第九章 02 断罪のお時間です(後編)
ブレイズの言葉にもテティスは怯まない。淡々と続ける。
「理由は三つあります。が、その前に。ブレイズ様の愛する御方は、ロザリン様で間違いないですね?」
「ああ、心は誰にも縛られない。それと貴族の婚約は別物だ!」
「そうであっても、婚約者と月に一度は会い、親睦を深めるという約束が守られておりません。これが理由その一です」
テティスは指を一本立てた。
「た、たしかに、月に一度ではなかったが、ちゃんと会っていただろう⁉」
「その面会は、私が学園に入ってからというもの、校舎裏で行われていたことを認めますか?」
「「校舎裏……?」」
聴衆がざわめく。婚約者との面会は、学園が推奨する明るいテラスや、ガラス張りのティールームが用意されている。人気のない校舎裏などもってのほかだ。
「そっ、それは……」
「認めますね?」
「わかった! 認めるからもうよさないか。あとはふたりで話し合おう」
「そうはいきません! 校舎裏でブレイズ様が私に何をしたか、それをお話しなければ――」
「待て!! それ以上は……シェダル家の恥にもなりかねないぞ⁉」
ざわめきが大きくなり、ミルザム子爵夫妻などは真っ青だ。わざわざ人気のない校舎裏で行われることなど、ろくなことではないだろう。
ちなみにシェダル子爵夫妻はここにはいない。会場に集まっている大人たちは卒業生の親ばかりだ。
テティスは指を二本立てた。
「理由その二。校舎裏でブレイズ様は――」
「やめろ!! あ、あんなもの、結婚すればチャラだろ!」
話を進めさせないブレイズに業を煮やし、セレーネは高台の王太子に殺気を飛ばす。「うっ」とアーサーはのけぞり、渋々と口を挟んだ。
「ブレイズ、ここで話されることは私にも聞く権利がある。シェダル子爵令嬢、続けてくれ」
「はい! 校舎裏に呼び出して、毎回私にお金を強要したんです!」
「「お、お金⁉」」
余程おどろいたのだろう。ミルザム子爵夫妻の声が裏返った。
「ブレイズ、どういうことだ⁉ そんな不自由はさせていないはずだぞ⁉」
「あ、いや……それは――」
「それらは! すべてロザリン様への貢ぎ物に消えました。こちらがその証拠です!」
テティスは数枚の書類をアーサーへ向けた。
義母のシェダル夫人とは折り合いが悪くとも、父であるシェダル子爵とは良好な関係を保っている。ちゃんとお小遣いをもらっていたけれど、ブレイズにゆすられ、全額渡すはめになっていた。それでお金に困り、小説の売り上げに望みをかけたのだ。
「今思えば、拒否できなかった私も情けない。だけど仲間たちが、立ち上がるための勇気をくれました!」
テティスに手を向けられ、セレーネたちは涙ぐむ。あのオドオドしていたテティスが、今では気丈に振る舞い、恐怖の対象に立ち向かっているのだ。
王太子付きの侍従が書類を受け取り、アーサーへ渡す。
「ああ、たしかに。これらの装飾品はロザリンが持っていたのを見かけたな。趣味が悪いので覚えている。森の石をふんだんに使ったカエルのブローチに、夜の石を使ったコウモリの髪飾りなど、値段だけは高そうだった」
耐えきれずミルザム子爵がステージに上がった。その顔は憤怒に染まり、討伐のときでさえ見たことがないほど目がつり上がっている。
「ブレイズ……お前というヤツは!! テティス嬢、申し訳ない! お金はすべてお返しする。どうか見捨てないでやってくれ」
ブレイズの頭を押さえつけ、ミルザム子爵が一緒に頭を下げた。それをブレイズは強気ではねのける。
「父上、頭を下げることはありません! どうせテティスはウチに嫁いで財産を手にするんですから」
「バカなことを! お前に誠意はないのか⁉」
「父上だって、友人のシェダル子爵に頼み込まれたから、仕方なく婚約を了承したんでしょう⁉」
「そんなことはない!」
「でも母上がそう言ってました!」
「っ……、ダリア?」
信じられない思いでミルザム子爵は夫人を振り返り、目をそらされて愕然とする。二の句が継げないミルザム子爵の隣で、ブレイズが勢いづく。
