第八章 05 恋が叶って鬼に金棒
口の端を上げ、レオネルは挑戦的な目で怜央を睨む。「うっ」と怯んだ怜央だったが、すぐに前のめりになった。
「頼む!! どうしても月衣と一緒にいたいんだ! 月衣のいない世界なんて……」
「怜央……」
月衣と同じ気持ちでいてくれた。それだけでセレーネは報われた気がする。できればこの先もずっと一緒にいたいが、レオネルにとってはいい迷惑だろう。チラリとレオネルを窺えば、苦虫を噛みつぶしたような顔になっている。
「言っておくが、今のセレーネ嬢を好きなのは僕だからな! 怜央が好きなのは月衣とやらだけだろう?」
「そんなことは!」
「どうだか?」
言い合うふたりを見ながら、セレーネはふと思い出す。
「あら? でもレオネル様がお好きなのはロザリン様ではなくて? うれしそうにお話していたでしょう?」
「あれは怜央だぞ⁉ 僕はああいう女性は苦手だ」
「……そうなの? 怜央」
セレーネの瞳からフッと光が消えた。怜央は反射的に後ずさる。
「いやだって、ロザリンちゃんはラルフの妹じゃないか! 友達の妹は、自分の妹も同じだろう?」
「ハアァァ……、あなたって人は」
セレーネは深いため息をつき、額をさする。昔から怜央はそういうところがある。「友達の友達は皆友達だ」を地で行く人なのだ。懐かしくも苦い思い出がいろいろと駆けめぐる。
会話が途切れたところで、運命の女神フォルトナが『さて』と割り込んだ。
『言いたいことは言えたかの? あまり長く時を止めるのもまずい』
セレーネも怜央も、レオネルに決定を委ねるしかない。
「レオネル様……」
「言わないでくれ! わかってる。……君たちの絆は強い」
セレーネの縋るような視線から目をそらし、レオネルはフォルトナを見上げた。
「怜央を受け入れよう」
怜央は思わず喜びの声をあげた。
「――レオネル、ありがとう!」
「魔力が増えるのは都合がいい。それに同じ女性を好きになったのは幸いだった」
「そうだね」
どちらからともなく手を差し伸べて、ふたりは固く握り合った。フォルトナがその上に手をかざす。
『では参ろうかの。――フュージョン!!』
本当にこれでよかったのだろうか。溶けゆくふたりを見てセレーネは手を伸ばしそうになる。そんなセレーネの肩に、シンシアが手を置いた。
『心配はいりませんよ』
「……そうね」
最後に見たふたりの顔に憂いはなかった。大丈夫、きっとうまくいく。
(ふたりとも、わたくしが必ず幸せにしてみせるわ!)
祈るように手を組んで見守るなか、怜央とひとつになったレオネルがゆっくりと目をあけた。開口一番、すっとんきょうな声を出す。
「セレーネ嬢、縮んでないか?」
「……レオネル様が大きくなったのですわ」
フュージョン前は身長一九〇センチほどであったと思うが、今は三メートル近くある。まぎれもなくレオネルのほうが巨人になったのだ。
そのレオネルよりもさらに大きい女神フォルトナは『ふむ』と顎に左手をやり、レオネルの頭に右手を置いた。
『どれくらい残すかの?』
「うっ……、お手柔らかに頼む」
『そちらの娘は一九〇%か。同じくらいにしておくかの。両手を前に出せ』
セレーネは息を飲み、両手を差し出したレオネルは、あきらめたように遠くを見つめる。ところがフォルトナはレオネルを叱りつけた。
『これ、集中せぬか! 今から聖杯を作るのだから』
「「聖杯⁉」」
いきなり降って湧いた単語に戸惑い、セレーネはシンシアを見上げた。
シンシアはすまし顔で頷く。
『あの砦を覆っている瘴気は厚く、私たちは地に降り立てません。ですがレオネルの魂で聖杯を作れば、きっと道がひらけます』
『そういうことだの。さぁ、両手を出して、手の平に力を集めるのだ』
フォルトナに追い立てられ、レオネルは手の平に集中する。そのあいだにセレーネはシンシアにせっついた。
「シンシア、具体的にはどうすればいいの?」
『ロマティカを回収できるのは女神だけです。あなたたちには、神が通る道を作ってもらいます』
「聖杯で道を? そんなことが……」
『あなたたちなら、できると信じています』
にっこりと笑うシンシアとは逆に、セレーネは顔を引きつらせた。できるかどうかは自分たち次第。責任重大と書いてある爆弾を持たされた気分だ。
『完成したようですよ』
シンシアにつられて前を向く。
目を離していた隙に、レオネルはもとの大きさに戻っていた。
「あら? 体の大きさが……」
手には金色のカップが光っている。
形からして土台のないトロフィーカップみたいだ。
「まさか、怜央が聖杯に⁉」
「大丈夫だよ。怜央も僕の中にいる」
「ホッ、そうなのね」
セレーネはシンシアに背中を押され、レオネルの隣に立つ。
『さぁ、ふたりとも。頼みましたよ』
頷いたセレーネたちは手をつなぐ。途端に白い光に包まれて、一瞬の静けさから喧噪の最中へと放り出された。
魔獣の唸り声に騎士たちの怒号。すえた血の匂い。そして、目の前に迫るのは剣を持ったアーサーと近衛ふたりだ。その後ろにはロザリン――の皮を被ったロマティカもいる。
