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第八章 07 婚約届けが受理されない

 ロザリンはまだ意識が戻らない。セレーネが土魔法で馬車を作って運び、討伐隊は北の砦まで戻った。

 砦の門がひらくと同時にブレイズがロザリンに走り寄る。アーサーと取っ組み合いのケンカをして、父親のミルザム団長からお留守番を言いつけられたらしい。

 なのにまたアーサーとケンカしそうになり、ブレイズはミルザム団長の部下に連れられて領地へ戻された。


「ハアァ……。まったく、疲れましたわ」


 セレーネはロザリンをベッドに寝かせ、そばでウロウロと落ち着かないアーサーに椅子を勧める。


「こちらへどうぞ」

「ああ、すまない」

「……ところで殿下、お聞きしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「ロマティカに操られていたと見せかけて、素面しらふでしたわね?」

「ああ……、あ⁉ いや、最初に剣を持ったときは、本当に体の自由がきかなかったのだ!! 切りつけたのは本意ではないからな⁉」

「ふ~ん?」


 あたふたとアーサーが言い訳するには、セレーネに吹き飛ばされたあと一度は正気を取り戻した。次に術をかけられたときには、自力で解くことができたという。大勢に対して術をかけたせいで、効力が弱まったのだろう。


「私もそなたに吹き飛ばされたのだし、ここはひとつ、痛み分けとしないか?」

「……、いいでしょう」

「どこか痛いんですかぁ?」

「「ロザリン(様)⁉」」


 ベッドから起き上がったロザリンは、おもむろに胸の前で手を組んだ。その手はほのかなピンク色の光をびはじめ、セレーネもアーサーも顔を引きつらせる。思い出すのは灼熱しゃくねつ地獄だ。


「ロザリン様⁉ いったい何を――」

「ま、待て、ロザリン! 話せばわかる!!」


 ロザリンから放たれた淡い光がセレーネたちを包む。ギュッと目をつむったが痛みも熱もなく、治癒の魔法だと気づく。それはとても弱々しい力だった。


「誰も怪我はしておりませんわ。でも、ありがとうございます」

「ロザリン、気分はどうだ? 痛いところはないか?」


 ベッドのふちに腰かけた途端、ロザリンは大粒の涙をポロポロとこぼし、アーサーはおおいに狼狽うろたえた。


「やっ、やはりどこか――」

「ロザリンはもう、愛の女神ではなくなりました! 魔法も、これだけしかっ」

「ロザリン……、そなたは私にとっての愛の女神だ。それではダメか?」

「う、うぅ……アーサーさまぁぁ……」


 セレーネはそっと離れて部屋をあとにした。馬には蹴られたくないし、セレーネにも会いたい人がいる。

 居館の外には人垣ができていた。その中からミルクティ色の髪を見つけて手を振る。セレーネに気づき、レオネルが血相を変えて叫んだ。


「セレーネ、危ない!!」

「――え?」


 立ち止まったセレーネの目の前に、剣が降ってきた。最初に腰が抜け、遅れて心臓がバクバクと騒ぎはじめる。


「勝者、レオネル!!」


 レグルス辺境伯の陽気な声と、男たちの歓声があがる。レオネルは人垣をき分けて走り寄り、セレーネの体を確かめた。


「痛いところは? どこも怪我はないか?」

「え、ええ……」

「すまなかった! あんなに飛ぶとは……」


 あれだけ戦ったあとだというのに剣の手合わせとは、元気なことだ。


「まだ戦い足りませんの?」

「どうしても……、負けられない相手だったから」

「ふぅん? どなたかしら?」

「――いやぁ、お見事です。負けてしまいました」


 レオネルと同じ方向からやって来たのは執事のレイヴンだ。ふたりのそばまでやって来てひざまずく。


「まさか、レオの相手って……」

「ええ、僭越せんえつながら。私程度を倒せないようでは、お嬢様をお預けするわけには参りませんので」

「もちろん僕が勝ったぞ! これで何も言わせない」

「おやおや、まだラスボスも倒していないのに。オリヴィア様には敵いませんがね」

「なにぃ⁉」


 火花を飛ばし合うふたりを前に、セレーネはゆらりと立ち上がる。

 セレーネの人生は一筋縄ではいかない。何気ないひとときに剣が降ってくるし、遭遇する魔獣は最強最悪なものばかり。それでも道を選ぶのは自分自身でありたい。その結果がハードモードであるならば、迎え撃つまでだ。


「わたくしの人生はわたくしが決めるの! 勝手に争わないでちょうだい!」

「フッ、それもそうだな」

「それでこそお嬢様です」


 セレーネの意気込みをさかなにして、まわりも異様な盛り上がりを見せる。まだ昼間だというのに酒をあおっているようだ。

 ご機嫌な討伐隊は、一晩を北の砦で過ごしたのち、それぞれの領地へと戻って行った。


 討伐した魔獣は姿を消したが、プレートにはちゃんと記録が残っていた。さらに証拠としてレオネルの魂で作った聖杯は、王家に献上した。これにより各家には褒章ほうしょうが与えられ、もっとも活躍したレオネルとラルフは伯爵位と領地をたまわった。

