第十章 03 王の器
質問には答えず、コーネリアスをジッと見つめる。鑑定眼がさまざまな球体を映し出す。魔力の高さはもちろん、知力、洞察力、カリスマ性もあり、包容力もアーサーと同じくらいある。何より“人望”が大きい。想い人の球体はのぞかなくともわかっている。
「殿下は、王になるおつもりは?」
「ハァ……、ぼくは『王になれない』と押さえつけられて育った身だよ?」
「そう言いながらも、殿下は貪欲に学んでらっしゃいましたわ」
「兄上は丸投げするのがうまいから、ぼくがしっかりしてないとね。だけど……そうだな」
コーネリアスは星の瞳を細め、セレーネの手を優しく掬い上げた。
「セレーネ嬢、そなたが私の隣に立ってくれるのであれば――」
真剣な表情で見つめられ、さすがのセレーネも心拍数が上がる。だがすぐに、おかしくなって吹き出した。
「ふ、ふふ」
「エェ……、格好つけたところだったのに。なんで笑うかな」
「ごめんなさい。心にもないことをおっしゃるから」
「……そんなことは」
するりと手を奪い返し、パチンと扇子を畳む。
「卒業パーティーで、殿下が見つめてらっしゃったご令嬢――」
「わあぁ⁉ 見てたの⁉」
「あのように熱く見つめていては、気づかないほうがおかしいですわ」
「うっ……、本人にも気づかれただろうか?」
「いいえ、彼女の頭の中は魔道具でいっぱいですから」
それはそれでショックだったらしい。コーネリアスの鍛えられた背中が丸みを帯びていく。
「ハァ……、せっかく婚約解消したと聞いたのに。運命の女神は微笑んでくれないのか」
「あら殿下、運命とはつかみ取るものですわ」
「そうはいっても、セレーネ嬢はこのピンチをどうやって切り抜けるつもり? 兄上と結婚するか、ぼくと結婚するか……あるいは、海の聖女を献上するか」
まさか、とセレーネは首を振る。
「大切な友人を売ったりしませんわ。ほかに道があるはずです」
「あきらめて王家に嫁ぐ気は……?」
「ございませんわ!」
「……ふ、ははは! そうか、じゃあ……ぼくも足掻いてみるよ」
防音結界を解いて立ち上がり、コーネリアスは歩きながら手を振る。膝を折って見送った次の瞬間にはもう、レオネルの腕の中にいた。揺れる金緑の瞳が愛おしい。
「心配しないで。権力に屈したりしませんわ」
「それでも心配だ。ハァ……このまま連れ去りたい」
それは最後の手段だ。尻尾を巻いて逃げるなどセレーネらしくない。レオネルだって同じ気持ちだろう。冗談めかしていた声が硬くなる。
「セレーネ、コーネリアス殿下をどう思う?」
その言葉にレオネルの思惑を知る。第二王子をわざわざ卒業パーティーへ呼んだのは、王子に火をつけるためだろう。このままアーサーが王になれば、どんな未来が待っているのか。
ひとりの女性をめぐって繰り広げられた数々の断罪劇は、貴族たちの離反にもつながりかねない。聡いコーネリアスならば気づくはずだ。
「……きっといい王になるわ。だけど、彼の隣に立つのはわたくしではない」
「当たり前だ。そんなことになったら、君をさらって我が領は独立するよ」
「あら、それもおもしろそうね」
「――オイッ!! めったなこと言うんじゃねぇよ!」
いつの間にか近くにいたラルフが毛を逆立てた。さすがに冗談でもまずかったか。
そこへコーネリアスを見送ったクリスティンが、沈痛な面持ちでやって来た。食あたりでも起こしたかのように胃をさすっている。
「姉上……、殿下に何を言ったのさ?」
「たいした話はしてないわよ?」
「別れ際に『気のない女性を落とす方法を十個考えてこい』って言われたんだけど」
「「…………」」
