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第七章 04 王太子の召喚状

 北の国境地帯は王領として国が管理している。いくつもの火山に囲まれたその地形は、横長の楕円だえん形をしており、領土の南側に造られた砦――通称“北のとりで”が討伐隊の本陣営だ。火山に囲まれ、北の砦に封鎖ふうさされた領土は流刑るけい地として利用されている。


 罪を犯した者はここで畑を耕すなどして生きていかねばならない。昔は鉱山もあったが、すでに取り尽くした。ほかには何もない。作物の育ちにくいこの場所に血気盛んな者たちが集まれば、争いが起こるのは当然の結果だった。


 オモテには出てこない血みどろの争いも珍しいことではない。強い恨みを持つ死者が出れば、そこから瘴気しょうきが生まれる。瘴気におかされた動物が巨大化し凶暴化した結果、魔獣を生み出した。しかし、今回のような大量発生は例がない。もともと動物も少ない地域なのだから。


 砦は厳戒態勢がかれ、到着したセレーネたちは重苦しい空気を肌で感じ取る。馬を降りてすぐ、その原因の一端いったん垣間かいま見た。

 砦の中にある居館きょかん区域を白服の第一騎士団が固め、広場に集まった討伐隊と殺気を飛ばし合う。両者のあいだに黒服の第二騎士団が入り、ぶつからないよう気を揉んでいる。


「どうしてここに第一騎士団が? 王族が来ているの?」


 第一騎士団は王族を守るのが仕事だ。王族が動けば一緒に動く。

 レイヴンはおどろきもせず答える。


「ええ、王太子殿下ご一行様です」

「はい? 指揮をるのはレグルス辺境伯ではなかったの?」

「そのとおりです。王太子殿下の目的は皆の士気しきを高めるためかと」

「高めるどころか下げてない?」

「居館を開放しなければ、そうなるでしょうね。少し話を聞いて参ります」


 今は冬だ。積雪などほとんどない国ではあるが、夜は温度がかなり下がる。居館で夜を明かせると思っていた討伐隊にはきついだろう。砦は石造りの頑丈な塀に囲まれており横風はしのげるとはいえ、居館に入れば食堂や簡易ベッドが置かれた小さな部屋がいくつもある。


 行きしなに領団長のフェルナンから聞いたことを思い返しながら、セレーネは居館を見上げた。三階が見晴らし台で、二階と一階には居室がたくさんあり、食堂は一階にある。それらすべてを王太子が独占するつもりか。いったい何をしに来たのだろう。


 先に着いていた討伐隊から話を聞き出し、レイヴンが戻ってきた。


「現在、レグルス辺境伯が王太子殿下を説得中のようです」

「どうしてしぶるのかしら?」

「なんでも、“女神の化身けしん”様を男性の目にさらすことはできないとかで」

「なっ⁉ ロザリン様も来ているの⁉」


 あいた口がふさがらない。

 レイヴンは懐から一通の手紙を取り出し、セレーネの前にかざす。


「そこで、お嬢様の出番です」

「わたくし?」

「こちらは公爵邸に届いた手紙です。オリヴィア様からお預かりしました」

「お祖母ばあ様から?」


 受け取った手紙に押されている封蝋ふうろうは王太子の印だ。嫌な予感を抱きつつも手紙をひらく。ザッと目を通して脱力した。


「……、わたくしにロザリン様のおりをさせる気ね」

「お嬢様が“化身”様についてくだされば、討伐隊も中に入れるでしょう」


 ちなみに、女性騎士はいないが魔術師には女性もいる。それではだめなのか。我儘わがままが過ぎる。


「ねぇ、この手紙が公爵邸に届いたのはいつ?」

「……お嬢様、討伐隊の士気が下がる前に、お願いいたします」


 答えないということは、セレーネの推測は当たっているようだ。祖母がセレーネの同行を許したのはこの手紙があってのこと。祖母の誤算は弟のクリスティンを説得できなかったことくらいだろう。