 我が国の爵位は、貢献度はもちろんのこと、魔力保有量で査定される。低魔力とされていたラルフの活躍に疑問を持った宮廷魔術師団により、石版の性能も見なおされ、ラルフの魔力が思いのほか高いことが証明された。それゆえの伯爵位だ。


 ――という話をセレーネは、シリウス公爵家の修練場でふたりから聞かされた。転移魔法を習いたいレオネルと、闇魔法の有効な使い方を知りたいラルフが研修に訪れるようになったので、セレーネもたびたび家に帰っている。


「ラルフ様が賜わったベラトリクス領はともかく、レオネル様のカストル領は悪意を感じますわ」


 カストル領は北の砦の手前にある領地で、王領を切り分けて新しく作られた。住んでいる民は最低限の生活を強いられているようで、子どもたちにすら笑顔がない。けわしい岩山に囲まれており、魔獣にもおびえて暮らしている。


「でもやりがいはあるよ。レグルス領からも人手を借りられるし、活気のある領地にしてみせるさ」

「そうですわね。わたくしもお手伝いいたしますわ!」

「ああ、頼りにしてる」


 ほかにも賜わったものがある。

 ふたりとも剣の柄頭つかがしらにはめ込む褒章珠ほうしょうだまには喜んだ。数ある褒章珠の中でも最上級のものらしい。


「そんなにいいものなの?」

いくさ女神の加護を受けた特注品でね。この珠を取りつけた武器は絶対に壊れないし、老朽化ろうきゅうかもしない。まごうことなき神の性能なんだ」

「しかも、いろんな武器につけ替えられるってのがいいよな!」

「ふ~ん?」


 戦の聖女にしか作れない特別な珠で、戦の聖女が不在の今、ものすごく希少価値が高いという。

 説明しながらも、ふたりはじゃれ合うように剣を合わせる。

 ただ、ラルフは少し浮かない顔だけれど。


「ハァ……、爵位とか領地はいらなかった。気が重い」

「あら、どうしてですの? アルドラ男爵は大喜びだったでしょう?」

「俺は平民として生きていくほうがしょうに合ってるんだよ」

「貴族としても申し分ないと思いますけど」


 口の悪いラルフだが、勤勉で責任感もある。アルドラ領の領民たちにはしたわれていた。きっとベラトリクス伯爵領でもうまくやっていくことだろう。


「それより、セレーネ嬢に褒章が出ないってのが気に食わねぇな」

「いいのです。わたくしもクリスティンも、今回は勉強として参加したのですから」


 討伐隊の参加年齢は十八歳だ。それを無視して参加したのだから弾かれてもしょうがない。セレーネに褒章を与えてしまったら、今後も年齢を無視した無謀な参加を許すことになる。

 それをわかっていながらも、レオネルまで顔をしかめた。


「だけどセレーネは、殿下に参加を強要されたようなものじゃないか」

「あれは非公式なうえに、殿下の独断でしたから」


 後日、アーサーからは謝罪の手紙とお菓子をいただいた。お菓子はありがたくいただいたが、手紙の内容は……謝罪は最初の一行だけで、あとは延々とロザリンとの仲を王妃へ進言してほしいという嘆願だった。すぐさま火にくべたのは言うまでもない。


 ロザリンは“女神の化身けしん”枠から外され、力もほとんど残っていないことから王太子の婚約者ではなくなった。とはいえアーサーはまだあきらめていないし、セレーネとしてもふたりの仲は応援したい。

 目下もっかの問題は、セレーネとレオネルの婚約届が受理されないことだ。


「レオのほうにも、承認の知らせはまだ届きませんの?」

「……ああ、もう三ヶ月も経つというのに」


 ふたりの婚約は両家のあいだでも歓迎され、すぐに婚約届を提出した。にもかかわらず、いつまで経っても承認の知らせ――王家の許可証が届かない。

 おかげでレオネルと婚約したことを、アイリスやテティスに報告できずにいるのだ。冬休みはとっくに明けている。特にアイリスには、レオネルについての誤解を解いておきたいのに、口だけの婚約では説得力がない。


 アーサーに話しかけてものらりくらりとかわされるばかり。奇しくも明日は三年生の卒業式だ。そのあとにはパーティーもある。王家の代表としてアーサーも出席するはずだ。


「明日こそは殿下を捕まえて、じっくりと問い詰めてやりますわ」

「僕も明日は参加することにした。君をエスコートしてまわりを牽制けんせいしておかないとね」


 ひと足先に卒業したレオネルたちだが、卒業式やパーティーへの参加は推奨されている。在校生として門出を祝う立場にあるセレーネにとっても、大切なイベントだ。


「ラルフ様はどうされるの?」

「俺は……そうだな、冷やかしに行ってみるか」

「おふたりがそろえば、華やかな卒業パーティーになりますわね」


 ふたりは女子生徒たちの憧れだ。令息という立場ではなく、すでに爵位も得ている。牽制しなければならないのはセレーネのほうだろう。悪役令嬢ぶりを発揮する未来が頭をよぎり、少々不安な気持ちで卒業式を迎えるのであった。



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