第十一章 01 悪役令嬢の新たな伝説
セレーネの悪い予感は外れたようだ。ロザリンは女神の化身様として返り咲き、王太子の婚約者として落ち着いた。王妃教育のため、今後は王宮から通う。
そしてなんと、セレーネとレオネルの婚約が認められたのだ。レオネル宛に許可証が送られてきた。喜ぶべきなのに、ザラリとした不安がつきまとう。それはきっと、セレーネたちを監視するような視線のせいだろう。
(いい加減、うざいわ)
お昼を外のテラス席で食べていたセレーネは、アイリス、テティス、スカーレットに目配せする。闇魔法でテーブルの影に身を沈め、怪しい男の影からズルリと這い出た。男はテラス席を見つめたまま気づかない。
大きなこの後ろ姿は――
「あなたは……、ベルナール様?」
「うわぁ⁉ い、いい、いつの間に⁉」
「のぞき見なんて趣味が悪いわね」
「ち、違うんだ! これはその……、考察というか下調べというか」
「ハァァ……、まわりくどいことを。男ならガツンと行ってドカンと振られなさいな」
「振られる前提なのか。それも爆散するのか……」
涙目でうなだれるベルナールの背中を「ほら」と扇子で押す。クラス一の大男であるベルナールは、そんなことではピクリとも動かない。ならばと、風魔法を扇子にまとわせてチョイとつつく。巨体は芝生の上を滑走して、お目当ての令嬢にたどり着いた。
いきなり滑り込んできた大男に、女子三人が小さく悲鳴をあげる。その人物を認めたアイリスが「まぁ!」と頬に手をあてた。
「最近ずっと物陰からのぞいていたのは、ベルナール様でしたの?」
「うっ……」
不思議そうな顔のスカーレットがひっそりと声を落とす。
「アイリス様のお知り合いですか?」
「クラスメイトですわ」
「「クラスメイト?」」
この春からAクラスに移動してきたスカーレットとテティスは、まだクラスメイトの顔を覚えていないようだ。
「アルタイル侯爵家のご長男、ベルナール様ですわ」
後ろからやって来たセレーネの声に、スカーレットがピクリと反応を見せた。
「アルタイル家といえば、シリウス家に次ぐ魔力持ちの家柄。……そして、我がスピカ家の――好敵手!!」
「「ライバル⁉」」
おどろくセレーネたちの前で、ベルナールはガックリとうなだれた。
「うちの父と、スピカ侯爵は仲が悪くてね」
そういえば、魔術師団の“師長の座”をめぐり、アルタイル家とスピカ家が決闘したという話を聞いたことがある。それでベルナールは慎重になっていたのか。
卒業パーティーのとき、ベルナールは頬を染めてスカーレットを目で追っていた。父親に反対され、内に秘めた恋だったのかもしれない。
悪いことをしたと反省しながらも、セレーネは引っかかりを覚えた。
「ベルナール様は、ロザリン様の取り巻きではなかったかしら? ほら、成人の儀で」
昨年のデビュタントでセレーネが断罪されたとき、王太子アーサーの後ろに立っていたはずだ。大柄なのでよく目立っていた。騎士科に進めば、さぞ持て囃されただろうに。
「あれは殿下に『後ろに立て』と言われただけだ。威圧感があっていいからと」
「は……」
王太子が虎の威を借るとは、あいた口が塞がらない。
「では、ロザリン様のことはなんとも思っていないのね?」
「もちろんだ!」
最近またロザリン熱が巻き返している。アーサーは気が気でない様子。近衛騎士をつけてガードしているが、ロザリンに吸い寄せられる男子が増えてきた。
ベルナールが拳を握りしめた。
「ぼ、ぼくは昔から……――だけを……」
「ハアァ……、聞こえませんわ! ベルナール様、はっきりとおっしゃいませ!!」
見かけによらず声が小さい。セレーネはつい世話を焼いてしまう。
「ぼ、ぼくは……、ぼくと! つ、つつ、付き合ってくれないか?」
「相手のお名前が抜けております。やり直し」
テンパっているのはわかるが話にならない。隣に立つセレーネにはかろうじて聞こえる音量だが、椅子に座る三人のところまでは届かなかったようだ。みんな困惑した顔で耳に手をあてている。
「ベルナール様、骨は拾って差し上げますわ」
だから覚悟を決めろとセレーネは鋭い視線を送った。「うっ」とよろめきつつも、ベルナールは足を踏ん張り、両手を握りしめる。セレーネの睨みを受けても逃げ出さないとは、薄っぺらな気持ちではなさそうだ。
「す、スカーレット嬢! ぼ、ぼくと! つっ付き合わないか⁉」
セレーネの耳には後半、「突き合う」と聞こえたが、それはスカーレットも同じだった。大声で告げられた内容をスカーレットがなぞる。
「ツッツキアウ……? ふっ、いいでしょう」
「えっ⁉ いいのか⁉」
「その決闘、謹んでお受けしますわ!!」
「――け、決闘⁉」
「セレーネ様に鍛えられたこのわたくしに、簡単に勝てるとは思わないことね!」
スカーレットは立ち上がり高笑いを飛ばす。青ざめた巨体がよろめくも、誰もベルナールを支えられない。頭を抱えてブリッジを決めるオブジェがテラスに誕生した。オブジェは夜まで展示され、うめき声を聞いた警備員によって回収されたそうな。
こうなった責任はセレーネにもあるだろう。学園内での私闘は禁じられているからと、シリウス家の修練場を提案した。このことが悪役令嬢の伝説に加算されるなど露とも思わずに。
「聞いたか? シリウス公爵令嬢の戯れで決闘が行われるって」
「愛し合うふたりを戦わせるんだろう? 鬼畜の所業じゃないか」
「さすが悪役令嬢、えげつない」




