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第十二章 03 引き裂かれたふたり

 翌朝――表情をなくしたままのセレーネを心配し、祖母と弟が部屋にやってきた。祖母の後ろには執事のレイヴンと、学園に入るまでセレーネについていた侍女デボラの姿もある。みんな心配そうにセレーネを取り囲んだ。


「姉上、何か食べないと……」

「そうよ、セレーネ。デボラ、お茶を」

「はーい! お嬢様のお好きなマスカットのハーブティーですよ!」

「お嬢様、猫さんはいかが? うちで一番の器量きりょうよし! きっと癒やされるはず!」

「――レイヴン! また新しい子を拾って来たの⁉」

「いいえ、オリヴィア様。この子はタマーナの娘です」


 四人と一匹で代わる代わる話しかけ、なんとかセレーネを元気づけようとした。膝上の子猫はすぐにへそ天(・・・)でくつろぎ、癒やしを振りまく。けれどセレーネの反応は薄い。お茶と少しの果物を口にしたが、黙りこくったままだ。


 抜け殻になったセレーネを置き去りにして、事態は進んでいく。


「セレーネ!! セレーネはどこだ⁉」


 大慌てで部屋に入って来た父は、セレーネを見つけるなり“婚約許可証”を突きつけた。書面の下には国王のサインと国璽こくじが見える。


「これはどういうことだ⁉ お前はレオネル殿と婚約したのではなかったのか⁉」


 その許可証には『王太子アーサーとの婚約を認める』と書いてある。

 やっとセレーネが口をひらいた。


「……わたくしの、勘違いだったようですわ」

「セレーネ、何があったのだ?」


 ふたたび口を閉ざし、セレーネは俯く。察したように祖母はため息をこぼした。


「元よりセレーネは王太子の婚約者。収まるべきところに収まっただけのこと。そうでしょう? セレーネ」

「……そう、ですわね」


 父は眉間にシワを寄せ、こめかみをぐりぐりと揉んだ。


「……そういうことか。私はレグルス家に行ってくる。ハァ、気が重い」

「ではお父様、これを届けてください。レオネル様に、お別れの手紙を書いたの」

「ああ、わかった。セレーネ、本当にいいんだな?」

「……はい」


 今にも消え入りそうな声だったが、父ステファンは手紙を受け取った。そのまま振り返ることなく、馬車でレグルス家のタウンハウスへ向かう。


 先触さきぶれは許可証を目にしたとき、すでに送っている。領地に戻っていたレグルス辺境伯からは、転移魔法陣で王都へ戻るとのことだった。縁戚えんせきになるからと、シリウス家が贈った小部屋型の魔法陣だ。


 レグルス家の応接室で待つあいだ、ステファンは俯かないよう天井をあおぐ。

 そう待たずして辺境伯がやって来た。


「ステファン殿! お待たせして申し訳ない」


 ステファンは立ち上がり、手を差し出す。辺境伯もその手を握り返した。


「いやいや、急に呼びつけてすまない。ダニエル殿」


 名前で呼び合う仲になったのは、セレーネとレオネルが婚約したいと言い出したとき、決闘に発展したからだ。


 王家相手にはできなかった『娘は嫁にやらん!』を、ステファンは一度やってみたかった。いざやってみたらセレーネには冷たい目で見られ、『お父様の許可はいらない』ときたもんだ。

 肩を落としたステファンに、『そのケンカ、私が買いましょう!』と進み出たのがダニエルだった。


 もちろんステファンが勝利した。が、身体強化魔法込みとはいえ剣だけの相手に、あんなに苦戦するとは思わなかった。あわや腕を持って行かれそうになった記憶がよみがえり、ステファンは震える腕を押さえつける。迷いのない剣というのはおそろしい。二度と戦いたくない相手が、目の前のダニエルだ。


「実は、これがうちに届いたんだ」


 王家からの婚約許可証を広げて見せる。ダニエルの眉がピクリと上がった。


「偽物……では、なさそうですな」


 押してある国璽をよくよく確かめ、ダニエルはレオネルを呼ぶよう執事に言いつけた。レオネルはカストル伯爵領にいる。カストル領は放置されていた貧困領で、元王領とは思えないほど、手をつけるべきことがたくさんあった。


 静かにお茶を飲むふたりのところへ、レオネルが転移魔法陣を使ってやって来た。その顔には疲労の色が見える。


 部屋に入るなり「父上、何か――」と言いかけて、ステファンの姿に気づく。


「これは失礼を。シリウス公爵閣下(かっか)

「ああ、いいんだ。レオネル君も座ってくれ」


 硬い表情のふたりに、レオネルの顔もくもる。ダニエルの隣に座ってすぐ目に入ったのは、テーブルの上に置かれた婚約許可証だ。しかもいとしの婚約者が王太子と婚約すると書かれている。


