第十一章 03 三人目の聖女
セレーネは立ち上がり、シリウス家のローブをまとう。スカーレットたちの私闘だけで、これだけの人が集まったわけではない。魔術師団の師長と副長が揃うからといって、上級魔術師たちが一堂に会することもない。お目当ては月の聖女と、海の聖女の戦いだ。
セレーネの思惑としては、聖女の力を見せつけ、王家と対等に話せる地位を獲得したい。もとより聖女は王家と対等であるはずなのだが、現在の王家は聖女を道具扱いしている。これ以上、王家に振りまわされないための地盤作りだ。
そのせいで『王家に楯突く』とオスカーに誤解されてしまったが、刃向かうつもりは毛頭ない。
「テティス様、用意はいいかしら?」
「うぅ……、よくありません」
「そう。では参りましょうか」
「ふえぇ……」
あまり金銭に余裕のないテティスにローブを贈ろうとしたら、ラルフが首を突っ込んできた。ドレスのセンスには自信がないが、ローブならなんとかなる。そう豪語していたが……。
テティスを包む青と白のローブは、どことなくクラシカル系ロリータファッションを思わせる。とても似合っているが、本人は気後れしているようだ。
以前、ハート型に破れたローブから改良を重ねたセレーネのローブも、黒地に金の刺繍が華やかさを添えている。
決してクラロリが羨ましいわけではない。きっとセレーネには似合わないと思うから。だけどもう少し、飾り気があってもよかったかもしれない。今のローブはあまりに実用的すぎる。
グラウンドに降りて黒扇子をかまえる。テティスは父シェダル子爵から贈られたというパラソル型の杖を――ひらいた。最初から防御に徹するつもりか。
「テティス様、観客が望んでいるのは、そういうことではないのです!」
黒扇子に風雷魔法をまとわせて、容赦なく衝撃波をぶつける。テティスは傘で衝撃を受け止め、パラソルをくるくるとまわした。すると衝撃波は渦を巻き、セレーネに向かう。避けた衝撃波が結界をたゆませた。
観客からどよめきが起こった。テティスもちゃんとわかっている。これはパフォーマンス。次の大聖女として力を見せつけておかねばならない。大聖女になりたくないセレーネはやられ役だ。とはいえ、簡単に勝たせてやるつもりもない。
「さぁ、訓練の成果を見せてもらうわよ」
大量の水を降らせてテティスを閉じ込めた。実はテティス、海の聖女なのに泳げない。それどころか水魔法もチョロリと出せる程度。
水に慣れるために入った、深さ五十センチの泉で溺れかけたときには天を仰いだ。海の女神メレディスよ、なぜテティスに水魔法の才を与えなかったのか。海の聖女が水魔法を使えないのでは格好がつかない。
やられ役なのにどうして水攻めにしたのかといえば、それはテティスの弱点を隠すためだ。苦手な水魔法は女神の力で補えばいいのだが、どうせなら派手にぶちかまして、テティスには水魔法を使わせてはならないと思わせたい。
テティスは得意の風魔法で空気を確保し、聖女の呪文を唱える。
「我は海の聖女、女神メレディスの友にして懸け橋となる者なり。我が狂濤を糧に、竜神を遣わせ。――アクア・ドラコニス!!」
セレーネが作り出した水を使って竜を形作った。荒れ狂う水竜はセレーネを通り越し、魔術師たちの張った結界を食い破る。このまま行けば、王子たちが座る場所へ直撃だ。
「ああっ、嘘⁉ そっちじゃなくて! メレディス⁉ 水竜を戻してっ」
やはり水を扱うのは無理があったのか。テティスが必死に女神へ祈るも、“聖女の呪文”は女神にも御せない。神力を勝手に使う呪文なのだから。
そばにいる宮廷魔術師団が止められなかった場合、その後ろにおわす王族、コーネリアスやオスカーも巻き添えになる。
(間に合わない! シンシア、水竜を止めて!)
