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第七章 03 夜中の逢い引き、バレる

「あなたたちは無理よ」

「「どうして⁉」」

「ふたり分も食料に余力よりょくがないの。討伐とうばつに何日かかるかわからないのよ?」


 決して力不足を突きつけられたわけでも、年齢が理由でもない。

 それならば――


「空間魔法で水と食料、寝袋などは詰め込んでありますわ!」

「うっ……ぼくは……」

「クリスの分もわたくしが持っています。これで問題ありませんわね?」


 セレーネはひとたび決めると強情ごうじょうだ。よくわかっている祖母は、頬を人差し指で叩く。考えごとをするときのくせだ。


「セレーネがふたり分を持つということは、クリスと戦場で離れたらおしまいよ。どうするの?」


 クリスティンは、拳を握りしめながらも瞳を揺らす。その表情からしてあきらめたわけではなさそうだ。どうしても行きたいのだろう。セレーネは自分で買った魔法の巾着をクリスティンに差し出す。


「クリス、これに入るだけ詰め込みなさい。ひと月分は余裕で入るわ」

「姉上……、はい! すぐに!!」


 レオネルからもらった魔法の巾着はセレーネが持っている。あれは誰にも渡せない。

 クリスティンは祖母の返事も待たずに転移した。頬から額に手を滑らせた祖母は、こめかみをぐりぐりと揉む。


「セレーネ、これから向かう先は戦場です。訓練とは違うの。魔獣の血や人間の血が飛び交うなかで、あなたたちに何かできるとは思えない。皆のお荷物になるだけよ」


 祖母の言いたいことはわかる。セレーネとて実戦デビューを果たしていなければ、腰を抜かして震えるだけだろう。それに魔獣の黒い血は見慣れたが、人間の赤い血はだめかもしれない。それでも――


(レオネル様が参加するかもしれないのに、のほほんと過ごしていられないわ)


 セレーネはローブの下からネックレスを引っ張り出し、万屋ギルドの登録チップを祖母の前にかざす。チップに魔力を流せば、今まで狩った魔獣や売ったもの、稼いだ金額が空中に表示される。


「こ、これは⁉」

「わたくし、すでに実戦デビューしておりますの」

「まぁ……!」


 祖母はあんぐりと口をあけ、その隣にクリスティンもやって来て目をみはった。


「姉上、エクリプスまで倒したの⁉ は……? ナニこの金額……」

「もちろんひとりで倒したわけじゃないのよ。騎士ふたりとわたくしの三人でなんとか――」

「「たったの三人で⁉」」


 選抜隊も目を丸くしてざわめく。


精鋭せいえい二十人以上でかかるべきだと聞いたが……、間違いだったのか?」

「おれは遭遇そうぐうしたという話自体、聞いたことがない」

「でもあれ、ギルドのチップだろ? 討伐履歴(りれき)は自動記載だからごまかせないぞ」

「おい、このけたいくつだ? 俺の目がかすんでいるのか?」


 そもそもエクリプスは遭遇すること自体が伝説級にまれだ。それを倒してお金に換えるなんて、おおよそ公爵令嬢にできることではない。しかもラルフのおかげで、三等分した金額がとてつもない数値を示している。

 眉間にシワを寄せ、うなり声をあげた祖母は、「条件つきでなら」と頷いた。


「今回は勉強という名目めいもくで参加を許可します。後方支援にてっし、危険な行動は取らないこと。いいわね?」

「「はいっ!!」」


 祖母は意外と過保護なようだ。といっても次期当主となるクリスティンを連れて行くなら当前か。セレーネだけなら条件などつけなかったかもしれない。


「――レイヴン!」

「はっ」

「ふたりを頼みますよ」

「かしこまりました、オリヴィア様」

「えっ⁉ どうしてレイヴンが選抜隊に?」


 選抜隊の列からあらわれたレイヴンに、姉弟はおどろく。いくら身体能力が高くとも彼は執事。伝達用の風魔法は祖母が仕込んだようだが、騎士でも魔術師でもない。


「レイヴンには戦況を報告する役目を与えているの。あなたたちの行動も彼に報告させるから、そのつもりでね」

「「……はい」」


 レイヴンは賢く抜け目のない男だ。ふらふらとレオネルを探しに前線へ、とはいかないだろう。面倒な男がお目付役になってしまった。

 魔法の馬にまたがったセレーネたちは選抜隊の最後尾さいこうびにまわされ、その後ろにすまし顔のレイヴンが続く。このような形にはなったが、討伐に参加することは叶った。


 ***


 王都の北門は、王国騎士団の中でもエリートを抱える第一騎士団が守っている。所属を示す瑠璃鷲るりわしの紋章をつけた騎士たちが待ち構えており、シリウス家の一団へ手を上げた。


「シリウス公爵家からは……、三十三名ですね?」


 先頭をいくシリウス領兵団団長のフェルナンが頷いた。騎士が人数分のプレートを配っていく。それはギルドのチップより少し大きめなもので、首から下げられるようチェーンがついている。受け取ったセレーネは騎士を引き止めた。


