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第十章 01 王家の思惑(前編)

 新学期が始まり、セレーネたちは三年生になった。年度末テストの結果でクラスが変わるため、Aクラスの顔ぶれも少し変わった。

 Bクラスだったスカーレットと、CクラスだったテティスがAクラスに移ってきたのだ。特にテティスは一段飛ばしの快挙かいきょだが、これには理由があった。


「ブレイズ様がCやDクラスだったから、それより上は許さないって……」


 そんなことまで注文をつけていたらしい。ブレイズと縁が切れた今、成績を落とす必要はなくなった。

 胸を張ったのはスカーレットだ。


「一番がんばったのはわたくしです! めてくださいませ」

「約束を守ってえらいわ、スカーレット様」

「えへん。これで実家への抗議はしないでいただけるのですよね?」

「もちろんですわ」


 スカーレットとテティスには、セレーネを悪役令嬢に仕立てたことへの抗議文を実家へ送らない代わりに、Aクラスへ上がることを提案した。ふたりとも見事に成し遂げ、セレーネは満足そうに頷く。


「本当によかったですわ。三年生になると、魔法科の授業で対戦相手が必要になるでしょう? おふたりなら魔力も高いし、いい戦いができそうだわ」

「「――エッ⁉」」


 ふたりとも目を見ひらいて固まり、その横でアイリスが手の平を合わせる。


「わたくし、実力を出せないでしょう? ですからセレーネ様のお相手がんばってくださいね」


 魔道具師を目指すアイリスは、このまま聖女であることを隠して逃げきるつもりだ。


「テ……、テティはともかく、わたくしには荷が重いですわ」

「あら、そんなことなくてよ? スカーレット様はスピカ侯爵家(いち)の魔力持ちですもの。ただ……、燃費が問題なのですわ。ご安心ください。その問題、わたくしが解決して差し上げますわ! おーっほほほ!!」

「ひぃぃ、どうかお手柔らかに……」

「任せて……――クシュン!」


 アイリスがハンカチを差し出した。


「セレーネ様、お風邪ですか?」

「……いえ。でも何か、嫌な予感がするわ」


 休憩時間中、楽しげな女子トークが繰り広げられるなか、憮然ぶぜんとした面持おももちで王太子アーサーがやって来た。


「テティス嬢、単刀直入に聞く」

「ななな、なんでしょう⁉」

「王妃になる気はあるか?」

「「――はい⁉」」


 すっとんきょうな声を出した女子四人の中から、テティスがすっくと立ち上がる。素早くアーサーの前に移動し、床に頭をこすりつけた。


「大聖女にはなれても、王妃はむりです!! 王太子殿下、どうかご勘弁ください! ひらにお許しを――!!」


 いつぞや見た豪快な土下座を決め、アーサーを仰天させた。


「お、おい、やめないか!! 皆が見ている! 勘違いされるだろう⁉」

「このテティス、身をにして働きますのでェ……、どうかァ! お慈悲じひをォォ」


 言葉尻に、テティスの前世がにじみ出ている。狙ってやっているのかわからないが、女性を床に座らせるだけでも絵面的にアウトだ。さらに頭を床に叩きつけ、命を懇願こんがんするかのように叫ばれてはたまらない。


「わかった! わかったから顔を上げてくれ! 私がいじめているみたいだろう⁉」

「お約束いただけるまではァ! このテティス、うろこがすりキれるまでェ……!」

「約束する!! 頼むから、もうやめてくれっ!」


 アーサーの悲痛な叫びに、テティスはのろのろと顔を上げる。額が赤くなっている。あれだけガツガツと床に叩きつければこうなって当前だ。

 セレーネはすぐに治癒魔法を額にあてた。


「やりすぎですわ、テティス様。女性のお顔は大事にしないと……、それに、鱗をすり減らしたらラルフ様が悲しみますわよ?」

「らラらラル……」


 ラルフの名を聞いただけで、テティスは全身真っ赤にして後ろへ倒れ込んだ。


「あら、テティス様⁉」

「テティ⁉」

「しっかりなさって!」


 湯気が立ちのぼるテティスを救護室へ運ぼうと、三人がかりで支え合う。そのまま行こうとしたセレーネだったが、アーサーに引き止められた。仕方なくテティスはふたりに任せる。


「なんですの?」

「テティス嬢は……、ラルフをしたっているのだろうか?」

「見ておわかりになりませんか?」

「……ハァ、そうだな」


 いつも自信たっぷりなアーサーからは想像もつかないほど、気弱なため息がれた。瞳にも力がない。


「セレーネ、王族とはままならないものだと常々(つねづね)感じていたが、それは王族に限らないらしい」

「どういう意味でしょうか?」

「そなたなら、わかるだろう?」


 嫌な予感というのは、どうしてこうも当たるのか。テティスとアーサーのやり取りからして、王家が聖女を欲しているのはあきらかだ。


「……殿下は、あきらめるのですか?」

「私にはまだ選択肢がある。だが、そなたのことはどうにもしてやれない」


 アーサーの選択肢とは、第二王子のことを言っているのだろう。今月から一年生のクラスに通っている。セレーネの弟クリスティンとはクラスメイトだ。第二王子に王位を譲り、公爵位をたまわれば、アーサーはロザリンと一緒になる道もひらける。


 だが、それでも王妃はセレーネにえ置かれる。そういうことだろう。


「セレーネ、春は公務の多い季節だ。しばらくは時間を稼げる。よく考えてみてくれ」

「……はい」


 考えたところで、答えは決まっているのだから、どうしようもないのだけれど。



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