表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/70

第八章 05 恋が叶って鬼に金棒

 口の端を上げ、レオネルは挑戦的な目で怜央を睨む。「うっ」とひるんだ怜央だったが、すぐに前のめりになった。


「頼む!! どうしても月衣と一緒にいたいんだ! 月衣のいない世界なんて……」

「怜央……」


 月衣と同じ気持ちでいてくれた。それだけでセレーネはむくわれた気がする。できればこの先もずっと一緒にいたいが、レオネルにとってはいい迷惑だろう。チラリとレオネルをうかがえば、苦虫を噛みつぶしたような顔になっている。


「言っておくが、今のセレーネ嬢を好きなのは僕だからな! 怜央が好きなのは月衣とやらだけだろう?」

「そんなことは!」

「どうだか?」


 言い合うふたりを見ながら、セレーネはふと思い出す。


「あら? でもレオネル様がお好きなのはロザリン様ではなくて? うれしそうにお話していたでしょう?」

「あれは怜央だぞ⁉ 僕はああいう女性は苦手だ」

「……そうなの? 怜央」


 セレーネの瞳からフッと光が消えた。怜央は反射的に後ずさる。


「いやだって、ロザリンちゃんはラルフの妹じゃないか! 友達の妹は、自分の妹も同じだろう?」

「ハアァァ……、あなたって人は」


 セレーネは深いため息をつき、額をさする。昔から怜央はそういうところがある。「友達の友達はみな友達だ」をで行く人なのだ。懐かしくも苦い思い出がいろいろと駆けめぐる。

 会話が途切れたところで、運命の女神フォルトナが『さて』と割り込んだ。


『言いたいことは言えたかの? あまり長く時を止めるのもまずい』


 セレーネも怜央も、レオネルに決定をゆだねるしかない。


「レオネル様……」

「言わないでくれ! わかってる。……君たちのきずなは強い」


 セレーネのすがるような視線から目をそらし、レオネルはフォルトナを見上げた。


「怜央を受け入れよう」


 怜央は思わず喜びの声をあげた。


「――レオネル、ありがとう!」

「魔力が増えるのは都合がいい。それに同じ女性を好きになったのは幸いだった」

「そうだね」


 どちらからともなく手を差し伸べて、ふたりは固く握り合った。フォルトナがその上に手をかざす。


『では参ろうかの。――フュージョン!!』


 本当にこれでよかったのだろうか。溶けゆくふたりを見てセレーネは手を伸ばしそうになる。そんなセレーネの肩に、シンシアが手を置いた。


『心配はいりませんよ』

「……そうね」


 最後に見たふたりの顔にうれいはなかった。大丈夫、きっとうまくいく。


(ふたりとも、わたくしが必ず幸せにしてみせるわ!)


 祈るように手を組んで見守るなか、怜央とひとつになったレオネルがゆっくりと目をあけた。開口一番、すっとんきょうな声を出す。


「セレーネ嬢、ちぢんでないか?」

「……レオネル様が大きくなったのですわ」


 フュージョン前は身長一九〇センチほどであったと思うが、今は三メートル近くある。まぎれもなくレオネルのほうが巨人になったのだ。

 そのレオネルよりもさらに大きい女神フォルトナは『ふむ』と顎に左手をやり、レオネルの頭に右手を置いた。


『どれくらい残すかの?』

「うっ……、お手柔らかに頼む」

『そちらの娘は一九〇%か。同じくらいにしておくかの。両手を前に出せ』


 セレーネは息を飲み、両手を差し出したレオネルは、あきらめたように遠くを見つめる。ところがフォルトナはレオネルをしかりつけた。


『これ、集中せぬか! 今から聖杯を作るのだから』

「「聖杯⁉」」


 いきなり降って湧いた単語に戸惑い、セレーネはシンシアを見上げた。

 シンシアはすまし顔で頷く。


『あの砦を覆っている瘴気は厚く、私たちは地に降り立てません。ですがレオネルの魂で聖杯を作れば、きっと道がひらけます』

『そういうことだの。さぁ、両手を出して、手の平に力を集めるのだ』


 フォルトナに追い立てられ、レオネルは手の平に集中する。そのあいだにセレーネはシンシアにせっついた。


「シンシア、具体的にはどうすればいいの?」

『ロマティカを回収できるのは女神だけです。あなたたちには、神が通る道を作ってもらいます』

「聖杯で道を? そんなことが……」

『あなたたちなら、できると信じています』


 にっこりと笑うシンシアとは逆に、セレーネは顔を引きつらせた。できるかどうかは自分たち次第。責任重大と書いてある爆弾を持たされた気分だ。


『完成したようですよ』


 シンシアにつられて前を向く。

 目を離していた隙に、レオネルはもとの大きさに戻っていた。


「あら? 体の大きさが……」


 手には金色のカップが光っている。

 形からして土台のないトロフィーカップみたいだ。


「まさか、怜央が聖杯に⁉」

「大丈夫だよ。怜央も僕の中にいる」

「ホッ、そうなのね」


 セレーネはシンシアに背中を押され、レオネルの隣に立つ。


『さぁ、ふたりとも。頼みましたよ』


 頷いたセレーネたちは手をつなぐ。途端に白い光に包まれて、一瞬の静けさから喧噪けんそう最中さなかへと放り出された。



 魔獣の唸り声に騎士たちの怒号。すえた血の匂い。そして、目の前に迫るのは剣を持ったアーサーと近衛ふたりだ。その後ろにはロザリン――の皮を被ったロマティカもいる。

 剣を抜こうとしたレオネルの腕を引き、魔法で土壁を立ち上げた。女神の領域にいたせいか、魔力が回復している。


「レオネル様は水をお願いします!」

「しかし――」

「あなたが走ったほうが早いわ。見晴台で落ち合いましょう!」

「……わかった。無茶はしないでくれよ!」


 聖杯を握りしめ、レオネルは居館へと走った。

 シンシアいわく、この地域を覆っている瘴気は、天界からの物資を弾くほど強力なものらしい。だが『人間の魂で作った聖杯ならば通り抜けられるだろう』という女神たちの目論見もくろみは成功した。あとはきれいな水があればいい。

