいのはありがたい。求められているのは人形のように指示どおり動くことだけ。


 でもね、とグレイスは遠くに視線を投げた。


「オスカーが卒業証明書の発行を渋っているのよ」

「……そうですか」

「しかも後期授業にセレーネを通わせろって言うのよ? なんのためにテストを受けさせたと思っているのかしら」


 学園長でもある王弟オスカーは教育熱心な人で、学園は勉強するだけの場所ではないと考えている。成人しても学生のうちは子ども同然だと言い、子どもでいられる時間を大切にしろと、新入生への挨拶でべていた。


「まぁいいわ。卒業していなくても結婚はできるし、結婚すれば公務もできるし」


 やはりそれが目的か。内心から湧き上がる悪態あくたいをお茶で押し返す。

 グレイスが侍女エミリーに向かって手を上げると、ローテーブルの上に一枚の書状が置かれた。書かれた文字を拾い読みしたセレーネは、身を固くしつつもなんとか平静をよそおう。


婚姻こんいん誓約書……とは、結婚式でサインするものではありませんか?」

「安心して。そのときにはダミーを用意するわ」


 安心できる要素がどこにある。ズイッと正面に書状を押し出され、エミリーにペンを握らされた。


(レオネル……、バツイチでももらってくれるかしら?)


 静かに息を吐き出して、セレーネは名前を書く。負けず嫌いな性格が手の震えを許さない。いつもどおりに美しくサインして、王妃のほうへクルリとまわした。グレイスは満足そうに頷く。


「ふふ、それでこそセレーネよ。あとは……エミリー、アーサーに渡してサインさせておいて」

「かしこまりました」


 機嫌のよい王妃が「それにしても」と首をかしげる。


「あなた、いつも同じネックレスをしているのね」

「屋敷へ取りに帰ってもよろしければ――」

「必要ないわ。王太子妃の予算を使いなさい。わたくしが懇意こんいにしているヘイナス商会を呼んでおくわ」

「……ありがとうございます」


 それからも他愛のない話が続き、セレーネは妙な違和感を覚えた。

 王妃はムダ話が好きではない。だというのに実のない話に終始している。まるで時間を稼いでいるかのよう。セレーネをこの場にとどめておきたい理由はなんだろうか。


(ああ、胸騒ぎがするわ……。何を待っているの?)


 例によってセレーネのかんはよく当たる。にわかに部屋の外が騒がしくなり、エミリーがドアへ向かった。彼女が確認するよりも先に、ノックもなくドアがひらく。入って来た人物を見て、セレーネは立ち上がり最敬礼をとった。

 同じくグレイスも立ち上がる。その顔はわずかに目尻が下がり、見たこともないやわらかな微笑みをたたえていた。


「陛下、どうなさったのです?」

「父上が……、身罷みまかられた」


 この場で息を飲んだのはセレーネだけだった。グレイスは「まぁ!」と大袈裟おおげさに口もとを押さえ、エミリーは伏せ目がちにたたずんでいるだけ。あまりにも落ち着きすぎている。

 気が動転しているのであろう国王はグレイスにすがりつき、セレーネがいることにも気づかない。


「グレイス、私はどうすればいい⁉」

「お気をたしかに、陛下。わたくしがついておりますわ」


 子どもをあやすように頭をなでてやり、グレイスは薄く笑ってエミリーに目配せした。


(……今のやり取りは何かしら? まだ何かあるの?)


 セレーネの視線に見送られながら、エミリーは静かに部屋を出た。どうしようかと考えて、セレーネも退出しようと、腰を低くしたまま一歩下がる。

 そこへ、セレーネを引き止めるのに十分な音量で、グレイスの声が耳に届く。


「陛下、お義父とう様が亡くなられた経緯けいいをしっかり調べさせましょう。それが手向たむけとなり、陛下のうれいも晴らしてくれますわ」


 ――亡くなった経緯を調べる。ずいぶんと含みのある言い方だ。


 セレーネは内心で舌打ちした。

(そういうことね。調べるも何も、筋書きは決まっているんだわ)


 先代国王の容態ようだいについて、セレーネは何も聞かされておらず、病気なのか老衰ろうすいなのかもわからない。祖父に聞いたところで、教えてはくれないだろう。それでも祖父の人となりから、治癒に尽力じんりょくしたことは誰に聞いても疑いようがないはずだ。


(どうやってねじ曲げるつもり?)

 中腰のまま動けないでいるセレーネに、グレイスが声をかける。


「ああ、セレーネ。遠慮してちょうだい」

「……御前、失礼いたします」


 王妃の私室を出ると、セレーネは少しずつ早足になっていく。ついてくる近衛このえたちもとうとうけ足になった。救護室をのぞいても、祖父の姿は見当たらない。


(先代国王陛下の部屋はたしか……、この近くのはず)


 離宮に住んでいた先代国王ヴィクターは、体調を崩してからは救護室近くの部屋へ移されたはずだ。王族にふさわしい部屋は……。

 セレーネの勘は間違えない。廊下を進み、ある角を曲がろうとして近衛に止められた。


「セレーネ様、ここから先はご遠慮ください」

「……そう」


 目的の部屋まで距離にして十メートルほどか。未練がましく通路をながめていると、突きあたりのドアがひらき、祖父の姿が見えた。だが様子がおかしい。両脇を近衛騎士が固めているではないか。


「――お祖父様⁉」

「セレーネ⁉ 私は毒など盛っていない。信じてくれ!」

「ど、毒⁉」


 祖父は高潔こうけつな治癒師だ。それに友人でもあった先代に毒を盛って、なんの利があるというのか。突拍子もない話に眉をひそめる者が多数いるだろう。それでも、王妃が黒と言えば、白いものも黒とされる。それが権力だ。


(どうして? わたくしが大人しくしていれば、大丈夫だと思っていたのに……)


 余計なことを言うなと騎士に背中を押され、祖父はセレーネの脇を通り過ぎていく。ハッとしてその横顔に声をかけた。


「もちろん信じるわ!! お祖父様!」


 セレーネの言葉に救われたような顔をして、祖父は頷き、前を向いた。この様子だと連れて行かれるのは牢屋だろう。せめて貴族用であってほしい。


(お祖父様……、必ず……必ず助け出すわ)


 焦燥しょうそうを押し殺すのに精一杯で、その後ろ姿を見つめたまま、セレーネは呆然と立ち尽くした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