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第七章 01 やっと婚約解消か

 テティスの退学届は王太子アーサーによって撤回されていた。学園に復帰したテティスは相変わらず前髪で顔を隠し、言葉少なげに過ごしている。


 そんなある日、アーサーから召集しょうしゅうがかかった。生徒会長も務めるアーサーは、生徒会室に皆を呼び出した。集まったのは神殿で女神に遭遇そうぐうした者たちと、なぜかアイリスもいる。けれど珍しくロザリンの姿がない。


 アーサーは長机の奥に座り、ダルシャンに用紙を配らせた。それはロザリンが愛の女神の半身であることを証明するための書類で、それぞれが見た状況を書き込むようになっている。話を合わせながら書いたものだから、似たり寄ったりの報告書が六枚できあがった。

 アーサー、ダルシャン、ラルフ、レオネル、セレーネ、テティスの六枚。話を合わせたといっても一部だけ。テティスがあの場所へ行った理由や、入水自殺しようとしたことを意図的にはぶき、愛の女神とロザリンの関係をこれでもかと書かされたくらいだ。

 用紙を回収したアーサーは、満足そうに頷く。


「皆、協力に感謝する。これでロザリンの地位は確約されるだろう」

「地位、ですか?」


 セレーネは不思議そうに首をかしげ、アーサーは神妙な顔つきで顎に手をあてた。


「女神の力は半分でもすさまじいと、身をもって体験しただろう?」

「ええ、そうですわね」

「それでこのたび、女神の愛し子の上に、女神の化身けしん枠を作ることになった。アイリス嬢はまだ未契約のようだが、知らせておきたいので一緒に呼んだ」

「承知いたしましたわ」


 頷くアイリスを見つめながらセレーネは考える。それは願ってもないことではないかと。大聖女とあがめるなら女神の化身のほうが体裁ていさいもいいだろうし、アーサーの婚約者からは外れるに違いない。

 同じことを考えたであろうアイリスが、アーサーに尋ねる。


「では、大聖女にはロザリン様が?」

「いや、王妃は公務もあるからな。大聖女は今までどおり、愛し子がになう」

「「……」」


 浮き足だっていたセレーネたちは早々に撃沈した。面倒事は消えてなかった。しかし、重要なことに気づく。


(あら……? じゃあ、王妃はロザリン様がなるってことよね?)


 頬に手をあて考え込むセレーネをどう思ったのか、アーサーは眉尻を下げた。


「セレーネ、こんなことになってすまない。そなたとの婚約を……解消したい」

「っ――!!」


 セレーネは叫びそうな口もとをギュッと引き結ぶ。婚約解消だけでも十分うれしい。万歳三唱したい気分だ。感極まって泣きそうになりながらも、アーサーに頷く。


「ええ、もちろんですわ! ロザリン様との婚約を心から祝福いたします!」

「本当にすまない。ありがとう」


 差し出された婚約解消届に、流れるようにサインする。なんとすばらしい日だろうか。帰ったらお祝いしなければならない。

 しかしふと、ロザリンを好いているであろうレオネルが気になった。チラリとうかがえば眉尻がわずかに下がり、セレーネを見つめる瞳にも哀愁が感じられる。


(つい浮かれてしまったわ! レオネル様は失恋したというのに)


 緩む頬をごまかすため手で押さえていると、ダルシャンが立ち上がった。


「アイリス、ぼくも話がある」

「ひっ、は……はい」


 ダルシャンは石版をアイリスの前に置く。それは入学時に使った魔力測定器だ。


「君は石を持って生まれたのに、いつまで経っても女神と契約できない。これは最後のチャンスだ。今すぐ契約して、力を証明してくれ!」

「そ、そんな……」


 アイリスは顔をこわばらせ、無意識にペンダントを握りしめた。事情を知らないダルシャンたちは固唾を飲んで見守る。女神と契約する瞬間などめったに見られるものではない。セレーネとテティスはおろおろするばかりだ。

 虹の石がついたペンダントを手にして、けれど何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。痺れを切らせたダルシャンが吠えた。


「どうした⁉ 強く願うことで契約できると聞いたぞ。ぼくと結婚したければ、女神と契約するんだ! でなければ、君との婚約を破棄する!!」


 ダルシャンが机を叩いて迫るものだから、アイリスの肩はそのたびに揺れた。

 そこへレオネルが、おどろいたように口を挟む。


「――待ってくれ、婚約してたのか⁉ ダルシャン殿はロザリン嬢にぞっこんだっただろう?」

「それが何? ロザリンはもう……」


 ロザリンは王太子と結婚する。手に入らないなら婚約者と結婚するしかない。そんな態度を感じ取り、レオネルは顔をしかめた。


「あっちがだめならこっちか……、気に入らないな」

「貴殿には言われたくない。それに……、貴族の結婚というものは魔力で決まるんだ。アイリスの魔力が並程度では困る。ぼくの子ども(・・・・・・)に影響するからね」


 子どもという言葉を聞いて、アイリスは冷や水をあびたかのようにぶるりと震え上がった。


「む……、無理ですわ!! わたくし、ダルシャン様とは結婚できません!」

「――は? あきらめるのか⁉ ぼくと結婚したいんだろう⁉ 父にも散々(こび)を売ってたじゃないか!」

「わ、わたくしはっ……」


 言いかけて、アイリスは口を閉ざした。何かを飲み下したように俯き、力なく答える。


「わたくしのことは、どうかお捨て置きくださいませ」

「……アイリス、石版に手を置いて。どうするかはそれから考える」


 アイリスはゆっくりと、震える手を石版に乗せた。袖からチラリと見えたブレスレットは、魔力を最小限に抑える限界まで絞られている。結果――アイリスの魔力は、実力の半分が表示された。

