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第十章 02 王家の思惑(後編)

 休みの日はいつもシリウス公爵邸へ戻る。レオネルたちがいるからだ。ところが今日は、修練場にいるはずのない御方の姿があった。目をこすっても消えない。


 シリウス家の騎士や魔術師たちがハラハラと見守るなか、なぜか第二王子とレオネルが剣を合わせている。

 誰か説明を、と見まわして、人垣から離れたところにラルフを見つけた。


「ラルフ様、どうしてこのようなことに?」

「すまない、止められなかった。レオのやつも熱くなっちまって」


 いわく、クリスティンと一緒に見学にやって来た第二王子コーネリアスが、「義姉あね上は?」とこぼしたひと言が発端ほったんとなった。王太子との婚約は解消されたはずなのに、どういうことだ? とレオネルに火がついたらしい。


 以前、王妃教育のため王宮へ上がっていたころ、コーネリアスはよく話しかけてきた。無表情のセレーネをものともせず、歩く魔法辞典として活用するような大物だ。

 今もレオネルに押されているというのに、楽しそうな表情を崩さない。


「やぁっ!! くっ……、ああっ⁉」


 コーネリアスの剣が宙を舞う。お決まりのようにセレーネに飛んでくるのはなぜなのか。今回は隣にいたラルフがキャッチしてくれたからいいものの、心臓に悪い。


「義姉上⁉ 申し訳ありません!」

「……いえ」


 コーネリアスが近づくよりも先に、レオネルが立ちはだかった。


「殿下、何度も申し上げますが、“義姉上”ではございません。婚約は解消されております。シリウス公爵令嬢とお呼びください」

「ああ、つい……。でもさすがにそれはよそよそしいだろう。セレーネ嬢ではどうだ? よく知る仲なのだし」

「わたくしはかまいませんわ」


 嫉妬しっとを隠しもしないレオネルを、コーネリアスがおもしろがっているのはあきらかだ。王族特有の、青に金の筋が入った“星の瞳”がキラキラと輝いている。


「レオネル、もう一戦やろう!」

「いえ、私の婚約者が参りましたので、ご容赦ください」

「じゃあ、ラルフ! つき合ってくれ」

「ぃいっ⁉ いや……カイトとやってくださいよ!」


 カイトとはコーネリアスの護衛騎士で、レオネルたちより四つ年上。「レグルス領にも研修に来ていた」とレオネルが手を向ける。その先には素朴で実直そうな男性が立っており、目が合うとうやうやしく腰を折った。

 コーネリアスは元気があり余っているようで、あきらめようとしない。


「カイトとはいつでもできるからいい。さぁ、ラルフ!」


 ラルフがたじろぐ。相手は王子だ。怪我けがをさせたくないのだろう。将来、コーネリアスは騎士団へ所属する予定で、学園でも騎士科を選択している。なまじデキるからこそ、素人を相手にするよりもむずかしい。背丈もずいぶん伸びてセレーネを追い抜かし、レオネルに迫りつつある。十五歳とは思えないほど体格もいい。

 セレーネは仕方なく助け船を出した。


「殿下、本日はどうして我が家へ?」

「義姉……あ、っと、セレーネ嬢に会いに来た。休日はこちらにいるとクリスから聞いたものだから」

「まぁ、わたくしに? どういったご用件でしょう?」

「できれば、ふたりだけで話したい」

「――なりません!」


 間髪入れずにレオネルがセレーネの肩を抱く。たしかにふたりきりは問題がある。セレーネが頬に手をあてると、コーネリアスが近くのベンチを指差した。


「あそこなら姿が見えるだろう? 皆は少し離れていてくれ」

「そういうことでしたら」


 頷いて歩き出すセレーネの背中をレオネルが未練がましく目で追う。突き刺さる視線を甘んじて受けつつ、ベンチにふたりで腰かけた。

 コーネリアスが防音結界を張る。


「レオネルとはうまくいっているのか?」

「ええ、良好な関係ですわ」

「兄のことは……」

「これっぽっちも気持ちはございません」


 不敬とも取れる遠慮のない物言いに、けれどコーネリアスの口もとは緩み、瞳には好奇の色が浮かんだ。


「フフッ、先月の卒業パーティーではおどろいたよ。ニコリともしなかった義姉上が、レオネルと楽しそうに笑い合っているんだから」

「皆様おどろかれますわ。でもわたくしだって、殿下が卒業パーティーにいらっしゃったのにはおどろきましたのよ」

「レオネルに招待されてね。行ってよかったよ」


 自領主催のパーティーならまだしも、レオネルは自分の卒業パーティーに王子を招待したのか。伯爵位をたまわったとはいえ、王族相手にできることではない。


「失礼ですが、おふたりはどういうご関係なのですか?」

「レオネルやラルフは、ぼくの兄弟子あにでしなんだ」

「兄弟子。同じ師匠につくということは……殿下もレグルス辺境伯閣下(かっか)に?」

「うん。十歳のときにレグルス家に預けられて、二年間剣術を学んだ」


 我が国では王太子が決まると、ほかの王子は魔術師団か、騎士団をひきいることが多い。今は学園長を務めている王弟も、それ以前は魔術師団に所属していた。


「そうでしたか」

「兄弟子には幸せになってもらいたい。もちろん、セレーネ嬢にも」


 言いながら組んだ足に頬杖をつき、コーネリアスは自然に口もとを隠す。

 合わせるようにセレーネもスッと黒扇子を広げた。


「今、王家は混迷こんめいきわめている」

「そのようなこと、わたくしに話してよろしいのですか?」

「そなたに関することだ。知っておくべきだろう」

「……、王太子妃の件ですわね」

「ああ」


 コーネリアス曰く、セレーネを王太子妃に推しているのは王妃グレイス。国王もそれに賛同はしているが、グレイスほどのこだわりはないらしい。ところが、兄王子アーサーが『王太子をコーネリアスに譲る』と言い出して事態は急変する。


「問題は父が……、国王陛下が兄に執着していることだ」

「アーサー殿下に?」

「父はどうも、叔父おじ上にコンプレックスを抱いているようでね。兄を差し置いてぼくが王位に就くことを望んでいない」


 王弟オスカーは人望も厚く優秀な御方だ。王位を継がせようという声が何度もあがったと聞く。しかし、婚約者を事故で亡くした悲しみから、オスカーはケンタウルス公爵家の養子となり、王位争いから退しりぞいた。


「父は何がなんでも王位を兄に継がせたい。そのためには犠牲もいとわないだろう」


 コーネリアスは瞳を揺らし、気遣わしげにセレーネを見つめた。


「そなたを正妃に、ロザリン嬢を側室にすることで話がまとまりつつある」

「なっ……」


 アーサーの言っていた“選択肢”の意味をき違えていた。まさか一夫多妻案でくるとは。了承すれば公務は丸投げされ、おいしいところだけ持っていかれるのは目に見えている。いや、今はもう旨味うまみなど欠片かけらもないけれど。


 きっと昔のセレーネなら頷いていた。どれだけ非道なことをされても、嫌悪を感じることがないのだから。自分にできるかできないか、その基準で物事を選んでいた。思い出すだけでもゾッとする。

 国王も王妃も、セレーネのことを心のない人形としか思っていない。特に王妃からはその点を評価されていた。王妃に感情は必要ないのだと。


「誤解を解かなければなりませんね」

「――ん?」

「わたくしはもう、人形のセレーネではないのです」

「それは……、王家を敵にまわすということかな?」



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