第十一章 02 謀反を疑われる
十日後、シリウス家の修練場はたくさんの人で席が埋まった。円形の修練場を囲む二階は、五段の階段席になっている。観客の多くは学園に通う生徒たちとその家族、そして宮廷魔術師団の面々だ。
現在の師長はベルナールの父であるアルタイル侯爵。スカーレットの父スピカ侯爵は副長に甘んじている。
挨拶に来たふたりは、セレーネの前で火花を飛ばし合う。
先に口火を切ったのはスピカ副長だ。
「私の娘に決闘を申し込むとは、ご子息にどういう教育をなさっているのか」
「それについては申し訳なく思っている。ここはひとつ、私たちが代わりに戦うというのは如何かな?」
「ほう、私は一向に構いませんが」
なんで親父たちの私闘のために、シリウス家の修練場を解放せねばならんのだ。
ふたりのあいだに立ち、セレーネは咳払いを落とす。
「おふたりとも、これは当人同士の問題ですわ。黙ってご覧あそばせ」
睨み合いながらも頷いたふたりは、セレーネの前段に腰かけようとして、後ろからやって来た人物に向きなおり、最敬礼をとった。
「「コーネリアス殿下」」
「やぁ、お邪魔するよ。公務じゃないんだから、ぼくのことは気にしないでくれ」
第二王子コーネリアスが観覧する話は聞いていた。アイリス経由で打診され、渋々と了承した。けれど、その後ろに続く怪しい人物は誰だ。
茶色のモッサリヘアに口ひげ、認識阻害のメガネまでかけている。ジッと鑑定眼で見つめると、王弟――ケンタウルス公爵オスカーの名前が浮かび上がった。王弟は輝く金髪に星の瞳を持っている。身分を隠したいようだから、ここは役職で呼ぶべきか。ひっそりと声を落とす。
「学園長、どうしてあなたまで?」
セレーネに半眼で問われ、王弟は肩を揺らす。バレないと思ったのだろうが、残念ながらセレーネにはお見通しだ。
「内密に頼むよ。コーネリアスから聞いて、噂の真相を確かめに来たんだ」
「噂……ですか?」
「君が王家に立ち向かう戦力を集めているってね」
「はぁ⁉」
おどろいてコーネリアスを見れば、もうアイリスの隣を陣取って話しかけている。
こっちを向けと言いたい。
「学園長、これはただの私闘ですわ! うちは場所を提供したにすぎません!」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったよ。レグルス家との婚約も整ったわけだしね」
ホッと胸をなで下ろすも、横からたくましい腕がセレーネを囲う。
「もし、それを反故にするならば、我が家は立ち上がります」
レオネルのひと声に、王弟オスカーの目が光った――気がする。メガネでよく見えなかったが、本気に取られてはたまらない。
「そ、そのようなことは起こりませんわ! さぁ、始まりますわよ!」
客席に被害がないよう、修練場には要所にシリウス家の魔術師が立ち、結界を張っている。審判を務めるのはシリウス領兵団団長のフェルナン。彼はセレーネとクリスティンがぶつかり合う横で、黙々と剣を振り続けるような猛者だ。巻き込まれても平気だろう。
グラウンドにふたりの姿があらわれた。スカーレットはスピカ家のローブをまとい、手にするのは杖頭に麦のシンボルをいただくロッド。対するベルナールもアルタイル家のローブに、鷲を模したロッドを握っている。
セレーネは立ち上がり、見届け人として高らかに宣言する。
「ふたりとも、皆の前で誓いなさい! 負けたほうは勝ったほうの話をちゃんと聞くことを!!」
「「誓います!!」」
大きな声で同意が返ってきた。満足げに頷いていると、オスカーが困惑しながらセレーネを手招きする。
「なんでしょう?」
「セレーネ嬢、『話をちゃんと聞く』って……どういうことかな?」
「そのままの意味ですわ。おふたりともご自分の気持ちを伝えられず、このような形になってしまいましたの」
最初はスカーレットも親の仇のように睨みつけていた。それがこの十日間で変わっていく。クマのようなナリをして、ウサギみたいに繊細なベルナールを目で追ううちに、今ではすっかり心を奪われてしまったのだ。
だからこれは、どちらが告白する権利を得るかの勝負。どっちが勝っても問題ない。非常にばかげているが、お互いの気持ちを知らない当人たちにとっては死活問題だ。何せ父親同士はいがみ合っている。ここで負けたら欲しいものは一生手に入らない。
気合いの入った両者を交互に見やり、オスカーは肩を落とす。
「これだから噂なんてあてにならないんだ。ハァ……でもまぁ、日頃の成果を見せてもらおうかな」
学園長の顔になったオスカーは、口もとを緩ませて優しい目を向けた。噂の真相を確かめるためだけに、変装までして来るとは。セレーネはいたく感心した。噂を丸呑みにしてセレーネを断罪した王太子に、オスカーの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
そんなことを考えているうちに決闘は始まっていた。スカーレットが先制し、土魔法の派生系――植物魔法による蔓で、ベルナールを巻きあげた。
「ほほう、やりますな。植物をあそこまで操るとは」
アルタイル師長はすなおにスカーレットを賞賛し、スピカ副長は胸を張った。
しかし、心優しくともクマはクマだった。フンッと力任せに蔓を引きちぎり、鷲のロッドをかざす。次々に襲いかかる蔓は光魔法の熱で干からびていく。
「なんと! 光魔法も過ぎればおそろしいですな」
目を瞠ったスピカ副長に、今度はアルタイル師長が嬉しそうにうんうんと頷いた。
(このふたり、実は仲がいいのでは?)