「これは?」

「戦闘記録用のプレートです。討伐後に回収しますので、なくさないようお願いします」


 なるほど。この記録により功労者を見(きわ)め、褒章ほうしょうを与えるのだろう。

 ここではプレートを渡すだけで、実際の集合場所はもっと北の場所にあるようだ。セレーネたちは馬から降りることなく北上を続ける。

 シリウス家の魔術師たちは魔法の馬をっているが、騎士たちが乗っているのは生身の馬だ。休ませながら進まないといけない。目的地まであと三日はかかる。


 最後の休憩中、倒木とうぼくに腰かけていると、セレーネたちの前にレイヴンが笑顔でひざまずく。


「さて、お嬢様、若様。討伐に参加する目的をお聞きしても?」

「「え……?」」


 レオネルに会いたいという下心だけでここまで来た、とは言えない。セレーネは隣に座るクリスティンへ話を振った。


「ほら、なんだったかしら? クリスが欲しいって言ってたアレ」

「褒章だよ。でも功績がないともらえないから、後方支援じゃ望めない」

「そう、褒章! だめでも参加することに意義があるって言うじゃない?」

「そんなのなぐさめにもならないよ」


 口をとがらせるクリスティンに向かって、レイヴンは「なるほど」と頷く。


「それで、お嬢様の目的は?」

「だ、だから、褒章――」

「ではないですよね?」

「…………」


 微笑んでもごまかされてはくれない。これだからレイヴンは厄介なのだ。なんと答えるべきか、脳内を散歩しているうちにレイヴンが先手を打った。


「お嬢様。本当のことを話してくだされば、私とて協力するのもやぶさかではございません」

「えっ、協力してくれるの⁉」

「内容にもよりますが、善処いたします」

「むぅ……」


 レオネルを探していると正直に話した場合、この執事には気持ちを見抜かれてしまうだろう。それは恥ずかしい。かといって、ごまかしたままではレオネルを探しには行けない。この執事を出し抜くのは骨だし、あとがこわい。うまくけむに巻かねば。


「実はね、わたくしがエクリプスを倒せたのはレグルス家のレオネル様と、アルドラ家のラルフ様のおかげなの。おふたりが参加されていると噂で聞いたものだから、恩返しがしたくて……」


 にこやかに聞いていたレイヴンの顔が、一瞬だけ引きつった。


「そうそう、お聞きしたかったのですよ、お嬢様。王都から外れた西の森で、若い男性ふたりと、真夜中に何をしていらっしゃったのですか?」

「――な、なんで知ってるのよ⁉」

「ギルドの討伐履歴を堂々とお見せになったではありませんか。エクリプスの場合、討伐依頼はギルドではなく騎士団にいきますから。たまたま遭遇そうぐうしたということでしょう?」


 ギルドチップは、魔獣と遭遇した日時や場所まで自動的に書き込んでくれる優れモノだ。それが思わぬ方向へ向かおうとしている。

 セレーネも顔を引きつらせた。


「それは……神殿からの討伐依頼があって、遅い時間になってしまったから……」

「ふむ。それで?」

「神官様が泊まっていくようにって……」

「なるほど。それで?」

「真夜中に地鳴りが聞こえて、大型の魔獣が出たから討伐に。それがエクリプスだったの」

「ほう、それで?」

「以上よ!」


 レイヴンから深いため息が落ちる。


「ハァ……、お嬢様」

「何よ?」

「これは由々(ゆゆ)しき問題です。おふたりの男性には、責任を取っていただかねばなりません」


 ――責任を取る。シリウス家の責任の取り方は、穏やかではない。

 慌てたセレーネはレイヴンの襟に手をかけた。


「なんでそうなるのよ⁉ 何もなかったわよ⁉」

「貴族のご令嬢を夜中に連れまわすなど――」

「だからそれは! わたくしの意思で出向いたのよ!」

「さて、どちらに責任を取っていただきましょうか? ラルフ様か……」

「いや、だから――」

「レオネル様か」


 ピクリとセレーネの肩が揺れる。しまったと思ってももう遅い。レイヴンは勝ち誇ったように片口を上げた。ワンパンしたくなるような腹立たしい笑みだ。


「レグルス辺境伯家ですか……まぁ、悪くない相手です。領も近いですしね」

「レイヴン、人の話を聞きなさい。わたくしはただ、おふたりに恩返しがしたいと思って参加を決めただけよ」


 聞いているのかいないのか。うんうんと頷きながら、レイヴンは立ち上がった。


「休憩は終わりのようですね。では参りましょうか、レオネル様のもとへ」


 その名を聞いただけでセレーネの心臓がうるさい。もはや病気だ。


「やはり、参加してらっしゃるのね」

「ええ、おふたりとも」

「ラルフ様も?」

「もうすぐ北の砦に着きます。行けばわかりますよ」


 なんとも含みのある物言いだ。これ以上は聞いても教えてくれそうにない。

 セレーネたちは魔法の馬に跨がり、北の砦に向かって走り出した。



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