 セレーネが築いた土壁は、近衛たちの体当たりでもろくも崩れ落ちる。


「何をたくらんでおるのじゃ?」


 レオネルの後ろ姿を目で追いつつも、ロマティカはセレーネを警戒して動かない。セレーネは口もとにを描く。


「何も。ただ、レオネル様とは気持ちが通じ合った。それだけよ」

「ほう……、知っておるか?」


 薄ら笑いを浮かべてロマティカは宙に浮かんだ。


「愛の女神は、恋人たちを別れさせることもできるのじゃ」

「……知っているわ。あなたがロザリン様を使ってやってきたことだもの」


 学園で男子生徒をはべらせていたのは記憶に新しい。愛のない婚約者との別れだけでなく、恋人たちがケンカ別れした話もたくさん聞いた。

 しらばっくれているのか、本当に心当たりがないのか。心外だという顔をして、ロマティカはかわいらしく首をかしげる。


「はて? ロザリンの力は妾の半分しかなかった。それしきのことで別れるのなら、それは愛ではなかろう?」

「――間違っているわ」

「なんじゃと?」

「愛は育てるものよ。芽生えたばかりの若葉をも、あなたは踏みにじったの」

「ふん……、人間ごときが知ったふうな口を。レオネルもすぐに妾のとりこになる。指をくわえて見ておれ」


 ふわりふわりとロマティカが上昇していく。ずいぶんとあなどられたものだ。


「させないわ!!」


 セレーネも宙に浮かび、黒扇子を取り出して風をまとわせる。バッとひらいて竜巻をお見舞いした。勢いあまってアーサーたちまで吹き飛んでしまったが、標的からはズレており、怪我をするほどでもないはずだ。しばらく伸びていてくれるほうがありがたい。

 結界まで飛ばされたロマティカが唸り声をあげた。血走った目をギラつかせ、ハート型に手を組む。


「妾の偉大さを思い知れ!!」


 特大の熱球を放たれても、セレーネは恐怖を感じなかった。満たされた気持ちが魔力を押し上げていく。今なら周囲に人がいない。派手にやっても被害は少ないだろう。得意の風雷魔法を扇子にまとわせ、渾身こんしんの衝撃波でハート型の熱を押し返す。


「悪役令嬢は……、強くてなんぼ! ですわっ!!」

「何っ⁉ そんなばかな!!」


 セレーネにこんな力があるとは思わなかったのだろう。直撃はまぬかれたロマティカだったが、風圧により吹き飛んだ。熱を帯びた蒸気が辺りをかすませる。

 今までセレーネは防御しか取らなかった。たくさんの人を守りながら戦うなんて初めてのこと。人を巻き込むのがこわかったのだ。全員がシリウス領兵団のように強くはないだろうから。


(さすがに限界ね……)


 魔力切れで黒猫の姿になり、地表に向かって落ちていく。気絶しないのが、アイリスが作る魔道具のよいところだが、着地する力は残っていないようだ。

 キュッと目をつむったセレーネに衝撃が襲う。だが思ったほどではない。グッとうめいたものの、セレーネは温かい腕に包まれていた。これは――


(……レイヴン?)


 声に出したはずなのに、出てきたのは「ニャー」という猫らしい声だ。そういえばアイリスが言っていた。魔力切れによって黒猫になると、魔力を温存するために人間の言葉を伝える回路が閉じるのだと。セレーネは身をよじらせてもがく。


(レイヴン降ろして! 指輪の石で魔力を回復したいのよ!)


 ちょうどレイヴンの腕が指輪のある前足を押さえている。腕の中で暴れる黒猫に、レイヴンはとろけるような笑顔を向けた。


「お嬢様、とうとう本物の猫になられましたか。ええ、ええ。このレイヴン、一生お世話いたしましょう!」

「ウゥゥ、ニャー! (冗談じゃないわ、離して!)」

「ご安心ください。愛猫あいびょう家として私の右に出る者などおりません」

「フミャーッ!! (いい加減にして!!)」


 ガブリとレイヴンの手に噛みつき、緩んだ腕から抜け出す。地に降り立ったセレーネは、指輪の石に顎を乗せた。すぐに魔力はみなぎって、黒猫からセレーネの姿に戻る。噛まれた手をさすりながら、レイヴンは名残惜しそうに見つめた。


「ああ、戻ってしまわれた……」

「猫が飼いたければ黒猫以外にしてちょうだい! ところで、怪我はもういいの?」

「はい。癒やしの光で全快いたしました」

「……そう、ロザリン様に助けられたわね」


 ロザリンのことは嫌いではない。世間知らずでズレたところはあるけれど、彼女からは悪意が感じられなかった。


(もとのロザリン様に戻ってもらうわ!)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