第十二章 01 王妃からの招待状
今年から成人の儀が早まるらしい。セレーネたちは二年生の初夏に行ったが、一年生の夏に前倒しすることが決まった。少しでも早く社交界に出たい者たちの要望が聞き入れられたという。そういった諸事情もあり、王家は多忙を極めていた。
公務が落ち着いたころ――セレーネが王宮に呼び出されたのは、夏休みの初日に行われたデビュタントの翌日だった。
王妃グレイスが久しぶりに会いたいと、お茶会の招待状を寄こしてきたのだ。アイリスにも同様の招待状が届いており、ふたり揃って王宮へ向かう。
馬車に揺られながら、セレーネは落ち着きなく黒扇子を弄ぶ。
「何かおかしいわ」
王家からの招待状は実家――シリウス家に送られて親から知らされるのが常である。ところが、この招待状は学園の女子寮に直接届いた。しかも家に帰らなくていいようにドレスまで手配されて。こんなことは初めてだ。
セレーネの向かいでアイリスも首をひねる。
「今さらなんの用でしょうか?」
アイリスを呼んだのは、第二王子との婚約を迫るためだとセレーネは踏んでいる。もしそうなら時期尚早だ。そうならないようコーネリアスには十箇条を渡したというのに。
王子妃をチラつかせたらアイリスはきっと逃げる。まだお互いを十分に知れていない。物事には順序というものがあるのだ。
奇しくも昨日、コーネリアスは成人を迎えた。第二王子をさっさと成人させるために行事を早めたと考えるのは、穿ち過ぎだろうか。
「アイリス様、あなたは魔道具師になるべきよ」
「いきなりどうなさったのです? うれしいですけれど」
「いえ、ただ……最後まで希望を捨てないでほしいの」
「……ご心配されているのは、コーネリアス殿下とのことでしょうか?」
車内に沈黙が落ちる。軽快に走る馬の足音が気持ちを急かし、ガラガラと引かれる車輪の音に思考を掻き乱される。
先にアイリスが口をひらいた。その顔には諦観の念が浮かんで見える。
「わたくしは――」
「――待って。わたくしたちは学生よ。まだ時間はあるわ。将来のことなんて、ゆっくり考えてもいいはずよ」
こんなセリフ、同じ世界の記憶を持つアイリスには通用しない。高校三年生といえば、進路を決めろと迫られる年なのだから。
しかもこちらの世界では、その進路を親が決める。親ならまだ反発もできるが、王家の決定が下れば逃げ場はない。だから気休めにもならないけれど――
「あなたが一番幸せだと思える道を、選ぶべきよ」
セレーネは今、幸せいっぱいだ。世界を超えてでも一緒になりたかった人と気持ちが通じ合い、婚約までこぎ着けた。そうなると欲が出てしまうのだ。まわりの人にも幸せになってほしいという欲が。
(ばかね、傲慢な考えだわ)
情けなくてアイリスの顔を見ることができない。向かいから小さく笑い声が聞こえ、アイリスが目を合わせるように顔をのぞき込んだ。
「わたくしは、セレーネ様に甘えてばかりですわ」
「そんなことないわ」
「今まで散々逃げまわってきたのです。もう腹を括らねばなりません」
「アイリス様――」
――コンコン。
馬車のドアがノックされた。いつの間にか停車しており、窓の外には王宮が、冷たい表情で建っている。
降りるときに手を差し出してくれたのは、御者ではなくラルフだった。
「まぁ、こんなところで何をしていらっしゃるの?」
「ご挨拶だな。休憩時間を潰してまで来たってのに」
白い近衛騎士服に身を包み、前髪も後ろに撫でつけている。
ラルフの案内で、王妃が指定した噴水の庭へ向かう。
「あなたも大変ね。王太子に振りまわされて」
「命令に従ったのもあるが、義妹のことも心配でな」
「王妃教育……、うまくいってないの?」
「その逆だ。うまくいき過ぎてるから、こわい」
ラルフまでアーサーと同じようなことを言う。ロザリンに対してとても失礼なのだが、その気持ちはわからなくもない。
「それになんか……、調子が狂うっていうか」
「?」
「最近、妙に色気が…………いや、なんでもない」
