表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/70

第八章 01 泣きっ面に蜂

 北の砦から北東の温泉地までは一日あれば着く。温泉地の手前――二キロ離れた小さな砦に陣を置き、結界を張った。負傷者などはここへ運び込む算段だ。

 レグルス辺境伯はここに王太子一行を残して進もうとしたが、こうあせる王太子がそれを許さない。


「ロザリンに功績をあげさせなければ、ここまで来た意味がない!」


 ミルザム団長と辺境伯のふたり掛かりで説得を試みたが、アーサーを止めることはできなかった。結局、砦は避難所として物資と治癒師、警備要員を数名残すにとどまり、日が昇るのを待って出立しゅったつすることとなった。ところが、その予定も大きく狂うことになる。


 その夜――数少ない干し草のシングルベッドに、ロザリンとセレーネは身を寄せ合って寝ていた。セレーネの眠りは浅く、寝返りを打ったときだった。真夜中の砦に男たちの怒号が響く。


「――敵襲、敵襲!! 総員、配置につけ!!」

「砦のまわりを囲まれているぞ!!」

「数はわかるか⁉」

「……だめだ、月が出ていない! とにかく大群だ!!」

「結界を強化しろ!!」


 セレーネは飛び起きてローブをまとう。部屋から出ようとしてすそを引かれ、ロザリンに捕まった。


「セレーネ様! どこ行くんですかっ⁉」

「少し様子を見てくるだけですわ」

「イヤですっ!! 一緒にいてくださいっ!」

「ここは砦の中心部で安全よ。状況を確認するだけで戻ってくるから」


 北の砦ほどではないが、この砦も周囲を分厚い城壁に囲まれている。二階建ての城壁の屋根は道幅も広く、凹凸おうとつのある狭間はざまがあり、そこには結界を張る魔術師や騎士が待機している。結界を破らないことには魔獣も入って来られない。


 いくらさとしても、ロザリンはすっかりおびえてセレーネを離さない。仕方なく誰かが来るのを待った。きっとアーサーが飛んでくるはずだ。ロザリンを落ち着かせるため、一緒にベッドへ腰かける。

 にわかに廊下が騒がしくなり、乱暴にドアがノックされた。


「ロザリン! 大丈夫か⁉」

「アーサーさまぁぁ!!」


 期待を裏切らない男、アーサーがやって来た。着の身着のままドアをあけようとするロザリンを引き止め、ガウンを羽織はおらせる。ドアをあけた途端、何ヶ月も会っていなかったかのような抱擁を見せつけられた。


「ロザリン!!」

「アーサー様!!」


 疲労をびたため息を飲み込んで、セレーネはそっと脇を通り抜ける。否、抜けられると思ったのだが、セレーネのローブをロザリンが引っ張り、バランスを崩したセレーネは、咄嗟とっさに伸ばされたアーサーの腕に収まってしまった。


「きゃっ⁉」

「セレーネ様も一緒!」

「そうかそうか、かまわないぞ」


 ロザリンともどもアーサーに抱きしめられて、セレーネは尻尾を踏まれた猫のような悲鳴をあげた。


「フギャァァァ――!!」


 それでもアーサーはふたりを離さない。おどろいた近衛とともに、あいているドアからレオネルが顔をのぞかせた。


「どうし――……あ、しっ、失礼した!!」

「え、ちょっと待っ……、レオネル様⁉」


 レオネルから見れば、セレーネとアーサーが抱き合っているように見えただろう。小柄なロザリンはセレーネに隠れて見えない位置だ。止める間もなくレオネルは走り去っていく。


(絶対に誤解されたわ!)


