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第八章 04 女神に呼ばれて

 こんなにも温かい腕が、大好きな人が、セレーネを死地しちに追いやろうとしている。打ちひしがれた黒猫の耳に、ロマティカの不思議そうな声が届いた。


「……レオネル? どうした、猫をこちらへ」


 セレーネが身をよじって振り返ると、先ほどよりロマティカたちから距離が離れている。進んだのではなく下がったのか。どうして、と見上げたセレーネの瞳に、剣呑けんのんな表情をしたレオネルが映った。


「君は誰だ⁉ ロザリン嬢に何をした?」


 今度はロマティカが大きく目をみはった。


「……わらわの力がおよばぬとは、お前も女神の愛し子か? いや、ありえぬ。女神は“男”とは契約せぬからな」

『えっ? どうしてなの?』


 思わず口を挟んだセレーネだったが、混乱しているロマティカは爪を噛み、聞かれるままに答えた。

 いわく――この世界に最初の国ができたとき、男神と女神のふたはしらが舞い降りた。女型をえらく気に入った初代国王は、女神像だけを建てた。それ以来、人間の前では女の姿を取るようになった。


「本来、神に性別などない。だが、男型をまとって降りた神は怒ってな。それで、男とは契約しないのが暗黙あんもくの了解なのじゃ」

『……なんとも申し訳ない。人間を代表して、その神にあやまりますわ』


 猫の姿で人間代表は無理がある。まぁ、ロマティカは聞いていないけれど。「そうだ、あり得ぬ」と軽く首を振って、くるりとまわってみせた。それだけでアーサーも近衛たちも頬を赤らめる。


「もう一度言う。レオネル、その猫をよこすのじゃ」

「断る!!」

「うぅぅうぅ……。お前のような美しい男を失うのはしいが……仕方ない。せめてひと思いに殺してやろう!!」


 合わさった手からピンクのハートが飛び出した。難なく避けたレオネルだったが、建物にぶつかり破裂はれつした場所を見て顔をしかめた。


「剣じゃ無理だな」


 黒猫を片腕に抱き、レオネルは窓から外へ飛び出す。後ろから迫り来る追撃を避け、り組んだ倉庫の裏手にまわる。辺りを警戒しながらレオネルは黒猫を下ろした。


「セレーネ嬢、女神と会うにはどうすればいい?」

『それは……、目を閉じてもらえるかしら?』

「この状況で?」

『うっ……そうよね』


 いつロマティカに見つかるかもわからない。無防備に目を閉じるのはセレーネだってこわい。

(恥ずかしいなんて言ってられないわ!)


『解除』と唱えてセレーネは人間の姿へ戻る。すぐに胸の下を押さえたが、大穴から肌が出ているのは丸見えだ。レオネルの体温は一気に上昇した。


「せっ、セレーネ嬢⁉ ふ、服が……」

「だから目を閉じてって言ったのにっ」

「そういうことだったのか! ごめん!!」


 顔をそむけながらもレオネルは上着を脱ぎ、セレーネを包むように被せた。汗でズッシリと重い上着はレオネルの匂いがする。それもがんばった人の匂いだ。


「きれいなものじゃないけど、ないよりはマシだろう」

「ありがとう」


 とはいえ、お腹を隠すには袖を通さないとむずかしい。アタフタするセレーネの気配に気づいたレオネルが後ろを向く。急いで袖に手を通し、ボタンを留めてお腹を隠した。


「もういいわ」

「……それで、どうすれば?」

「あのね、手を……つなぐの」


 女神シンシアが言うには、聖女三人でやった女神の会合を『ふたりで』やれとのことだった。「聖女が三人必要ではないのか」と問えば、『厳密げんみつに言えば、女神が手を貸した人間が三人いればいい』と、これまた納得のいかない答えが返ってきた。


(やれと言うのだから、やるしかないわ)


 ふたりで輪を作るように両手をつなぐ。セレーネの指輪が当たったのか、レオネルは手を引き寄せ、「これは、ムーンストーン?」とつぶやいた。こちらの世界で“ムーンストーン”といっても通用しない。“月の石”と呼ばれているのだから。

 セレーネは大きく目をみはった。


「……ええ、わたくしが生まれたときから持っていた石なの」

「なっ……それじゃ、セレーネ嬢は――」

「女神の愛し子。月の聖女よ」


 レオネルの目も大きくひらかれた。その瞳は不安げに揺れていて、口を何度もひらくのに言葉が出てこない。ゆっくりと待ちたかったけれど、不穏な影がそれを許さない。


「あちらを探すのじゃ!!」


 ロマティカの声が聞こえ、セレーネは急いで手をつなぎなおす。


「――天よ、道をひらけ!」


 呪文を唱える瞬間、運悪くロマティカたちに見つかった。「捕まえろ」とアーサーたちに命令するロマティカの動きが、途中で止まる。それだけではない。アーサーや近衛たちも足を踏み出したまま不自然に固まったのだ。