心なしかラルフの耳が赤い。セレーネは半眼で睨みつけた。
「ラルフ様、テティス様が悲しむようなことは――」
「――しない!! してない! 断じてない!!」
「ならいいのですけれど」
どう思う? と斜め後ろを歩くアイリスに振り返れば、頬に手をあて何かを考え込んでいる。う~んと唸って、決心したかのように大きく頷いた。
「ラルフ様、こちらをお持ちください」
アイリスは女神の空間からネックレスを取り出した。素っ気ないチェーンに通されたペンダントトップは、テティスの額についている鱗と同じ形、同じ色。
「おっ、完成したのか⁉」
テティスが変幻したドラゴン姿を見て、ラルフは自分も欲しいと言い出した。あいだに入って金額交渉したのはセレーネだったが、デザインまでは知らなかった。ラルフは鱗を空にかざして恍惚とした表情をしている。
「本当はもう少し凝りたかったのですけど、緊急事態と判断いたしました」
「「緊急事態?」」
「実は、コーネリアス殿下から相談を受けておりまして」
「――あっ、待ってくれ。王宮内でそういった話はまずい。影が聞いてるぞ」
“影”とは闇魔法が使える宮廷魔術師を指す。誰も見てないのをいいことに、そのほとんどは影の中で居眠りをしている。
王宮に通っていたころ、闇魔法が使えるセレーネは、影を渡り歩いて居眠りを密告する要注意人物に指定されていた。解せぬ話だ。
「そうでしたわね。とにかく、肌身離さず身に着けてくださいませ」
「ああ、もちろんだ! ありがとう!!」
「いいえ、十分な報酬をいただいておりますから。うふふ」
エクリプスで潤っているラルフにとっては、たいした金額ではない。もっとふっかけてもいいくらいだが、お友達価格だと言い含め、恩を売っておいた。
王宮の廊下を西へ向かって歩く。王妃教育を受ける部屋はこの先を右折したところだ。近くには救護室があり、帰りがけに治癒師の祖父に挨拶をするまでがルーティンだった。
その懐かしい顔が向こうからやって来る。六十歳手前の黒髪はずいぶん白髪が目立つ。セレーネに気づいて手を上げた。
「セレーネ、久しぶりだね。オリヴィアが言っていたとおり、雰囲気が変わったな」
「ええ。離れていたもうひとりの自分と、ひとつになったの」
「そうか。どんなセレーネでも、私のかわいい孫だよ」
「お祖父様……」
感情を露わにするセレーネをうれしそうに見つめ、首に下がるネックレスに気がつくと、ペンダントトップを掬い上げた。
「これは、私がオリヴィアにプレゼントしたものだね」
「そうなのですか⁉ お祖母様ったら……、そんな大切なものを」
招待状と一緒にドレスは贈られてきたが、それに見合うアクセサリーが手持ちになく、転移して取りに帰ったところ、事情を聞いた祖母が貸してくれたのだ。
「いいんだ。今のセレーネに必要なんだろう」
「……そういえば最近、家に帰れていないのでしょう?」
「今は、大事なときだからね」
先代国王の体調が思わしくない。そういった噂を耳にしたことがある。
たくさん話をしたいのに、王妃を待たせるわけにもいかない。アイリスとラルフを紹介するにとどめ、名残惜しくも別れた。
噴水の庭に通され、ラルフは別れ際に、チラリと足もとへ視線を落とす。次いで物言いたげな顔でセレーネを見た。それだけで言いたいことがわかってしまった。
セレーネは軽く頷いてドレスの裾をつまむ。
「ごきげんよう、ラルフ様」
「ああ……」
王妃の姿がないことに、ふたりは胸をなで下ろす。待たせるなど不敬極まりない。
東屋に用意された椅子に腰かけ、セレーネは黒扇子を広げる。
「ここなら軽口を叩いても平気ね」
「ふふ。噴水に囲まれて声が聞き取りづらいですものね」
池に浮かぶ東屋のまわりには、四つの噴水が流れている。魔術師が影の中にひそんだとしても声を拾いづらい。防音結界を張れない王妃が好んで使う場所でもある。
「この場所を選ぶなんて、余程聞かれたくないお話をなさるのかしら?」
「しかも、わたくしとセレーネ様がお相手でしょう? 読めませんわ」