「テティス! お前のような病気持ちをもらってやるというのに、こんなことをしてタダではすまさないぞ! ――知っているか? お前が陰でなんと言われているか」
「……ええ。呪われた令嬢……でしょう?」
「なんだ、知っていたのか。いいか、呪われた女を妻に迎えたいヤツなどいない。今ここで皆に聞いてみろ!」
ブレイズは聴衆に向かって手を広げた。
「誰か! 体に鱗があらわれるような、呪われた女と結婚したいヤツはいるか⁉ まだ完治はしていない。額に鱗が残っているからな!」
(あんのクズ……)
もう我慢ならないとセレーネが一歩踏み出す。それをたくましい腕が横から遮った。シルバーグレイの袖を見上げていくと紅茶色の赤毛にたどり着く。
テティスから目をそらす男たちを尻目に、ラルフはステージに飛び上がった。
「ここにいるぜ」
「――なっ⁉ ラルフ、正気か? 今は治まっているようだが、いつまた鱗だらけになるかもしれないんだぞ⁉」
「人魚みたいでいいだろ? それにこの色がいい。髪の色と同じ青みがかった銀色。そそるだろう?」
ラルフに顔をのぞき込まれ、テティスは一瞬にしてゆでだこになった。
「し、信じられん!! 気持ち悪いだろ⁉ お前も呪われるかもしれないぞ⁉」
「もう黙れ!! さっきから聞くに堪えない。彼女は呪われてるんじゃない、神から祝福されてんだよ!」
「ベラトリクス伯爵様……」
「ラルフでいい」
感極まったテティスはこぼれそうな涙をどうにか押しとどめる。まだ赤みの残る顔を王太子アーサーへ向け、指を三本立てた。
「最後に! 三つ目の理由をお伝えしなければなりません!」
「……まだあるのか、聞こう」
「私は……、私は海の女神メレディスと契約した――海の聖女です!!」
「――何⁉」
アーサーは反射的に立ち上がり、目を瞠る。聴衆はおどろきに固まり、場はいっせいに静まり返った。それでもテティスは止まらない。
「我が国の法律では、聖女の嫁ぎ先は伯爵以上でなければならないと、定められていたはずです!」
聖女の力を上級貴族へ取り入れるために作られた法律だ。魔力至上主義の我が国では、それだけ聖女を重要視している。
周囲の視線をものともせず、テティスは畳みかける。
「ですから! 私とブレイズ様の婚約は無効ですっ!!」
納得したとばかりにアーサーが頷いた。
「わかった。シェダル子爵令嬢には後日、事実確認を行うとして。婚約についてだが、……ブレイズ」
「で、殿下……」
ブレイズの縋るような目つきに対して、アーサーの瞳は冷たい。
「そなたがシェダル子爵令嬢を疎んじていることはよくわかった。よって、婚約破棄を認める」
「ま、待ってください! 婚約したのは海の聖女とわかる前ですし、それならこのまま結婚するのが道理でしょう?」
「何を言う。呪われることをおそれているのだろう? よかったではないか」
「おそれてなど――」
「ああ、借りた金はキッチリと返すように!」
「ぐっ……」
唇を噛んだブレイズはテティスにつかみかかる。伸ばされた手は、ラルフによってあえなく捻り上げられた。
「は、離せ! テティス! どうして聖女であることを黙っていたんだ!! 聖女と知っていれば」
「知っていれば、なんだ? 返答次第では腕をへし折るぞ?」
「痛ててっ、離せよ! お前には関係ないだろう!」
「あるぜ。お前みたいな奴を野放しにしておくと、男性不信者が増えるだろうが」
そこへ顔を真っ赤にしたミルザム子爵が近づいて、わなわなと震える拳を握りしめた。
「ち、父上! 助け――」
ブレイズの言葉に被せるようにして、ゴッという鈍い音がした。ミルザム子爵は無言でテティスに深々と頭を下げ、ブレイズの首根っこをつかんで引きずっていく。そのあとを青ざめた夫人が追いかけていった。
アーサーが舞台袖に向かって歩き出す。
「ではここまで! 皆の者、パーティーを楽しんでくれ」
「――ちょっと、お待ちになって!!」
まだ終わっていない。逃がしてなるものか。