(時が止まったんだわ)


 ロザリンに女神を吸収させる隙を与えたのはこのためだ。女神のままでは、時を止めても動けるものだから。

 その光景を最後に、セレーネたちは意識を飛ばす。一瞬の空白をおいて、青空が見えるひらけた場所に立っていた。白い柱に囲まれたこの景色には見覚えがある。


 目の前には月の女神シンシアと、赤毛の女神。その後ろ髪はキッチリと結い上げているが、まっすぐな前髪は顔がスッポリと隠れるほどに長く、胸もとまである。手には巨大な糸切りバサミ。セレーネの記憶と合致がっちするのは運命の女神フォルトナだ。


『よし、来たの! 答えを聞かせてもらおうか?』


 フォルトナの声にハッとして横を見れば、レオネルともうひとり男性が立っている。それは月衣がずっと探していた愛しい夫――


怜央れお?」


 名前を呼ばれた男は、セレーネを見つめて瞳を揺らす。


「君は……月衣るい、なのか?」


 セレーネは答えに迷った。今の自分はセレーネだ。昔の月衣とは違う。

 怜央のよく知る月衣はもう――


「わたくしは、セレーネよ。月衣の記憶を持った別人……かしらね」


 反応を見るのがこわくて、セレーネは俯いたまま答えた。長い沈黙のあと、怜央はただひと言、「そうか」とつぶやいた。音のない世界がセレーネの心を冷たくさいなむ。


「ごめんなさい。わたくしの……私のわがままで、怜央を異世界に巻き込んでしまったわ」

「君の?」


 怜央は不思議そうな声で聞き返し、セレーネは顔をおずおずと上げる。


「そうよ、私がお願いしたの。怜央のいない世界なんて、生きる意味がないもの。でも、とても身勝手な願いだったと反省しているわ。怜央の気持ちも考えずに」

「違うよ」

「――え?」

「これは僕の願いだ。……僕の抜け殻を月衣がずっと揺すっていたのを、今でも覚えてる。それがいきなり動かなくなって――」


 怜央の体におおい被さるようにして、月衣も動かなくなってしまった。あせった怜央が月衣に声をかけるも反応がない。霊体の手ではれることもできない。そうこうするうちに意識が上に引っ張られていく。

 声にならない叫び声をあげて、怜央は強く神に願った。


「月衣のそばにいさせてくれって……、そしたらここに連れてこられて、フォルトナが言ったんだ。月衣が呼んでいると」


 怜央は運命の女神フォルトナを見上げて眉尻を下げる。


「だけど僕は信用しきれなくて……、だって月衣は怪我けがをしたわけじゃない。なのに突然、たましいが抜けることなんてありえないだろう?」


 怜央の言うことはもっともだ。「そうね」とセレーネは頷く。


「僕の願いは月衣とずっと一緒にいることだ。でも、眠ったようにしか見えない月衣を置いて異世界へ行くこともできない。だから、本当にこちらの世界に月衣がいるのか確かめる時間をもらったんだ」

「ああ、それで……」


 セレーネの鑑定眼に見えた“構成するもの”に怜央が入っていたのは、セレーネのように魂が融合ゆうごうしたわけではなかったのだろう。


「でもフュージョンじゃないなら、今はどういう状態なの?」

「あ~……、なんだっけ?」


 頭をいた怜央がフォルトナを見上げる。


『セッションだの』

「そう、それ! レオネルの体に間借まがりしてたっていうか」

「はぁ……」


 ハイジャックの次はセッションか。神は人間の魂で遊び過ぎだろう。思わずうろんな眼差しを向けると、フォルトナは愉快そうに肩を揺らした。


『レオネルと怜央は過去にひとつの魂だったからの。相性はいいはずだ。ただ、ふたりを足すと魂の大きさに人間のうつわが耐えきれない。そこでの。フュージョンさせたあと、魂を切り取らねばならぬ』

「「切り取る?」」


 なんとも物騒ぶっそうな言葉だ。ふたりの視線はフォルトナの持つ巨大なハサミに釘付けだ。

 ずっと黙っていたレオネルが、腕を組んでそっぽを向く。


「僕は何も困ってないから、融合なんてしなくていい。そのほうがセレーネ嬢を独占できるしな。さっさと元の世界へ戻ったらどうだ?」



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