「なんですか⁉ これは!!」

「今朝うちに届いたものだ。先にセレーネからの手紙を読んでくれないか」


 ステファンだって納得がいかない。こんな説明をする役はごめんだ。セレーネがうまく伝えてくれることを願って手紙を渡した。

 一枚目の手紙を読んだところでレオネルは立ち上がりかけ、その腕をダニエルがつかむ。


「どこへ行くつもりだ? こうなった以上、セレーネ殿のところへは行かせないぞ」

「こんなの納得いきません!! 手紙で別れを告げるだなんて……、せめて会わせてください!」

「そんなことをして、苦しむのはセレーネ殿なんだぞ⁉」

「っ……」

「ちゃんと読んで、返事を書け」


 二枚目の最後まで手紙を読み、レオネルは片手で口もとをおおう。たくましい肩が小刻みに揺れている。もう片方の手にあったはずの手紙は、力なく床に落ちた。

 ステファンは見ていられないとばかりに目をそらし、ダニエルは息子の首を乱暴に引き寄せ、頭をガシガシとなでた。

 ダニエルの腕から抜け出し、レオネルは乱れた髪で顔を隠しながら立ち上がる。


「……返事を、書いて参ります」


 落とした手紙を拾い上げ、レオネルはドアの向こうへ消えていった。




「――以上、両家に抵抗は見られませんでした」

「そう……。カルロ、手紙の内容も確かめたの?」


 報告を受けた王妃グレイスは、つまらなそうに銀のブレスレットをもてあそぶ。フードを目深まぶかかぶった少年カルロは、抑揚のない声で淡々と質問に答えていく。


「はい。『王家の決定に従う』といったありきたりの内容で、カストル伯爵は愛の言葉を書き連ねつつも、『不承ふしょうながら同意する』文面だった。とのことです」


 意外にも、レオネルは簡単にセレーネを手放した。けれどそんなこと、王妃にとってみれば常識(あたり前)だ。


「さすがに上級貴族はわきまえているわね。それで、セレーネの様子は?」

「自室に閉じこもったままです。呼びかけに反応することもほとんどなく」

「そう。昔のセレーネに戻ったようでうれしいわ! わたくしの美しいお人形」


 うっとりした顔で頬杖をつき、次の報告をうながそうとして、しかしすぐにカルロを下がらせた。カルロはソファの影に沈み込んで息をひそめる。まだ十歳だが闇魔法の使い手だ。

 私室の外が騒がしくなり、ドアが無遠慮にひらかれた。


「母上!! ぼくとアイリス嬢が婚約とは、どういうことですか⁉」

「あら、喜んでくれると思ったのに。好いているのでしょう?」


 第二王子コーネリアスの顔が赤くゆがむ。


「知っているなら、どうして任せてくれないのですか? 命令して手に入れるなど、むなしいだけです!」

「ハァ……、だからあなたは王の器ではないのよ。臣下も民も、命令して動かしてやるのが王の務め」

「民は王のこまじゃない!」

「やはりアーサーでなければだめね。――衛兵! つまみ出して」

「母上⁉ まだ話は終わっていません! 母上!!」


 コーネリアスの叫び声が遠くなり、静かになった私室にカルロを呼び戻す。


「報告を続けてちょうだい。アイリスのほうはどうなったの?」

「カペラ侯爵家では、婚約を『辞退する』と、話がまとまったそうです」

「――な、なんですって?」


 グレイスは我が耳を疑った。しかし、何度聞いても報告内容は変わらない。


「辞退……コーネリアスとの婚約を? 王子妃になれるほまれを捨てるというの⁉ 理解できないわ! それにアイリスは、コーネリアスをしたっているのでしょう⁉」

「報告によれば、『王子妃など荷が重い、それよりは魔道具師になりたい』と」


 目をまたたいたグレイスは、ため息をつく。


「ハァ、そういうこと。アイリスは昔から気が弱かったから、身構え過ぎているのね。背中を押してやれば問題ないわ」


 カルロには監視を続けるよう命令して、グレイスはお茶で喉を潤した。

 おかわりをそそぐ侍女エミリーにも指示を出す。


「三日後の婚約調印式だけど、コーネリアスとアイリスの式に変更してちょうだい」

「……王太子殿下とセレーネ様のお式は?」

「セレーネはもう逃げられないわ。先にアイリスを捕まえておくのよ」

「かしこまりました」


 王妃グレイスは忙しい。息子たちの世話を焼き、国王もぎょさねばならない。

 ため息をこぼす暇もなく、次は女官長がやって来た。


「カペラ侯爵が面会を求めております。いかがされますか?」

謁見えっけん室へ通して」

「かしこまりました」


 世話の焼ける人形たちばかり。みんなグレイスがお膳立てしてやらないと、すぐに道を踏み外す。正しい方向へ導くのも王妃の務めだ。

 カペラ侯爵には「あなたのすべきことは気弱な娘をふるい立たせることだ」と、噛んで含めるように言い聞かせた。


 ***


 コーネリアスとアイリスの婚約式が行われ、ふたりの関係はすぐさま公示された。

 母である王妃の言うとおりに婚約を進めたのは、アイリスにたくさんの婚約申し込みがあることを聞きつけたからだ。間違ったやり方なのはわかっている。だが、コーネリアスには、口説くどく時間がどうしても欲しかった。

 式の最中さいちゅう、アイリスはずっと浮かない顔をしており、コーネリアスは手を引いて庭へ連れ出した。


「アイリス嬢。今は無力なぼくだけど、必ず君に相応ふさわしい男になってみせる」

「もったいないお言葉ですわ」


 アイリスの顔は晴れない。微笑んでいるのに泣いているみたいだ。


「やはり、あの十箇条に従うべきだったな」

「――殿下?」

「なんでもないよ」


 軽くかぶりを振って、アイリスの手をすくい上げる。


「前にも言ったとおり、ぼくは君の夢を応援する。これからも変わらないよ」

「殿下……、ありがとうございます」


 やっとアイリスが笑った。この笑顔を守るためならなんでもできる。この手を離してやることだって……きっとできる。

 コーネリアスは口角を引き上げ、寂しさを埋めるように他愛のない会話を楽しんだ。



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