剣を抜こうとしたレオネルの腕を引き、魔法で土壁を立ち上げた。女神の領域にいたせいか、魔力が回復している。
「レオネル様は水をお願いします!」
「しかし――」
「あなたが走ったほうが早いわ。見晴台で落ち合いましょう!」
「……わかった。無茶はしないでくれよ!」
聖杯を握りしめ、レオネルは居館へと走った。
シンシア曰く、この地域を覆っている瘴気は、天界からの物資を弾くほど強力なものらしい。だが『人間の魂で作った聖杯ならば通り抜けられるだろう』という女神たちの目論見は成功した。あとはきれいな水があればいい。
セレーネが築いた土壁は、近衛たちの体当たりでもろくも崩れ落ちる。
「何を企んでおるのじゃ?」
レオネルの後ろ姿を目で追いつつも、ロマティカはセレーネを警戒して動かない。セレーネは口もとに弧を描く。
「何も。ただ、レオネル様とは気持ちが通じ合った。それだけよ」
「ほう……、知っておるか?」
薄ら笑いを浮かべてロマティカは宙に浮かんだ。
「愛の女神は、恋人たちを別れさせることもできるのじゃ」
「……知っているわ。あなたがロザリン様を使ってやってきたことだもの」
学園で男子生徒を侍らせていたのは記憶に新しい。愛のない婚約者との別れだけでなく、恋人たちがケンカ別れした話もたくさん聞いた。
しらばっくれているのか、本当に心当たりがないのか。心外だという顔をして、ロマティカはかわいらしく首をかしげる。
「はて? ロザリンの力は妾の半分しかなかった。それしきのことで別れるのなら、それは愛ではなかろう?」
「――間違っているわ」
「なんじゃと?」
「愛は育てるものよ。芽生えたばかりの若葉をも、あなたは踏みにじったの」
「ふん……、人間ごときが知ったふうな口を。レオネルもすぐに妾の虜になる。指をくわえて見ておれ」
ふわりふわりとロマティカが上昇していく。ずいぶんと侮られたものだ。
「させないわ!!」
セレーネも宙に浮かび、黒扇子を取り出して風をまとわせる。バッとひらいて竜巻をお見舞いした。勢いあまってアーサーたちまで吹き飛んでしまったが、標的からはズレており、怪我をするほどでもないはずだ。しばらく伸びていてくれるほうがありがたい。
結界まで飛ばされたロマティカが唸り声をあげた。血走った目をギラつかせ、ハート型に手を組む。
「妾の偉大さを思い知れ!!」
特大の熱球を放たれても、セレーネは恐怖を感じなかった。満たされた気持ちが魔力を押し上げていく。今なら周囲に人がいない。派手にやっても被害は少ないだろう。得意の風雷魔法を扇子にまとわせ、渾身の衝撃波でハート型の熱を押し返す。
「悪役令嬢は……、強くてなんぼ! ですわっ!!」
「何っ⁉ そんなばかな!!」
セレーネにこんな力があるとは思わなかったのだろう。直撃は免れたロマティカだったが、風圧により吹き飛んだ。熱を帯びた蒸気が辺りを霞ませる。
今までセレーネは防御しか取らなかった。たくさんの人を守りながら戦うなんて初めてのこと。人を巻き込むのがこわかったのだ。全員がシリウス領兵団のように強くはないだろうから。
(さすがに限界ね……)
魔力切れで黒猫の姿になり、地表に向かって落ちていく。気絶しないのが、アイリスが作る魔道具のよいところだが、着地する力は残っていないようだ。
キュッと目をつむったセレーネに衝撃が襲う。だが思ったほどではない。グッと呻いたものの、セレーネは温かい腕に包まれていた。これは――
(……レイヴン?)
声に出したはずなのに、出てきたのは「ニャー」という猫らしい声だ。そういえばアイリスが言っていた。魔力切れによって黒猫になると、魔力を温存するために人間の言葉を伝える回路が閉じるのだと。セレーネは身をよじらせてもがく。
(レイヴン降ろして! 指輪の石で魔力を回復したいのよ!)
ちょうどレイヴンの腕が指輪のある前足を押さえている。腕の中で暴れる黒猫に、レイヴンは蕩けるような笑顔を向けた。
「お嬢様、とうとう本物の猫になられましたか。ええ、ええ。このレイヴン、一生お世話いたしましょう!」
「ウゥゥ、ニャー! (冗談じゃないわ、離して!)」
「ご安心ください。愛猫家として私の右に出る者などおりません」
「フミャーッ!! (いい加減にして!!)」
ガブリとレイヴンの手に噛みつき、緩んだ腕から抜け出す。地に降り立ったセレーネは、指輪の石に顎を乗せた。すぐに魔力はみなぎって、黒猫からセレーネの姿に戻る。噛まれた手をさすりながら、レイヴンは名残惜しそうに見つめた。
「ああ、戻ってしまわれた……」
「猫が飼いたければ黒猫以外にしてちょうだい! ところで、怪我はもういいの?」
「はい。癒やしの光で全快いたしました」
「……そう、ロザリン様に助けられたわね」
ロザリンのことは嫌いではない。世間知らずでズレたところはあるけれど、彼女からは悪意が感じられなかった。
(もとのロザリン様に戻ってもらうわ!)