それをクリスティンに考えさせるのは人選ミスというものだ。弟にはまだ婚約者すらいないというのに。いや、あの王子は遠まわしにセレーネを巻き込むつもりなのだろう。兄弟そろって人を動かすのがうまい。
「ハァァ……、仕方がないわね。わたくしがひと肌脱ぎましょう」
魔道具に熱を上げている令嬢の落とし方。それは――
「レオ、今すぐ筋トレメニューを考えてちょうだい」
「――き、筋トレ?」
「見せかけの筋肉ではだめよ。実用的でムダのない引き締まった筋肉を作る方法を、殿下に伝授して差し上げて」
「姉上⁉ 話が見えないよ! どういうこと?」
「殿下の想い人を落とすのに必要なのは筋肉美よ! 魔道具から引き剥がせるほどの引き締まった肉体に仕上げてもらうわ。でなければお話にならないの!」
クリスティンは目を丸くしてセレーネに詰め寄った。
「姉上はコーネリアス殿下の想い人を知ってるの⁉」
「まぁ……あれだけ目で追っていれば、嫌でも気づくわ」
そんなこと、卒業パーティーにいなかったクリスティンは知るよしもない。
「どちらのご令嬢なのですか⁉」
「それは、殿下に直接聞いてちょうだい」
王子の想い人など国家機密に相当する。勝手にばらすわけにはいかない。それにセレーネは、魔道具師になりたいという彼女を応援すると宣言したのだ。コーネリアスには自力でがんばってもらおうではないか。大丈夫、きっと筋肉は裏切らない。
***
新緑の季節となり、暑い日には上着を脱いでしまう。特に男子ばかりの騎士科は訓練後、薄着で廊下を歩いていく。それを見た女子たちが「きゃぁきゃぁ」言うのが風物詩となっている。
セレーネたちも魔法科の訓練が終わり、更衣室から出たところでコーネリアスと鉢合わせた。白いシャツの胸元ははだけ、捲り上げた袖口からのぞくたくましい腕が上がる。
「セレーネ嬢!」
「殿下。……短期間でなかなかの仕上がりですわね」
元から鍛えていた体だが、より引き締まっている。満足げに頷いていると、コーネリアスは手招きして自信なさげに耳打ちした。
「本当にこれでいいのか? 彼女、すました顔をしているが……」
「んん?」
アイリスに振り返ると、コーネリアスの上腕二頭筋に釘付けになっている。いつになく血走った目で見ているが、恋愛フィルターにかかればすまし顔に見えるらしい。
「ええ、効果抜群ですわ。とにかく、クリスから渡された十箇条を守ってくださいませ」
「わかった」
コーネリアスはアイリスに近づき、長身を少し屈めて目線を合わせる。
「アイリス嬢、ぼくのことを覚えているだろうか?」
「――へ? あ、もっ、もちろんですわ! ご無沙汰しております、殿下」
「そなたが王妃教育に来なくなってから五年になるな。あれから王宮の宝物庫にある魔道具も増えた。よかったら見に来ないか?」
「まぁ! よろしいのですか⁉」
「ああ。そなたの意見が聞きたい。明日の休みはどうだろうか?」
「は、はい……わたくしでよろしければ」
「決まりだな! 楽しみにしている」
迎えに行く約束をして、コーネリアスは爽やかに去っていった。あとに残されたアイリスからは「きんにく、まどうぐ」の二単語しか出てこない。いきなりポンコツ化してしまった。刺激が強すぎただろうか。
「アイリス様、しっかりしてくださいませ!」
「きんにく様……」
「それ、殿下の前で言ってはなりませんよ? アイリス様⁉ 戻って来てちょうだい!」
ここまで効果があるとは思わなかった。ときどきアイリスから筋肉談義を聞かされ、好きなんだろうなとは感じていたが……これはドン引きするレベルだ。
(もし殿下が引くなら、しょうがないわ)
お膳立てはした。これ以上セレーネの出る幕はない。