 それでも入学時より数値が増えており、アイリスは慌てふためく。


「たっ、多少は増えたみたいですが、これでは公爵家の基準には程遠いですわね?」

「……そう、だね。低くはないけど、聖女になればこの二倍なんだろう?」

「ご期待に添えず、申し訳ございません」


 うなだれるダルシャンをよそに、アイリスはホッと胸をなで下ろしてアーサーへ向かう。


「王太子殿下、婚約解消届はまだございますか?」

「ああ、予備はある。だが……、本当にいいのか?」

「はい。殿下の御前でなら、婚約解消は受理されますでしょう? お願いします」


 魔道具作りのパトロンをたもつよりも、不誠実な婚約者を切ることを選んだか。

 すらすらとサインしたアイリスから用紙を突きつけられ、ダルシャンは渋々と受け取る。ところが、ペンを手に取ってみたものの、書こうとしては机に置く。


「アイリス、ぼくは……君でもいいと思ってる」


 捨てられた犬のような顔をしながら吐く言葉とは思えない。そのセリフで落ちる令嬢は多くないだろう。ゼロとは断言できないのが貴族社会だ。肩書きしか見ていない人間はわりといる。


「ダルシャン様、サインを」


 アイリスの気持ちは揺らがなかったようだ。「ぐっ」と苦しげな声を出しつつも、ダルシャンはとうとうペンを走らせた。書き終えた書類をアーサーに渡したが、その手が用紙から離れない。


「アイリス、考えなおすなら今しかないよ?」

「王太子殿下、お願いします」

「本当に……、本当に⁉」


 痺れを切らせたのはアーサーだ。ダルシャンの手から書類を引き抜き、盛大なため息をつく。


「王太子として、アイリス嬢とダルシャンの婚約解消を許可する。双方とも、これが最後だ。本当にいいな?」

「はい! 婚約解消を望みますわ」

「ダルシャン?」

「っ……、……、…………はい」

「よし、この件はこれで終わりだ。ほかに何もなければ解散する」


 解散が告げられ、それぞれ生徒会室を出る。アーサーは残り、不承ふしょうながらもダルシャンをなぐさめるようだ。セレーネは廊下に出てすぐ、元気のないアイリスに耳打ちする。


「アイリス様、新しいパトロンなら、わたくしが名乗り出ますわ」

「――ええっ⁉ よろしいのですか⁉」

「アイリス様の作る魔道具はどれもすばらしいものです。ぜひ投資させてくださいませ。なんでしたらマネジメントも致しますわよ?」

「願ってもないことですわ!! 俄然がぜんやる気が出て参りました!」


 アイリスはすっかり元気を取り戻し、セレーネとテティスは顔を見合わせて笑う。楽しげな三人に、申し訳なさそうな声が上から降ってきた。


「……カペラ侯爵令嬢、少しだけいいかな?」


 レオネルに呼び止められたアイリスは、「なんでしょう?」と首をかしげつつレオネルについていく。セレーネたちは少し離れてそれを見守った。ふたりきりにするわけにはいかない。すぐにいらない噂が立ってしまうのだから。


(まさか、フリーになったアイリス様に言い寄って……、そんなわけないわよね)


 レオネルはロザリンが好きなのだから、そんな不義理はしないはずだ。レオネルは言っていた。『彼女に顔向けできない行動は慎みたい』と。


(でも、ロザリン様は殿下と……。それなら次へ切り替えるのもアリなのかしら)


 話はすぐに終わったようで、アイリスが戻ってきた。離れた所にいるレオネルは暗く沈んでいる。詮索せんさくするのも野暮だろう。アイリスも何も言わない。セレーネはとりとめのない会話に努め、モヤモヤした気持ちを腹の底に閉じ込めた。



 寮の部屋に戻ると、アイリスはセレーネを長椅子に座らせた。

 いつぞやのセレーネのように防音結界まで張って、深刻そうに眉根を寄せる。


「ど、どうしたの?」

「セレーネ様、紅茶の騎士にはお気をつけくださいませ!」


 紅茶の騎士とはレオネルたちの異名だ。

 ただならぬ剣幕のアイリスを隣へ座らせた。


「レオネル様のこと? 何か言われたの?」

「ええ。『月の聖女を探している』とおっしゃってたの! バレたらセレーネ様が狙われてしまいますわ! あの女ったらしミルクティにっ!!」

「……、理由は聞いた?」

「それが、『会って確かめたいことがある』としか教えてくれなくて」


 セレーネの胸がざわつく。

(もし怜央の記憶があって、月衣を探しているのだとしたら?)


 それはあまりに都合のよい考えだ。会って確かめたいことが、月衣のこととはかぎらない。それに“手を合わせる”仕草の意味を聞いてきたではないか。前世の記憶はないはずだ。

 セレーネは口もとを押さえて黙り込む。それをどう受け取ったのか、アイリスは乱暴に肩を揺さぶった。


「セレーネ様⁉ あのミルクティはだめです! いくら顔がよくて人当たりもよくて引き締まった筋肉の持ち主でも、彼は女たらしで有名なのですっ!!」


 過去に流した浮名はそう簡単にくつがえせないものだ。真剣な表情はセレーネを思ってのこと。アイリスの切実な訴えにしっかりと頷く。


「わ、わかりましたわ! 気をつけます」


 安堵したようにアイリスが防音結界を解除したものだから、それ以上聞くことはできなかった。


(怜央……)


 生きているだけでいいと、今でも思っている。だけどもし、怜央の記憶があるのなら、話をしてみたいとも思う。

 すっかりほかの話題に切り替えたアイリスに相槌を打ちながら、セレーネは眠れない夜を迎えた。



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