試しに、とセレーネは独り言のようにこぼす。
「ふたりの魔法……、うまく使えば国が栄えるでしょうね」
「「そうなんだよ!」」
振り向きざまにスピカ副長は「片方だけでは限界があるんだ」と腕を組み、アルタイル師長は「魔法は相乗効果こそがすばらしい」と目を輝かせた。
「おふたりは仲がよろしいのですね?」
「「うっ、あ、いや……」」
完全にハモっている。目を泳がせる方向まで揃うとは空おそろしい。
オスカーが吹き出した。
「セレーネ嬢、言わないでやってくれ。ふたりが対立せざるをえなかったのは、私たちのせいなんだ」
「私たち?」
「まだ兄が王になる前の話だ。王位をめぐる派閥争いに巻き込んでしまった」
それは二十年も前のこと。当時の国王は王太子を決めかねていた。臣下たちの考えはこうだ。
『傀儡にできる第一王子を選ぶか、優秀な第二王子を選ぶか』
割れに割れて派閥争いは過激さを増していく。嫌気が差したオスカーは自ら身を引いた。王が決まっても派閥がすぐに解散することはない。ぐずぐずと燻って今に至る。
「ふたりも親世代に命じられ、事あるごとに対立を強いられてきたんだよ」
なるほど、経緯はわかった。しかし――
「それを、まだ続けるおつもりなのですか?」
「「……」」
俯いたふたりは勝負がついた瞬間を見逃したようだ。
審判フェルナンの声が響く。
「勝者、スピカ侯爵令嬢スカーレット殿!!」
「「なんと⁉」」
ふたりを置き去りにして、会場はおおいに沸いた。
セレーネには最初から勝敗が見えていたのでおどろくこともない。技量ではベルナールが勝っていた。だが、必死に食らいつくスカーレットを傷つけるのがこわかったのだろう。決定打がひとつもなかった。
グラウンドに立つベルナールはボロボロだが、スカーレットには傷ひとつない。好意を抱く相手との決闘など、より惚れたほうが負けるものだ。
両者が握手しようと歩み寄る。手を握った瞬間――スカーレットから大粒の涙がこぼれ落ちた。
「スカーレット嬢⁉」
「どうして! どうして本気を出してくださらないの⁉」
「そんなことは……」
「譲られた勝利でわたくしが満足するとでも思って⁉」
決して手を抜いたわけではない。ただ、決定打に踏み込む勇気が、ベルナールにはなかった。それだけの話だ。
「……違うんだ。君を傷つけて得たものに、価値を見いだせなくて。これはぼくの弱さだ」
「――そうだぞ!! ベルナール、帰ったら鍛えなおすから覚悟しておけ!」
アルタイル師長は立ち上がって続ける。
「その前にちゃんと、スカーレット嬢の話を聞いてこい! ふたりとも、いい試合だった!!」
アルタイル師長の拍手に、スピカ副長も立ち上がり拍手を送る。客席から送られる温かい拍手に、ベルナールまで涙ぐむ。繊細で涙もろい大男の手を取って、スカーレットが歩き出す。
「まぁ、勝ちは勝ちですから。お話には付き合っていただきますわ!」
「ああ。君の話が聞きたい」
ふたりのために場所は用意してある。シリウス家が誇る美しい庭に茶席を用意しておいた。思う存分、話し合えばいい。
「さて、次はわたくしたちの出番ですわね」