願いはすぐに聞き届けられ、水竜の前に月明かりのようなベールが舞い降りた。しかし、水竜はそれをクルリと迂回する。まるで意思を持って動いているかのよう。聖女の呪文は心の中で祈るより強力だ。
(マズいわ)
なんとなく水竜の顔がメレディスに見えてきた。ノリノリで王族に向かって行くではないか。コーネリアスたちのほうを見れば、なぜか突っ立っているアイリスが胸の前で手を組み、口を動かしている。
「アイリス様⁉ まさか――」
迫り来る水竜の前に大きな虹が出現した。水竜は虹の橋を渡って空へと昇っていく。こんなことができるのは聖女だけ。セレーネが止められなかったせいで、アイリスに聖女の呪文を使わせてしまった。
(なんてこと……)
目が合ったアイリスは眉尻を下げて微笑んだ。その顔は意外と晴れやかで、「やっちゃった」とでも軽口を叩きそうな雰囲気だ。
物言いたげな観客たちは、けれど声を失ったかのように息をひそめ、アイリスの前に飛んできたセレーネとテティスを見守る。
「アイリス様……、ごめんなさい。わたくしが不甲斐ないばかりに」
「わ、私が悪いんです!! ど、どうしよう……どうしたら」
「もういいのです。逃げきれるとは思っていませんでしたから」
ニッコリと笑ったアイリスだが、組んだままの手が震えている。まわりの反応を見るのもこわいのだろう。セレーネたちに顔を向けたまま動かない。その後ろでポカンとしているコーネリアスに、セレーネは念を飛ばす。
(殿下! 今こそ男を見せてくださいませ!)
念が通じたのか睨みが利いたのか、立ち上がったコーネリアスが観客に向かって手を広げた。
「皆の者、今ここに虹の聖女が誕生した!! 聖女たちの戦いが呼び水になったようだ。実にめでたい! 我が国は安泰だ。三人の聖女たちを拍手でもって迎えよう!」
ワッと歓声があがった。惜しみない拍手を送られて、セレーネはもちろん、アイリスもホッとしたのか涙ぐむ。テティスはすでに決壊している。
コーネリアスの機転により、王家や神殿に報告していなかったことは問われないだろう。
騒いで満足した観客たちが帰っていく。後片付けを手伝ってくれた宮廷魔術師団がずらりと並び、師長と副長を先頭に、最敬礼をとった。それは王族ではなく、三人の聖女たちに向けられたものだ。
沈痛な面持ちのアルタイル師長が拳を握りしめる。
「聖女様のお力、しかと刻みました。手も足も出なかったことは痛恨の極み。性根を据えて精進いたします。――お前ら!! 今日から一週間、防御魔法の特訓だ! 寝させないからそのつもりでいろ!!」
「「オウッ!!」」
セレーネとアイリスは顔を引きつらせた。魔術師団も体育会系なのか。大聖女もあの中で訓練を行うらしい。ふたりでテティスの顔色をそっと窺う。テティスの青い瞳はキラキラと輝き、尊敬とも取れる眼差しを向けていた。
セレーネはこっそりと耳打ちする。
「テティス様、本当によろしいのですか?」
「――へ? あ、はい! 私もがんばらないといけませんね」
「つ、強い……」
「わたくし、今のやり取りだけで心が折れましたわ」
ふらつくアイリスを、後ろからコーネリアスが支えた。
「アイリス嬢は魔道具師を目指しているのだろう? 戦う必要はないよ」
「殿下……、ありがとうございます」
セレーネの考案した十箇条を、コーネリアスはしっかりと守っているようだ。これならアイリスが頷く日も近いだろう。
戦争もないこのご時世、第二王子に王位がまわってくることもない。公爵となったコーネリアスに嫁ぎ、好きなだけ魔道具を作れる。アイリスの幸せそうな未来を想像して、セレーネはひとり、口もとをほころばせた。