「ハアァァ……、頭が痛いわ」


 近衛このえ騎士ふたりが守る入口へ向かうと、近衛たちは持っていた槍を下段に構えて交差させた。


「建物には入れません。お下がりください」

「王太子殿下に呼ばれて来たのだけど……、そうですか。帰りますわね?」


 手紙の封蝋をチラつかせてクルリと背を向ければ、近衛たちは慌てふためく。


「お、お待ちください!! 確認して参ります!」


 しばらくしてセレーネは居館の中へ通された。二階の角部屋の前で近衛が立ち止まる。ノックの音は中から聞こえた怒号どごうによってき消された。


「――いい加減になされよ!! 殿下は討伐隊を凍死させるおつもりか!!」

「凍死はもっと北国での話だろ! ロザリンは愛の女神なのだぞ⁉ 男たちの目に触れさせることなどできるものか!! 皆がとりこになってしまう!」


 年嵩としかさの男性の声に、王太子アーサーの声も聞こえる。どちらも殴り合いに発展しそうな音量だ。戸惑う近衛を押しのけ、セレーネは勢いよくドアをあけた。


「お邪魔いたしますわ!」


 セレーネの姿を認めて、アーサーの顔に喜色きしょくが浮かんだ。


「セレーネ! やっと来てくれたか!」

「やっとも何も、わたくし領地におりましたのよ?」

「そなたなら転移魔法でも何でも使えるだろう?」

「行ったこともない場所に、転移などできるわけがないでしょう⁉」


 この王太子は、どうしてロザリンが絡むと頭のネジが飛ぶのだろうか。旅の疲れがドッとやってきて額を押さえる。脱力したところへ、ピンク色の何かが飛びついてきた。受け止めきれず床に倒れ込む。


「セレーネさまぁぁぁ! 来てくれたんですねっ、ロザリン寂しかった!」

「……ロザリン様、退いてくださいませ」


 馬乗りになって泣きつくロザリンを、ラルフが引きがした。


「すまない、セレーネ嬢」

「ラルフ様。……ありがとうございます」


 起き上がろうとしたセレーネに大きな手が差し出された。その手をたどれば、ミルクティ色の髪からのぞく金緑の瞳があった。


「大丈夫か?」

「……ええ、なんとか」


 ためらいがちに手を重ねる。力強い手がセレーネを軽々と引っ張り上げた。


「ありがとうございます。レオネル様も参加なさっていたのですね」

「ああ、僕は父に連れられてね」


 苦笑いしつつ、レオネルは視線をレグルス辺境伯へやった。髪色は一緒だが、瞳の色はまごうことなき黄金おうごん色で鋭く感じられる。辺境伯はフンと鼻を鳴らしてレオネルを一喝いっかつした。


「この軟弱者めが、いつまでもメソメソしておったからな!」

「め……めそめそ? レオネル様が?」

「――してないから! セレーネ嬢、父はいつも大袈裟おおげさなんだ」


 やはりセレーネの勘は当たっていた。ロザリンはアーサーのものになってしまったから、レオネルのように泣いた男はたくさんいるのだろう。

 この部屋にも、もうひとりいる。先ほどからセレーネをずっと睨みつけている男は、騎士団長の息子ブレイズだ。いつものように噛みついてはこないのは、同じ部屋に父親がいるせいか。

 ブレイズの父で第一騎士団団長のミルザム子爵が、咳払いで場を静める。


「うぉほん。これで解決ですな? シリウス公爵令嬢殿が化身様についてくだされば、部屋を開放するということで、――殿下、よろしいですね?」

「う……まぁ、いいだろう」


 アーサーは渋々と頷けば、すかさず辺境伯がきびすを返した。


「討伐隊を入れますので、失礼する」


 そのあとをレオネルもついて行ってしまった。おまけにラルフもミルザム団長も退室していく。セレーネもドアに向かおうとして、ひとつ聞いておきたいことを思い出す。


「そうだわ、殿下。どうしてロザリン様を連れて来られたのですか?」

「母の……、王妃陛下の命令だ」


 仏頂面で答え、アーサーは近くの椅子にどっかりと腰かける。


「女神の力を証明しろとうるさくてな」

「ということは、戦闘にロザリン様を参加させるのですね?」


 それでセレーネが呼ばれたのなら納得はできる。侍女として呼ばれたのならブチ切れているところだ。

 しかしアーサーは歯切れ悪く、子どものように眉根を寄せた。


「危ないことはさせたくない。だから……戦闘は、セレーネに任せたい」

「はい?」

「ロザリンはその後ろで回復役を務めてもらう。彼女の治癒はすばらしいからな」


 セレーネもロザリンの治癒魔法を体感したので、実力は認めるところだが。


「それで王妃陛下はご納得されるのですか? プレートに記録が残るのですよ?」

「させるさ! 治癒だって立派な戦闘記録だ」


 ならばもう何も言うまい。「そうですか」と頷いてドアへ向かうも、アーサーの声に引き止められた。


「おい、どこへ行く?」

「外に弟を待たせておりますの。話をして参りますわ」

「弟……クリスティンはたしか、十四歳ではなかったか?」

「先月、十五歳になりました。今回は勉強として後方支援を担当します」

「そうか。だが、クリスティンも男だ。ロザリンには近づけさせないでくれ」

「はぁ、承知しました」


 めまいを感じて額をさする。やはり疲れているのだろう。ついてこようとするロザリンから逃げきってドアを閉め、セレーネは外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


「フゥ――……、先が思いやられますわ」



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