 腹立ち紛れにアーサーの足を踏み、緩んだ腕から抜け出す。鳥肌がすごい。後ろでアーサーが悶絶もんぜつしているが構うものか。腕をさすりつつ、セレーネは今度こそ部屋から飛び出した。


「辺りの様子をうかがって参ります。殿下、ロザリン様をよろしく!」

「――は? まっ待て、セレーネ!!」


 自分で守ると言ったではないか。ぜひ有言実行していただこう。廊下を走り抜けて三階の見晴台へ上がる。しかし、定員オーバーのようだ。足の踏み場がない。

 レグルス辺境伯のげきが飛ぶ。


「夜明けまでなんとかもたせろ!! 騎士は今のうちに休んでおけ!!」


 この暗闇で動くのは得策ではないだろう。見えるのは篝火かがりびの周囲だけ。砦の外は暗闇に包まれて何も見えない。異様な暗さだ。


 セレーネは二階の屋根に飛び降りた。屋根といっても中央の砦と城壁をつなぐ廊下になっている。走り抜けて城壁に近づくと、結界に体当たりするような鈍い音や、魔獣のうなり声がそこらじゅうから聞こえてきた。


(まるで待ち構えていたかのようね。魔獣が奇襲をかけてくるなんて……)


 魔獣は火をこわがり、知能は動物よりも低いとされている。学園の授業でそう習ったのだが、これは見なおすべきだろう。

 空を見上げれば月どころか、星すらも黒い雲におおわれている。セレーネは胸の前で手を組み、強く願った。


(女神シンシア、どうか月明かりで周囲を照らして!)


 セレーネの願いは――いつまで経っても叶わない。


(……シンシア? お願いよ! 月明かりで魔獣たちを照らしてちょうだい!!)


 空は暗雲がれ込めたまま。たとえ新月であろうとも、いつもならすぐに聞き届けられるのに、まるでシンシアに届いていないかのようだ。


「どうして……、シンシア?」


 立ち尽くすセレーネの頭に、か細い声が響く。

 よくよく神経を研ぎ澄ませてみれば、女性の声と思われた。


『……ネ、セレー……ネ……』

「はっ、シンシア⁉」

『――いは、……せ……』

「聞こえないわ!」


 セレーネはフュージョン後、はじめてシンシアと話したときのことを思い出す。それは女神の空間に一角ハクビを押しつけたときのことだ。


「そうだわ、女神の空間とつなげば……」


 持っていた黒扇子で空中に空間魔法陣を描く。それも簡略化した魔法陣ではなく、月の女神のシンボルを中心に描いた正式なもの。通常よりも強い力を持つ。


『セレーネ、聞こえますか?』

「ええ、聞こえるわ!」

『あなたのいる場所は瘴気におおわれ、私の力がおよびません。つなげた空間を通して、とても強い神力を感じます。これは――』


 シンシアの言葉を最後まで聞く前に、答えが上空にあらわれた。空中に浮かぶ美しい少女は、以前見たときよりも幼く見える。


「『――ロマティカ』」


 少女――ロマティカの体は十歳くらいの子どもの姿で、見たところ神器は持っていない。いつの間に入ったのか、結界の()に浮かんでいる。


「どうやって結界の中に……シンシア、どうすればいい?」

『その場所に私たちは降り立てません。瘴気に身をひたせばロマティカのように魂をけずられます』


 ロマティカが子どもの姿になったのは、瘴気に身をさらして魂が削られたせいらしい。


「もっと削るとどうなるの?」

『最後には消滅します』


 ならば結界の外へ放り出し、時間を稼げば――


(……ってどのくらいかしら?)


 セレーネの考えを見越したようにシンシアは釘を刺す。


『ですがセレーネ、感じ取った神力からして、持久戦は不利でしょう』

「うっ……、甘かったか。じゃあ、温泉まで連れて行けばメレディスに――」

『いいえ、温泉は瘴気で真っ黒です。先手を打たれたようですね』


 温泉に魔獣が集まっていたのはロマティカの策略か。

 唇を噛んでいる場合ではない。セレーネがなんとかしなければ。


『これから審議会がひらかれます。しばらく耐えてください。空間のつながりは私が維持しましょう』

「……わかったわ」


 言われたとおり、時間稼ぎをするほかない。黒扇子を広げ、風魔法で空へと舞い上がる。三階の屋上――見晴台より少し高い所にロマティカはいる。ドーム型の結界をなぞるように、しげしげと見つめる背中に声をかけた。


「こんばんは。女神ロマティカ……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